本質①
人間の大半は他人の見てくれに興味があるようだな。甘いマスク、顔のととのっている男性をほめる時に使う言葉らしいが。吸血鬼が考えたようなネーミングセンスを。
「すみません」
人間に声をかけられた。仕事がおわり……友達と酒でも飲んできたのか、少し顔を赤くしている普段着の女が目の前に立っている。
見てくれはそれほど悪くない。真面目そうで自ら異性に声をかけなさそうな印象だが。
「はい。なんでしょうか?」
「あの、はじめて会った人にこんな事を頼むのは」
「とりあえず、話を聞かせてくれますか」
ベンチに座ったまま、隣の空いているスペースを右手で軽く叩くと。頭を下げてから、目の前に立っていた女はゆっくりと座った。
甘いマスクだから、と言う訳ではなさそうだな。異性を口説くようなタイプでもないと思うし、それに。
「あの、話を聞いてくれてますか?」
「ええ。誰かにストーカーされているみたいなので。しばらく一緒にいてくれません? かと」
「まとめるとそんな感じですね」
きちんと話を聞いてくれていたんですね、ごめんなさい……と女は弱々しく笑みを浮かべている。
ぼくにサディスティックな趣味はないが、女のこんな感じの表情はとてもそそられた。
「へ?」
ぼくが右手を軽く握ると、女は目を丸くしながら小さく声を上げている。いやな訳ではないようで手をはなそうとはしない。
「すみませんね。ストーカーに見られている可能性があるなら、こんな風に恋人の振りをするのが効果的だと思いまして」
「な、なるほど」
なにかにがっかりしているのか、女は息をはきだしている。
やっぱり、この生きものは分からないな。人間の特徴である感情のせいなんだろうが、どうして自分の願いに忠実にならないのか。
ほしいなら、ほしいと言えば良いのに。
この前の人間の女にほれちまっている吸血鬼みたいになられても……それはそれで色々と面倒な話になるのか。ストーカーをされているヨミカさんだったか? も迷惑していたようだしな。
「その辺のお店にでも入りましょうか?」
「そうですね」
ストーカーを警戒しているようで女は辺りを見まわしている。
「あんまり……気にしないほうが良いかと。プラスのほうに考えるタイプのストーカーもいるみたいですから」
「そ、そうですよね」
呼吸をととのえて、落ち着こうとしているのか女は左手を胸の辺りにあてがっていた。
なかなか良いものをもっているようだな。
「えっと、どうかしました?」
「いえ。ぼくもなんだな……と再認識をしていただけの事ですよ」
吸血鬼の本質と言うか……人間の男特有の性とでも言うのか、血がたぎっていた。ここが密室だったなら、この女を。
「はあ。なにを再認識していたんですか?」
「つまらない事ですよ。大人になっても女性と手をつなぐのは身体に悪いようです」
ジョークとして認識をしてくれるほどの脳を、この女がもっているか心配だったが。
「心臓ですか?」
「ええ」
「それはそれは、大変ですね。それにとても失礼な話ですよ、全く」
なんて言いつつ女は笑みを浮かべて怒っていた。思っている以上に、頭は悪くないようだな。
ファミレス。確か、ファミリーレストランだと言う近くにあったそんな感じの店に女と一緒に入った。
時間帯のせいもあるんだろうけど……客はまばら。この手の店としては珍しいと思うが酒を飲んでいるやつもいるようだな。
「すみません。できれば窓ぎわの席で」
「はい。それでは、こちらへどうぞ」
男の店員が誘導した席に、女と向かい合うように座った。
先ほどの女の注文に少し疑問を感じていたが……ああ、なるほど。ストーカーがいなくなったかどうかを確認するために、窓ぎわの席を指定したのか。
こわいもの見たさだったかな? こわがるべきストーカーに興味をもつとは。
「好きなんですか? ストーカーの事」
「え」
テーブルの上に広げているメニュー表と窓の外を交互に見ている女が……ぼくの言葉に驚いている。
「えっと、またジョークですか?」
「いえ。それこそ失礼な話ですけど、まるで彼氏を待っているように見えたので」
「そのジョークは笑えませんね」
あからさまに表情にだしていないが目の前に座っている女の目つきが鋭くなっていく。マゾヒストではないのだが、少しぞくぞくとしていた。
「ジョークではないので笑う必要はないですよ。けど、こわがるべきストーカーを探しているのは少し面白かったもので」
「まるで彼氏を待っているように見えるからですか?」
「その通り。好きの反対はなんとやらと言うやつですよ。ストーカーに興味をもっている時点で駄目かと」
個人的な事も言わせてもらうなら同じような話をくり返させないでほしい……とまでは言わないほうが良さそうか。
「どうせ興味をもつなら目の前に座っているぼくにしてほしいですね。それとも、力不足ですか?」
「いえいえ、そんなことは。それにしても、お話が上手ですね」
話を理解してくれたようで、ぼくのほうに視線を向けている。色白な肌に艶やかな黒色の髪、どことなくだがヨミカさんに似ている気がした。
「ま、いちいちブタの特徴を覚えているやつもいないよな」
「ブタ?」
「ええ。ブタじゃなくても良いんですが肉を食べたくなって。どうですか? 一緒に」
「そうで」
店内全体に響いたかどうかは分からないがぼくの耳に届くぐらいには大きく女の腹の音が聞こえてきた。
なにかを食べたがっている良い音。
なのに、目の前の女は顔全体を赤くしつつ自身の腹を両手で軽く押さえている。
「そうですね。わたしも、お肉を食べます」
なにかを確認するように、女がぼくのほうを見ているが、下手に反応しないほうが良さそうだな。
あの吸血鬼だったら自ら地雷を踏みにいくんだろうな。
ハンバーグを三皿ほど食べおえると、女は手を合わせていた。人間の女の平均的な食事量は知らないけど、かなり多いと思う。
人間の共通ルールかもしれないのでぼくも同じように手を合わせておいた。
「帰らなくても良いんですか?」
水を飲んでいる女が目を丸くしている。
時間も時間だしな……人間の女は自発的に帰ろうとするものだと考えていたが、この女は違うっぽいな。
「まだ帰りたくないわ、とか言ってほしいんですか?」
つい先ほどまで、ストーカーの存在にびくついていたのに妙な色気をただよわせているように見える。
「ぼくが知らない間に、お酒でも飲んだようですね。ジョークでも異性にその言葉は禁句ではないかと」
「意外と経験が少ないとか?」
悪戯好きな子どもみたいに目の前に座っている女がにやついている。
「いえいえ。見た目通りに、そちらのほうは豊富ですよ」
ぼくを茶化すかのように女が口笛を吹いていた。こちらも知らない間に酒を飲んでいたのか唇のほうに目が。
「星の数ほど?」
「ええ。女性は全て、星のようにきれいで。きらきらと輝いているものかと」
少しの間、窓の外に視線を向けてから女の顔を見つめていた。やはり、見てくれは悪くないな。
が、はじめて会った時の真面目な雰囲気はどこかに消えてしまっていた。ぼくの記憶にはないけど、本当に酒でも飲んでしまったんだろうか。
「あれは、うそだったみたいですね」
「なにがですか?」
「ストーカーの話ですよ」
意外な話題だったのか、女が驚いた表情をしている。風船の空気を抜いていくように、唇をすぼめてから。
「ぷっ……ふふふふふ。意外と純情だったんですね、見た目とは違って」
女は軽く笑い、そう言うとぼくの隣に移動をしてきた。甘い匂いがする、色香とか言うものかもしれないな。
「見た目で判断してはいけませんね」
「そうですね。お互いに」
客達や店員に見えないように、女とキスをした。誰かに見られていたところでだけど。




