通い妻からレベルアップ
とりあえず校舎は消し飛んでいなかった。中はどうか分からないが、見えている範囲は壊れてなさそうだな。
そもそも、おれの取り越し苦労であの一人と一匹はどこか別のところにいってくれたのかもしれない。
「まだ、こわいの?」
オシドリなりにおれがこわがっているのを振り払おうとしてくれているようで、本当のカップルみたいにくっついてきていた。
おれはユーレイやらをこわがってないが。相手にそう勘違いをさせるのも、うそみたいなものかね。
だからと言って、本当の事を話したところで……そんな人間と吸血鬼の存在を信じられないよな。
「知っている本人さえも信じられないぐらいだしな」
「ん?」
「あんまりくっつくなよ、って言ったんだ」
「へへっ、照れない照れない。心配しなくても誰も見てないからさ」
もちろん……フウちゃんがユーレイがこわがっている姿も誰にも見えない、とオシドリが続けている。
月明かりのせいだろうが、普段よりも両目を輝かせているオシドリが楽しそうに笑っているように見える。あんまり考えたくはないけど家の鍵を忘れたって話、本当なん。
「あれ? 校門をのり越えないの?」
「面倒だしな。それに中から開けてもらったほうがはやい」
オシドリは知らないみたいだが。この校門は、のり越えると面倒な事が起こってしまうからな。
校門の近くにあるインターホンを押して、事情を説明し……開けてもらった。その辺に落ちている小石でコンクリートを削っているような音が響いていく。
「おー、電動なんだね」
「今はどこでも電動だと思うぞ」
「ふーん。ん? それじゃあ、もしも校門を強引にのり越えようとしたら」
「身体に電気がながれていたな」
「心臓マッサージみたいだね」
その効果は反対だけどな。そもそも学校になにかを盗みにくるやつなんているのかね。
「電気。やっぱり最近、変な事件が多いから意識しているのかな?」
センサーのようなものでもあるのか、おれとオシドリが校門を通り抜けると……閉じてしまった。
「その事件は知らないけど、吸血鬼が一番の理由じゃないか?」
「だから、その事件も吸血鬼が犯人っぽいんだよね。少しこわいんだけど、聞く?」
「聞く? じゃないからね、お二人さん」
おれとオシドリが下駄箱でスニーカーから上靴に履き替えていると。女性のガードマンが近づいてきて唇をとがらせていた。
「いちゃつくなら、せめて忘れちゃった鍵を見つけてからにしてくれないかな」
と女性のガードマンがさらになにかを言いかけたがやめてくれたようだ。
「はあ。それで、どの教室? 今回は黙っていてあげるから、はやく見つけましょう」
「デートしていた事を?」
「どう考えても制服姿で夜に学校にきている事だと思うが」
それに……ここで言う事でもないか。女性のガードマンの言っている通り、はやく鍵を見つけたほうが良さそうだな。
「教室の鍵だけを渡してあげたいけど。一緒についていかせてもらうわ」
「色々とすみません」
おれが謝る事でもないと思うけど……軽く頭を下げておいた。なぜかオシドリが自分の後頭部をなでている。
「わたしは気にしてないから」
「お前が気にすべき事なんだけどな」
女性のガードマンは笑ってくれているが、はやくしたほうが良いよな。
月明かりに照らされている廊下をすばやく歩いていき、おれとオシドリの教室まで移動していく。夜で、とても静かなせいか足音が反響している。
「電灯は使わないんですか?」
おれとオシドリの後ろを歩いている女性のガードマンにそんな質問をした。
「今夜は月明かりがあるからね。それに……なにかがあった時に両手を使えたほうが良いからね」
「なにか、ですか?」
オシドリがおれの制服の袖を引っぱり不安そうに声をだしている。
「ごめんごめん。別に、こわがせるつもりはなかったんだけど。なんにしても今回みたいな事はないようにね」
けど、きみのような男の子と一緒なら……こわい目に遭う事は少ないかもしれないね。そう、女性のガードマンは続けていた。
「からかわないでくれますか」
「本音なんだけどね」
「もしかして知り合いなの?」
オシドリにしてはなかなか鋭い。さて……本当の事を言うべきか、うそをつくべきか。
女性のガードマンは、おれの判断に任せるつもりなようで楽しそうに笑っている。類は友を呼ぶらしいな。
「知り合いじゃないよ」
本当とうその中間みたいな事を、オシドリに言っておいた。それとなく、女性のガードマンに視線を送ると分かってくれたようで、ウインクをしてくれている。
「そうなんですか?」
「そうだね。顔が知り合いに似ていたから、からかいたくなったのかもしれない」
「ガードマンさんの彼氏とか?」
「いや。仕事仲間って感じかしら」
女性のガードマンは笑みを浮かべているが個人的には笑えなかった。確かに、知り合いじゃないし友達とも言いづらいからその言葉が一番適切なのは分かっている。
おれの頭の中がごちゃついている間にオシドリの家の鍵は見つかったようだ。ま、目的は達成できたんだし……良かった良かった。
おれとオシドリが校門を通り抜ける、少し前に。
「仕事ですか?」
うれしそうに前を歩いている、オシドリに気づかれないよう女性のガードマンにそんな質問をすると。
「そうだね。見ての通り、ガードマンの仕事をしているね。それはさておき、あんな可愛らしい彼女ちゃんをこんな時間まで連れ回したら駄目だよ」
「クラスメートです」
「きみはそう考えていても……あっちはそう思ってないかもしれないよ」
それにただのクラスメートだと思っているなら、こんな時間に男の子と二人っきりにはならないと思うよ。と、にやつきながら女性のガードマンは口を動かしている。
ブーメランと言うか、全く同じ言葉を隣を歩いている女性のガードマンに対し伝えたくなっていた。
「必要ないとは思いますが、手伝ったほうが良いなら言ってくれれば」
「相変わらず優しいね。ありがと」
おっ、そうだそうだ。と女性のガードマンがなにかを思いだしたのか、ポケットに手をつっこんでいる。
「手をだしてくれると、うれしいな」
子どもを相手にしているような言いかただけど言われるがままに左手を広げる。
「彼女ちゃんにもあげてね」
左の手の平を受け皿みたいに、上に向けていると。女性のガードマンが飴玉をいくつかのせてくれた。
「ありがとうございます。喜ぶと思います」
「んー、きみは?」
本当……変なところがルナさんに似ているよな、この人は。けど可愛がられているって事だから悪くはないのか。
「うれしいです」
「すなおでよろしい」
それじゃあ、気をつけてね……そんな女性のガードマンの声とともに音を響かせながら校門は閉まっていった。
「もう一人いたんだね。ガードマンさん」
校門が閉まったのを見たからかオシドリが確認をするように言っている。
もう一匹だよ……とは言わないほうが良いよな。吸血鬼のためのセキュリティなのに。と言うより、あのチート吸血鬼にはそもそも意味がないのか。
結局と言うか、なんと言うか……夜の学校に家の鍵を取りにいったのに。クラスメートのオシドリはおれの家に泊まる事に。
そうなってしまった理由は。
「ごめんね。なんか急に眠くなって」
ベッドの上で申し訳なさそうに頭をかいているオシドリ。寝顔を見られた事でも、恥ずかしいのか顔を少しだけ赤くしていた。
「別に良いよ」
眠くなったんじゃなくて……おれが気絶をさせたんだけどな。あの一人と一匹が一緒にいる時点で、この辺りも安全じゃないって事だし。オシドリも一人暮らしだからな。
「それに……しばらくの間は、オシドリにはここで寝泊まりしてほしいからな。ちょうど良かったよ」
「ん? 新手のプロポーズ?」
「そう思ってくれても良いよ」
大事の前の小事だ。最悪、オシドリにぶん殴られる可能性もあるけど。命を助けられると思えば安いものだと思う。
「なんと通い妻から普通の妻にレベルアップしちゃったようだね」
「それはレベルアップなのか?」
「めきめきめきめき……って効果音が聞こえちゃったからレベルアップなんだと思う」
「病院にいったほうが良さそうだな」
なんにしても今のところは殴られる心配はなさそうか。つーか、ベッドの上ではしゃぐなよな、壊れちゃうだろう。
「それじゃあ今日はデートじゃなくて、布団とかをこっちに運ばないと。それに」
殴られる心配はなさそうだが、違う意味でこわくなってきたな。人命がなによりも優先されるべきなのに。




