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暴食のレイン  作者: はむはむ
怠惰のフレイ
3/18

2、盗賊

「盗賊の拠点を潰す、難易度7、報酬は盗賊の拠点にあったもの全て、か……」


 町の喧騒が完全に静まる夜の静寂に、レインの声はよく響いた。

 彼が右手に持っているのは、エミリーから渡された概要書。そこには、他にも報酬や期間、ジャンルなどがかかれている。

 その頭で、レインは考えている。


 とりあえず指定された場所に来てみたはいいものの、なるほど、難易度がどうとか盗賊がどうとか、全くわからん、と。気分は大学入試問題を渡された小学生だった。


 レンに馴染みがないのは当然だが、レイの記憶にさえギルドに関する情報はまるでなかった。彼の興味が世間でなく殺しに向いていたのだから、それも当然か。


 『盗賊』と聞いてレンが抱くのは、華麗かつ敏速、優雅に宝物を盗み出す怪盗のようなイメージだ。でも『貴族』が集団で女を襲うクズ野郎だったのと同じで、多分そのイメージも違うのだろう。


 にしても、全く情報がないのは不便である。


「ねぇ、エレナ。この概要書に書いてあることの意味って、わかる?」

「どうだろ……ちょっと見せて」


 レインはエレナに概要書を渡し、彼女はそれをまじまじと見つめた。

 彼女は小首をかしげているが、細い眉をひそめる顔には「わからん」と書いてある。そこに、男の声が聞こえてきた。


「難易度は1から10まであって、冒険者の格付けに対応している。他にも色々書いてあると思うが、概要と難易度さえ読み取れれば問題ないぞ」

「あ、ありがとうございまーす」


 エレナはそう言いながら、親切な男の姿を見ようと顔を上げる。

 男の姿を目に映した瞬間、彼女の表情は固まった。


「……え」

「お前」


 男とレインとエレナは、しばし見つめ合った。

 世界は暗いが、月や星の明かりで、彼が額に傷がある、筋肉質な巨漢だというのはわかる。

 二人はその姿に見覚えがあった。

 レインは男の名前を口にする。


「ルカ……メ?」

「ルカムだ、ルカム」


 その男、もといルカムは頭を掻いて視線を逸らした。


「どうしてここに」

「俺が一番疑問だよ、ったく……」


 ルカムは右肩をさすった。包帯が巻かれている。レインが付けたエミリーに治療されたらしい。


「マスターからお前らについて行くようにって言われたんだよ。ギルドのいろはを教えてやれってさ」

「ああ……確かに、それは助かるな」


 「どう接しろと?」

 レインはエレナを見る。彼女は何も答えず、代わりに任務の概要書を返してきた。

 それを受け取ったレインは、じーっとルカムを見つめた。彼は背中に斧を背負っており、いつでも戦闘可能といった様子だ。


「俺だって好きで来たわけじゃねえから、あんま文句言うなよ」

「まだ言ってない」

「……」


 ルカムは無言でレインを睨む。

 大男に傷を負わせた青年は、その視線を受け止めないようにしている。

 エレナがこほん、と咳払いした。


「っていうかさー、レインさん、なんで『拠点壊滅』なんて依頼が届いてると思う? 見ず知らずの盗賊たちを殺してほしいなんて、誰が願うんだろ」

「……盗賊だからじゃない?」


 レインは答えるが、彼自身納得がいっていなかった。

 盗賊の拠点を壊滅させても、誰にも利益が行かないような気がしていた。国の治安が良くなるだろうが、それを果たしてギルドに依頼するだろうか、と。


「盗賊に親殺されたやつでもいるんだろ、きっと」


 ルカムが重苦しい口調で呟いた。


「盗賊は盗みの過程で人を殺すし、金銭的余裕を奪うことで間接的に人が死ぬからな」

「あー、なるほどー!」


 エレナは笑った。

 レイン自身人をそのように殺した経験があるので、彼は笑わずにただ「そっか」と言う。


「……俺も、似たようなもんだしな」


 ルカムの口から言葉が漏れ出した。

 しかし、あまりにそれが微弱だったので、レインもエレナも気が付いていない。ルカムはまるで今の自分の発言を取り消すように、少し大きな声で言った。


「もう、いくぜ」

「そうだね、そうしよう!」


 エレナが便乗し、盗賊の拠点に足を進める。その建物は他の建物と同じように木製のドアが付いており、鍵さえかかっていなければ普通には入れそうだった。


 今から盗賊と戦う、という事実さえ朧げなまま、レインはそのドアノブに手をかける。

 

「鍵、かかってる?」

「かかってるね……。でも、俺が蹴破るから大丈夫。準備はいい?」


 エレナは一拍の間さえあけず頷く。

 むしろ心配だな、とレインは苦笑い。絶対に彼女を危険にさらしはしない、という決意がみなぎる。


 彼は概要書を仕舞い、剣を構えた。


 これから何度も、こんな風に剣を構えることになるだろう。

 今日は記念すべき一回目だ。


「いくよ!」

「はい!」


 バキッ、という呆気ない音が鳴り、建物の中と外の空気が繋がった。

 エレナとレインの姿は、中にいる人々に晒される。

 その数、一見してわかるだけでも30以上はいる。体に多くの傷があり、眼帯をしている者や義手の者も少なくない。荒くれ者達であることを証明するかのように、全員例外なく目つきが厳しい。

その眼、目、瞳が全て、エレナとレインに向いていた。


「……え、えーと……」


 目の前に今から殺し合う相手がいて、なおかつその相手と自分の間に気まずい沈黙が流れている時。

 どのような言葉を言えばいいか、レインは心得ていなかった。

 エレナもまた、多くの眼に見つめられて赤面しているのみ。


 壁掛けの蝋燭が、揺れながら光を放っている。


 二人の言動を見かねたルカムがため息をつき、二人の前に出た。


「冒険者ギルドの依頼でこの拠点を潰しに来た者だ! お前ら、殺されたくなかったらそこから動くな!」


 水を打ったよう、とはまさにこのこと。

 その言葉がきっかけで、沈黙は解消された。盗賊たちが次々に動き出し、腰に据えたナイフを手に取りこちらを睨みはじめた。


 ルカムは不本意そうに、「もう少し考えてから突撃しろよ」と言ってくる。

 レインが頭を掻き、「はじめてだから仕方ないだろ」。


 そうこうしているうちに、盗賊はこちらに向かってくる。


 動いたのは、レインだ。


 勝手に体が動いていた、というのが正しいかもしれない。


「なっ……!」


 風の音がした。

 かと思えば、血飛沫が空に舞っている。悲鳴さえ上げる間もなく、彼らは死体となって床に転がる。

 それを、誰よりも驚いた表情をしたレインが見つめている。


「クソッ、テメェ……! 調子乗ってんじゃねぇぞ!」

「ホントだよな」


 次に動いたのは、ルカムだ。

 レインに対し逆上した盗賊の背後に回り、斧を背中に振り下ろした。盗賊の背中に大きな赤い口が開くと、盗賊は倒れる。重い斧を振り下ろし無防備なルカムに、別の盗賊が槍を手に迫る。


 彼はニヤリと笑い、斧を手放した。

 代わりに構えたのは、一振りのナイフ。彼はそのナイフで、迫りくる槍をはじいた。散った花火が空中で自壊するより先に、ルカムは盗賊の喉元をナイフで切りつけた。盗賊の体から力が抜け、抜け殻のように崩れ落ちる。


 周囲の盗賊は、ルカムを危険と判断したのか、彼から距離を取り始める。

 まるで彼らが距離を取り攻撃の手を休めることを見越していたかのように、ルカムは無防備に斧を拾った。

 隣に、血の付いた剣を構えたレインが立つ。


「やるじゃん」

「さっき『はじめてだから~』とかなんとか言ってたやつが、なんで上から目線なんだよ」


 ルカムはため息交じりだ。

 「それについてはあとで説教するとして」と言ってから、声を低くして彼は言う。


「そんなもんか、お前ら? 遠慮せずかかって来いよ、じゃないとこっちからいくぞ!」


 二人を取り囲む盗賊たちの間で、歯ぎしりが漏れる。

 レインは手応えを感じていた。もともと30はいた盗賊が、今は20まで減っている。士気も地に落ちている。


 勝利を確信しかけた、その時だ。


「……えいっ!」


 女の声がして、レインは振り返った。

 そこには小柄なナイフを、盗賊につきつけるエレナの姿があった。レインはその姿を見つめ、ぼんやりと『エレナなりに頑張ってるな』と思う。


 一秒。


 たった一秒の間に、彼女はナイフをはじかれ、その小さな肩を盗賊に掴まれた。

 レインは目を見開き、剣を強く握る。


「……は、ははは! テメェら、馬鹿だなァ! 女をわざわざ連れて来るなんて!」


 エレナを掴んだのは、汚いあごひげを生やした中太りの男だった。青白いその唇から、唾が飛ぶ。


「コイツの命が惜しけりゃ、武器を置いて両手を上げろ!」

「クズだな、どこまでも……」


 ルカムは悪態をつき、冷静に斧を両手で持った。

 それとは対照的に、剣を握るレインの手は小刻みに震えている。


 所詮は小汚い悪党の、しょうもない苦し紛れの、醜いその場限りの策だ。

 そんな策でさえ、大切なものを持ったことがないレイと、場数慣れしていないレンには効果があった。


 手に汗がにじむ。


 エレナは身をくねらせ束縛から逃れようともがいている。

 盗賊はそんな彼女の口を塞ぎ首を掴んでいる。


 絶対に殺してやる。

 レインの心が憎悪で満たされる。

 それとともに、彼の体から震えがとれてゆく。


 彼の右目が、赤く染まる。


 ルカムはレインにだけ聞こえるような、小声で囁いた。


「レイン。冷静に奴らの隙を伺って、一気にエレナを奪取す──」

「さわらないでください!」


 ルカムの言葉を遮ったのは、エレナの声だった。

 見ると、なんとエレナは男を足で蹴り、自力で拘束から逃れていた。

 そのまま足で一回、二回と蹴った。周辺にいた盗賊は彼女から離れ、エレナは落としていたナイフを拾った。


「心配しなくていいよ、レインさん! こう見えても私、仕事はできる方だからねー!」


 彼女は声を張り上げ、手を振った。

 レインとルカムは、人心地ついた感覚で胸を撫でおろす。


 まぁ、彼女が無事だからといって、することは変わらないか。


「【剣】」


 レインは、剣を振った。

 彼がしたことは、たったそれだけだ。


 たったそれだけで、十人以上の盗賊の首が『落ちた』。

 他の盗賊たちは、何が起きたのかわからぬまま、飛ばされた仲間の首を見ている。


 一拍後、何かの合図があったかのように、ほとんど同時に血の間欠泉が噴き出した。

 盗賊たちの間に大混乱が巻き起こり、絶叫が轟きだした。


 そんな盗賊に、レインは剣を振る。



 揺れながら光を放っていた蝋燭の火が、消えた。



 地獄が広がった。

 肉、血、血、肉、血、血、血。

 どこを見ても血と肉だけが存在している。

 吐き気だとか悪寒だとか、そういったものはもはや感じないほど。


 そんな質量のグロテスクが広がっていた。


 地獄の中心に、レインは立っている。

 ルカムが数秒の間、一切の挙動を停止した。


 やがて、ゆっくり斧とナイフをしまった。

 自然と、左手が右肩の傷に触れている。

 顔は上を向いて、眉が震える。


「はじめて会った時も思ったが……何なんだ、お前……」


 レンも、全く同じ疑問を覚えていた。

 ただ、彼はその疑問をはねのけた。


「ただの荒くれ者さ」


 そう答えるレインの右目は、いつもの灰色に戻っていた。

 強がったつもりだが、彼の口調は少し震えている。

 彼の元へ、エレナが寄ってくる。彼女はまるで子ジカのように、不安定に歩いていた。


「……や、やっぱりすごいね、レインさんは……」


 レインは自分より二回り小さい彼女を、優しく抱きしめた。

 瞬間、どっと疲れが押し寄せた気がして、深々とため息をつく。


 正直、ナメていた自分がいた。

 『レイ』の力を以てしてなら、こんな依頼、余裕だと思っていた。


 実際は違った。

 人質をとられたことに動揺したのもそうだが、それ以上に精神的負担が酷かった。


 『レイ』の力は、全く制御ができない。

 勝手に体が動くのだ。

 勝手に虐殺を行っていた。


 今回はまだ大丈夫だったからいい。

 だが、もしもこの力が暴走して、善人を手にかけてしまったら?

 この手でエレナを殺してしまったら?


「……とにかく、任務完了だ。帰るぞ」


 ルカムはまるで、レインの思考を中断するように言った。

 彼は何も反応しない。


「それとも、報酬の『盗賊の拠点にあるもの全て』が気になるのか?」

「いや……そうじゃないけど。悪趣味そうだし」

「じゃあ帰るぞ」


 ルカムは二人の反応を見ないまま、背を向け、この場から去った。

 血塗れの惨状には、エレナとレインが残る。


 レインはエレナに何か言おうとしたが、言葉が見つからずに黙り込む。

 漠然とした自己嫌悪に苛まれながら、彼らはこの場を後にした。

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