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暴食のレイン  作者: はむはむ
怠惰のフレイ
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4、賊魁

 やがて、自分の肩が揺らされるのを感じた。

 重たい瞼をこじ開けると、そこには黒肌の女の整った顔がある。エレナだった。


「レインさん? もういくよー?」

「え……今、何時だ……?」

「もう夕方だ。とりあえず最後の仕事だ、気合い入れていくぞ」


 掛け布団をはねのけ起き上がったレインに、ルカムが告げる。額に大きな傷のある彼は、ずっと前から起床していたのか、声色に眠気は含まれていなかった。それはエレナも同様なようで、黒髪のシニヨンには寝ぐせ一つついていなかった。


「レインさん、あんなに強いのに早起きには弱いんだねー」

「……もうちょっと早く起こしてくれよ……」

「さ、早くいくぞ」


 レインがぼやいている間にも、二人は部屋から出ていこうとする。


 ここには慈悲というものがないのか、と思いつつ、彼も準備をした。

 携えた黒い剣の重みは、まるでずっと前からそうあるべきだったように馴染んだ。レインは二人を追って、寮を後にする。


 外に出ると、太陽はまだ沈みきっておらず、あたりはほんのり明るかった。ルカムの広げた概要書には、最後の拠点の位置が記されている。


「お待たせ。さぁ、行こう」


 青年が言うと、三人は顔を合わせて微笑み、歩き出した。



***



 最後の拠点は、これまで潰してきた盗賊の拠点より一回り大きなものだった。ほかの建物となじむように建てられたその施設の壁は、随所が傷ついていて、苔が生えている。だが、そうと言われない限り、とてもじゃないが盗賊の拠点だとは想像しがたい体裁だった。


「……俺がここを最後に回していたって話はしたか?」

「いや」


 ふと呟いたルカムに、レインが即答する。大男が何を言いたいのか、青年はおおよそ予想ができていた。


「ここの拠点には、ここ一体の盗賊の長──【怠惰】のフレイがいる。他と同じようにはいかないだろうな」

「【怠惰】?」


 エレナがオウム返しに訊いた。まるで、「なにそれおいしいの」とでも言わんばかりである。

 大男は肩をすくめ、「称号みたいなもんだ」と答えた。


「まぁ、やることはかわらないんでしょ?」

「ああ。これまでと同じだ」

「なら簡単だねー。やっちゃお、レインさん!」

「そうだね」


 レインは剣を構え、建物の壁を睨んだ。

 たった今から、この建物の中は地獄と化すだろう。


「冒険者ギルドから来た者だ、貴様ら、命が惜しかったらそこから動くな!!」


 壁を破って中に入り、一喝したのはルカムでなくレインだった。

 中には当然、目になじみのある盗賊たちの姿が。その数はパッと見てわかるだけで、50人。この建物は少なく見積もって2階建てなので、2倍の100人はいることが予想された。


 その50人の盗賊は、これまで見てきたそれと同じように、食事をしたり賭博をしたりしている。


「……あ? 突然なんだよ、てめ」

「ハァッ!」


 レインは剣を振った。何かを言いかけた盗賊の指には盗んだものと思われる、高価そうな指輪がはめられていた。


 その指が飛び、指輪は赤く染まった。

 血飛沫は天井と床にこびりつき、容易には落とせない汚れを残す。


 男は数拍遅れて、叫んだ。


「いってぇぇぇぇ!?」

「あんまり叫ばない方がいいぞ。パニックになられたら、殺さざるを得ないからな」


 ルカムが冷静に諭すが、当然、盗賊たちにそんな余裕はない。

 恐怖は伝染し、瞬く間に部屋中の人々が武器を取った。人込みでごった返し、殺意の矛先がレイン達に向けられる。


 レインの心に、不思議と恐怖は浮かばなかった。

 ただ、光沢を放つ凶器の先が、眩しいというだけで。


 ──試してみるか。


 レインはゆっくりと、一度抜いた剣をしまった。

 ルカムが「何やってるんだ」と驚きの声を漏らしている。しかし、彼の耳には届かない。


 剣をしまったまま、レインは盗賊たちの中に飛び込んだ。


「コイツ、素手だぞ!」

「やっちまえ!」


 ここぞ、とばかりに二人の男がレインに凶器を振り上げた。

 その瞬間、がら空きになった腹めがけてレインは拳をぶつけた。


 まるで、巨人に突き飛ばされたかのような強烈な反作用を手に感じた。

 「痛ったい」と声を漏らしそうになる。彼が声を漏らす前に、鈍い音が聞こえた。

 見ると、たった今殴った男が倒れていた。もう一人の男は、その光景に驚いて、凶器を振り上げたまま静止している。


「身体能力は、高い方なんでね」


 レインは手の痛みを無視し、もう一度握り拳を作った。

 凶器を持った男は、たった一人のそんな青年を見て凶器を投げ捨てた。満足げに青年は頷き、拳を固めて別の敵の元へと走る。


「……なんだよ、被害を少なくするための工夫かよ。伸びしろの大きい若者って、怖いな」


 ルカムが、「心配して損したぜ」と言わんばかりにため息をついた。

 黒肌の女が、「すごーい、レインさん!」と手を叩いて笑っている。そんな彼女に、忍び寄る影。


「危ない!」

「もらったァ!」


 ナイフを構えた盗賊の声と、レインの声は同時に響いた。

 エレナは笑って、「大丈夫だよー」。


「戦場で気を抜くほど、私馬鹿じゃないもーん!」


 彼女はひらりと身を躱し、むしろ襲ってきた男の首に一撃を与えた。

 男は倒れこみ、ぴく、ぴくと痙攣している。首から血は流れていなかった。


「こっちも心配無用かよ、ったく」


 ルカムが不平を呟く。そんな彼にもまた敵が接近していたが、彼は最初から油断もせず、真正面から斧を振った。


 振られた凶器は盗賊の脳天に直撃し、血がビュッと吹き出す。

 彼に傷つけるはおろか、誰一人として彼に近づくことすらできない。血に濡れた斧を、ルカムは軽々と振り回す。


「降参して、今すぐ盗賊なんてやめろ!」


 レインは叫ぶが、ほとんど相手にされなかった。

 まぁ、ここの盗賊が具体的に何をやったのかも知らず、ただ派遣できたレインが言っても説得力は薄いだろう。


 そんなこと知ってるけどさ、殺人ってやっぱ抵抗あるじゃん? ワンチャン楽できるかもしれないじゃん?


 レインは、殺すのも、殺さないように加減するのも、どちらも難しいと知っている。そんな彼は返ってこないリアクションを見てため息をつき、また拳を握るのだ。




「……お前で、最後だぞ」


 やがて、レインは一人の男に拳を向けた。

 両者は、肩で呼吸している。

 周囲は血の海でなく、気絶した男たちの体で埋め尽くされている。必要最低限度の犠牲を意識したせいか、レインの疲労感はこれまでより強い。


「……甘いな……、ギルド会員の奴らは。俺たちを……きちんと全員、殺さない。生かして放置したところで……どうせまた、盗みを繰り返すだけなのに」

「お前が【怠惰】か?」


 ルカムが二人の間に入り込んだ。

 盗賊の男は、一瞬、沈黙する。数秒ののち、肩で息をしながら続ける。


「……ああ。【怠惰】のフレイ、とは俺のことだ」

「だったら答えろ」


 ルカムは、これまで盗賊と最低限度を超えるような会話を交わさず、手早く合理的に仕事をしてきた。けれど、今回は別だった。

 彼は自らをフレイと名乗った男に近づき、その震える襟首をつかんだ。


「……なんで盗賊なんてやってるんだ。今日明日を生きるためのスリなら、まだわかる。だが、なぜ必要以上に組織化し、盗みを働く?」

「……そりゃ、お前」


 男は笑った。


「『楽しいから』だよ。仲間や親分と一緒にモノや金を盗んで、それで遊ぶっていうのが」

「その結果、間接的に人を殺すことになっても、それが楽しいといえるのか」

「……親分……?」


 ルカムが男を責める中、レインはその言葉にひっかかるものを感じた。

 誰も、それを気に留めはしない。


「ああ、楽しいな。人の不幸なんて、知ったことじゃない。俺らが楽しければ、それでいいんだ」

「貴様……」


 ルカムは何かを言おうと、口を開きかけた。何か詰まったようにように声は出ず、結局、それが文章になることはない。


「……人間の屑め!」


 文章の代わりにルカムは、男の襟を手放し、地面にたたきつけた。男はあっけなく床にたたきつけられ、血を吐いた。それでもまだ意識を保ち、立ち上がろうと手を地面につく。


「いくらでも言え。俺達にはまだ、望みが……ッ!」


 ルカムは地面についた手を、容赦なく踏みつけた。悲鳴が轟き、ルカムは頭を蹴りつけた。

 男はぐったりとうなだれた。脳震盪を起こしたのか、体がぴくぴくと痙攣していた。


「弱いな。本当に【怠惰】か?」

「……それ、ギルドで俺のこと殴った時も、同じこと言ってたけど?」

「俺が悪かったって」


 ルカムは口先で謝るが、まだ違和感をぬぐえていない様子で男を見つめた。口から泡を吹き痙攣している男は、気を失っているようだ。この様子では、もはや戦うことはできない。完全に、この拠点は潰れたのだ。


 にも関わらず、この場にいる三人全員が違和感を拭いきれていなかった。


「盗賊の長がいる拠点の割には、なんか呆気なくない?」

「……ああ。盗賊の長って割には、拠点にいた盗賊の量が少なかったしな」


 「何かあるぞ」とルカムが呟く。

 赤く腫れた右手をさすりながら、レインがしゃがんでいる大男に声をかけた。


「もうよくない? 帰ろう」

「それもそうだねー。私疲れちゃったよ」

「……ああ」


 ルカムは、何か腑に落ちていない様子だった。

 しかし、だからと言って帰れない理由もないので、彼は二人を止めない。


 三人がそれぞれに納得のいかない顔をして、建物の入口へと歩き出す。

 と同時に、レインは何かが足元に触れるのを感じた。



 振り返ると、そこには自らをフレイと名乗った男がいる。

 白目をむいて地面を這う男は、レインの足首をつかんでいた。


「……なっ」


 足首をつかむ力は、そこまで強くはなかった。

 レインが力を込めて蹴ると、男は1mほど吹き飛び、床に突っ伏した。


「大丈夫!?」

「ああ、うん、大丈夫……だよ」


 レインは触られた部分をさすりながら、答えた。

 視線の先にいる、フレイと名乗った男は、ピクリとも動かない。だが今、確かに動いて、レインの足を止めていた。


 部屋の温度が、数度下がったような気がした。

 ルカムはあまりそのことを取り合わず、「ただの悪あがきだ、気にすんな」と言った。場数慣れしているせいもあって、彼は取り乱していない。

 おそらく、稀にあるのだろうと推測された。


「行くぞ」


 ルカムが外へ出た。

 レインとエレナは、顔を見合わせ、フレイと名乗った男の方を見る。やはり、動いていない。

 それを確認してから、二人も外へ出た。



***



 何かが、おかしい気がしていた。


 レインは自分の肩をさすりながら、歩いている。

 夜の街の冷えた空気が、肌を撫でている。


 今の場所は、ルカムが最後に回していた難易度の高い場所。

 こんな簡単に終わるはずがない。

 フレイというあの男も、盗賊の親分としての威厳が全くなかった。

 まるで、親分でなく、ただのいち盗賊だったかのような。


 それに、彼は『仲間や親分と』と言っていた。

 自分のほかに『親分』という存在がいないと、ありえない言葉だ。彼が親分であるなら、絶対に出るはずがない。

 だったら──



 ふと、突拍子もない考えが頭に浮かんだ。

 考えれば考えるほど、その疑念は強くなっていく。


 なぜ、強くもないフレイが、『偶然』最後に残っていたのか。

 なぜ、普通の人間と何ら変わらないフレイが、盗賊の長なのか。

 そして、なぜ、決して敵わない状況だったのに、彼は最後まで自分たちを建物に留まらせようとしたのか。


 きっと、二人も感じているはずだと思った。



 ──あれは、本当に盗賊の長(【怠惰】)だったのかと。



「なんだ、アレ──?!」


 ルカムが大声を上げた。

 レインは顔を上げる。


 100m以上離れた場所にあるのに、レイン達の立っているこの場所まで照らす。電気さえないこの世界で、明らかに異常な光源だった。

 それは建物よりも大きく、揺れ動き、灰色の煙を出しながら、建物を蝕んでいる。


 炎だった。

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