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第6話 悪魔の棲む家

 それは――僕が技能の習得および技能レベル上げを行い始めてから2週間ほど経ったころだった。毎日、セレナに叱られながらも物を隠し続け、隠蔽と潜伏ハイドの技能がとうとう昨夜レベル2になった。

 技能はレベル1に達すると習得とみなされる。獲得経験値は行動によって差はあるようだったが、習得に必要な経験値はどの技能も固定で19800だった。

 隠蔽技能の場合、僕の最大MPの半分の数163個の物を隠して一日で得られる経験値は3260だ。

 レベル1になり、技能習得とみなされたのが物を隠し始めてから一週間後のことだ。そして昨夜さらに一週間が経過し、レベル2になった。


 ――そう。


 ここまでは何も問題がなかった。

 隠蔽の技能がレベル1のときは何も問題が起こらなかったのだ。


「――どこ! 桶がどこにも見当たらない!」


 激情に駆られた声が早朝の静かな家の中に響き渡った。その声でハッと目を覚ました。「どうして物を隠したりするの!」という怒声で起こされないのは久しぶりな気がするなあ、と起きた当初はそんなことを呑気にも考えていたが、セレナの様子を見て、僕は絶句した。


「どこ……。桶はどこ――?」


 セレナは一生懸命、目を凝らしながら家の隅々を探し回っていた。髪は汗で湿り、額から滴りおちた汗が悲痛なまでの彼女の必死さを物語っている。テーブルの下を覗いたり、椅子をどけてみたり、色々と探しているが一向に見つけられないようだった。

 やがてモンドをすがるように見つめる。


「これは一体どういうことだ……?」


 セレナの視線を否定するようにモンドは首を横に振った。その様子から彼の目にも水汲み用の桶が見えていないようだった。二人して呆然と立ち尽くすと、青ざめた表情で家の中を見回していた。


「家の中に何もないじゃないか……」


 モンドの一言にセレナは息を呑んだ。水汲み桶にばかり気を取られていたのか、彼女もようやくその事実に辿り着いたようだった。二人の取り乱した息遣いだけが静かな家の中にあった。


(……ふたりは何を言ってるんだ?)


 僕はテーブルの上に置いてある水汲み用の桶を見つめながら思った。セレナの目にも、モンドの目にも、水汲み用の桶は映っているはずである。そこにあるはずなのに、まるでその存在が秘匿されているかのような振る舞いだ。

 いつものように僕の目には――家の中にあるもの全てが見えていた。

 けれど、二人には何もないように見えているようだった。


(これが隠蔽の効果……?)


 であれば、どうして急にこんな――。


「……アンリ。あなたなの? あなたがまた何かやったの!? どうしてこんなことをするのよう……」


 セレナはその場で泣き崩れた。うめき声が彼女の唇を押し黙らせ、得体のしれないものを見るような目を僕に向けてきた。モンドはなぐさめるように彼女の背を手で擦っていた。


「滅多なことを言うんじゃない。こんなことを人ができるわけがないだろう……」


「でも、あなた……」


「きっと家妖精のいたずらさ。村長に事情を話して、桶とか食器を手配してもらおう」


「そうね。……ごめんね、アンリ」


「――ううん。気にしてないよ」


 全部、僕が悪いから――。


 セレナとモンドにはとても悪いことをした気持ちになった。

 こんなことになると思っていなかった。

 僕はただいつものように隠蔽技能を使って物の配置を変えただけだった。朝になればまたいつものようにセレナに怒られて目が覚めるんだろうな、とそんなことしか頭になかった。

 それが昨夜、隠蔽技能レベル2になった後に、いつものようにしただけなのにこんなことになるなんて……。


「少しの間、お留守番おねがいね」


 二人は寄り添いながら家から出て行った。村長の家に向かうのだろう。


(さてと、どうしたものか――。原因を究明したいところだけど、まずはその前に元に戻さないとなあ)


 僕は昨夜、隠蔽技能を使って配置を変えた家の中にあるもの全部に手を触れて少しだけ動かした。


(よし。これで隠蔽の解除は終わったな)


 とても簡単。

 解除はこれだけである。

 しかも今は当初のように物を隠したりしていないので、昨夜と比べてせいぜい物の配置が元に戻ったくらいだ。


 ――そう。


 最近の僕は何も隠していない。

 隠蔽の技能習得のために経験値を稼ぐには物を隠す必要があったが、隠蔽技能習得後は隠蔽技能を発動しながら物の配置を少し変えるだけで「物を隠した」とみなされる。

 だから、テーブルの上に水汲み用の桶が置いたままであるし、家の中にあるものも眠る前と比べて少し移動しているくらいだった。

 にもかかわらず、あの二人には家の中にあるものが何も見えなくなっていたらしい。どうしてこんなことが起こったのか《全知の書》で隠蔽技能の詳細を改めて調べた。

 

(あー……。そうか。これを見落としていた)


 調べてみて二人の様子に合点がいった。知識では知っていたはずだった。『魔の森』を抜けるためにどうして隠蔽技能を上げようと思ったのか。知っていたはずなのに、実際にどうなるのかを目の当たりにするまで、まるで実感が湧かなかったのだ。

 隠蔽の解除は、先ほど僕がしたように隠蔽したものが何かに触れて移動するか、探知技能によって見破るかのどちらかだ。

 これを見落としていた。

 探知技能で隠蔽を見破れるのは同レベル以下という条件がある。

《全知の書》でセレナとモンドのステータスを表示させる。


(……二人とも探知技能Lv1か)


 見事なまでに看破失敗である。

 これでは隠蔽したものを見つけられない。

 

(……隠蔽を見破れなかったらあんな感じになるんだな。そこに存在していても、存在自体を認識できなくなるわけか)


 ちょっとした騒ぎになってしまったが、大きな収穫である。ゆくゆく『魔の森』を横断する際に、隠蔽を施した野営で本当に一夜過ごせるか不安だったが、あの様子なら問題なく過ごせそうだ。


(でも、どうしたもんかなあ)


 隠蔽したものを発見されなければ隠蔽の経験値は得られない。今までの方法だとあの二人が、隠蔽を施したものを見つけられる可能性はないのでレベルを上げられないことになる。隠蔽のレベルを上げなければ『魔の森』を横断することは不可能なので、これはゆゆしき事態だ。


(……方法はおいおい考えるとして、まずは潜伏ハイドスキルから上げていこうかな)


 しばらく考えても答えはでなかった。

 問題の先送りにしかならないが、今は日々技能を上げることが一番大事だ。

 これが現状での最良ベストだろう。

 よし、と今後の方向性を潜伏ハイド上げに決めたところで、家の入口の方で足音がした。入り口にかかった布きれをくぐり抜けて、セレナとモンドが入ってきた。手には新しい水汲み用の桶を持っている。無事に村長からもらえたようだ。

 でも、残念。

 すでに隠蔽は解除している。家の中には水汲み用の桶はあるし、生活に必要なものは全て元通り。二人の目にもその様は映るだろう。

 二人を徒労に終わらせてしまって申し訳ないなあ、と思っているとセレナが目を見開いて絶叫した。


「――悪魔よ! これは悪魔の仕業に違いないわ! ――この家には悪魔が住んでいるのよ!」


「……ありえない。こんなことが起こるなんて!」


 セレナとモンドはお互いに手を握り絞めながら信じられないものを見るような目で家の中を見ていた。お互いに身体を震わせている。


 あー――……。


 急に消えたものが再び現れたら誰だって怖いか。

 ごめんよ、二人とも。

 このあとモンドが教会の神父様を呼んで悪魔祓いをしてもらっていたが、僕はその間、これから技能上げどうしよう、と頭を悩ませた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます


以下がアンリが見た二人のステータスです。


モンド

Lv 12

HP 27

MP 16

VIT 2

STR 11

DEX 8

AGI 2

INT 4

MND 0


【技能】

共通語(人族)Lv3

伐採Lv3

斧術Lv1

体術Lv1

投てきLv1

潜伏Lv1

探知Lv1

解剖Lv1


―――――――――――


セレナ

Lv 9

HP 13

MP 16

VIT 0

STR 4

DEX 7

AGI 0

INT 7

MND 0


【技能】

共通語(人族)Lv3

料理Lv2

味見Lv1

裁縫Lv1

探知Lv1

解剖Lv1

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