色々と複雑
人を犯す存在。って言葉を省略して犯人と言えなくもないんだから、間違ってはないんじゃないのか……とチート吸血鬼に伝え。
オシドリを追いかけていき、寝具やらなんやらをこちらの家のほうに運んだ。
夕食をおえて、オシドリが眠った事を確認してから家の外にでると。
「いきなり、はしりだすなよ」
月明かりに照らされ、伸びている自分の影から勢い良くでてきたチート吸血鬼が、唇をとがらせている。
「それは悪かったよ。オシドリが変な連中に絡まれそうだったので、勘弁してくれま」
「ほれているのか? オシドリちゃんに」
おれの言葉を遮って、チート吸血鬼が声を低くしながら聞いてきていた。
「あんたは本当にシンプルだよな。そんなんじゃなくて。小さい頃からの、つき合いってものもあるかと、それに」
このチート吸血鬼だからな、匂いやら色々な事ですでに分かっているとは思うけど。
「そちらがわとのハーフみたいでね。色々と面倒な事を引き寄せやすい体質みたいです」
だからこそ、今回の事件を面白がっているやつに対し、あれほど冷たくなる。オシドリ本人にはそう言う被害はなかったが、気分的にはとても悪いだろうしな。
「なるほど。道理で他の女子生徒よりも香水の匂いが強かったんだな。もしかしたら……お仲間さんかもしれないし、軽く話をしたいものだね」
「二枚舌」
「キスをする時に便利そうな事で」
なまじ……女の子の姿になっているからかチート吸血鬼が赤い舌をだしているだけなのに、心臓の音がやけに大きくなっていた。
きれいや可愛らしいと言うより、あやしい色気が漂っている印象。相手は、あのチート吸血鬼だと頭で分かっているのに。
「妙な香りをださないでくれません。また、なにかを食べて新しい能力でも得たとか?」
「まあな。それにしても、そこまでする事はないだろうに」
先ほどチート吸血鬼がだしていたであろう奇妙な香りの効果を半減させるために、親指をおり曲げていた。
「仲良くしたい……とまでは思ってないが。ヨミカちゃんに怒られるのはできるだけ避けたいからな。この前なんか死にかけたし」
「チート吸血鬼もジョークを言えるようで」
「ジョークじゃないんだがね。ま、悪いのはこっちだったんだけど。ヨミカちゃんもその事を気にしてくれているからか最近はパンチじゃなくチョップにしてくれているんだ……奥ゆかしいと思わないか?」
「あんたが変な事をしなければ、ヨミカさんも手をだす必要がなくなるだけの話では」
「それもそうだな。けど、ヨミカちゃんとのスキンシップだと思えば案外、楽しいものだからな」
その事については……またヒマな時にでも考えるとして。左手をだせ、その親指をなおしてやる。と女の子の姿になっているチート吸血鬼が口にしている。
「おり曲げたのはおれなんだから、あんたがなおす必要はないと思うが」
「訳の分からない事を言うんだな……そんなに異性に触れられるのがいやなのか?」
あのオシドリちゃんとか言う女の子とは、手を握っていただろうに。とチート吸血鬼が口にしていた。
「あんたが異性になっているからこそ、おれはいやだと思っているんだよ」
もっと訳の分からない事を言うやつだな。とでも言いたそうな顔つきをしているチート吸血鬼がため息をついている。
「まあ、なんだ。おれをきらいな事だけは、はっきりと分かったが。そのおれている親指を見たらヨミカちゃんはこの上なく心配すると思うんだが?」
「誰のせいで」
「だから、その本人がなおしてやると言っているんだろう」
そう言いつつ、チート吸血鬼はおれの背後に一瞬で移動をしていた。左手を強引につかんで、おれている親指を口の中に。
「おっと」
女の子の姿になっているチート吸血鬼が、おれのおれている親指を口の中に入れようとした瞬間。鋭い爪を伸ばして、貫こうとしてしまった。
「んー、なんだ。まだコントロールできないのか。と言うよりは」
顔に穴が空いていたかもしれないのに冷静におれの事を分析しながら楽しそうに笑っていやがる。
「ああ、なるほど。それで……この姿をいやがっていたのか。悪かった、それはその親指で勘弁しておいてくれ」
なんの事を言っているんだ? と思ったが左手を見ると、先ほどまでおれていた親指がもとに戻っていた。
「水でながさないとな」
「おお。水にながしてくれるのかフウちゃんは寛大で助かるね」
「ぼけているのか?」
女の子の姿だからだと信じたいが耳の悪いチート吸血鬼が首を傾げているのを見て。
「頼むから、その姿はやめてくれないか」
普通の人間としても、そちらがわとしても襲いたくなってしまいそうな。
「安心しろ。おれはフウちゃんに絶対になびいたりしないからさ」
「やっぱり、耳は悪いみたいだな」
「それは、お互いさまだ」
左手の親指から垂れた唾液がコンクリートにぶつかった音さえも聞こえるほどなのに、耳が悪い訳ないだろうが。
「仲良くなったみたいだね」
しばらくの間、チート吸血鬼と今回の事件の話をしていると。息を切らしているヨミカさんが近づいてきていた。
「やっぱり、男の子同士だから話をしやすいのかな?」
「そんなんじゃありませんよ。トコヨさんが質問をしてくるので、それに答えているだけです」
ふーん、そうなんだね……とヨミカさんが女の子の姿になっているチート吸血鬼に視線を向けている。
多分、事前にヨミカさんと打ち合わせしていた訳ではなくチート吸血鬼が勝手にそんな事をしたから驚いているのかもしれないな。
「好きな女の子のタイプとか?」
「からかわないでくれませんか」
「ルナだったら、わたしもおすすめするよ」
「ルナさんはきれいで可愛らしいですけど。あれは、ヨミカさんの勘違いですから」
「そうだったね。分かっているって」
なんて言っているが、笑みを浮かべているのでルナさんとの事は、ヨミカさんに誤解をされたままなんだと思う。
「とりあえず、フウちゃんの話はおいといてもらって。ヨミカちゃん、やっぱり今回の事は吸血鬼が犯人じゃなさそうだよ」
と、助け船をだしたつもりはないんだろうが。ちょうど良いタイミングでチート吸血鬼が話題を変えてくれていた。
「そう。ハエとかヘビの可能性はあるの?」
「吸血鬼よりは可能性があるとは思うけど。昼間に話していたように、今回の犯人は人間だと考えるべきだね」
ヨミカさんの質問に答えつつチート吸血鬼がなにかを確信しているように唇を動かしている。
「なんで、犯人が人間なんだ?」
「もう少し正確に言うなら人間とこちらがわのハーフみたいな存在だと思っている。フウちゃんなら……理由を言わなくても分かってくれると思うが?」
「おれはそんなに鋭くないからな。ちゃんと言えよ。分かりやすくな」
「あー、またやってしまったのか」
おれがなにに対して怒っているのか分からないようで、チート吸血鬼はあっけらかんとそんな台詞を口にしていた。
「別に、フウちゃんの事は疑ってない。多少コントロールが乱れるところがあるみたいだけど、今回の」
「トコヨ。とりあえず、犯人が人間とそちらがわとのハーフだって。思っている事を先に説明してあげて」
おれが……チート吸血鬼に殴りかかったりしないようにするためかヨミカさんが目の前に移動をしている。
こちらに背を向けているので、表情は見えないが真剣な顔つきになっている……はず。
「それと、フウくんのほうも相手の話を最後まで聞いてから怒らないと駄目だよ」
ま、わたしが堂々と言えた事でもないんだけどね。と笑っている声が聞こえた。
「すみません」
「うん。分かってくれたらオッケー」
多分、こんな風に反省した時と同じようにヨミカさんがおれの頭をなでようとして……こちらに振り向くのとほとんど同時に。
女の子の姿になっているチート吸血鬼が、振り向いたヨミカさんを後ろから抱きしめている。
その理由は分からないが。わざとではないと思うのだが、ヨミカさんの胸の辺りを。
「また、顔がなくなっちゃうわよ」
ヨミカさんがなにかをつぶやくと、チート吸血鬼の動きがとまった。背中に抱きついたまま、お腹のほうに両手を移動させている。
「抱きつくのは、オッケーなんだよね?」
「ストーカーの仮名を呼んじゃった時点で、なんとなく分かっていたからよ。それに今の姿はさすがに殴りづらい」
「ザンカに感謝しないといけないな」
「そうね。たっぷり感謝しておきなさい」
チート吸血鬼のほうからは見えづらかったんだろう。
「フウくん。あんまり変なものを見ない」
女の子が、それっぽいものに抱きつかれているところは教育的に悪いと思ったようで、ヨミカさんがそんなことを言っている。
「おれ。もう高校生ですよ」
「高校生だからよ。フウくんはこんな事にはならないと思っているけど……念のため」
ヨミカさんがおれの両肩をつかみ、回れ右をさせていた。多分、教育的に悪いと思ったのは本当なんだろうが。
「ヨミカさん」
「ん。なにかな? フウくん」
「ないとは思いますが。おれが本当にがまんできなくなってしまったら」
「平気だと思うよ」
おれの後ろに立っているヨミカさんが両肩を同時に軽く叩いている。それに、気のせいかもしれないが声が近くなって。
耳もとに唇を近づけているのかヨミカさんの息づかいが鮮明に聞こえている。
「とは言っても……全く可能性がない訳じゃないからね。そうなっちゃったら、真っ先にわたしを襲ってくれると助かるかな。あばら骨の二、三本ぐらいは、へし折られる覚悟をしてもらう事になるけど」
「絶対に、そうならないようにします」
そんな風に言いながら、はなれて。ヨミカさんのいるほうへと振り向いた。
「なれなれしかったね。今日は、普段よりも懐いてくれている気がしちゃってさ」
きんちょうしていて顔が強ばっていただけなのに、ヨミカさんが笑みを浮かべていた。
「そんな事ないですよ。これでもヨミカさんに懐いているつもり……かと」
「もっと懐いてくれて良いんだよ」
「トコヨさんが嫉妬してしまうと思うので、今日はやめておきます」
なんで、このストーカーがフウくんに嫉妬するの? とでも言いたそうな顔つきをしているヨミカさん。
「嫉妬なんか、しないわよね?」
「嫉妬はしないけど……そう言う事は本人に聞かないほうが良いと思うよ」
「そう」
チート吸血鬼に向けていた視線をこちらのほうに向けながら、ヨミカさんがにやついていた。




