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夏の花といえば

「わたしに花の匂いがまじっている?」

 ヨミカは鼻をひくつかせて……自身が身につけている黒色のワンピースの匂いを嗅いでいる。白髪の男が言っているように花の匂いはしないようで彼女は首を傾げていた。

「本当にそんな匂いがしているの?」

「今のヨミカちゃんには、分からないと思うよ。あのオオカミくんなら……この匂いにも気づくかもしれないけどね」

「ふーん、そうなんだ」

 眠くなってきているのか、ヨミカが小さく欠伸をしている。

「眠い?」

 少し歩くペースを落として……白髪の男がヨミカの顔を一瞬だけだが見ていた。

「そうね。ザンカとあなたに……かなりの量の血をあげちゃったから、眠くなっているのかもしれないわね」

「眠いのなら、寝ててくれても良いよ。部屋まで運んであげるから」

「笑えるジョークね。まるで、もうこの世界からでられるみたいな言いかたに聞こえるんだけど?」

「まあね」

 そう答えると白髪の男は楽しそうに笑い、目を細めているヨミカの顔を見つめていた。

「あんまり見るな」

「分かりましたよ。ヨミカ姫さま」

「それで本当にここからでられるのなら……さっさとでてほしいんだけど?」

「個人的にはヨミカちゃんと夏祭りってやつにいってみたいんだけどね。こんな状況じゃないといってくれないだろうしさ」

 白髪の男が、なにを言いたいのか分かったようでヨミカがいやそうな顔をしている。

「また契約しろ、って事?」

「いやいや。今回の場合は、約束って言うんじゃないの? そっちではさ」

「約束で良いのかしら。ここからでるためにうそをつくかもしれ」

「ヨミカちゃんは絶対に約束を守ってくれるって信じているからね。おれは」

 ヨミカの言葉を遮りながら白髪の男は……はっきりと言っている。真っすぐに目を合わせてくるからか、彼女は息をはきながら顔を逸らしていた。

「変わっているわね」

「吸血鬼だからね、当たり前かと」

「そう。やっぱり、ばかね」

 ヨミカが右手の小指を立てている。

「ん……なにそれ?」

「指切り。って言っても知らないか、こっちの契約みたいなもの。互いの小指を絡めて」

 白髪の男がヨミカに言われた通りに自身と彼女の小指を絡めていく。

「それで次はどうするの?」

「顔が近い。本当は呪文みたいな言葉を言うんだけど、今回はこれだけでオッケーよ」

「もし約束を守ってくれなかったら、ヨミカちゃんの小指を食べても良いのかな?」

「残念。約束を守ってあげるから、わたしの小指は食べられないわね」

「そっか。それは、本当に残念だね」

 白髪の男は口笛を吹いて、自身とヨミカの小指を絡めるのをやめ、指ぱっちんをした。

 すると……白髪の男の右半身から数多くのチョウチョが生まれて、飛び立っていく。

「このチョウチョ達に、本体を見つけさせるつもりなの?」

「いや。もう本体は見つかっているよ」

 まあ、見ててよ……と白髪の男がヨミカの耳もとでささやいている。なんとか、彼の顔からはなれようとしたが、血がたりないのかそれほど身体が動かせないようだ。

「なんか、チョウチョが近づいてきているんだけど? わたしは本体じゃないわよ」

「ヨミカちゃんを、花だと勘違いしているんじゃないかな。チョウチョは花が好きらしいからね」

「ジョークは」

 ヨミカが白髪の男に返事をしようとしたが途中でやめてしまった。そんな彼女の視線の先にはチョウチョ達が飛び回っているところが。

「ところでさ……ヨミカちゃんは。夏の花と言えば、なんだと思う?」

 白髪の男の奇妙な質問に小さくなっているヨミカが首を傾げている。年相応と言うか、不思議そうにしている彼女の表情は、とても子どもらしかった。

「ヒマワリ、とか」

「外れ。一応、意地悪クイズみたいなものだからね。普通の答えじゃないんだ」

「ふーん、なるほど。それじゃあ、答えは」

 ヨミカがクイズの答えを口にしようとすると、辺りが少しずつ暗くなってきた。彼女は口を閉じて、チョウチョ達が飛び回っているところを指差している、その先には。

 月明かりに照らされ、舞台の上でスポットライトを浴びているかのように……道ばたに咲いている白い花が輝いていた。その周りをチョウチョ達が群がっている。

「あの白い花が、本体?」

「そうだと思うよ。夏祭りポスターとヨミカちゃんにまじっているのと同じ匂いが、あの白い花からもしているから」

 チョウチョ達が周りを飛び回っているからか白い花の花弁がゆっくり黒くなっていく。

「それに、あの白い花が黒くなるほどに辺りも暗くなっているからね。間違いないよ」

「吸血鬼の能力で黒くしているの?」

「それは秘密」

 白い花の花弁が全て黒くなると……チョウチョ達は白髪の男のほうに戻ってきた。が、甘い匂いでもしたようでヨミカの周りに移動をしている。

「それでヨミカちゃん。意地悪クイズの答えは分かったのかな?」

「ええ。夏の花と言えば……だったっけ? それは」

 ヨミカがクイズの答えを言うのと……ほとんど同時に、夜空に白い線が上がっていき。大きな音がゆっくりと響いていく。

 夜空に浮かんでいる月を彩るかのように、さまざまな色の丸い光が広がっている。

「答えは、花火」

 チョウチョ達になつかれ、夜空に浮かんでいる花のような光を見つめながら、ヨミカは言っている。

「気に入ってくれた?」

「まあまあね」

「そっか。良かった」

 小さな子どものように笑いつつ、白髪の男はそう言っていた。




「結局、この花はなにがしたかったんだろうね? ヨミカちゃん」

 月明かりに照らされている夜道を歩きつつ白髪の男が黒い花の押し花を見つめている。

「さあ。花の考えている事なんて……わたしにも分からないわ。けれど、その黒い花にも会いたい人がいたのかもね」

 自身の隣を歩いているヨミカの言っている事が分からないようで、白髪の男が首を傾げていた。

「道ばたに花と言えば?」

「花道」

「そっちのほうがきれいな答えだけど。今回は、弔いね」

「死んじゃった人間。いや、ユーレイか」

 ルナちゃんが聞いたうわさも間違いって訳じゃなさそうだね、とでも言いたそうな顔を白髪の男はヨミカに向けていた。

「それはさておき……ヨミカちゃん。約束のほうは守ってくれるのかな?」

 小学生の姿から……もとの姿に戻っているヨミカに念を押すように、白髪の男が笑みを浮かべている。

「小指を食べられたくはないからね。夏祭りにいかせてもらいますよ」

 ゆっくりと息をはきながら、ヨミカは首を縦に振っていた。

「ま、どっちでも良いけどね。ヨミカちゃんの小指も甘いだろうし」

 白髪の男が自身の唇を舌でなめている。

「そのうち……あなたに身体全てを食べられそうで、こわいんだけど」

「そんな事はしないよ」

「どうだか、今日だって」

「だって……今日みたいに笑っているヨミカちゃんを見られなくなっちゃうからね」

 ヨミカの言葉を遮るかのように白髪の男は自身の本音であろう台詞を、彼女に真っすぐに伝えていた。

 立ちどまり、少しだけ口を開けたまま……ヨミカがかたまっている。

「女の子はそれで喜ぶの?」

 いやそうな顔をしつつ白髪の男を見上げているヨミカが質問をしていた。

「まあ、それなりにはね」

「あっそ」

「それで、ヨミカちゃんの返事は?」

「あんまり言われた事がない言葉だからさ、うれしいんだと思います」

「人間の男はあんまり見る目がないんだね」

 人間の男も吸血鬼にそんな事を言われたくないと思う……とでも考えているのかヨミカは白髪の男から顔を逸らしながら、少しだけ笑っていた。

「ところで。わたし、笑っていたの?」

「ミカンのアイスクリームを食べていた時と花火を見ていた時に少しだけね」

「ミカンのアイスクリーム? なにそれ?」

 記憶にないのかヨミカが首を傾げている。

「駄菓子屋のばあさんから、タダでもらったアイスクリームの事だよ」

「駄菓子屋のおばあさん? こんな時間帯に駄菓子屋なんて、あんまりやってないと思うんだけど」

 寝ぼけているの? とでも言いたそうな顔でヨミカは白髪の男の顔を見上げている。

 月が浮かんでいるのを確認したのか。白髪の男が夜空のほうに、一瞬だけ視線を向けていた。

「お金の代わりに、記憶をもらっておくよ。タダほど……こわいものはないねえ」

 なにか奇妙な声が聞こえたようで、白髪の男が黒い花の押し花に目を向けている。

「ヨミカちゃん。確か花には花言葉ってものがあるんだよね?」

「そうだけど、それがどうかしたの」

「チューべローズの花言葉って分かる?」

「チューべローズって花がある事を……今日はじめて知ったわ。詳しいのね」

「いや。おれも今日はじめて知ったところ」

 あんた達にぴったりな花言葉だよ。

 そよ風にまじるように黒い花の押し花からそんな声が微かに聞こえてきた。

「ヨミカちゃん。この押し花、ほしい?」

「花より団子」

「へへっ。本当……気が合うよね」

 白髪の男が、黒い花の押し花をゆっくりと握りつぶした。手を開くと、白と黒がまじり合ったもようのチョウチョが……飛び立っていく。

「ヨミカちゃんが笑っているところを見せてくれたからな。今回はそれで勘弁してやる」

「チョウチョとなんの話をしているの?」

 のぞきこむように、ヨミカが聞いている。

「ヨミカちゃんが可愛いって話」

「あっそ」

 白と黒がまじり合ったチョウチョはヨミカの周りをなん回か飛び回り、どこかへいってしまった。

「それと」

「ん?」

 白髪の男の声が微かに聞こえたようで……歩いたままヨミカが隣に視線を向けている。

「いや、なんでもない。ヨミカちゃんが嫉妬するような事は話してないから、安心して」

「そもそもストーカーとつき合ってないし」

「それも安心して、口説いてみせるからさ」

「はいはい。気長に待たせてもらうわ」

 白髪の男がヨミカの右手をゆっくりと握りしめていく。日をまたいでいたからか、彼女はそのまま彼に手を握られたままでいた。

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