たまにはデレてみる②
目を開けると、隣で寝転んでいたザンカがいなくなっていて。ストーカーが、ベッドの近くの椅子に座っていた。
ルナの両目にお星さまが輝いていた時点でこうなるとは思っていたけどさ。
「ヨミカちゃん、おれにも甘えて良いよ」
「もう一回。顔を三日月にされたいようね」
分かっていたけど。ある意味で、分かっていた事なんだけど、やっぱり本人を目の前にするとむかついてしまう。
「それよりルナは? ザンカもいなくなっているし」
「ルナちゃんは買いもの……ザンカちゃんも一緒にいっているよ」
「そう。って、色々と平気なの?」
「平気だと思うよ……知識とか常識は眠っている間に覚えていたし。太陽もヨミカちゃんの上書きで、ほとんど効かない身体になっているだろうからね」
「それなら良いけど」
まだ身体が疲れているようで、欠伸をしてしまった。そんなわたしの姿を見て、ストーカーがにやついている。
「なに?」
「いんや。今日のヨミカちゃんは普段よりも気が抜けているな、と思ってね」
ヨミカちゃん可愛い、とでも言いたそうにストーカーの上半身が左右に揺れていた。
「身体が思うように動かせないから、できるだけ安静にしているほうが良いでしょう」
「そんな事をおれに教えて良いの? 襲われちゃうかもしれないよ」
「そのつもりなら、もう襲われているわ」
そんな事をするようなら、顔面を三日月にするどころか。それよりもお腹が空いた。
朝ご飯も食べてないし、当たり前か。
ベッドから起き上がれ……ない。やっぱり身体が疲れているからか、思うように動かせないな。
「あの」
うーん、頼み事をするのにストーカーって呼ぶのは駄目か。けど、名前を呼ぶのも……いやだし。
「キスしてほしいの? ヨミカちゃん」
さらっと手を握らないでほしいな。
「顔が近い。違うから……それと思うように力が入らないからって手を握らないで」
「トイレとか? それならパジャマを」
「蹴り飛ばすわよ。食べるほう。朝からなにも食べてないし、身体が動かせないからさ」
わたしが頼み事をしている姿が面白いようでストーカーが声をだして笑っている。
「そんなに力まなくてもヨミカちゃんなら、どんな事でも聞いてあげるって」
ヨミカちゃんも知っているようにね……とストーカーは吸血鬼っぽく話していた。
「血を飲まなくても良いの?」
「全く。なんでヨミカちゃんは、そんな風な考えかたしかできないのかな。前にも言ったけど、もっと信用してほしいね」
「信用してないのはあなたのほうじゃない。わたしがそんな風に考えているって決めつけちゃって」
わたしがなんの話をしているのか、分からないようでストーカーが首を傾げている。
「言葉足らずだから分からないか、ばかだしさ。ストーカーもお腹が空いてないの、って聞いたのよ」
「ヨミカちゃんを食べる予定だったりして」
「ジョークは良いから。とりあえず……平気なのね。それじゃあ、なにか食べさせて」
「もう一回、言ってほしいな」
「ぶん殴るわよ」
悪態をつくと、ストーカーは軽く笑い……わたしの頭をなでてきた。頭のつぼを押しているのか変な声がでてしまう。もしも両足が動かせたなら、ばたつかせていたかも。
「な、なにしているの?」
「んー、マッサージをしながら。今、ヨミカちゃんが一番食べたいものをしらべてたり」
「聞いたほうがはやくない?」
「細かい味つけもしらべているからね。それにヨミカちゃんはマッサージが好きそうだしさ」
「そ。そんな事ない、から」
また眠くなってきたのか小さく欠伸をしてしまった。身体が疲れているんだろう。
間違っても……ストーカーのマッサージのおかげでは、絶対にない。
「もう少し寝てたら? ご飯ができたら起こしてあげるからさ」
ストーカーのマッサージのせいだろうな、うそがつけない子どもみたいに……わたしは首を縦に振っていた。
「可愛い」
耳もとで、ストーカーが。
「ヨミカちゃん。ヨミカちゃん。ご飯が……できたよ」
ルナの声が聞こえてきた。ゆっくりと目を開くと目の前に彼女の顔があった。
視界がぼやけていて、分かりづらいけど、両目にお星さまが輝いているんだと思う。
「ルナ?」
「そうだよ。ヨミカちゃんのお腹を触るのが大好きなね」
目の前にいるルナがそう言うと背中のほうから両腕が伸びてきた。わたしの後ろに抱きついている誰かの両手が、お腹を軽く触っている。
「ザンカ?」
「ふふん……当たり。ヨミカのお腹、やわらかいね」
わたしが寝起きだからかもしれないけど、ザンカの言葉が変な感じに聞こえ。耳にキスをされてしまった。
「ザンカちゃん。ヨミカちゃんを起こすよ」
「よっしゃ」
うん。やっぱり、ザンカの返事は変な感じだな。可愛いから良いと思うけど。
ルナとザンカがわたしの上半身を起こし、なん枚か重ねているクッションのほうに……もたれかけさせてくれている。
「ごめんね、ありがとう。ルナ、ザンカ」
「気にしなくても良いよ。だって、これから見せてもらうんだから」
「見せてもら……ちょっ、ザンカ。やめ」
わたしが楽な姿勢になるよう支えてくれているのはありがたいんだけど耳をなめるのはやめてほしい。
「うん? なんで? ルナ姉がヨミカは耳をなめられるのが好きって言っていたよ」
「ルナ。変な事を吹きこまないであげて」
と言うか地味に自分の事をルナ姉って呼ばせているのか。
「ヨミカちゃん、耳をなめられるの好きじゃなかったっけ?」
「そんな話をした事は一回もないような」
「そっか。それじゃあ、今夜しよっか」
「前向きね」
ルナらしいと言えば、らしいけどさ。
怒られたと思っているのか、わたしの耳をなめるのをやめて、ザンカが大人しくなっている。うう、そんな悲しそうな目をしないでほしい。
「ザンカ」
「うん?」
「わたしの耳、なめてくれる?」
「良いの。ヨミカ」
「ルナの言っていた通りに、耳をなめられるのが」
って言い切る前に耳をなめているし。くすぐったいけど、がまんできなくはない。
しかも、なぜかルナは正面から抱きついていてお腹を触っている。気に入ってしまったんだろうか?
「それよりルナはわたしのなにを見るつもりなの?」
「裸」
ルナの短い返事に一瞬だけ頭の動きがとまってしまったが、すぐに動きだした。
「それもそっか。身体が動かせないんだからお風呂とかもお願いしないとね」
「えっ。あ、そうだよね。うんうん」
なにかに慌てているルナが、なん回も首を縦に振っている。
もしかして、お風呂とか関係なくわたしを裸にするつもりだったとか? いや、多分。ルナなりのぼけだったんだろうな。
「そうだ。ストーカーは? 結局ルナにご飯を頼んだって事なの?」
「ヨミカ、寝ぼけているのか。今までベッドで一緒に眠っていたよ」
わたしの耳をなめるのをやめているザンカが不思議そうに首を傾げている。
「トコヨくんの夢を見てたの?」
「うん、そうみたい。せめて夢の中ぐらいは自由にさせてほしいわ」
ルナの言葉を聞いて、なんだか身体の力がさらに抜けてしまったような気がする。
「そう言えば、わたしも夢を見てたよ」
思いだしたようにザンカが言っている。
「どんな夢?」
「チョコレートを食べる夢、甘かった」
ザンカが見ていた夢の事を聞くと、ルナと目を合わせながら思わずにやついてしまう。
ルナも同じように声をだして笑っていた。
「それで、本当に血を飲まなくて良いの? ばかストーカー」
深夜……ルナが眠ったのを確認してから。ザンカに手伝ってもらって、なんとかストーカーの部屋まで移動をしてきた。
「なんの話かな? 吸血鬼とは言え男の部屋にくるのはあんまり良くないと思うけどね。しかも、こんな時間にさ」
ベッドに寝転んだままでストーカーがにやついている。
「ジョークは良いから。真面目に答えて……こっちも疲れているんだから。わたしの血がほしいの? ほしくないの? どっち」
「ほしい」
やっぱり疲れているようで、ストーカーの声が力なく響いていた。
「あっそ。ザンカ……もう少しだけ近づいてくれる」
ストーカーに近づき人差し指をかませる。らしくもなく遠慮でもしているのか、痛みはあんまり感じなかった。
「それにしても……珍しいわね。ストーカーが甘えてくるなんて。夢にでてくるぐらいに疲れていたのかしら?」
「それもあるけど。ヨミカちゃんのパジャマ姿が見たくてね」
「ジョークは言えるのね、面白くないけど」
そもそも、わたしがこのストーカーの顔を三日月にしなければ良かっただけなのか。
ストーカーの口から、人差し指をすばやく引き抜いた。
「これで貸し借りなしよ。分かったら」
「気づいてくれて、ありがとう」
悪態をつくのもばからしくなってきた。
「本当。うそっぽい言葉ね」
「おれの本音なんだけどね、珍しく」
「だったら、もう少しわたしの事を信用してほしいわね。あんなに分かりづらい甘えかたが分かるぐらいの関係なんだからさ」
わたしの言葉を聞くと、ストーカーが目を大きく見開いている。
なぜかは分からないけどザンカも同じように目を大きく見開いていた。
「ぷ。ぷふっ、あはははは!」
「笑うな。それにうるさい……ルナが起きるかもしれないでしょう」
ストーカーの顔を軽く殴り、だまらせる。
「へへ。あー、ごめんごめん。まさかヨミカちゃんから、そんな言葉を聞けるなんてね」
「安心して、もう言わないから」
「それは残念。うれしかったのに」
「ザンカ、もう良いわ。部屋をでましょう」
ザンカが、わたしになにかを言いたそうな顔をしていたが。すぐに笑顔になり……言う通りに部屋をでていってくれた。
「ふふん、ヨミカ。でれでれりん」
ルナにでも教えてもらったのか、ザンカが変な事を口にしている。また疲れがでてきてしまったようで頬がとても熱くなっていた。




