ザンカをもらうための色々
以前から分かっていた事だけど……ヨミカちゃんはやっぱり真面目なようだな。おれも以前から言っているように、彼女の願いなら全てかなえるつもりなのに。
彼女がそれを望んでいるのであれば、その願いをかなえてあげるのが良いんだろう。
「聞いているの? ストーカー」
月がとてもきれいな夜……隣を歩いているヨミカちゃんがおれの顔をにらみ上げながら唇をとがらせていた。
けど、うわさの小道をしらべるために……おれに血を吸われたからか。普段よりも色白になっている気がする。まあ、ヨミカちゃんの可愛さは健在だし、基本的には問題がなさそうだな。
「ごめんごめん。つい可愛いヨミカちゃんに見とれちゃってた」
どっちかと言うと手を握っても怒らない事のほうが問題のような気がするな。月明かりだとそれなりにもう一つの人格の影響を受けちゃうのかな。
「はいはい、ありがと。もう一回言うけど。ザンカをもらうための対価、どうしたら良いの? 血以外に吸血鬼の好きな食べものとかあんまり知らないから」
血だけだと、わたしが貧血になるぐらいはあげないといけないんでしょう? とヨミカちゃんが確認をしている。
「そうだね。血以外だとヨミカちゃんも好きだよ」
「真面目に答えて」
これ以上ないぐらい真面目なんだけどな。
「まあ、食べものである必要はないけどね。ザンカちゃんのエネルギーなら、三日ほどで補充できるからさ」
「ふーん、そうなんだ。それじゃあ……食べものとかじゃないほうが良いのね」
「まあ、できれば」
本当、真面目だよね……ヨミカちゃんは。おれのほうのメリットまで考える必要なんてなさそうなのに。
「お金とかも必要ないわよね?」
「まあね。服は自分でつくる事ができるし。お腹が空いても、ヨミカちゃんが血をくれるみたいだし」
そもそも……ザンカちゃんの存在をお金で払おうと思ったら家が建つレベルになるし。
「そう言えば、エクソシストってどれくらい稼げるの?」
「エクソシストの種類にもよるわね。まあ、バトルフリークなやつほど稼いでると思っていれば良いんじゃない」
話が逸れているような? そう言いたそうな顔をしながらも答えてくれている。
例外もあるけど……とヨミカちゃんが少しだけにやついていた。
「平均的な金額が知りたいなら、フウくん。オオカミくんに聞いてみれば? あの子こそバイト感覚でエクソシストをやっているようだし」
それは、そうだろうな。あのオオカミ……ほれたはれたでエクソシストをしているんだからな。
「けど……その本命の女の子が気づいてないところだけは同情してやるべきかな」
隣を歩いている彼女のほうを見ていると。おれの視線に気づいたようで、目を合わせてくれている。
「なに?」
「いや。ヨミカちゃんはおれの事がきらいなはずなのに話をする時は目を合わせてくれるな、と思ってね」
「普通じゃないの?」
「ヨミカちゃんの普通のハードルは、かなり高いほうだと思うよ」
「そうなんだ」
恥ずかしくなったのかヨミカちゃんが顔を逸らして。おっ、また目を合わせてくれた。
「そんな事よりも、ザンカの対価をどうするか……って話でしょう」
「分かっているよ。だから、その対価としてヨミカちゃんの事を教えてもらおうかと」
「別に良いけど。そんなのでつり合うの?」
「普通ならつり合わないけど。今回はおれが相手だからねえ、ほれている相手の知らない情報を教えてもらうんだからさ。対価としてつり合うんじゃないかな」
それでも……ザンカちゃんの対価としては弱そうだけどね。ヨミカちゃんは上手くだまされてくれるかな?
「本当に、わたしにほれているのよね?」
「今さらだね。ちゃんと……ヨミカちゃんにほれていますよ。ほれているし、好きだし、可愛いし、血が甘いからね」
「一言多いような。ストーカーが良いのなら別に良いんだけどさ……なにを教えたら良いの?」
「とりあえず、どこかで休もうか。せっかくきれいな月が見えているんだしさ」
「やっぱり、つり合わないと思う」
近くの公園にあるベンチに並んで座って、ヨミカちゃんの事を聞いていると……なぜか彼女のほうが不服そうな顔つきをしていた。
おれ的には楽しいのにな、このまま朝まで話してても飽きそうにないし。
「そうかな? おれは楽しいけどね」
「それはそれで良い事だけど。対価としてはまだまだ足りないでしょう、それこそ朝まで話すぐらいじゃないと」
「そうかもしれないね」
「ストーカーは、わたしになにかしてほしい事とかないの?」
ながれで考えれば、そんな話じゃない事は分かっているがヨミカちゃんからそんな台詞がでてくるとは。
「ヨミカちゃん……吸血鬼のおれが言うのも変だけどさ、女の子は勘違いされそうな台詞を言わないほうが良いよ」
「言っている意味が分からないんだけど」
やっぱり、もう一つの人格の影響を受けている感じじゃなさそうだな。真面目な子ってそっちの知識があんまりないのかね。
まあ、本人が望んでいるんだから駄目もとで頼んでみるか。
「ヨミカちゃんにキスしてほしいかな」
「却下。恋人じゃないから」
「なんでもしてくれる訳じゃないんだね」
分かっていたと言うか、なんと言うか。
「けど」
ヨミカちゃんがおれの左手を、ゆっくりとやわらかい両手でもち上げた。指を絡めて、人差し指を真っすぐに伸ばさせている。
真っすぐに伸ばしている、おれの人差し指にヨミカちゃんが唇をくっつけている。
正式ではないんだろうけど、これもキスと言えばキスになるのか。
「これで良い? 唇は駄目だけど、頬ぐらいなら……なんとか」
ようやく、自分がしている事を自覚したのかヨミカちゃんが顔を赤くしている。
「駄目もとでも言ってみるものだね」
「にやつくな。それで」
「ヨミカちゃんが、指先にキスをしてくれたのは良かったけど……まだ足りないかな」
ベンチに座ったまま、ヨミカちゃんのほうに近寄っていく。顔を赤らめ、恥ずかしそうにしているが逃げようとはしない。
「頬にもキスをしろ、って事?」
「いんや……逆だね。おれがヨミカちゃんにキスをするって事。唇以外なら、しても良いんでしょう」
恋人じゃなくてもさ……とヨミカちゃんの耳もとでささやくと。彼女は身体を震わせ、かたまってしまった。
「ど、どこにするつもり」
「ヨミカちゃんは、どこにしてほしい?」
「そんな質問、答えられる訳ないでしょう」
目を合わせてくれないので、ヨミカちゃんの顔をこちらに向けて、両手で動かないようにしたが。やっぱり、彼女は視線を逸らしてしまう。
「んー。相手と目を合わせるのは、普通じゃなかったの? ヨミカちゃん」
「例外もある。今回は、それだから」
「そうなんだね。可愛い」
「変な事を言っている間に……さっさとしてほしいんだけど」
「はいはい。分かりました、ヨミカちゃん」
ヨミカちゃんの左頬にキスをしようと顔を近づけると、彼女が目を強くつぶっていく。
拳をかためているが、このまま唇にキスをしてもヨミカちゃんに殴られなさそうだが。
それはそれで、なんだかやりたくないな。
「しないの?」
しばらくの間、おれがなにもしないからかヨミカちゃんがゆっくりと目を開けている。
「んー、してほしかったのかな?」
「ぶん殴られたいようね」
「ごめんごめん、ジョークだって。キスじゃなくて、別の事をお願いしようと思ってさ」
「別の」
ヨミカちゃんの頬にキスをした。一瞬……なにをされたのか分からなかったようで目を丸くしていた。
「これで対価はぴったりだと思うよ」
「そう。おわったのなら、はなしてくれる」
「えー、もう少し見せて」
「はやくしないと本気でぶん殴るよ。また、わたしに殺されたいの?」
やりすぎだったかな……普段よりも本気で怒っているようだし。一応、謝っておくべきだよな。
「悪戯しちゃって、ごめんね」
両手でヨミカちゃんの頬を触るのをやめ、万歳をしつつ謝った。ゆるしてくれたのか、彼女が息をはきだしている。
「わたしに頼みたかった別の事ってなに? それで本当にザンカとの対価がぴったりなんでしょう?」
「いや。それは……うそじゃないよ。本当にぴったり」
あんまり詳しく言うと、新しい顔をつくらないといけなくなりそうだしな。
「マンションも近いし、手をつながなくても良いわよね?」
「そうだね」
ベンチから立ち上がり、マンションのほうへと歩いているヨミカちゃんの後ろ姿を見ながら、できるだけ短く返事をした。
それにしても……今日は月がきれいだし。ヨミカちゃんの新しい一面も見られたし。
ヨミカちゃんの頬にキスをした時の事でも思いだしたからか、思わず唇を舌でゆっくりとなめていた。
「ストーカー」
頬を赤くしているヨミカちゃんが、こちらに身体を向けながら唇をとがらせている。
「ごめんごめん。今、いくからさ」
後ろから抱きしめたいが、やめておこう。隣に並んで、月明かりに照らされている彼女の顔をのぞきこむ。
けれど……ヨミカちゃんに顔を逸らされてしまった。
「こっちを見ないで」
しおらしい言葉とは裏腹に、辺りに鮮血が飛び散っていく。と言うか、おれの血か。
顔面の三分の一がなくなってしまっているが……別に良いや。すぐにもとに戻るだろうし。
「ストーカー。顔面が三日月みたいになっているけど、片目しかないし」
自分で殴っておいて、とは言わないほうが良いのか。ヨミカちゃんは可愛いし。
「ああ。わたしが殴ったのか、ごめんね」
「すぐにもとに戻るから、気にしないで」
「それもそうね。変な事をしなければ」
「変な事って、こんな風に」
避けられると思っていたが、ヨミカちゃんを後ろから思い切り抱きしめる事ができた。
「あれ?」
「殴っちゃったから、ごめんね」
やっぱり、ヨミカちゃんは真面目だな。
「もう一回、キスしても良い?」
「殴られても良いのなら」
「そっか。それじゃあ、今日はやめとくよ」
なにかを言いかけたようだが、結局ヨミカちゃんはなにも言わなかった。
「その三日月の顔……マンションに着くまでには、もとに戻せるのよね?」
「ヨミカちゃんがこのまま、マンションまで送ってくれるならね」
うなり声を上げながらも、ヨミカちゃんはゆっくりと歩きだしていた。おれに後ろから抱きしめられたままで。
「やっぱり、甘い匂いがするね」
「そう。ありがと」




