かじらせていただきます
「トコヨくんは、本当にヨミカちゃんが好きなんだね」
講義がおわって……横に並んで歩いているヨミカと白髪の男を見ているルナがその少し後ろを歩いていた。
「ストーカーだって」
隣を歩いている白髪の男からはなれるように歩きながら、ヨミカはいやそうな顔をしている。
「まあまあ、良いから良いから。それよりもこれからどうする? お腹も空いてきたし、お昼とか?」
「わたしはそれで良いけど」
一応、確認しようと思っているからか……ヨミカが白髪の男のほうに目を向けている。
「ん。おれもそれで良いよ。ヨミカちゃんが食べているところをまた見たいからね」
「また?」
ルナが白髪の男の言葉に引っかかったようで気になった部分をくり返していた。
「ヨミカちゃん。また、って言うのは?」
なにかに期待をしているのか、ルナの両目にお星さまが浮かび上がってきている。豪勢な料理を目の前にしているように……のども鳴らしていた。
「いやいや。そんな面白い話でもないから」
白髪の男の顔をにらみつつ、ヨミカがルナに言っている。
「そうだよね。面白い話じゃなくて、ヨミカちゃんとトコヨくんのピロートークだし」
「そ、そんなんじゃないから」
「ヨミカちゃん。ピロートークって?」
わざと? とでも言いたそうに白髪の男を見上げていたが。本当に知らないと判断したようでヨミカは息をはきだしている。
「あー、まあ。男女が仲良く会話をしているって感じの言葉ね、ピロートーク」
「ふーん。じゃあ、合ってるんじゃない?」
「そうね」
つっこむのも面倒なようで、ヨミカは首を縦に振っている。横目でルナを見ながら彼女は黒髪を触っていた。
「それで? どんなピロートークを?」
「会話でもないけどね……つくってもらったフレンチトーストを、わたしがもらっただけだし」
「そうなの?」
ルナが、ヨミカから白髪の男のほうに視線を向けている。
なにか、いやな感じがしたのか。白髪の男がヨミカに一瞬だけ目を向けてから、ルナを見下ろしていた。
「そうだね。おれはヨミカちゃん一筋だし」
「ヨミカちゃんがつくってくれたの? そのフレンチトースト」
「いや、おれがつくったよ。ヨミカちゃんは寝起きが悪いから普通よりも少し甘めに」
「ばか」
額を押さえているヨミカを見ながら、白髪の男が首を傾げている。ようやく……彼女が悪口を言った事に気づいたようで彼も小さくうなり声を上げていた。
「そっかそっか。寝起きか」
とても楽しそうに、にやついているルナがヨミカと白髪の男の顔を交互に見ている。
「誤解だからね。ルナが考えているような」
「その辺の話は食べながら……じっくり聞かせてもらうからさ、安心してよ」
全く安心できないから、とでも言うようにヨミカは空を見上げていた。
「そんなに仲が良いのに、なんで二人はつき合ってないの?」
店にはそれほど客がいないようで、ルナの声が響いている。
「なんでだろうね。おれも教えてほしいよ」
巧みに……ルナからお家デートの事を聞きだされたヨミカがテーブルの上に顔をふせている。そんな彼女の姿を隣に座っている白髪の男が横目で見つめていた。
「それにしても頼み事があったとは言え……ヨミカちゃんがそんなに甘えるなんてね」
「うう」
「うーん、そうだ。甘えると言えば、ヨミカちゃんって夜になると」
「うん? わたしが夜になると」
テーブルの上にふせたまま、ヨミカが目の前に座っているルナを見つめている。なにか大切な事を思いだそうとしているようで……目をつぶり、天井のほうに顔を向けている。
「あはは。なんだっけ? 忘れちゃった」
「ルナらしいわね」
大した事ではないだろうとお互いに判断をしたようで、それ以上は言及しなかった。
「そうそう……夜と言えば。エクソシストのお仕事はどうなの? ヨミカちゃん」
白髪の男が少し驚いた表情をしている。
「バイトの事よ、ひ弱な吸血鬼に血をあげるていどのね。ルナはそれでもすごいって言うからエクソシストって言っているだけ」
ゆっくりと上半身を起こして、コーヒーを飲みながらヨミカが説明をしている。優越感でもあるのか、彼女の話を聞きおえると白髪の男はにやついていた。
「ごめんごめん。やっぱりトコヨくん的には危ない事をしてほしくない感じかな?」
「まあ、そうだね。仕事とは言え、吸血鬼に血をあげるのはね」
「だって」
笑いながら、ルナがヨミカを見ている。
「言っているのがストーカーだから、却下」
「じゃあ」
白髪の男がヨミカの耳もとに唇を近づけている。なんとか逃げようとしているが、彼女は壁ぎわに座っているのでどうにもならないようだ。
「あんまり、近づくと」
「ルナちゃんにばれて良いのかな? エクソシストの事、秘密にしているんでしょう?」
うなり声を上げながらヨミカは握りしめていた拳を……ゆっくりとテーブルの下へ移動させている。
ヨミカが白髪の男といちゃついているように見えているのかルナが目を輝かせていた。
「なにすれば良いの?」
顔を赤くしているヨミカが言っている。
「もうすぐ、届くはずなんだけどね」
「お待たせしました」
白髪の男がヨミカの頬を触っているとはきはきとした女性の店員の声が聞こえてきた。
女性の店員は……テーブルの上に注文したカレーうどんとサンドイッチセットをおき。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言って、一礼をしてから。女性の店員はすばやくその場からはなれていった。
「ヨミカちゃん。本当に食べないの?」
カレーうどんを自分の目の前に動かし……ルナがヨミカに確認をしている。
「平気だよ。このサンドイッチを……食べてもらうつもりだからさ」
ルナの質問に答え。白髪の男は、目の前におかれているサンドイッチをヨミカの口もとに運んでいる。
焼き目のついたパンに挟まれている、ベーコンやレタス……それにチーズが飛びだしているように見えた。
「ほら、ヨミカちゃん。あーんして」
「自分で食べられるけど」
恥ずかしそうに言いつつ、ヨミカはルナのほうに視線を逸らしている。
「おかまいなく……カレーうどんに甘いスパイスもなかなか良い感じだからね」
諦めたのか、ヨミカはすばやく白髪の男がもっているサンドイッチに……かぶりつけなかった。
とっさに、白髪の男がサンドイッチを移動させてヨミカに食べさせなかったようだ。
「駄目だよ……そんなにすばやく食べたら。それとも、そんなに食べたかったのかな? おれのサンドイッチ」
後で思い切りぶん殴る、そう言いたそうな目でヨミカは白髪の男をにらみ上げていた。
「さて、ジョークはこれくらいにして」
白髪の男は……もっていたサンドイッチを食べてから、ヨミカにささやいている。
「食べさせてくれる? おれがヨミカちゃんに……チョコレートを食べさせたみたいに。サンドイッチをさ」
耳もとで白髪の男の声を聞かされたからかヨミカが少し頬を赤くして、はなれている。
白髪の男が、それとなくルナのいるほうに目を向けて、にやついている。ヨミカも彼女を見てから……不服そうな顔をしつつサンドイッチをもち上げた。
「ストーカー、覚えてろよ」
「心配しなくても……ヨミカちゃんがサンドイッチを食べさせてくれた事を忘れるつもりはないよ」
「はいはい。分かったから、あーんしてよ」
白髪の男と話がかみ合わない事を軽く受けながしながら口を開けるように言っている。
「あーん」
「律儀に言わなくても良いから」
ヨミカが白髪の男の口もとにサンドイッチを運ぶとかぶりついた。なん回か、そしゃくをしてから飲みこむと。
「ん?」
白髪の男はヨミカの右手首をつかみ、その人差し指に牙を軽くつき立てている。痛みがはしったのか彼女が目を細めていた。
「いっ」
「ごめんね。少しだけ、がまんして」
ヨミカの人差し指からあふれている血を、白髪の男がなめている。くすぐったいようで彼女は身体を震わせていた。
「ありがと。ヨミカちゃん」
ヨミカの人差し指に白髪の男が唾液をしたたらせると、あふれていた血がとまった。
「お腹が空いていたのなら、言ってくれれば良かったのに」
ヨミカが心配そうにルナのほうに目を向けている。きゆうだったようで、二人がいちゃついているように見えたのか両目を輝かせていた。
「次から、そうさせてもらうよ。だから他の吸血鬼にはあげないでね」
「全く。子どもか……ストーカーは」
唾液でぬれている人差し指を見つめながらヨミカは悪態をついていた。