僕の婚約者が強すぎる〜婚約者が死んで時間が遡りましたが、僕は何てことをしてしまったんでしょう〜
短いですが。
リドルは婚約破棄した婚約者が断頭台に上がるのを眺めた。
リドルと、断頭台の上の婚約者は共に十八歳。三歳の頃から婚約して、共にこの国を支えるために育てられてきた同士だった。
しかしリドルは運命の相手に出会ってしまったのだ。その女はこう言った。
「リドル様、私たちの間には真実の愛があるのです」
ーーそう、だから。
リドルは女の言う通り、婚約者に冤罪をかけて、婚約を破棄した。今日この時、まさに処刑が実行されるのである。
やけにいい天気の日だった。
くっきりとした青空。雲と空の境目がきっぱりとして、ぼやけたものはひとつもない。
リドルの曇った眼以外は。
リドルに処刑人が許可を求めたので、リドルは「よい」と答えた。処刑人がロープを切る。
斜めの刃が、彼女の首に向かって一直線に、
ーーちょっと待て、僕は今、いったい何に許可を出してしまったんだ?
ダンッと音が響いて、赤い血液が飛び散った。
同時にリドルの頭には、ものすごい勢いで記憶と映像が流れ始めた。
これまでの短期間に起こったこと、それをまるで少し離れたところで眺めている感覚。すべて自分がしたことだと言うのに、信じられないような光景。そして最後に、今見たばかりの、
ーー婚約者の首が飛ぶ景色。
めまいと、ひどい頭痛、全身を襲う圧迫感。それにともなって呼吸が苦しくてたまらない。
リドルは椅子に背を付けたままでいられなかった。前のめりに体を折り曲げ、心臓を押さえて掻きむしる。
息が出来ないーーこのままでは死んでしまう。目や口や鼻から体液がだらだらと流れ出るが、気にしてられない。
ーーああ、死ぬ。
突然目の前が真っ白になった。
・-・・・ -・-・・ ・-・--
息が戻った。呼吸が楽にできる。
リドルは仰向けに寝転んでいた。また青空だ。そして涼やかな虫の音と、風に揺れて触れた草木が奏でるサワサワと言う音が聞こえる。
ーーのどかだ。
すると、近くでフフッと女性の笑い声がした。顔を向けると、パラソルをさして、帽子を被ったドレスの彼女が座っていた。
私たちのいる場所にはラグが広げてあり、彼女のそばにはバスケットがある。
私たちはピクニックをしていたのだ。
「すまない、少し寝ていたようだ」
起き上がると、体の軽さに驚いた。そう、ずっとリドルは体が重かった。こうやってみると、ずっと体調不良だったのだと実感できる。その時は気づかなかったというのに。
ーーいや、さっきのあれは夢だ。
自分の婚約者に冤罪をかけ、断頭台で首が落ちるのを眺めるなど、夢だとしても胸糞が悪すぎる。
あり得ない夢だ、きっと悪魔が見せたーー
「殿下、夢からは覚められました?」
僕のとなりにいたのは、夢の中で見た、首を落とされた婚約者だった。
「残念ですわね、殿下。せっかく私の首を落としたと言うのに、時間が遡ってしまうなんて」
彼女の笑顔は、これまで見てきたものと全く違わない、でも少し若い、困ったような微笑みだった。そう、僕が真実の愛を捧げた女と一緒にいる時に見せていた、あの顔とそっくり同じーー
自分の顔から血の気が引くのがわかる。
ゾッとして、皮膚がピリピリしだす。耳が変だ。音が遠い。
「可哀想、殿下はこれから、あの記憶を残したまま、私と婚約を続けるんですよね」
「あ……あれは、違うんだ」
「ふうん?」
「今は、しっかり意識を取り戻してーー」
今なら分かる。あの時、自分は意識を乗っ取られていたのだと。自分の選択が、自分の意思であると思い込まされていたのだと。
あの女は、隙をついて近づいてきた。そして僕と目を合わせた瞬間、僕は意識をすっかり塗り替えられてしまったのだ。
ーーでもそんなの
「そうですわね、確かに殿下は操られているのはわかっておりましたわ。でも、私の首をおはねになった事実は、私と殿下の記憶には残り続けますわよね」
「ーーそう、だな」
ズキンと胸が痛む。まるで心臓をツルハシか何かで一撃されたような痛みだ。バクバクと心臓が激しく脈打つ。息苦しい。
なんという事をしてしまったんだろうーー
「ねえ殿下、私たち、あのメギツネの現れる二年前まで時間を巻き戻りましたわ」
「……うん」
それは王宮に伝わる、古い魔法だった。二人のうちのどちらかが、命の危機に瀕したとき、二人同時に巻き戻るという、王族にだけ許された魔法。
「ですから、今度は絶対絶対、ぜーーーーったいあの女に近づかないでくださいましね?」
彼女は明るく言った。さっきの流れで、よくそんな態度でいられるものだ。僕には無理だ。だが答えるしかない。
「わかった」
そう答えると、彼女はにっこりとして「約束ですからね」と笑った。
恐ろしいことに、わが婚約者は僕を捨てないようだ。
強すぎるーー……
「君は僕を……憎くは思わないのか?」
「迂闊すぎるところはおバカさんだと思っております。でも、私とあなた以外の誰が国王夫婦の跡を継ぎますの? これは自惚れじゃなく、自覚です。私たちはそうなるために育ってきたのです。これからもそれは変わりません」
「だが、心情的にはーー」
「時間は巻き戻りました。だからあれは現実ではありません。夢だとでも思いなさいませ」
「でも私はっ」
「乗り越えてくださいませ。私は気にしないと、ここに戻った瞬間決めましたので」
「……そうか」
僕はもう、なにも言えなかった。彼女がそう決めたのなら、そうするしかない。間違えた僕には、なにも言う権利はない。それが自分の意思でないとしても、やったのはこの体だ。
「あと、この際だからもう、これからは二人の時は、なにか言うことを遠慮しないことにいたしましょう。そうすれば余計な問題を払えます」
そう言って、彼女は僕の反応を見たが、僕はもう、なにも答えられないくらい落ち込んでいた。
なので彼女は言葉を続けた。
「ですから、言っておきますわ」
僕はこれから、なんと言われるのか予想もつかなかった。
もしも「私たちは政略結婚だから、愛情なんて期待しないで」何て言われたら、どうして生きていったらいいのかーー
いや、僕が悪いのだ、あんなことをしておいて、今さら愛してもらえるなどと、甘えたことを。僕は自嘲した。
僕はどうしようもない甘ちゃんだな。
そんな落ち込みなど、ちらりとも見ず、ヒルダはスーッと息を吸ってから、
横を向いて大声で言った。
「私、殿下のお顔がものすっっっごく好きですの!ですから、あなたを手離す気はありません! ですのであきらめて、死ぬまで一緒にいてもらいますからね! あなたを支えるのは、私ですので! 前回私の首が落とされたのは、あなたを守りきれなかった私の落ち度でもありますわ。ですから、私たちはどちらもあの失敗を反省すべきなのです。どちらか一方が悪いわけではありません。私たちは、二人でひとつのチームですから!」
一息で言い切った彼女の頬は紅潮していた。息は荒く、目はギラギラと輝いている。
僕は、思わず涙ぐんでしまった。
「君は強いな」
彼女はその反応に満足したように笑った。
「ええ、ですから、私の前だけでなら、たまには弱くて可哀想な殿下でも許してあげますわ」
そう言って彼女は小さなパラソルのなかに僕を招き入れてくれた。
「ごめんね、ありがとう」
僕の婚約者は強くて凄い。
僕は、少しだけ彼女の肩に頭を預けて泣いた。
可哀想な男子萌えを拗らせてます。
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