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暴食のレイン  作者: はむはむ
怠惰のフレイ
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5、放火魔

「火事……?」


 状況がうまく呑み込めないまま、立ち尽くすエレナ。


「いや、にしては炎が大きすぎるかな……?」

「…………だ」


 ルカムが、口をあんぐりと開けて何か呟いた。

 聞き取れず、レインが「なんて?」と聞き返す。

 今度は、聞き取れる程度の声で答えが返ってきた。


「放火だ。……しかも、ギルドの建物に……」


 言下に、ルカムは駆け出した。

 レインは条件反射的に、彼を引き留めようとする。しかし手は、ルカムの肩に触れなかった。


 レインとエレナは、彼の後を走っていく。

 近づくと、だんだん、煙っぽい臭いが強くなった。彼はむせ返るが、歩みは止まらない。


 炎がすぐそこに迫っていた。

 町の人々がバケツリレーを行っているが、文字通り焼け石に水のようで、まるで火が消える兆しは見えない。


 消火活動にあたっているうちの一人に、エレナが話しかけた。


「何があったんですかー?」

「な、なんだ、君は……」

「いや、なんか炎上がってるのが見えたので」

「僕に聞かれても、わからないよ。さっき、ここらじゃ見ないフードを被った怪しい男が建物の中から出てきて、それを最後に炎が上がったんだ……うう、隣は僕の家なのに……」


 気弱そうな男は、今にも泣きそうな表情だった。炎を見ると、すでに隣の家の半分程度まで魔の手を伸ばしている。

 運の悪いことに、今日は風が強かった。


「その男、どこ行きました?」

「向こう……ってことしかわかんないな。どこ行ったんだか、僕が知りたいよ」

「……火を止める手段はないか……!?」


 ルカムが呟く。現実問題、バケツリレーくらいしかすることはない。

 炎を消さなければならないがどうしたらいいかわからないというもどかさに、彼は歯ぎしりした。


 それは、レインもまた同じである。

 まるで新宿駅の構内で、倒れている人を見かけてがAEDの場所がわからないときのようだ。そういう時は周りの誰かが、何かしてくれると相場が決まっているのだが。


 今回ばかりは違う。


 彼は、漠然と自分には何かができると感じていた。

 自分には、どうにかして火を消す力がある。


 ……でも、どうやって?


 その時、レイが呟いた。


「【剣】」


 ルカムがレインを見る。

 灰色だったはずの彼の右目が、真っ赤に染まっていた。目の焦点はあっておらず、まるで死人のような顔をしている。なのに、まっすぐ前を向ていて、手には剣を握っていた。


 確かに体はそうしているのだが、レインは、自分が何をしているのかわからなかった。


 人々の視線が向けられる中、彼は剣を振った。

 空間が切れ、耳が不快な感覚に包まれる。


 何かがきしむ音。

 ルカムが、声を上げた。


「建物から離れろ、お前ら!!」


 何か起きたかわからぬまま、人々はルカムの言うことに従い、建物から離れた。

 そこで、レイはもう一度剣を振る。


 ギルドの建物が、音を立てて倒壊した。


 炎をまとったがれきが、空から降ってくる。

 いつか一度やったように、彼は降ってきた瓦礫も斬った。


 火事を消すには、燃えているものを壊すのが効果的である。

 それを今、自分は何のためらいもなく実行したのだと、数秒遅れてレインは自覚した。


 ……レイ、決断力高すぎ。おかげで助かったけど。


「随分強引だな……」

「収まったんだし、いいだろ」

「まぁ、それもそうか」


 ルカムとレインが、互いに言い合う。


「……犯人は……! って、もう逃げたよね……」


 群衆に紛れていたエレナが、二人の元へと歩いてきた。

 「もう逃げた」と断定的にいう彼女は、少し肩をすくめているようだった。昨日寝泊りした場所の隣の建物に火がつけられて、不快に感じない人の方が少ないだろう。犯人を捕まえたかった気持ちも当然強い。


「……どうする? 放火魔の犯人を追うか、【怠惰】を追うか」


 レインは二人に問いかけた。

 すると、ルカムが即答した。


「マスターがいるギルド拠点の方に向かおう」

「えっどうして?」


 問い返すエレナ。マスターがいる拠点、とはすなわちエミリーのいる、レインが昨日半壊させた拠点のことだ。

 大男は早口で説明した。


「この放火はおそらく、何らかの悪意を持った人間がギルドを破壊するためのものだろ?でも、だとしたらこの小さい拠点じゃなくてマスターのいる大きな拠点、つまり破壊した時よりギルドに与えるダメージが大きい拠点を狙うはずだ。つまり……」


 彼は一拍ほど言葉を溜め、「わかるだろ?」と言いたげに二人を見た。


「向こうの拠点にも放火されている可能性が高い、でしょ?」

「そう」

「エミリーさん、そんな簡単に死ぬかな……」


 レインの言葉に対し、「俺もこの程度で死ぬとは思えないが」と彼は言う。


「『万一』死んだときのリスクが大きいから、消火できる俺たちが行かざるを得ないんだ」

「……なんか、手の上で踊らされてる感じするねー」


 寒気のするような夜の風が、吹き抜けた。雲に隠れていた月が出てきて、町を照らし始める。レインは、思わずといった風に呟いた。


「身代わりを立てて実は生き延びていた【怠惰】が、俺たちから逃げきる時間を稼ぐために、ギルド施設に放火した──」

「考えるのはやめよう」


 ルカムが止めた。


「今考えたって、どうにもならない。だから、想定外のことが起きてもいいように、俺はここに残る」

「えっ」


 咄嗟に、驚きの声を漏らすエレナ。

 三人全員で残る、あるいは移動するならまだしも、一人だけ別行動するという考えは彼女の中になかったのだ。

 ルカムは、レインの灰色の眼を見据えた。


「なぁに、もし【怠惰】と出くわしても、お前なら盗賊の一人や二人、楽勝だろ? 向こうが燃えてたって、お前なら消火できる」

「ああ」


 レインは冷静に答えた。


「頼んだぜ」

「任せろ」


 大男は背を向け、人込みに向けて歩きだした。

 まだ何か言いたげなエレナに対し、レインは「こういうことはベテランの言うことを信じよう」と囁いた。彼女は「わかった!」と元気よく答える。


 二人は夜の街に駆け出した。

 火事の喧騒から離れると夜は静かで、涼しかった。家にいる人はみんな寝ていて、声は聞こえない。路上の隅に横たわるホームレスも、生きているのか死んでいるのかわからないほど動きを見せない。


 月はまた雲に隠れて、道路は昨日より暗かった。



 レインは走った。

 そこそこ全力で走ったつもりだったが、隣を見るとエレナが並走していた。肩で息をしてはいるものの、全力疾走というわけではなさそうだ。

 そのまま10分ほどのランニングをし続ける。昨日通った道も多い上、時折エレナが先導したので、道に迷う心配はなかった。


 位置的には、そろそろギルドの拠点に着くはずだった。

 ここの角を左に曲がれば、例の潰れた建物が見えることだろう。



 見えた。


 レインは自分が潰した建物を見つけた。

 しかし、『足りない』。


 レインは戦慄した。

 気が付けば、二人の足は止まっている。

 エレナが、呟いた。


「炎が……」

「上がってない……!?」


 レインは、はじかれたように駆け出した。

 近づいて見てみるが、やはり火は上がっていない。火事のあった形跡もなく、扉に手をかけるとあっけなく開いた。


 その場所特有の明るさや活気はなかった。けれど、カウンターには普通に受付が立っている。受付は退屈そうに頬杖をついていたが、二人の姿を認めるや否や姿勢を正した。


「何の用ですか? 今はギルドの拠点としての役割は果たせませんが」

「この場所に、誰か怪しい人は来なかった?」


 レインが尋ねると、彼女は「怪しい人……?」とオウム返しだ。その様子を見るに、どうやら何もおかしなことは起きていないらしい。


「力になれず、申し訳ありません。今は私しかいないので、用事なら他のギルドで済ませていただけると幸いです」

「……エミリーさんは?」


 受付はただ、「今はいません」とだけ答えた。

 エレナは礼の言葉とともに頭を下げ、二人はギルドを後にした。


 外に出ると、冷たい空気が肌を刺す。

 夜は何の変哲もなく静かだった。それが、レインの心に焦りを芽生えさせる。


 ワケがわからなかった。

 ルカムから「考えるのはよそう」と言われたことを、彼の頭は考え始めてしまう。


 確かに、あの大規模な放火はギルドを破壊する悪意ありきのものだ。

 だとしたらなぜ、あの拠点のみに火を放つ?

 この拠点に火を放つ勇気がなかったのか? この拠点は自分の手によって壊滅させられ、襲撃や放火にはもってこいの状況のはずだ。


 考えてもわからなかった。

 自分が今から何をすべきかも、レインにはわからない。


 不安だった。

 何か大変なことが起こっているような気がするのに、何をすればいいのかわからない。


「レインさん! とりあえず、来た道を戻ろー! ルカムと合流したら、何か変わるかもしれないし」


 エレナがレインの手を握った。彼女の声は、いつもより明るかった。

 彼の心を支配していた不安と焦燥が、少し和らいだ気がした。動悸がおさまってゆく。


 それでも、完全にはそれらを拭いきれなかった。


「そうだね。早く戻ろう」


 そう言って走り出すレインの手は、無意識のうちにエレナの手から離れ、剣の柄を探っていた。



***



 一方、そのころルカム。


 ルカムは二人と別れたのち、人込みに紛れた。その人混みの中、ふーっと大きなため息をつく。


 『予想外の出来事』ね……。


 大男は右肩をさすった。

 この1日の出来事がすでに『予想外』だから、これ以上『予想外』が重なっても、自分は驚かないだろうな、と彼は感じている。


 本当に、激動だった。

 自らをレインと名乗るあの男と出会ってからは。


 自分なんて必要ないほど出鱈目な強さを誇る彼の『先輩』として任務にあたる。相手は、自分の肩に大けがを負わせた相手だ、怖くないわけがない。

 まあ、もともと自分から喧嘩ふっかけたんだけど。


 ルカムは自分の右手を見る。長い事斧を握り続けてきたその手は、震えていた。


 難易度7、盗賊拠点壊滅。

 当然、その任務の内容には、【怠惰】との対峙も含まれることになる。

 それはつまり、【暴食】のレイや【傲慢】のソレート、【嫉妬】のクロエと並ぶ大罪人との対峙ということだ。


 それが、難易度7。割に合わなすぎる。


 あの男、レインに任せる任務の難易度としての『7』ということか。エミリーは『レインにとっては難易度7程度』として難易度を制定したのだろう。

 だとしたら、やはりレインは只者ではない。

 それに、さっきから手が震えて止まらない。


 やっぱりアイツは、『レイ』なのか?



 ふと気が付くと、周りの喧騒がなくなっていた。

 みんな、今日眠る場所へと帰っていったのだろう。


 ルカムは、気配を感じて振り返った。


 南中を過ぎた三日月が、街を照らしている。

 男が、立っていた。


「よォ、『冒険者ギルド』の旦那」


 赤いバンダナを付けた、赤髪の男だった。

 左目に眼帯をしている。


「何者だ」

「なぁに、ただの盗賊だよ」


 歯は黒く、無精ひげを生やしている。

 ルカムは男から、ただならぬ殺意を感じていた。

 本能的に、ルカムの右手は武器をつかんでいる。


「……名前なら、知ってんだろ? 冥土の土産に、よく覚えとけカスが!」


 叫んだと同時に、彼はルカムに殴りかかってきた。反射神経のみで躱したルカムは武器を抜く。

 攻勢に転ずる間もなくフレイの攻撃が降りかかる。躱すのだけで精一杯。彼の攻撃はこれまでの盗賊とは一線を画すものだった。


 武器の一つさえ構えず彼は殴っている。

 それなのに、まるでマシンガンを放たれているかのような感覚。殺意と速度が、並大抵の物ではなかった。


 やはり、彼が『本物』の。


 【怠惰】フレイだ。

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