チョウチョは好きだけど
白髪の男が女の子のトラウマを食べてから数日後……ヨミカは自身が通っている平逆大学に向かっていた。
珍しく、今日は白髪の男がついてきてないからかヨミカはうれしそうにしている。
スキップをするように歩くたび、ヨミカのきれいな黒髪のポニーテールが揺れていた。
「ヨミカちゃん」
後ろから名前を呼ばれて。一瞬、ヨミカの表情がかたくなったが。振り向き、その姿を確認すると笑顔になっていった。
「ルナ。おはよう」
「おはよう……ヨミカちゃん。んー、今日は珍しくポニーテールなんだね、なんか良い事でもあったの?」
間の抜けたような声をだしながら、ルナはセミロングの茶髪を揺らしている。
「うん。まあ、少しだけね」
ヨミカの反応を見ると、ルナの両目にお星さまが浮かび上がり輝きだした。
「そうだよねー。春だもんねー」
「もうすぐ梅雨だったと思うけど」
「良いから良いから。トコヨくんに、たまにはポニーテールのヨミカちゃんを見てみたいな、とか甘えられたんでしょう?」
ルナが白髪の男の話をはじめたせいか……ヨミカが怒ったような表情になっていく。
「彼氏じゃなくて、ストーカーだって」
「またまた、白髪でイケメンだよ。しかも、溺愛をされているんだから羨ましいよ」
「良かったら、あげるけど」
「ヨミカちゃん、人身売買は駄目なんだよ」
いやいや、そもそも吸血鬼だから。とでもつっこもうと思ったのかヨミカの右手が手刀の形になっていた。
ヨミカの右手が手刀の形になっているのを見て、じゃんけんだとでも思ったようで……ルナはチョキをだしている。
「わたしの勝ちだね」
堂々と後だしじゃんけんをしているのに、ルナはどや顔でヨミカを見つめている。
「そうね。わたしの負けね」
ルナとの……そんなやり取りに慣れているようで、ヨミカは楽しそうに笑いつつ小さく万歳をしていた。
「それより、ルナのほうはどうなの? 彼氏ができたとか、えっと」
「ソウタくん」
「そうそう。そのソウタくんとは」
「ケンカ中」
「あー、そっか。なんか……ごめん」
動きだしたルナを後ろを追いかけるようにヨミカも歩きだしている。講義まで……まだ時間があるのか、二人は大学ないにある談話スペースのほうに向かっていた。
談話スペースにつながっている扉を開くと幻想的な音が聞こえてきた。ながれている曲がちょうど良い音量だからか……ソファーに座って、うとうとしたり。歌詞を口ずさんでいる男女が多数いた。
「この曲、なん回聞いても良いよね」
ルナも、談話スペースにながれている曲の歌詞を楽しそうに口ずさんでいるが、かなり音が外れている。
が、ヨミカにとっては心地が好いらしく、つられるように唇を震わせていた。
「それでね、ソウタくんがさ」
談話スペースにある木製の椅子に、向かい合うように座ると。ルナは唇をとがらせつつ彼氏の事を語りはじめた。
相づちを打ち……ヨミカはルナの目を真っすぐ見つめている。
そんな風に真剣に目を合わせているのが。どこか変だからか、ルナがにやついていた。
「ふーん。でも、ソウタくんの言っている事も分からないでもないけどね」
「そうかな? でも、束縛が強くない?」
ヨミカから少し目を逸らしながら、ルナが首を動かしている。なにかを企んでいるようで両目にお星さまが浮かび上がっていた。
「それだけ、ソウタくんがルナの事を大切にしている証拠だよ。羨ましい」
「本当?」
「本当。ルナが羨ま」
「そっか……ヨミカちゃんは意外と束縛されたいタイプなんだね」
背後から聞こえてきた男の声に、ヨミカはいやな予感がしたのか身体を震わせている。楽しそうに笑っているルナの顔を見て。
「いるの。ストーカーが?」
「いるよー。ヨミカちゃんの彼氏が」
頭が痛くなってきたようで、ヨミカが自身の額を指先で触っている。力なくうつむいていると、なにかがぶつかった時のような音が聞こえてきた。
ヨミカがうつむいたまま、音のしたほうに視線を向けている。どうやら……白髪の男がもってきた木製の椅子が、床とぶつかった音だったようだ。
「隣に座らないで」
「ヨミカちゃん、わたしは平気だよ。むしろトコヨくんといちゃついているところを……見せてほしいぐらいだし」
「だってさ、見せてあげる?」
ルナからの話題なので……ないがしろにもできないのか。ヨミカは笑みを浮かべつつ、隣に座っている白髪の男をにらんでいた。
「だから、ストーカーなんだって」
「またまた、照れちゃって。ヨミカちゃんは可愛いな。けど、あんまり本人の前で言うのは駄目だよ」
「そうそう……ルナちゃんの言う通り。たまには、すなおになってほしいな」
そう言いながら、白髪の男はヨミカにばれないように頭をなでようとすると左手に電気がはしっていった。
「ん。トコヨくん……どうかしたの? 左手から黒いけむりがでているけど」
「ああ、少しね。手品をやろうかと」
ルナに明らかなうそをつくと、白髪の男はヨミカの横顔を見ていた。視線で投げかけているだろう質問に答えるように、ヘアゴムを彼女は指差している。
どうやらヘアゴムに書かれている変な文字のせいで、白髪の男の左手に電気がはしったようだった。
「手品?」
ルナが不思議そうに首を傾げている。
「そう……ヨミカちゃんとルナちゃんに見せようと思ってね。失敗しちゃったんだけど」
「ふーん。でも、もう一回やって」
ルナの言葉を遮るかのように、白髪の男が指ぱっちんをすると。左手が数多くの小さなチョウチョに変化をしていく。
黒い線で描かれている奇妙なガラの透明な羽をばたつかせ、ゆっくりとルナの目の前をいくつか飛んでいる。会話でもしているようで向かい合っているチョウチョもいた。
ルナが右手の人差し指を伸ばすと、その指先にチョウチョがとまった。慌ただしく……ばたつかせていた透明な羽の動きが、段々とゆっくりになっていく。
「へへっ、見て見て。ヨミカちゃ……うわ」
指先にとまっているチョウチョを見せようと思ったようだがルナがヨミカのほうに視線を向け、驚いた表情をしている。
ヨミカの顔の周りに、数多くのチョウチョが飛びまわっている。手で振り払おうとしても意味がなく、むしろ相手をすればするほどになついてくるようだ。
ストーカーみたいなチョウチョね。とでも思っているようで、ヨミカは大きく息をはきだしている。
「ま、負けた」
チョウチョにもてているヨミカの姿を見ると。ルナは大きく万歳をして叫んでいる。
ルナのその動きに驚いたようで……指先にとまっていたチョウチョも、ヨミカのほうに飛んでいった。
「いやいや。わたしの負けだと思うけど」
「そんな事ないよー。チョウチョにそんなに好かれているのは、ヨミカちゃんをお花だと勘違いしている証拠だよ」
「そ、そうなるのかな」
ヨミカが腕を伸ばし、手を開くと……それぞれの指先にチョウチョがとまっていく。
そんなチョウチョ達の律儀な動きが面白いのかヨミカが笑みを浮かべている。
「気に入ってくれた?」
真横から顔をだしてきた白髪の男が視界に入ってきたせいかヨミカが眉を寄せている。が、それぞれの指先にチョウチョがとまっているからか殴るつもりはなさそうだ。
「あんまりくっつかないで。目の前でルナも見てるし」
「わたしの事は気にしないで。ヨミカちゃんとトコヨくんが仲良くしているのを、もっと見てたいし」
「だってさ、お言葉に甘えようよ」
なんとなく白髪の男の言葉に違和感があるようで。ヨミカは目をつぶって……うなり声を上げている。
ヨミカがルナのほうに助けを求めるように視線を送っているが届かない。色々と諦めたのか、さらに大きくため息をついていた。