吐露
「今回の犯人が人間とこちらがわとのハーフだと思っていると言うよりは。純粋な吸血鬼だとしたら色々と雑すぎるって感じなんだ」
ヨミカさんに、後ろから抱きついたままでいるチート吸血鬼がそう口を動かしていた。気のせいかもしれないが先ほどよりも目つきが悪くなっているような。
もしかして、おれをにらんでいるのか?
「どうかしたの? フウくん」
「あ。いや……少し眠いだけです」
ヨミカさんはチート吸血鬼に抱きつかれているので後ろのやつの表情の変化に気づいてない。
「そっか。だってさ、できるだけ短く簡単に説明してあげたほうが良いんじゃない?」
「逆にそんなに長くできるような話でもないんだけどね。ま、ヨミカちゃんがそう言うのなら、がんばってみるよ」
だるまさんがころんだ……をしている時のようにヨミカさんが視線を向けると。チート吸血鬼の表情は普段と同じ、にやついているものになっていた。
「それと、そろそろはなれてくれない」
「今夜は意外と冷えるから、ヨミカちゃんにくっついていたいんだけどね」
「フウくんの教育にも、色々と悪いから」
「ヨミカちゃんにそこまで頼まれたら、はなれないといけないか。とても残念だけど」
確かに、ヨミカちゃんの言うようにおれが抱きついている姿をフウちゃんに見せるのは教育に悪そうだよね。そう、チート吸血鬼が含み笑いをしている。
「今日は、すなおなのね」
「んー、はなれてほしくなかったの?」
「いや。そう言う時は大体……ううん。やっぱり、なんでもない」
ヨミカさんの反応を見て、チート吸血鬼が不思議そうな表情をしていたけど。すぐに、こちらのほうに視線を向けてきていた。
「どこまで話したっけ?」
「吸血鬼が今回の事件の犯人だった場合は、雑なところがありすぎるとかなんとか」
「犯人って言葉をこちらがわに対して」
「それは聞きました」
どうやら、ぼけだったようでチート吸血鬼が楽しそうに笑っている。
「悪い悪い。どうにも、この姿の時は年下の男の子をからかいたくなるようでね、許しておいてくれ」
「本当にそう思うのなら、できるだけはやく話をおわらせてくれると助かります」
オシドリが起きてくる可能性も、全くないとは言い切れないしな。
「分かったよ。結論から言うと吸血鬼が犯人だったら傷痕を残す事がない。例外はあるが基本的にはないんだ」
「それは、おれも知ってます。吸血鬼が傷痕を残すのはマーキングをする時だけ、でしたっけ?」
「そうだ。それも一人だけだな。少し前にも話した気もするが吸血鬼にも好みってものがある。格別な血をつくってくれるとか、血を吸っている時の表情が可愛いとか……そんな感じの理由でだ」
どこかにマーキングをされているかもしれないと思っているようで、ヨミカさんが自身の身体を確認している。
と言うか、知らなかったのか。
「心配しなくても、ヨミカちゃんのきれいな身体にはそんな事してないよ。おれは、その可愛い顔を覚えているからさ」
「できれば、忘れてほしいわね」
なかなか厳しい事を言われていると思うのだがチート吸血鬼は気にしてなさそう。
「それはさておき、吸血鬼がマーキングする理由は識別するためだけで。今回みたいに、血を吸った事を認識させないはずなんだ」
むしろ、そんな事をすればするほどに血を吸いづらくなるんだから。と、チート吸血鬼は続けている。
「スリルを味わっている、って可能性は? 人間的な考えかただけど、普通に血を吸う事に飽きちゃったとか」
「全くないとは言えないけど……そんな事をする吸血鬼は少ないかな。スリルより、血が美味しいかどうかを優先するやつがほとんどだろうし」
例外もいるみたいだけどね。と、知り合いの吸血鬼の事でも考えているようで。
「ま、その血を吸われた女の子達に共通点があるのなら可能性はあるかもしれない。その辺りはどうなんだ? フウちゃん」
おそらく、知り合いの吸血鬼の事を考えていたであろうチート吸血鬼に。いきなり声をかけられたので反応が遅れた。
「性別以外だと、保健室に通っていたって事ぐらい。そう言えば、オシドリ。今、ここにいる女友達にトコヨさんと同じような質問をしたら怒られちゃいました」
そう言えば、そんな事も言っていたっけ。みたいな顔つきをしているチート吸血鬼。
「具体的には、なんて質問したの?」
「えっと、その血を吸われた女の子達は似たような理由で保健室に通っていたんじゃないのか、と」
「あー、なるほどね」
ヨミカさんに聞かれた通りに……オシドリに質問した事を教えると。なんとも言えない表情になってしまっている。
チート吸血鬼は、おれと同じで。どうして怒られてしまったのか分からないようで首を傾げていた。
「オシドリ。その女友達は、今回の事件とは関係ないって言ってましたが」
「確かに、保健室に通っている理由については関係がなさそうだけど。ストーカー、少し耳を貸して」
おれに聞かせられないような……教育的に悪い事なのか。ヨミカさんがチート吸血鬼に耳打ちをしている。
「多分、その事なんだと思うんだけど。血の美味しさとかに変化があったりするの?」
「美味しいかどうかはともかく、間違いなく味のほうは変化しているだろうから、その血を好む吸血鬼がいても不思議じゃない」
そう言っているチート吸血鬼に。
「でも……そうだとしたら吸血鬼らしくないやりかたをしているのは。あえて、って事になるんですかね?」
おれはそんな台詞を口にしていた。
「この仮説が正しければ、そうなるな」
珍しく真剣な表情をしているチート吸血鬼がこちらに近づきながら、つぶやいている。
「そうだとしたらオオカミくんは今回の事件からは手を引くべきだな」
「足手まとい、って言いたいんですか」
「フウくん。ストーカーは別に」
「ああ、その通りだ。オオカミくんていどのレベルなら、なおさら邪魔だ。それに自分の思いを貫き」
チート吸血鬼の顔面をぶん殴ろうとしたのに……あっさりと人差し指と中指だけで受けとめられた。
「どうせ殴るなら、殺す気でやれ。これだけ言われても本気で怒る事ができないから」
ヨミカさんに殴られるとでも思ったのか。チート吸血鬼が唇を動かすのをやめ、そちらのほうに視線を向けている。
「代わりに怒ってあげないの?」
「今……わたしがストーカーを殴るのは筋が違うと思う。それに言いかたは悪いとしても最低でも犯人の正体が確定するまでは、フウくんは関わらないほうが」
「分かってますよ」
ヨミカさんとチート吸血鬼に背を向けて、自宅の玄関のほうへと歩いていく。気のせいかもしれないが普段よりも身体が重くなっているような。
「なかなかクレバーだな。オオカミくん」
「本気で怒る事ができないやつの特権かと。これで頭のほうまで悪かったら……それこそ最低でしょう」
ヨミカさんが、おれになにかを言いかけたように見えたけど。今は、どんな言葉も聞きたくない。そう伝えたかったのか、玄関の扉を勢い良く閉めてしまっていた。
足手まといだとか、どうとか以前にチート吸血鬼の言っている通りに。どっちつかずな選択しかできない自分に腹が立っている。
ヨミカさんの事を本当に諦めているのならエクソシストのバイトなんかさっさとやめ、普通の高校生活ってやつをすごせば良いだけなんだ。
そうすれば、少なくともヨミカさんと顔を合わせる事も少なくなる。どこかでばったり会っても、色々な思いに納得をできるのに。
もしかしたら。なんて……ほとんどありえない、ぐうぜんだけを期待していて。ヨミカさんの思いを分かっているはずなのに、女々しく願い続けている。
「せめて……おれがあのチート吸血鬼と同じぐらいの力をもってたら。なにかが変わったのかな」
いや、同じだな。ヨミカさんと肩を並べるほどの存在になれたとしても結局は。
「別に、女々しく願い続けたって良いと思うよ。今は男女平等の時代みたいだしさ」
「人の心を勝手に読まないでくれないか」
「フウちゃんが誰にでも分かっちゃうような表情をしているからかと」
目の前に立っているオシドリが、なに事もなかったかのようにおれのほうに普段と同じ笑みを浮かべている、
「こわい夢でも見ちゃったの?」
「ああ。それでトイレにいけなかったんだ。きてくれて助かったよ」
玄関の扉にもたれるのをやめ、スニーカーを脱いで、オシドリのいるところに近づいていく。
「オシドリもか?」
「デリカシー」
オシドリが小さな子どもみたいに……頬をふくらませている。
「悪い悪い。今は」
「甘えてくれても良いんだよ」
「からかうなよ。オシドリのくせに」
「分かった」
普段と同じように笑いオシドリは寝室に。
「やぶさかではないから」
「なにがだよ」
「女の子からは言いづらい事だよ」
寝室の扉を半開きにして、こちらをのぞきこんでいたオシドリがゆっくり閉めている。
鍵をかける音がしない。
暗くて見えづらかったけどオシドリが顔を赤くしていたのは。
「そんな事できるなら、とっくに告白なんかしているっつーの」
ヨミカさんとチート吸血鬼がいなくなっている事を確認し、また自宅をでた。
どこか……その辺をはしり回りたいけど。力不足だとしても吸血鬼かもしれない犯人がこないとも限らない。
そもそも今のおれがオシドリを絶対に襲わないって可能性も。
「今夜も眠れそうにないな、色々な意味で」
疲れているからか、足もとから伸びている黒い影が笑っているように見えていた。