笑顔の種類
普通の妻にレベルアップをしたからか……ソファーに座っているオシドリがうれしそうにベーコンエッグを食べている。
「フウちゃん、なんか眠そうだね」
「オシドリの気のせいだよ」
オシドリをベッドに寝かせていて、一睡もできなかったと言うのは色々と駄目だよな。それにオオカミの血が騒いでいたのを抑えるほうが大変だったし。
「わたしを襲うのをがまんしていたとか?」
返答がむずかしい質問をしてきやがった。
「とても魅了的なオシドリさんを襲うつもりはなかったよ」
「ふーん」
「オシドリさんは可愛いけどね」
「おべっかは良いから。はやく食べて」
心にもない事は言うべきじゃないな。見てくれに関しては本当にそう思っていたりするが上手く伝わらないみたいだし。
食べおわったようで、オシドリが手を合わせている。食器をキッチンにもっていき……また目の前のソファーに座りなおしていた。
「それじゃあ、わたしは先にいくから。また学校で会いましょう」
「おう」
そう言えば、オシドリは律儀に教科書とかを家にもって帰るタイプだったっけ? 毎日毎日、重そうにスクールバッグを肩にかけていたような。
「教科書とかを運ぶのなら、手伝おうか? 一人じゃ大変だろう?」
「ほ、放課後で良いよ。それに」
「うん? それに?」
なにかを言ったようでオシドリが口を開閉しているけど。声が小さくて、おれの耳には届かなかった。
「オシドリ……悪い。なんて言ったんだ? 聞こえなかったから、もう一回言ってくれ」
声が聞き取りやすいようにオシドリのいるところに顔を近づけると急に立ち上がった。勢いがつきすぎたのか、ソファーに背中から倒れこみそうになっている。
「おっ、ととと……と」
なんとか、ソファーには倒れこまなかったけど。慌てているようで、オシドリは廊下につながっている扉をばたばたと開けている。
「今日はね、一人で学校にいきたい気分だったり」
廊下につながっている扉を盾みたいにして身体の右半分を隠しつつ、オシドリがそんな風に唇を動かしていた。
毎朝この家にきているやつの台詞とは思えないが、本人がそう言っているんだから否定しようがない。
女の子は気分屋だって、誰かが言っていた気もするしな。多分、ルナさんから聞かされたんだっけ。
「そうなんだな。じゃあ、学校で」
「うん。学校で」
玄関の扉のほうへと音が遠ざかって、また戻ってきているっぽいな。同じように廊下につながっている扉を盾にしながら、オシドリがこちらをのぞきこんでいる。
「あのね、フウちゃんをきらいになってないよん。今日だけは一人で学校にいきたい気分なだけだからね」
と……なにかを言い訳するみたいにおれに聞かせていた。顔を赤くしているオシドリにそれ以上、言及するのは色々と駄目なような気がしたので。
「そんなに心配しなくても、おれもオシドリが好きだよ」
個人的には、気にしてないよ……の一言を女の子オブラートに包んだつもりなのだが。
なぜか、オシドリの頭から大量のけむりがでている。魚みたいに口を開けたり閉じたりをくり返していたかと思うと。
「わ、分かっているよ。フウちゃんはわたしの身体が心配なだけだよね」
オシドリの身体が心配? 昨夜おれが気絶させた事を。病気かなにかだと勘違いをしていて心配してくれている、とでも思っているのか?
そう思っているなら、しばらくの間。ここで寝泊まりする理由にもできそうだな。
「そうだな」
「わたしの身体が目当てなのね?」
「それは違うから……オシドリさんは魅力的だけどね」
「フウちゃんなんか健康になっちゃえ」
「お、おう。ありがと」
今のは悪口じゃないよな、照れ隠しで悪態をつかれるよりはうれしいけどさ。
「ふん。朝はこれくらいにしといてあげる」
「なんか悪いな」
なにをだよ……とか、つっこんだりして。もう少しオシドリと遊びたかったけど、ここから彼女の家まではそれなりに時間がかかるからな。
「あっ。お弁当もつくってあるから忘れないようにね」
玄関の扉を半開きにして中をのぞきこんでいるんだろうオシドリの声が廊下のほうから響いているが。おれが返事をする前に閉じてしまったようだ。
「本当に奥さんみたいだな」
らしくもなく、おれも少し気分が高まっているのかそんな言葉を口にしていた。
吸血鬼。血を吸う鬼のような存在だから、そう呼ばれているのだと思う。でも、そんな風にこわがられているやつなのに。
逆か、そんな風にこわがられているやつだからこそ、ニックネームみたいなものがあるんだったっけな。
こわくない存在だと認識するために。
名前をつけて、仲良くなるために。もしくは手なずけるために。
この話は……誰から聞いたんだっけな? 昨夜の影響と一睡もしてないから頭が上手く回らないのか思いだせない。
「かなり眠そうだな。あの元気そうな女の子と朝までゲームでもしていたのか?」
そんな吸血鬼。いや……弱点である太陽の光さえも全く問題がなさそうなチート吸血鬼が、おれの隣でヒマそうに欠伸をしている。
「寝てないだけだ。オシドリとはそんな関係でもないしな」
おれとチート吸血鬼の前を歩いているオシドリに気づかれないように注意しつつ、そう答えておいた。
「自分のベッドに眠らせて良いと思えるほどの関係なのに、冷たいやつだな」
「見ていたんですか?」
「ヨミカちゃんに頼まれたからな。でも……オオカミくんはおれの事がきらいみたいだしな、遠くから見てようと思ったんだが」
「ストーカーみたいな事をしているから話しかけたと?」
「話がはやくて助かるな。別に、心配はしてないんだ。眠っている女の子に手をだせないような奥手なんだし、見守っているだけなんだろう?」
と、おれが汚れてない事を確認するような言葉を口にしているが。ヨミカさんの事以外には興味がないようでにやついている。
個人的にはどっちでも良いんだけどな……チート吸血鬼がそう言っているような顔つきをしていた。
「それはそれとして、その姿は?」
おれが知らないだけでチート吸血鬼の本当の姿なのかもしれないと思って、今までつっこまなかったが。
チート吸血鬼が女装している。と言うよりは女性の身体つきに変化させている、が適切かもしれないな。しかもオシドリと同じ制服を着ていやがる。
不本意だが、見てくれもまあまあだし。
「こっちにも事情があってね」
「ヨミカさんに頼まれたんだろう。あんたはそれ以外には興味がないみたいだからな」
「そんな事もないんだがな。ルナちゃんにも目の前のフウちゃんにも興味はあるし」
「変な呼びかたをするなよ」
照れていた訳ではないのだが、おれが顔を逸らすと。チート吸血鬼が楽しそうに笑みを浮かべていた。
「がまんするなよ。ヨミカちゃんの知り合いだ、胸の一つや二つ触らせて」
「思春期の男の子をたぶらかさないの」
そんな声とともに、知らない間に近づいてきていたヨミカさんがチート吸血鬼の脳天に手刀をめりこませている。
「やあ、ヨミカちゃん。おはよう」
「挨拶する前に頭から吹きでている血をなんとかして。それと、おはよう」
フウくんも……おはよう。とヨミカさんが挨拶をしてくれたのに、おれは頭だけ下げていた。
それはさておき、チート吸血鬼の肩をもつつもりじゃないけどヨミカさんが手刀を頭にめりこませたから血が吹きでているような。
「フウくんは相変わらず優しそうね。今のはこっちが悪いんだから、気にする必要なんてないのに」
「さらっと心を読まないでくれませんか」
「それだけ、フウくんが純粋だって事なんだから、恥ずかしがらなくて良いのに」
「恥ずかしがってませんから」
「そっか。ごめんね。もう高校生だもんね、子ども扱いはされたくないか」
すでに……その台詞が子ども扱いを。これ以上はやめておくか、またヨミカさんに心を読まれてしまう可能性もあるしな。
「そんなことより気のせいかもしれないですけど。ヨミカさん、普段と違うような」
もう少し具体的に言えば、普段よりも幼くなっている気がする。確か身長はおれよりも低かったが、さらに縮んでいるように見えるしな。
「さすがだね。若返りの薬を飲まされ」
「トコヨさんの能力ですね」
まだ子ども扱いしてくれているヨミカさんから、チート吸血鬼のほうに目を向けた。
頭から吹きでていた血はとまったようで、垂れていた赤い液体がなくなっている。
「相変わらず、チートですね」
「ほめ言葉だと思って、受け取っておこう。それと……フウちゃんのほうこそ相変わらずみたいだな」
悪態ではないと思うけど、他にもなにかを言いたそうな表情をしているチート吸血鬼。
「こらっ、あんまりつっかからない。色々とごめんね、フウくん」
「ヨミカさんが謝る必要はないですよ。思春期のガキの反抗期につき合ってくれているんですから」
「ガキなんて言わないの。それに……そんな事を教えてくれているのは、わたしを信じてくれているからじゃないかな」
「ぐうぜんですよ」
「そっか。へへっ、考えすぎだったね」
本当にヨミカさんはなんの迷いもなさそうに笑ってくれている。でも、思春期で反抗期だと思っているガキが見たいのは、それではなく。




