デートはきらい?
昨夜。白髪の男に背負われて、マンションに送り届けられた事をヨミカは聞かされた。二日酔いをしているかのように……ソファーにもたれている彼女が天井を見つめている。
「なんか頭が痛いんだけど。お酒とか飲んでないよね? 下戸だし」
リビングの色んなところにくっついているお札が効かないようで白髪の男は口笛を吹きながら木製の盆を運んでいた。
「飲んでないよ。黒ヘビみたいな変なチョコレートは食べていたけど」
ちゃっかりとヨミカの隣に座っている白髪の男が盆にのせていたマグカップと皿をテーブルの上に並べている。皿の上にはフレンチトーストがのっていた。
昨夜、白髪の男に背負われ……マンションまで送ってもらった事を気にしているのか、ヨミカはなにかを言いたそうにしている。
が、すぐに首を横に振って普段と同じように白髪の男をにらみつけた。
「ああ……そうそう。あの黒くて長いチョコレートみたいなおやつを食べた。やっぱり、ストーカーの言っていた通り黒ヘビだったのかもしれないわね」
頭が痛いからだろうか、ヨミカが小さく声を上げている。
「おれ的には、食べないでほしかったかな。黒ヘビだったとしても、ヨミカちゃんに効かないけどさ」
「ごめん」
コーヒーを飲んで、マグカップをテーブルの上においている白髪の男が、不思議そうにヨミカの横顔を見つめている。
「なに?」
白髪の男がつくったであろうフレンチトーストをかじり、頬をふくらませているヨミカが唇をとがらせていた。
「いや……すなおに謝られたからさ。なんと言うか、少しびっくりした」
「今回の事はわたしの失敗。いや……不注意だったから、ストーカーにも迷惑をかけちゃったみたいだし」
それに確か……と言いかけたヨミカが額を触っている。まだ頭が痛むのか、目を細めて小さなうなり声を上げていた。
「そうそう。結局、あの吸血鬼の男には……逃げられてしまったのよね? わたしが倒れちゃったから」
「そうだね。けど……おれはヨミカちゃんのほうが大切。そして大好きだよ」
「あっそ。気楽で良いわね」
絵本の男のその後の事でも考えているのかヨミカは眉を寄せている。
「考えすぎだと思うけどね、おれ的には」
フレンチトーストを気に入ったようで……ヨミカはぺろりと食べてしまった。
ゆっくりとコーヒーを飲みつつ白髪の男の前におかれているフレンチトーストをヨミカが見つめている。
その視線に気づいたのか白髪の男が自分の目の前にある皿をヨミカのほうに移動させていた。
「食べる? あんまりお腹は空いてないし」
「良いの」
おそらく……今までで一番可愛らしい声をだしながらヨミカが白髪の男の顔を見つめている。
「そのためにつくったものですから」
「それじゃあ遠慮なく。ありがとう」
白髪の男がストーカーである事さえ忘れてしまうほどなのか、ヨミカは夢中でフレンチトーストを食べていく。
夢中で食べてくれている事はうれしいはずだろうに……白髪の男はなぜか複雑な表情をしている。
「でも、もう少し警戒しても良いと思うよ。吸血鬼に限らないけど、記憶をいじくる事ができるやつもいるみたいだし」
それなりに罪悪感があるのか、白髪の男がヨミカから顔を逸らしていた。
「そうね」
「例えば、隣にいるストーカーとか」
「へー、そんな事もできるのね。けど、それをするつもりならストーカーなんかしないんじゃない? 普段通りに、わたしはきらっているんだから」
「へへっ、そうだよね」
うれしそうにしている吸血鬼を見てヨミカは不思議そうに首を傾けている。
「まあ、吸血鬼だし。変で普通なのか」
「なにか言った?」
「別に」
フレンチトーストをかじりつつ、白髪の男から顔を逸らしてテレビを見つめていた。
「そっか。それよりも、フレンチトーストのほうはどうかな?」
「うん。もっと食べたいぐらい」
「恋人になったらいくらでも」
「それは却下」
朝食をおえた後。ヨミカは家のシャワーを浴び、着替えてからリビングに戻ると。白髪の男がいなくなっていた。
律儀な事に、先ほど使った皿やマグカップを洗ってくれたのかテーブルの上から消えている。
「あっちの家に帰ったようね」
「さびしいとか思ってくれているの?」
ヨミカのつぶやきに答えるように、耳もとで男の声が聞こえてきた。驚いたようで飛びはねるように背後に立っていた白髪の男からはなれている。
女性としての本能なのか……ヨミカは少しおびえた表情をしていたが。白髪の男の悪戯に腹が立ってきたのか、右の拳を握りしめている。
「ストーカー。歯をへしおられる覚悟はできてるんでしょうね?」
「まあまあ、落ち着いてよ。ほんのジョークだよ。それに昨夜……ヨミカちゃんを家まで送ってあげたのは誰だっけ?」
「そ、それとこれとは」
「違う話、かな? そうじゃないと思うけどな。今みたいに……いや。それ以上にこわい思いをしていたかもしれないよ」
「う」
わなわなと右の拳を震わせながら、白髪の男の意見になにか反論できないだろうか? とでも考えているのか……ヨミカは目をつぶって、うなり声を上げている。
ヨミカはゆっくりと目を開き、白髪の男を上目づかいでにらみつけている。
「その……昨夜は。家まで送っていただき、ありがとうございます」
「顔がこわくて、お礼を言っているようには全く見えないんだけどね。もっと、にこにこした表情で言ってほしいな」
笑みを浮かべている白髪の男がヨミカの頬をそれぞれ左右に引っぱり、唇のはしっこを上げさせている。普通なら崩れてしまいそうな気がするが、顔のつくりが良いからかそれなりに可愛さを保っていた。
「家はでおふってくれて、ありはとうございまふ」
白髪の男に頬を引っぱられているせいか、ヨミカの発音が変になっている。
「まあ……それで良いか。できれば敬語じゃないほうが良かったけどね」
長年のつき合いのおかげでヨミカのがまんの限界を悟っていたのか……白髪の男が頬を左右に引っぱるのをやめ、彼女から少しだけはなれていく。
ほんのりと赤くなっている頬を触りつつ、ヨミカが。命拾いをしたわね、とでも言いたそうに白髪の男を横目で見上げていた。
「ヨミカちゃんの頬って、やわらかいよね」
ヨミカのごきげんを取ろうとしているのか白髪の男が震えた声で口にしている。浅知恵が見抜かれているようで、彼女は目を細めていた。
「そう。ありがと」
首に引っかけてあったバスタオルを頭から被っているヨミカが考え事をしているようで視線を下に向けている。
「ねえ、ストーカー」
考えがまとまったのか、ヨミカが白髪の男に声をかけている。
「な……なに。ヨミカちゃん」
殴られるとでも心配していたようで、白髪の男の声はさらに震えていた。
「今日、用事があったりする?」
普段とは違って、比較的おだやかな口調だからか白髪の男が目を丸くしている。
とりあえず、殴られる心配はなさそうだと判断したようで、白髪の男の表情もおだやかになっていく。
「いや。吸血鬼だからね、仕事をする必要もないからヒマだけど」
「そう。それじゃあ、デートをしましょう」
「デート?」
知っている言葉だろうに、本当にヨミカの口からでてきた台詞なのか? とでも思っているのか白髪の男が首を傾げていた。
「うん。わたしとデート……いや?」
湯上がりで髪がぬれているからか、ヨミカの身体からどこか甘い匂いがただよってきている。
その匂いに当てられたか、ヨミカがなにかを企む事はないと信じているからか白髪の男はうれしそうに首を縦に大きく振っていた。