第4話 《全知の書》と『魔の森』への挑戦
《全知の書》の存在に気づいてから一か月あまり。
僕はかたっぱしから知りたいことを調べた。
当初の疑問だったステータスの値の算出方法や、この村の歴史について。
そして何よりも、この異世界に存在する魔法やダンジョンについても詳しく知りたいと考えた。
《全知の書》の便利さに嬉しさを感じながら、この世界の秘密を解き明かしていく日々が始まった。
(ほんとうにこの本は便利だなあ)
魔法の存在も、ダンジョン――この世界では迷宮と呼ばれる存在もたちまちにして判明した。魔法に関しては習得方法から、迷宮に関しては詳細な位置まで分かる。それも人類がまだ発見していないものまで。この村については、起源から全ての歴史を教えてくれた。
この村に住む人々の先祖は、ここよりも西方にある都市で生活していた人たちだった。西方の都市で組まれた『魔の森』調査隊と同行する商団が魔物に襲われ、逃げ延びた先がこの地であり、生き残った人たちが開拓を行い、村を形成していったそうだ。それが今から百年ほど前の話である。
(魔の森か……)
この村を調べたのは、現在地と行き先を決める上での情報がほしかったからだ。
いろいろと調べていくと、冒険者になって、世界を旅するためにはこの村を出発し、西側に広がる『魔の森』を抜けて、その先にある都市に辿り着く必要があることが分かった。
『魔の森』と呼ばれる森は、百年前、数多くの調査隊が魔物に襲われて敗走し、そして今でも『魔の森』の中心にある迷宮は誰にも踏破されていない。
(これ詰んでないか?)
一抹の不安が心をよぎる。
この時点で僕の戦闘技能のレベルは0だ。
西方の都市とこの村に隣接する『魔の森』の入り口付近は、こんな小さな村の門番でも倒せる程度の魔物しか出現しないが、中心部に近づくほど魔物のレベルが高くなるらしい。中心部付近は戦闘技能の合計がレベル50以上を推奨されている。
『魔の森』の規模がそれほど大きくなければ魔物に見つからないように、こっそり抜けられたかもしれないが、『魔の森』の全長は200㎞あるようで、野宿をしながら何日間か見つからずに森を抜けるのは現実的ではない。
では、推奨レベルまでレベルを上げて挑めるかというと、この村の周辺は弱い魔物しかおらず、レベルをそれほど上げられそうにないし、なにより推奨レベル相当の武器と防具も入手困難だ。この村で一番攻撃力が高い武器といえば、モンドが日ごろ使っている木の伐採用の斧だ。戦闘にとても耐えられるような代物じゃない。
(どうしようかなあ……)
悩みながら《全知の書》に表示されている習得可能な技能を確認する。そして、ひとつの結論に達した。
(この方法なら抜けられるかも……?)
あるひとつの方法に活路を見出すが、逡巡し、ため息をつく。
(これしかないか……)
『魔の森』を突破しないことには、この異世界での冒険が始まることはない。
僕は決意した。
そして、この日を境に、母親のセレナの手伝いをする良い子のアンリはいなくなり、代わりに『悪童アンリ』が誕生することになった。
「こら! アンリ! どこにいったの! 隠したものをすぐに出しなさい!」
今日もセレナの怒鳴り声が村に響く。
僕は村はずれの大木に登り、大木の幹から伸びる枝に腰をかけて村を見下ろす。緑豊かな枝葉が僕の姿を隠してくれる。
(ごめんよ……。母さん……)
良心の呵責に苛まれるが、しょせんは子供のいたずら。そう思ってほしい。
今日も僕は家中のものを隠して、身を潜めていた。
僕が物を隠すのは隠蔽の技能レベルを上げるためであり、身を隠すのは潜伏の技能レベルを上げるためだ。
『魔の森』では戦いながら踏破できない。
『魔の森』では魔物に見つかってしまえば逃げきれない。
それならば、魔物に見つからなければいい。
これが僕の選んだ方法だ。
『魔の森』で、全ての魔物から見つからずに森を抜ける。これが今、考えられる西の都に辿り着くための最も現実的な方法だ。
ひたすら隠蔽、潜伏と隠密の技能を上げて魔物から一度も発見されずに森を突破する。
この日、異世界における最初の目標が定まった。
二歳にして僕の技能のレベル上げの日々が始まる。
全ては『魔の森』を抜けるために。
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