あくまでも感謝なのです
「胸、触らせてやろうか?」
「女の子の姿だとしても野郎の胸を触る趣味はねーよ」
放課後……なんとなく自宅にいるであろうオシドリと顔を合わせづらく、学校の屋上にいると足もとの影からでてきたチート吸血鬼が話しかけてきた。
と言うか、おれの影に隠れていたって事は昼休みの時のヨミカさんとの会話を聞いて。
「いや。腹がふくれていて、眠っていたからな。ヨミカちゃんとの話は聞いてないな」
「心を読むなよ」
「おれの話は信じるんだな」
隣に立っているチート吸血鬼が……鉄柵にもたれながら、こちらを横目で見ている。
普段なら、どこかぎらぎらとさせている目を真っすぐに向けてくるやつなのに。らしくもなく、ばつでも悪いんだろうか。
「食べたいのなら……さっさとおれの記憶も食べろよ」
「ヨミカちゃんみたいな事を言うのな。それとも人間さまは皆、同じようになじってくるのか?」
「なじっているつもりはないんですけどね。形はどうあれ、保健室でトコヨさんに助けてもらったようなものですから。そのお礼って感じかと」
「そうかい。ありがたいが、いずれにしてもって感じだからな。遠慮しておくよ」
それと、保健室の件はザンカ本人にお礼を言っておいてやってくれ。とチート吸血鬼は続けている。
「ところで、なんでヨミカちゃんはその事に気づいたんだ?」
「確か……最近。ヨミカさんがトコヨさんを殺しかけた時に、とかなんとか。多分、お隣さんが死にかけたから封印していたものが。って事じゃないですかね」
「なるほどね。情報を感謝する」
「で、どっちなんですか?」
「女の子は秘密の一つや二つもっておくべきものだろう」
「その胸、むしり取りますよ」
分かっていた事だけど、このチート吸血鬼がおれに教える訳がないし。そもそも、そうする理由もないからな。
「そんな事よりも、ヨミカちゃんに告白でもしたのか。この前よりは、マシになったように見えるが」
「男子は三日でパワーアップするって言葉を聞いた事ありませんかね? それですよ」
「昨日、会ったような気もするが。細かい事はお互いに言わないでおこう」
しばらくの間、黙っているとチート吸血鬼がこちらの顔を下からのぞきこんできた。
「なんですか」
「いんや……フウちゃんとよく話をしている女の子がこんな風にしている事が多いから、なにかが見えるのかと思ってね」
「なにか見えましたか?」
「全く。体勢が悪いから腰が痛くなった」
両手を空のほうに伸ばして、チート吸血鬼が身体を反り返らせている。
「吸血鬼って、血を飲まないと死んじゃうんですか?」
上半身を左右に動かして腰の辺りから……ぼきぼきと音を鳴らしているチート吸血鬼が不思議そうにこちらを見ていた。
「なんの話か知らないけど。基本的には血を飲まなくても生きる事はできるな。人間的に言うなら恋愛みたいなものかね」
あれば楽しい、なければないでどうとでもなるようなものだな。とチート吸血鬼が説明をしていた。
「ま、中には血を飲まないと普通に生活できないタイプもいるな。それを解消するためのバイト? だかなんだかがあるとか、ヨミカちゃんが言っていた気がする」
それは、オシドリからも聞いていたが。
「病気になった場合とかは?」
「んー、吸血鬼がか。そうだな……できる事なら血を飲んだほうが良いだろうな。それに本能的に求めるようになるかもしれないな」
「病気になっている身体が、少しでもはやくなおそうとして、ですか」
「そうそう。そんな感じの事だ」
「それじゃあ……トコヨさんがヨミカさんにほれているみたいに。吸血鬼が誰かを好きになったら、その相手の血を飲みたくなったりするのか?」
それが本題か。とでも言いたそうにチート吸血鬼が息をはきだしている。
「なるね。人間が好きな相手とキスをしたくなるのと同じようなものだな」
あのオシドリちゃんとか言う女の子がお前を好いている事に、やっと気づいたのか? とチート吸血鬼がにやついている。
耳が痛く、返す言葉もてでこない。
「ヨミカちゃんに告白できて、冷静になったからか。恋は盲目って言葉もあるようだし」
「そうなんでしょうね。普通に考えたら友達やらなんやらであそこまではしませんよね」
多少なりとも、そんな打算はあったのかもしれないが。基本的なオシドリの性格を……分かっているつもりだけど。
「つき合うのか?」
「ヨミカさんに振られたからってそんな選択をするのはオシドリに失礼かと」
「なにが失礼なんだ?」
「吸血鬼のトコヨさんには、分からないかもしれませんがタイミングってものが」
「タイミングねえ。人間でも吸血鬼でも……お互いにほれている事が分かっているのなら全力で手を伸ばすべきだと思うがね。こちらがわ的には」
それにそのタイミングとやらに合わせたとして。それまでオシドリちゃんがフウちゃんを好きでいてくれる可能性が一体どれくらいあるんだ?
それこそ、タイミングとやらを逃すんじゃないのか? まともっぽい事をチート吸血鬼が言っている。
「おれがオシドリの事を好きかどうかを……トコヨさんは知らないはずでは」
「オシドリちゃんが好きじゃないのか?」
「好きですよ。友達としては」
だけど恋仲として好きかと聞かれれば首を大きく縦には振れない。それほどにオシドリが好きだと自信をもって。
「それで充分じゃないのか。別につき合ったからって死ぬまで一緒にいなければならないと言う事でもないんだから」
「ナイフで刺されるのは、ごめんなので」
「オシドリちゃんの場合は血を全て吸いつくされるじゃないか」
チート吸血鬼がけらけら笑っていた。
「ジョークはさておき。吸血鬼のハーフなら間違いなく普通の人間よりも、長生きをするだろうな」
「はあ。なんの話ですか?」
「いや。特に深い意味はないよ」
なにかを言いたそうにしているのかチート吸血鬼が唇をうねらせている。
「これは……おれが二番目に愛している女性から教えてもらった事なんだが」
「ヨミカさんのスペアですか?」
「茶化すなよ。まあ、その女性がな。きれいでも汚くても良いんだよん……好きな相手が幸せになる事を願っている時点でそれは純粋な思いなんだからさ。だと」
「おれとつき合う事が、オシドリにとっての幸せとは限りませんが」
「フウちゃんが決める事でもないと思うが。少なくとも今のオシドリちゃんが望んでいるのは、それなんだけどな」
「トコヨさんが決めているような」
と言うか、そもそもオシドリがオッケーをする前提で話しているよな。その逆の可能性もあるはずなのに。
「考えるのが、あほらしくなってきました」
「それは良かったな」
なにが良かったのかは、さておき。
「さようなら。トコヨさん」
「ああ。さようなら」
鉄柵から両手をはなして……扉のほうへと近づいていく。また、おれの影の中に入ると思っていたけど、もう少し屋上にいるつもりなのか夕日を見つめている。
そう言えば、チート吸血鬼ときちんと挨拶をしたのは、これがはじめてだったっけな。
自宅に帰ると、やっぱりオシドリがいて。夕食をつくってくれていた。でもエプロンを身につけていない。
「料理をする時に、エプロンをつけないのはポリシーなのか?」
テーブルを挟み、オシドリと向かい合わせに座りながら質問をした。
「プロの料理人は、エプロンをつける必要がないらしいよ。こうオーラ的なもので、色々なものを空中分解しちゃうから」
「ふーん」
「なにかあったの?」
それなりに長い間、一緒にいるからかオシドリがそんな事を口にしている。普段と同じようにしているつもりなんだがね。
「色々とありまして」
「ほほう、男のロマンってやつだね」
「それは絶対に違うな」
普段通りのぼけなんだと思うけど、そんなどや顔で言われると。どんなリアクションをすれば良いのやら。
「まあ、なんだ。オシドリに言っておかなければならない事があると思ってな」
「ふーん。そう」
ポーカーフェイスはかなり上手だが、箸をもっている右手が大きく震えていやがる。
「でも、それは。男のロマンじゃないけど。もっとロマンチックに伝えるべき事なんじゃないかな?」
「とりあえず、落ち着いてくれ」
「落ち着いているよ。インディアンポーカーのオシドリとは、わたしの事なんだから」
「聞いた事がないな。残念ながら」
それはさておき……さっさと伝えたほうが良さそうだな。器用と言うのか、オシドリが箸で皿を挟んでもち上げているし。
「で、ででで。わたしに言っておかなければならない事ってなにかな?」
「そんな大層な事でもなく、普段から伝えるべき言葉なんだと思うんだが」
「それは、そうかもしれないね。一発逆転のアッパーカットよりも基本的なジャブのほうが大切、みたいな話だし」
なんで、ボクシングで例えたのかはおいておくとして。
「やっぱり、普段から言うべきだよな」
「うんうん」
「それじゃあ言うぞ」
「おう。かかってこいや」
「料理とか、色々とありがとうな」
そう……オシドリに感謝の言葉を伝えたが反応が薄い。誰かに時間をとめられる能力を使われたように首を傾げたままでかたまっている。
「お弁当とかも、ありがとう」
「うん。聞こえている」
「感謝の言葉を伝えてみました」
「あ、あー。ああああ。あー、そっちか」
なんとなくオシドリがほしがっていた言葉は分かるが気づかない振りをしておこう。
「いやー。うん……わたしとフウちゃんの仲なんだから気にしないで良いのに」
「それでも伝えておくべきだと思って」
「フウちゃんは真面目なんだね」
「それと、オシドリが飲みたかったらで良いんだけど。血をあげようかとも思って」
「ん? 血を、わたしにくれる……の?」
おれの言葉を確認しながらオシドリが顔を一気に真っ赤にしていく。いつぞや、チート吸血鬼が言っていた事は本当だったらしい。
「オシドリが、いやなら別に良いんだ。感謝の言葉だけだと申し訳ないと勝手に」
「いる! 絶対にいる! って言うか、他の吸血鬼に絶対にあげたら駄目だよ」
慌ただしく動き回りつつ、オシドリがおれの隣にすばやく移動をしてきた。
「お、おう。分かった」
「あ。えっと、じゃあ。さっそくフウちゃんの血を飲ませてもらっても良いかな? お腹がそれを求めているので」
それで、ばたばたと暴れちゃったんだ。とオシドリが言っている。
「指からで良いか?」
「うん。首にかみつくのは恥ずかしいし」
人差し指を伸ばして、オシドリの口もとに近づけていくと、ゆっくりとかみつかれた。
指先から、オシドリの身体の中に血がながれていくのを感じながら、頭はチート吸血鬼から教えてもらった事を思いだしている。
病気でもなんでもない吸血鬼に血をあげるのは人間のプロポーズみたいなものだから、覚えておいたほうが良いぞ。
「確かに、覚えておいて良かったな」
「なにふぁひった?」
「いや。なんでもないよ」
この先がどうなるかは分からないが、今のところはオシドリが幸せそうにしているので良しとしておこう。




