やっぱり彼は吸血鬼
ヨミカは、小さくなっている自身の両手を見て驚いていた。頬を触り、少し短くなっている黒髪を確認している。
「小学生ぐらいの頃か、多分」
ヨミカは小声でなにかを言うと……自身の服装を確認しはじめた。黒色のワンピース、袖が長く、白い襟があり、見ようによってはどこかの学校の制服のように見える。
履いている水色のスニーカーは長い間……使っているようで、ところどころに汚れやらがくっついていた。
ベンチから立ち上がると、座っている白髪の男をヨミカは見上げていた。
「ストーカーがなにかしたって感じじゃなさそうね」
「そうだね。おれは子どもが苦手だし。でもヨミカちゃんなら好きになれそうだよ」
「ジョークは良いから。なんでこうなったのか、しらべてほしいんだけど」
「これのせいじゃないの?」
ミカンのアイスクリームの容器をヨミカに見せつけ、白髪の男が口を動かしている。
「いや。そうじゃなさそうよ」
そう言っているヨミカが目を細めている。夜の闇を照らしてくれている月明かりにではなく、とつぜん現れた日の光がまぶしいようだ。
「夜明け……じゃないよね。まだ日をまたぐような時間帯じゃなかったはずだし」
「例の小道?」
「そうかもね……死んだ人間に会えるって話だったけど。若返らせて、その頃を思いださせてくれるって感じだったのかもしれない」
うわさってさ……ほとんど事実とは違う話になる事が多いからね、と白髪の男は続けている。
白髪の男もミカンのアイスクリームを食べおえたようで、その容器をゴミ箱に捨てた。
ベンチから立ち上がり、小さくなっているヨミカを白髪の男は中腰で見つめている。
「それよりヨミカちゃんが小さくなったって事は、少なくとも吸血鬼の能力ではなさそうだね」
「キツネか、タヌキの能力でしょうね。身体が小さくなっていると言うよりも……身体が小さくなっている状態だ、と思わされている感じだから」
「幻覚?」
「そう。わたしの脳がだまされている感覚」
ヨミカが自身の頭を人差し指で指差しつつ念を押すように言っている。
「多分、トラップ型の能力でしょうね。しかも、人間限定にしか効かないタイプ。目的は分からないけれど、一定の範囲に入ってきた人間を若返らせる。じゃなくて、その人間の小さい頃を再現するのかもしれないわね」
「ふーん」
「罠に引っかかった人間の小さい頃の事を、見せてあげる能力って感じ」
「いや。能力の事はなんとなく分かっているけど、目的はなんだろうな? と思ってね。タダで、なつかしい子どもの頃を体験させてくれる訳ないだろうし」
この駄菓子屋のばあさんならともかく……と白髪の男は自身の唇を舌でなめている。
「キツネかタヌキなら、悪戯ていどの遊びのつもりだと思うけど」
「とりあえず……その辺を歩き回らない? ここはヨミカちゃんのその姿の頃の風景なんでしょう?」
「そうね。わたしの記憶と少し違うような気もするけど、多分この風景のほうが正しいんでしょうね」
そう言いつつヨミカは駄菓子屋の中のほうに歩いている。
「すみません。誰かいますか?」
駄菓子屋の中で声を上げて……しばらくの間、返事を待っていたが。ヨミカの声だけが店の中を響くだけだった。
「あのばあさんも敵だったって事かな?」
少しうつむいているヨミカの後ろに立っている白髪の男が小さな声で言っている。
「微妙ね。ミカンのアイスクリームが能力の発動条件かもしれないけど」
「いや。ヨミカちゃんの言っていた通り……あのばあさんは普通の人間だろうね。三百年ぐらいの」
「だから、三百年は失礼よ。全く」
後ろに立っている白髪の男を見上げつつ、なにかを言うつもりだったのかヨミカが唇を動かしていたが。
「それにヨミカちゃんはむずかしい顔をしているよりも笑っているほうが似合うからね」
ヨミカの目の前に回りこみ座りこむように膝を曲げている白髪の男に、先にほめられてしまった。
白髪の男が、ヨミカの左右の頬を触ろうとしたがあっさりと避けられている。
「はいはい。ありがと」
白髪の男に背を向けながら、ヨミカが軽くお礼を言っている。
「本当だよ」
「分かってますよ、ストーカー」
駄菓子屋からでるのと……ほとんど同時にヨミカは白髪の男に聞こえないぐらいの音量で。
「ありがとう」
お礼の言葉をきちんと口にしていた。
「なにか言ってくれた?」
小さくなっているヨミカを見下ろし、にやついている白髪の男が言っている。
「耳は良いのに性格は悪いのね、って言ったのよ。この前の公園の時と同じように、聞こえていたんでしょう?」
横目で、ヨミカは白髪の男をにらんでいるが……ばつが悪いようで頬がほんのりと赤くなっているように見える。
「まあね。でも、ヨミカちゃんには今みたいな言葉をなん回も言わせたくなるんだよね、可愛いからかな?」
「変質的ね」
「ノーマルだと思うけどね。当てもないし、こっちのほうにいってみますか」
「わたしは、その反対って事ね」
ヨミカは白髪の男がいこうとしているほうとは反対の道を歩きはじめた。
「ヨミカちゃんは意外と異性に追いかけられたいタイプなんだね」
そう言いながら白髪の男はヨミカの背中を追いかけている。追いつき、彼女の横に並ぶと彼は右手を差しだしていた。
「なに?」
「またヨミカちゃんと手をつなぎたいなー、と思ってね」
「今日の吸血鬼サービスはおわりました」
「そっか。それは残念、また明日か」
なんて言っているが、白髪の男は楽しそうに笑っている。ヨミカの頭をなでようとしたようだが避けられてしまった。
「お。意外と動けるんだね」
「この頃ぐらいから、エクソシストの仕事をしていたからさ。小さいものばかりだけど」
小学生ぐらいの姿になっている自分自身を指差しながらヨミカは言っている。
「ふーん、そうなんだ。それじゃあ……おれがヨミカちゃんとはじめて会った時よりも前からエクソシストだったんだね」
「そうなるわね。それがどうかしたの?」
「中学生の頃のヨミカちゃんを、思いだしていただけだよ。今と同じで可愛かったね」
「ロリコンね」
「ノーマルだと思うけど、あ」
なにかに気づいたのか白髪の男が短く声を上げて、ゆっくりと立ちどまった。
「どうかしたの? ロリコン吸血鬼」
ヨミカも立ちどまり後ろに立っている白髪の男のほうを横目で見つめている。
「口が悪くなっているような。いや……今、気づいた事なんだけど。ヨミカちゃんはエクソシストなんだよね? だったら、この小道の能力をなんとか」
「それはできないわね。この姿の頃は、殴ったり蹴ったりしかできなかったのよ。せめて中学生の頃なら、それなりになんとかできたかもしれないわね」
「でも、ヨミカちゃんの血は甘いよ」
「フォローのつもり? まあ、ありがとう。それよりもそっちこそ、吸血鬼の能力でなんとかできないの?」
「吸血鬼の能力は……基本的に生きもの専用ばかりだし。壊せない事はないだろうけど、不具合が起こる可能性もあるからさ。本体を見つけるほうが良いと思うけどね」
まあ、個人的にはヨミカちゃんがいれば、それだけで良いとも思っているけどさ……と白髪の男は笑っている。
「わたしの次に大好きなルナがどうなっても良いの? それにザンカもいるでしょう?」
「そうだったね。それじゃあ、やっぱり本体を見つけるほうが良さそうだね」
「もしも、本体が見つからなかったら?」
「おれが壊しちゃったかもしれない世界で、二人っきりになれる。ってところかな」
「そう」
短く返事をすると、白髪の男をそのままにしておいたままヨミカは歩きだした。
「まあ、ルナちゃんがいるからね。そんな事はしないから安心してよ」
ヨミカに追いつき、にやつきながら白髪の男は言っている。
「本当。うそっぽい言葉ね」
「んー、へへっ。ヨミカちゃんが嫉妬なんて珍しいね。心配しなくても一番好きだよ」
本当、話がかみ合わないわよね……とでも言いたそうな顔をしながらヨミカは息をはきだしていた。