チョコレートほど甘くない
「マンションなのに、お家デート?」
「そう。マンションでもペンションでも……お家デートって言うんだよ、ヨミカちゃん」
「ふーん、そうなんだ」
絵本にでてくる魔法使いが身につけているローブのような灰色のスウェットワンピースを着ているヨミカがソファーに座って、くつろいでいる。
「誘ったわたしが言うのも、なんだか変な話なんだけど。お家デートで良いの? 太陽は平気なんでしょう?」
「まあ、そうだね。でも……全く平気って訳じゃないからさ。それに」
「うん?」
ソファーに座ったまま両足をばたつかせているヨミカに白髪の男が近づいていく。彼女の隣に座り、頭をなでていた。
「それに、お家デートのほうがヨミカちゃんを堪能できそうだし」
「そう。でも、あんまり頭のほうは触らないでほしいかな」
そう言いながらもヨミカはなでられたままでいた。まだ外が暗くないのを確認しているのか白髪の男が窓のほうに目を向けている。
今日のヨミカが普段と違う事を喜んでいるようで白髪の男は、にやついていた。
「知らないの? デートを誘ったほうは誘われたほうの命令を聞かないといけないんだ」
「ん。つまり、わたしは頭をなでられるのをがまんしないといけない」
「いやなの?」
「そうじゃないけど」
テレビのほうに顔を逸らしているヨミカに白髪の男はさらに近づいていく。頭をなでているほうとは反対の手で、彼女の左手を握りしめている。
とつぜん、左手を握りしめられたからか、ヨミカが身体をびくつかせていた。
「頭をなでられるの、いやなの?」
白髪の男はヨミカの頭を胸板のほうに抱きよせて、耳もとでささやいている。ばたつかせていた両足が大人しくなり彼女は首を横に振っている。
「けど、やっぱり頭をなでるのはできるだけやめてほしい」
「どうしよっかな」
ヨミカの耳に息を吹きかけ、耳たぶをなめている。身体を小刻みに震わせている彼女の反応が面白いようで、白髪の男が楽しそうに笑っていた。
「う。や、やめて」
「やめてほしかったら、ヨミカちゃんを後ろから抱きしめさせてほしいな」
「わ、分かった……から」
白髪の男が耳たぶをなめるのをやめると。ヨミカは耳を真っ赤にしたまま、ぐったりともたれかかっていた。
「ヨミカちゃん、可愛い」
「デートがおわったら本気でぶん……うう。それで、どうすれば良いの?」
ヨミカがなにかを言いかけた事を気にしていたようだが、すぐに白髪の男は傾けていた首を真っすぐに戻している。
「ま、別に良いか」
そう言うと……白髪の男はヨミカに指示をだした。うなずくと、言われた通りに彼女は動いていく。
開いている両足の間にヨミカが座ると……きんちょうしているのか。猫背気味になっている彼女が逃げないように、白髪の男が後ろから抱きしめていた。
白髪の男に後ろから抱きしめられて両腕が使えないからか、ヨミカがマグカップをにらんでいる。
「コーヒーが飲みたいんだけど」
ヨミカは両腕を使おうとしたが駄目だったようで、白髪の男の顔を見上げて唇をとがらせていた。
「んー、甘えてくれているの?」
「そうじゃなくて、両腕も一緒に抱きしめるのをやめ……うう、や。やめ」
ヨミカを後ろから抱きしめたままで、薄らと赤い彼女の耳を唇で挟んでいる。
ヨミカの耳のくぼみをなぞるように、白髪の男がゆっくり舌をはわせていく。くすぐったいのか小さなうなり声を上げながら両足をばたつかせていた。
「くすぐったい?」
目をつぶっているヨミカが、なん回も首を縦に振っている。その反応に満足をしているようで白髪の男が笑っている。
「普段から……これくらい大人しかったら、もっとうれしいんだけどな」
「やめ……ろ」
「うん。やめる。だから怒らないでね」
ヨミカににらまれ、萎縮しているのか白髪の男が目を泳がせている。が、彼女とはなれたくないようで抱きしめたままだった。
「はなしてくれないならコーヒーを飲ませてほしいんだけど」
「それは甘え……分かった、分かったから。コーヒーを飲ませますから」
白髪の男がコーヒーを飲ませると、ヨミカは満足そうに笑った。そんな彼女の口もとに一口大のチョコレートが近づいている。
どうやら、テーブルの上にある透明な皿に盛られている、チョコレートの山から取ってきたようだ。
「なにこれ?」
「チョコレート」
当たり前のように白髪の男が言っている。
「いや、それは分かるけど。なんで、わたしの口もとに近づけているの?」
「ヨミカちゃんに食べてほしいからだね」
白髪の男が……耳に息を吹きかけるようにしゃべっているからかヨミカの表情がかたくなっている。耳をなめられた事でも、思いだしたのかもしれない。
「甘いよ。このチョコレート」
「そうじゃなくて、自分で」
「デートを誘ったほうは命令を聞かないと、いけないんだけど」
「う」
なんとか、白髪の男の指に触れないようにチョコレートを食べられないだろうか? とでも考えているのか、うなっているヨミカ。
「ほら、あーんしてよ。ヨミカちゃん」
「うう……分かった。するからさ、あんまりこっちを見ないでよ」
「それは駄目。ヨミカちゃんがチョコレートを食べているところを見るのが、おれの夢だからね」
「じゃあ……見てても良いけど。わたしの夢って言うか、願い事も聞いて」
「それが、デートしてくれた理由かな」
図星だったようで、ヨミカが白髪の男の顔をできるだけ見ないように……目を逸らしていた。
「ごめんなさい」
「ヨミカちゃんの頼みなら……どんな事でも聞いてあげ」
白髪の男の指をかまないように注意をしているのか、ゆっくりとヨミカがチョコレートを口の中に入れている。
わざとか、ぐうぜんか、ヨミカの赤い舌が白髪の男の指先に触れていた。キスをされたような気分なのか……少しの間だが、呼吸がとまっていたようだ。
「これで良い? って、どうかした?」
「いや。よく見えなかったから、もう一回。ちゃんと見たいから、ゆっくり食べてほしいな……ヨミカちゃんには」
「まあ、別に良いけど」
白髪の男が食べさせてくれたチョコレートが想像していた以上に甘かったのか、ヨミカは自身の唇に赤い舌をはわせていた。
「フラッシュバックとかしないの?」
病院からの帰り道。薄らと赤くなっている日の光を反射させているアスファルトの上をヨミカと白髪の男は並んで歩いている。
赤の他人が見れば……まるで彼氏に甘えている彼女のようにヨミカが白髪の男を見上げながら声をかけていた。
「ん、それは心配ないよ。今回は記憶をいじくった……と言うよりは、トラウマを食べてあげたって感じだからね」
「記憶に味とかあるの?」
「はは……可愛い質問。別にないよ、例え話みたいなものだからね」
「そう」
なぜか、表情を暗くしているヨミカを白髪の男は不思議そうに見つめている。
「ヨミカちゃんは優しいね」
「なに、からかっているの?」
「いや……本音だよ。本音。ヨミカちゃんはおれのきらいなタイプじゃなくて良かった、ってね」
「できれば、わたしはきらわれ」
白髪の男がヨミカを抱きしめている。
「ヨミカちゃんは……女の子を救った。それは事実だ。例え、吸血鬼の力を利用していたとしてもね」
そう、ささやくと。ヨミカに殴られる前に白髪の男は、すばやくはなれていく。夕日のせいか……彼女の頬が赤くなっているように見えていた。
「そうやって、女の子を口説いているの?」
「まさか、おれはヨミカちゃん一筋だよ」
「あっそ」
白髪の男をおいていこうとしているのか、ヨミカが走りだした。ストーカーのように、その背中を追いかけていると……彼女は立ちどまり、振り向いている。
「そうそう。手伝ってくれて、ありがとう。ストーカーくん」
白髪の男の顔を見上げながら、思いだしたようにヨミカは言っている。
「そこは、名前を呼ぶんじゃないかな?」
「うそをつくような吸血鬼の名前を、呼んであげたくはないので」
「ばれていたのか、デートの事」
まあ、そうだよな……とでも言いたそうに白髪の男は息をはきだしている。
「でも」
「ん?」
「今日の事は、本当に感謝しております」
「それはそれは、どういたしまして」
なんとなくそんな空気だと思ったんだろうか、白髪の男がヨミカの頭をなでようとしたが避けられてしまった。
外れ……と言いながら、ヨミカは白髪の男に赤い舌を見せつけている。
「ところで、あの女の子のトラウマの」
「勾玉みたいな目をした男? それがどうかしたの? まさか知り合いだとか」
「いや……ヨミカちゃんも女の子だから気をつけて、って言いたかっただけだよ」
「ん……うん。分かった」
白髪の男の雰囲気が普段と全く違うからかヨミカが心配そうに首を傾げている。
「頭をなでたいなら、なでても良いけど」
そんなヨミカの台詞は予想外だったようで白髪の男が目を丸くしていた。へへっ……と軽く笑うと。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「うん。どうぞ」
不意をついてヨミカにキスをしようとしたが、やっぱり避けられてしまっていた。