本質③
足音が聞こえてきていた。
オシドリがつくってくれた、お弁当を食べおえて。半ば強制的に睡眠薬を飲まされ……保健室のベッドで眠っているはずなのに上靴とフローリングがぶつかっている音が。
オシドリからすれば気を失う事とぐっすりと眠るのは違うとか。頭が混乱しているな。
高ぶっていた気分を抑えるために飲んだ。睡眠薬のせいで目覚めているはずなのに目がそれほど開かず、近くを歩いているやつの姿が確認しづらい。
保健室の先生? いや、靴の種類が違う。この音は上靴か。だったらオシドリか、けど放課後にくるとか言っていたし。まだそんな時間じゃ。
「聞こえている? フウガくん」
ベッドの傍らに立っているやつが……ぼんやりと見えている制服で女の子だと言う事は分かるが。声だけでは判別ができない。
でも、どこかで聞いたような声。
「反応が分かりづらいんだけど。薄らと目が開いているから聞こえているんでしょうね」
口を動かしているのに、全く声がでない。
それでも頭が上手く働いてない状態でも、目の前にいるやつの正体は完璧に理解をしていた。
「お前の、仕業なんだろう」
「そうだけど。半分は、フウガくんのせい。いやいや、きみのためって言うほうが正しいのかな」
保健室で眠っている女の子達から血を抜き取っていくようなやつだし。まともな性格をしているとは思っていなかったが。
「性格が、悪そうだよな。お前」
全く……どんだけ強力な睡眠薬を飲ませてくれたんだか。半分はオオカミだって言うのにな。これだけ本気で身体を動かそうとしているのに。
「人のせいになんかするなよな。お前の事情を、知らねーからよ。もしかしたら、本当におれのせいかもしれないけど」
なんとか身体を起こし。身体をふらつかせながら、ベッドの上で立ち上がる。
「お前よりは……まだマシだ。てめえの頭が腐っている事だけは、よく分かる。見てくれは良さそうなだけに、なおさら残念だな」
頭の血管でもぶち切れているようで、目の前の腐っている女が身体を震わせて。あー、いや。おれの視界がぐにゃぐにゃとしているだけかも。
そんな事はさておき……やっぱりがまんをするのは良くなさそうだ。
「どうしたんだ。例の女の子達みたいに血を抜かないのか? それとも、てめえの腐っている血液と交換できたから……もう必要ないのか。だとしても性格の悪さはどうにもならないから諦めておけよな」
まだまだ言い足りないけど、これくらいにしておくかな。腐っている頭もちとは言え、一応は女の子だ。こちらから、殴ったり蹴ったりするのは気が引ける。
そもそも睡眠薬のせいで立ち上がるのが、ぎりぎりみたいだしな。
視界がぐにゃぐにゃで分かりづらいけど、頭に血を上らせてくれたようで。改ぞうした注射器みたいなものを、おれにつき刺そうとしてきていた。
「はっ、言う通りだったな。今のおれが本気をだしちゃっても、ベッドの上で立ち上がるのがやっとらしいな」
でも、これだけで充分なんだろう。あんなていどの悪口をおれに言うなんて事は。
「ほらっ、本気をだしてやったんだ。さっさと助けろよな……チート吸血鬼」
保健室で、太陽の光もそんなに射しこんできてないのに。おれの足もとから伸びている影は黒く、とてもはっきりとしている。
そんな影の中からすばやく、女の子みたいな細い右腕が勢い良く飛びだしてきた。おれの身体につき刺そうとしていやがる、改ぞうした注射器を。その右手がつかんで握りつぶしていく。
が、おれの影の中からでてきたのはチート吸血鬼じゃなかった。ヨミカさんと似たような姿をしているけど、明らかに匂いが違う。
基本的に女の子は、甘い匂いをさせているが。目の前のやつは、あのチート吸血鬼と。
「誰だ?」
「はじめまして。ザンカです」
ま、はじめて会ったやつに自己紹介をするのは普通で正しい事なんだろうが。ナイフで襲いかかろうしている女が後ろにいるのに、背中を向けるのは。
「ふふ、ザンカは強いからね。背中を向けても平気なのです」
おれの知り合いには他人の考えている事を読むのが上手なかたが多すぎだよな。
ザンカ? だと名のっている……おそらく吸血鬼にとって。ナイフがあろうがなかろうが全く問題ないようで。人差し指と中指だけで挟み、軽く受けとめている。
「ねえねえ、お兄ちゃん」
多分、おれのほうが年下のように見えると思うのだが。ザンカがそう呼んできた。見た目のせいだろうけど、ヨミカさんに呼ばれているみたいで……なんだか背中がかゆい。
「ヨミカからね。どうしたら良いか、分からない時は近くにいる誰かに相談するんだよ、って言われているの。それでね、このナイフをつき刺そうとしてきた女の子をどうすれば良いのかな?」
言葉を覚えたての子どもみたいな、奇妙なイントネーションで。ザンカがこちらに話しかけてきた。
「とりあえず、そのナイフを天井に投げたら良いと思うよ」
「女の子も一緒に?」
そう、ザンカがぶっそうな台詞を口にしたからか、犯人の女の子がナイフから手をはなしている。
「いや。ナイフだけ」
「了解です」
うれしそうに笑みを浮かべて……ザンカは人差し指と中指で挟んでいるナイフを。
「あ」
天井に投げるのと、ほとんど同時に彼女はそんな声をだした。多分だけど、しまったとでも言いたそうな表情をしている。
その理由は、天井のほうから響いてきた音のおかげですぐに分かった。視界がぼやけていて見えづらいが、勢い良く投げすぎたようで……ナイフのもつところさえもめりこんでしまっているっぽい。
「怒られる、かも」
「いや。ナイフを天井に投げるように言ったのは、お兄ちゃんなんだから。ザンカちゃんが気にする必要はないよ」
それに……普通のナイフをあんな風にするザンカを目の前にして抵抗や逃げる事は意味がないと判断したか。犯人の女の子はへたりこんでいた。
皮肉とでも言うのかね、吸血鬼の真似事をしていたやつが。と、やっぱり強力すぎだよな……この睡眠薬。
「それじゃあ、ナイフの事で。ザンカが怒られそうになったら、お兄ちゃんのせいにしても良いの?」
「ああ。ザンカちゃんは、おれの命を救ってくれたからね。それくらい」
意識が飛び、不思議そうに首を傾げているザンカにもたれかかりそうになったが。なんとか踏みとどまり、膝をおり曲げる。
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
ベッドの上で……なにかの虫みたいに丸くなっているおれの姿を。ザンカが心配そうに見下ろしている、ように見えた。
「疲れた、だけだよ」
一応、おれの言葉は聞こえたんだろうな。ザンカがにんまりと笑っている。けど、すぐに視界は真っ暗に。
たっぷりと放課後まで眠り、目を覚まして少ししてから。保健室のベッドの傍らで……パイプ椅子に座っていたチート吸血鬼に。
「今回の事件の犯人は、以前にフウちゃんにおつき合いする事を断られた女の子だった」
そう言われた。
「いやな世界だよな。ここって」
とも、チート吸血鬼は口に。
今回の事件で。保健室を利用している女子生徒達から血を抜いていたのは、呪いのためらしい。
フウちゃんを呪うためじゃない。むしろ逆だ。クールビューティーなきみと恋仲になるために血を集めていたんだよ。
うん? 可愛らしい見た目をしているんだから、クールビューティーでも良いだろう。細かい事は気にするな。
分かった分かった……意外とフウちゃんと話をするのは楽しいんだがね。
フウちゃんと恋仲になるために血を集めていた、ってところまでは話したな。別にそれほど、ややこしい話でもないさ。
どちらかと言えば、シンプルすぎる。
思春期の女の子、限定ではないようだが。占いが好きらしいな、人間の女の子ってやつは。そうそう天気予報のついでに今日の運勢を、ってか。
スマートフォン、とやらを。おれはもってないから詳しくは分からないんだけど。それを使ってインターネット上でも占いができるみたいだな。
当たらない館? さあね、そのサイト? が気になるのなら……ヨミカちゃんのほうに聞いてくれ。意外でもなく可愛らしい女の子だからね。彼女もインターネット上で占いをするとかなんとか。
おいおい、話を先にまとめるなよ。
確かに、その通りなんだけどさ。
色々と言いたそうな顔をしているが。今回の犯人の女の子の考えは理解できなくもない事だろう。
おつき合いをしてみたいと思っていた異性に振られ、気分が沈んでいた。そこに、占いと言う指針。いや……恋仲になれるかもしれないって可能性が目の前にぶら下がってきたならば、手を伸ばすのが人情。
お前が言うな、とでも言いたそうだな。
けど、純粋な吸血鬼である……おれだからこそ。こう言えると思うがね。同種の人間であるフウちゃんが達観したようにこんな事を言えば、きらわれるのは火を見るより明らかだ。
まだ思春期のガキなんだろう。だったら、なおさら言うべきじゃないね。子どもなら、子どもらしくしておけ。
知らない間に大人になっていて。
「それでも、彼女は今回の事件の犯人だ」
「そうそう。そんな風な子どもっぽい台詞をなかなか口にできなくなるみたいだからな」
子どもっぽいと言うよりは……少年漫画の主人公みたいな台詞を。のほうが分かりやすかったかな? と、女の子の姿になっているチート吸血鬼がからかうように笑っていた。