死人に会える小道
「死んだ人間に会える小道?」
向かいに座っているルナの話を聞くと……ヨミカは彼女の台詞の一部をくり返した。
「そうだよ。ヨミカちゃんは聞いた事ないのかな? この辺では、知っている人が多いと思うけど」
そう言って、ルナは白髪の男に目を向けたが。聞いた事がないのか、そもそも話自体を聞いていなかったのか、彼は隣に座っているヨミカを見つめている。
「トコヨくんは?」
声をかけられ、白髪の男はヨミカに向けていた視線をルナのいるほうに移動させた。
「オカルトの話は、あんまり知らないね」
オカルトを具現化したようなやつがそれを言うのかよ……とでも言いたそうにヨミカは横目で白髪の男を見ている。
が、すぐに目の前におかれている白髪の男からもらったサンドイッチセットを食べる事に集中しはじめていた。
「それに、死んだ人間は死んだ人間だ。生き返らないし、小道を歩かない」
「ユーレイかもしれないよ。足は……あったみたいだけど」
「吸血鬼なら信じるんだけどね、それ以外は基本的に信じないようにしているんだ」
「ふーん。リアリストなんだね」
カレーうどんの残り汁を一気に飲み干し、ルナは満足そうな表情をしている。ヨミカが、彼女の口もとが汚れている事を教える前に全て舌でなめ取ってしまった。
「でも、見にいきたくならない?」
「ヨミカちゃんが見にいきたいなら、一緒にいくつもりだけど」
「わたしを話に巻きこまないで」
ルナと白髪の男……それぞれに見つめられながらヨミカは唇をとがらせている。
「二人でいってくれば良いんじゃないの?」
ヨミカがルナと白髪の男を交互に見つつ、提案をしている。
「わたしにはソウタくんがいるからね、浮気になっちゃうよ」
「その理屈だと、フォークダンスもできなさそうね。ソウタくんと仲なおりのデートとかでいってきたら?」
「ユーレイがでてくるかもしれないところでデートはしたくないよ!」
「それもそっか」
ヨミカは冷静に返事し、コーヒーを飲んでいる。サンドイッチを食べおえて、腹がふくれたのか満足そうな顔をしていた。
「それで……その小道では。どんな風にしてユーレイに会えるの?」
「さあ? わたしも聞いただけだから詳しくは知らない。だから一緒にいこうって誘っているんだよ」
「なるほどね」
ヨミカが横目で白髪の男を見ると……なぜかウインクで返事をされている。いやな予感でもしたのか彼女は顔を引きつらせていた。
「ルナちゃん。その死んだ人間だかユーレイに会える小道はどこにあるの?」
首を傾げながらも、ルナは白髪の男に聞かれて、死んだ人間に会える小道のあるところを教えている。
「ここからなら、ヨミカちゃんのマンションのほうからいくほうが近いと、あ」
なにかを思いついたのか、ルナがにやつきだした。にひひひ……と笑うと、両目にお星さまが浮かび上がっていく。
「トコヨくん。小道のあるところを聞くって事は、いくつもりなんだよね?」
「そうだね。しらべたい事もあるからさ」
白髪の男の言葉が気になるのか、ヨミカが横目で見つめていた。視線に気づいたようで彼が顔を向けると、彼女はルナのいるほうに目を逸らしていた。
「だったら夜のほうが良いと思うんだよね。ほら、ユーレイに会おうとしているんだし」
「そもそも、ユーレイはいないと思っているんだけどね。まあ、夜のほうが良いとは思うよ……けど」
「けど?」
「ヨミカちゃんが、その小道にいくつもりがなさそうだからね。それに夜だと、なおさらソウタくんだっけ? 彼にも悪いし」
「それじゃあ……わたしもいくわ。それならソウタくんにも迷惑にならないでしょう」
意外な提案だったようで、ルナと白髪の男が驚いた顔をしている。
が、結果オーライだとでも言うようにルナは小さくガッツポーズをしていた。
「なに? その顔」
「いや。ヨミカちゃん……いきたくなさそうだったから断ろうと思っていたのに」
「ストーカーはいきたいんでしょう? ルナもいきたいみたいだし。わたしのマンションから近いなら一緒にいったほうが良いか……って思っただけよ。それに」
「うん?」
ヨミカの声が聞こえづらいようで、白髪の男は耳を傾けている。
「わたしのマンションに貼ってあるお札……ユーレイには効果がないからね。中に入られちゃうかもしれないでしょう」
「それもそうだね」
「面白い事を言ったつもりはないんだけど」
ヨミカは、楽しそうに笑っている白髪の男を不服そうに見つめていた。
「今夜って、月が見えるよね?」
リビングのソファーに座ったまま、白髪の男は窓ぎわの近くに立っているヨミカに声をかけている。
「ええ……そうね。満月か三日月かは分からないけど、月はでているわね」
すっかり暗くなり黒くなっている窓を見ているヨミカは自身の姿が映り、髪の毛がはねている事に気づき、手でなおしていた。
「月がどうかしたの? 血が騒ぐとか?」
「オオカミと一緒にしないでほしいね。月を見ないと変身できないようなやつとさ」
白髪の男は、ソファーに座っているルナが眠っている事を確認してから、ヨミカのいる窓ぎわに近づいていく。
「あの子の悪口?」
近づいてきている白髪の男のほうに身体を向けながら、ヨミカが聞いている。
「ああ。そう言えば……オオカミだったね。そんなつもりはなかったよ。ヨミカちゃんの友達だしさ」
白髪の男はヨミカの目の前で立ちどまり、楽しそうに笑みを浮かべている。
「まあ、友達かどうかは怪しいけど」
「ふーん。それじゃあ、どんな関係?」
「ただの仕事仲間じゃないの。どっかの誰かさんみたいに好き好き、言ってこないし」
「言ってほしいの?」
ヨミカにとっては、悪態のつもりだったのだろうが白髪の男からすれば甘えているように聞こえたらしい。
「相変わらず、ポジティブな事で」
ヨミカは息をはきだし、横目で白髪の男を見上げている。
「そろそろルナを起こしてあげて。さっさと例の小道にいきましょう」
「しばらくルナちゃんは起きないと思うよ」
「なにかしたの」
ヨミカの目つきが鋭くなっていく。場合によっては、その顔面をぶん殴る……そうもの語っているかのように拳をかためていた。
「落ち着いて。この前、病院の女の子の記憶をいじくったでしょう? それの応用でルナちゃんに小道にいっている夢を見せているんだって」
「ああ。万一があるかもしれないから、ここで眠らせておくって事ね」
白髪の男の意図が分かったようで、ヨミカはかためていた拳を開いている。
「そうそう。ヨミカちゃんの友達だからね。なにかあったら大変だしさ」
「心配してくれているのは分かるんだけど。ストーカーが言うと……うそっぽく聞こえるのよね」
「ヨミカちゃんの次くらいに好きだからじゃないかな? 多分だけど」
「吸血鬼もちゃんと言葉を選ぶのね。昼間の死んだ人間の話の時はそれっぽかったのに」
昼間の死んだ人間の話の事を思いだそうとしているようで白髪の男は目をつぶり、首を傾げている。
その話を思いだしたのか、目を開けて……ヨミカの顔を見下ろしている。
「そんな話、したっけ?」
「忘れているなら……別に良いわ。そんなに面白い話でもなかったし」
「ヨミカちゃんが血をくれた事だったら……はっきりと覚えているんだけどね」
味のほうも覚えているようで、白髪の男は自身の唇を赤い舌でゆっくりとなめている。
「ちょうど良いか。わたしの血がほしかったら、もう一つ頼まれてくれない?」
「血をくれなくても……ヨミカちゃんの頼みだったら聞いてあげるつもりだけどね。なにをしたら良いの」
「ルナをここで一人にしておくのも少し不安だからさ。どうにかできない?」
「ヨミカちゃんは、ルナちゃんの事が本当に好きなんだね」
白髪の男は軽く笑い、右手で指ぱっちんをした。親指と人差し指から黒いけむりのようなものがでてきている。
細くて、長い……黒いけむりはヘビのように動き。ヨミカの周りをただよっていく。
「慌てないで」
不安そうな顔のヨミカに、白髪の男はそう言っている。しばらくすると、黒いけむりは彼女からはなれていった。
白髪の男の隣に移動すると、黒いけむりはゆっくりと大きくなっていき……そして。