後ろ歩きはやめよう
吸血鬼に限らないが、こちらがわにも趣味嗜好ってものが多少はある。年齢が若ければ若いほど良い、と言うやつもいるだろうが。
それなりに熟成をさせてから、って考えるタイプのやつもいるって事さ。
今回はそれが思春期のガキ。じゃなくて、十代半ば。人間で言うのなら高校生ぐらいがそいつにとって好みって訳だな。
ん……ああ。確かに趣味嗜好の話はそれで良いとしても、どうしてこの学校だけ狙っているのかに関しては分かってないな。
さあね……同じ吸血鬼とは言っても、別の生きものなんだからそいつの考えまでは残念ながらだ。
もしかしたら、おれがヨミカちゃんにほれちゃっているみたいに。この校舎に一目ぼれでもしちゃったんじゃないのか?
なんて感じでチート吸血鬼は話をまとめていたっけな。
結局、ヨミカさんもチート吸血鬼も事件の全容について知らないから、あんなコスプレをして学校にきているらしいけど。
そもそも……今回の件は本当に。
「フウちゃん」
「ああ、悪い悪い。話を続けてくれ」
放課後。オシドリの家に教科書やなんやらを取りにいく途中で。それとなく、最近起こっている学校での奇妙な事件について。
そう言えば昨夜もその事を話していたような、もう忘れてしまったが。
「もうフウちゃんが頭を真っ白にさせちゃうから、どこまで話したか忘れちゃったよ」
「それなら、ちょうど良いや。もう一回……はじめから話してくれ」
怒っているオシドリには悪いが、話の順序がぐちゃぐちゃで分かりづらかったからな。
「だったらフウちゃんが先に話して。分からないところは、わたしが補足してあげるからさ」
「確かに、そのほうが楽そうだな」
「どう言う意味かな?」
「細かい事だ。気にしないでくれ」
と言われて、本当に気にしないやつはあんまりいないよな。後で、コンビニで肉まんをおごる事を約束するとオシドリは笑みを浮かべてくれていた。
「クチドメ料だね」
「まあ、そんな感じだな」
「できれば、あんまんもほしいな」
「それで気にしないでくれるのなら、いくらでも買ってやるよ」
「まるでメンチカツだね、わたし達」
オシドリの事だから、それほど言葉の意味はないと思いたい。と言うか、なにと間違えたんだろうな。
「それはさておき……話を戻して良いか? 確か、その奇妙な事件ってのは基本的に学校でしか発生してないんだよな」
「うん。そうそう」
話の切り替えが強引すぎるかとも思ったがオシドリは気にしてないようで、おれの話に対して首を縦に振っている。
「もう少し具体的に言うなら、保健室を利用していた生徒限定って感じかな」
誰かからのまた聞きで得た情報だから……多少の違いはあるかもしれない。とオシドリが念を押していた。
「その保健室を利用していた生徒の共通点は性別だけだったんだよな?」
「うん。皆、女の子だね。それは確実」
保健室を利用していた理由に共通点がないかと思ったりもしたが……オシドリの聞いた範囲ではなかったらしい。
隠し事をしていると思った訳ではないのだけど。オシドリがその女子生徒達が保健室を利用していることについて言いあぐねている気がしたので言及したら。
「フウちゃんも男の子なんだから、女の子のシークレットブーツを脱がそうとしたら駄目なんだよ」
そんな感じで怒られてしまった。
意味は分からないけど今回の事件とは関係がなさそうなのでスルーしておこう。多分、触れてはいけない部分の話なのかね。
「理由のほうは良いとして……保健室を利用していたんだから、どこかに傷痕があったりしなかったか?」
「うーん、それはあったかな。保健室を利用していた事とは別で……確か小さな穴がそれぞれの腕の辺りに一つずつ」
そうそう、あったあった。コンビニとかで売っている注射器みたいな針で刺した小さな穴が一つ、腕の辺りにね。とオシドリが思いだしたように続けている。
「その小さな穴が、吸血鬼にかみつかれちゃったみたいに見えるから。ん、でも……それなら穴は二つないと変だよね?」
「そうだろうけど。誰かがインパクトのある吸血鬼ってワードを使いたかったんじゃないのか」
「話題性を高めるために?」
「だろうな。不謹慎とまでは言わないが盛り上がる話をつくるためには多少のうそも」
「酷い話」
つぶやいたつもりだったと思うがオシドリの低くて、どこか冷たいその声ははっきりとこちらの耳に届いていた。
「あ、今のはね」
「いや。オシドリの反応は正しいと思うよ」
「でも……わたしも同じ穴のムジナみたいなものなのに」
「そう考えられるだけ、多少は良いやつなんじゃないのか。そもそも完璧な聖人なんて、この世に存在できる訳がないんだし」
隣を歩いているオシドリがおれの前に回りこみ、顔をのぞきこむように見上げている。
「フウちゃんはたまにアダルトチックな事を口にするよね」
「そうか? それよりも後ろ歩きするなよ、転んだりするかもしれないだろう」
「絶対に、フウちゃんが転ばないようにしてくれると思うから、平気平気」
「勝手なやつ」
オシドリには言えないけど今みたいな事を本人に口にできる人間はとんでもない善人、もしくは悪人のどちらかだよな。
「参考に……オシドリの推理みたいなものを聞いておきたいんだが良いか?」
「推理もなにもその犯人は吸血鬼で、女の子達の腕にかみついただけなんじゃないの」
「それじゃあ、その腕についている小さな穴が一つしかなかったのは?」
小さな穴の事について考えているようで、オシドリが目をつぶっている。さすがにその状態で後ろ歩きをさせる訳にはいかない。
「わっ」
ので、オシドリが動かないように手を握りしめると声を上げられてしまった。
「だから、後ろ歩きするなって」
「う、うん」
そんなに強く怒ったつもりはないのに……オシドリが伏し目がちになっている。
おれの気のせいなのか、夕日のせいでそう見えているのか、オシドリの頬が赤くなっているような。
「後ろ歩き、しないから」
「おう。それなら」
こちらから手をはなそうとしているのに、逆にオシドリが握りしめてきていた。
「もう、人の話は最後まで聞くの。後ろ歩きしないとは言ったけど……手をはなしてとは言ってないよ」
「まあ、そうだな」
そろそろ、日が完全に沈みそうで暗くなりそうなのに。オシドリがおれの右手をやわらかな両手で触りまくっている。
「その女の子達のそれぞれの腕に、小さな穴が一つしかなかったのはね」
すでに忘れられてしまった話題だと思っていたんだけどな。オシドリなりの推理がまとまったんだろう。
「多分ね、かみついた吸血鬼がそうなるようにしたんだと思う」
「注射器が刺さったみたいに見えるように、その犯人の吸血鬼が工夫したって事だな」
「うんうん」
「それはさておき、おれの右手をいじくっている理由のほうも教えて」
オシドリがおれの右手を触るのをやめて、逃げだした。少なくとも後ろ向きではしってないので、転ぶ事はないはず。
自宅のほうに向かっているであろう、オシドリをすぐに追いかけようとも思ったが……その前に。
「今回の事件の話はそんな感じだったらしいですけど、そちらがわとしてはどう思いますか?」
夕日に照らされてコンクリートの上に伸びている自分の影に向かって、そんな風に声をかけると。
影から、ゆっくりと右腕がでてきた。左右に揺れてて、なんだか別れの挨拶をしているようにも見えていた。
「おれの手は握ってくれないんだな? 同じような、可愛らしい異性のものだろうに」
先ほどのオシドリとのやり取りの事でも、おちょくっているようで影の中から上半身をだしているチート吸血鬼がにやついている。
「あんたはどんな姿になろうと可愛くは見えないと思うがな」
「悪態か。そう言うのはおれだけにしておけよな。特に、ヨミカちゃんはお前の事を本当に気にしているんだから」
影の中から完全にでてきたチート吸血鬼が穿いているスカートを軽く叩いていた。
「と言うか……オシドリちゃんだったか? 彼女に対しては普通にできているのに、どうしてヨミカちゃんには」
「その話はあんたがしゃしゃりでてくるものじゃないかと。おれとヨミカさんだけの問題なんですから、絡ま」
「ま、それもそうだな。悪かったよ」
最後まで聞かずに、勝手に謝るなよな。
今回の事件の詳細を聞いて、なにか意見はないか? だったよな……とチート吸血鬼がおれに確認をしている。
「こちらがわと言うよりは可能性の話だが、吸血鬼以外の生きものが犯人である場合も、ありそうな感じだな」
ところで、細かい事なんだが。人間以外の生きものに対して、犯人って言葉を使うのは少し変じゃないか?
と……おそらく一番この世界で道理をねじ曲げている存在のチート吸血鬼が、そうつっこんでいた。




