第20話 運命に抗う者たち
ギルドで魔物討伐の依頼を受注してから、ストーンヴェールを出て、『魔の森』に入る。『探知』技能を発動し、魔物を探した。森の浅いところは魔物はおらず、少し進んだ先に何匹か魔物が密集している場所があった。どうやら再出現したところらしく、他の冒険者もまだ気づいていない。
しかも都合の良いことに攻撃力の低いトレントだ。
セリーヌがバルドリックに贈られた盾ならば、トレントの攻撃を難なく受け止めることができそうだ。本当は迷宮で技能を上げたかったが、彼女が迷宮に足を踏み入れた時、何が起こるか分からないので、今は彼女から迷宮をできるだけ遠ざけておきたい。
「さあ、構えてくださいね」
トレントの生息地に足を踏み入れて、トレントを小突いて回る。五体のトレントが一斉に襲いかかってくるが、撃退せずに盾を構えるセリーヌのもとへと走る。そしてそのまま彼女の背後に回って、トレントの視線を遮断すると隠密を発動させる。これでトレントは僕を見失い、代わりに彼女を襲うだろう。彼女の耳元で僕は呟く。
「せいぜい耐えてくださいね」
と。
「――なっ!? ど、どこに消えた! こいつら全員相手にしろっていうのか!」
五体のトレントに同時に襲いかかられたセリーヌは亀のように身を丸めて盾に隠れる。しかし、トレントの攻撃を食らっても盾はびくともせず、そのことを彼女が理解してからは盾を操りトレントの攻撃をひたすら受け止め始めた。
「これは意味があるのか? 倒さなくては強くなれないんじゃないのか!」
セリーヌは叫んだ。彼女の背後にいるというのにとても大きな声で言葉を投げかけられる。隠密状態の僕を彼女は見つけられないからだろう。
「問題ないですよ。きちんと経験値は入っています」
隠密状態の僕の声は彼女に届いているんだろうか。
少し不安になりながらも僕は言った。
しばらく経っても彼女からの返事はない。
どうやら隠密状態だと声もきっちりと遮断されるらしい。彼女は僕に無視されたと少し憤慨したようにトレントと向きなおって、その盾で攻撃をしっかりと受け止めていた。
やがてセリーヌの『盾術』の技能レベルがもう一つ上昇した。トレントの攻撃を防ぎ続ける彼女に隠密を解除してから、僕は問いかけた。
「変化は感じますか?」
「変化だって?」
「ええ、少し動きやすくなっていませんか?」
技能レベルが上がると、盾の扱いに習熟してくるはずだ。
「たしかに、何かが変わったような気がするな!」
セリーヌはトレントの攻撃を防ぎ、わずかな微笑を浮かべた。
「セリーヌさんの技術が向上したからだと思います。技能が上がれば、身体の動きも自然と改善されていくので」
「なるほど。君は技能のレベルが見えるんだな。鑑定の技能も持っているとはな。この変化は大歓迎だ」
「それなら、トレントの攻撃を防御しながら盾で攻撃もしてください。これでさらに技能経験値が獲得できるはずです」
「わかった! こんな感じか?」
セリーヌは盾で体当たりのように攻撃を行う。盾での攻撃が追加されることで、経験値の獲得がさらに増す。彼女は盾での攻撃と防御を繰り返し、体力が限界に達するまで果敢に戦い続けた。彼女の体力が尽きたところで、僕はその場のトレントを一層した。
浄化の神聖魔法はセリーヌにお願いする。
初日としては上々の成果だ。
盾の技能レベルが2つも上がった。
セリーヌの体力も限界だし、そろそろ潮時か。そのことを彼女に告げると、安堵したように彼女はため息をついた。
「今日は一日ありがとう。君のおかげで強くなれた気がする」
帰りの道中でセリーヌは言った。その直後に彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「しかし、私なんかのために君の時間を奪ってしまっているな。申し訳ない。何か報酬を支払えれば良いんだが……」
「セリーヌさんが無事でいてくれることが、今の僕にとって最大の報酬ですよ」
本当に。
それに尽きる。
でないと、あの領主からどんな罰が下されるのやら。
「でも、それでは……」
と、セリーヌの眉がひそかにあがった。彼女自身、納得できないものがあるのだろう。しかし、それを承知の上で、彼女の言葉を遮るように僕は本音を打ち明けた。
「遅かれ早かれ、僕は迷宮以外で魔物討伐を控える予定だったんですよ。だから、これからどうしようか考えるにはちょうど良かったんです」
「それはどうして?」
セリーヌの瞳が疑問に煌めいた気がした。
「だって、外で魔物を討伐してしまうと、絶対に浄化をしないといけないでしょ? 聖水は無料ではないし、神聖魔法はこれ以上使いたくないんですよ」
「それの何が問題なんだ?」
「神聖魔法は、このレベル以上は必要ないんです」
「技能が上昇するのは良いことじゃないか」
「そうなんですが、でも、それは今じゃないんです」
僕の発言にセリーヌは首を傾げた。
彼女には分からないだろう。
普通の人がその領域まで到達することはないだろうから、その概念すら存在しないのかもしれない。
無事に街に到着し、それぞれの家路につく。
セリーヌはギルド長の別宅に。
僕はいつもの宿屋に向かった。
食事をすませてから寝台に寝そべっても寝つけなかった。
とても眠る気分になれない。
『探知』の技能を発動させて、セリーヌの無事を絶えず確認した。
幸いにも僕の種族は『半神』だ。この種族はどうやら眠らなくても平気らしい。眠るのは人間だったころの習慣でしかない。とはいえ、眠ったほうが安息を感じるのでストレス発散には都合が良かったのだが、今はそうもいっていられない。
万が一、眠ってしまったときに彼女の身に何かが起こったとしたら、気づけないし、手遅れになってしまうかもしれない。
しばらく眠れない日々になりそうだ。
僕はそう思いながら、寝台に仰向けに寝転がって、夜が明けるのを待った。
夜が明けて翌日。
そして、翌々日も同じようにセリーヌを『魔の森』に連れ出しては盾だけを装備させて、トレントと戦わせた。今のところ彼女は順調に盾の技能経験値を獲得した。
三日目に入ってもそれは同様だった。
セリーヌが訓練中、『探知』で彼女の戦いの様子を探りつつ、僕は隠密状態で周囲を走り回った。彼女の訓練中は彼女の言うように僕にできることはほとんどないので、こうして村で過ごしていたときのように隠密の技能経験値を稼いでいた。
今日もまた彼女の鍛錬を終えて宿に戻る。今のところ、セリーヌは運命に導かれるようなことはなかった。彼女は迷宮で遭難をしていないし、死の危険性から完全に逃れていた。
「運命があった場合、そして、その運命をどうしても受け入れられなかったとしたら、どうすれば望む結果を得られると思いますか?」
「なぜ、そんな話を?」
「なんとなくです」
「ふむ」
宿屋に戻ってから、食事の席で顔なじみになった冒険者の男に僕は話しかけた。彼にはこの街に来てから色々とお世話になっている。人生経験が豊富な彼なら良い助言をくれるかもしれない。
彼は少し考える素振りをして言った。
「模索……。模索し続けるしかないんじゃないか?」
「模索ですか」
「そうだ」
彼が頷く。
その言葉はまるで彼自身を現しているかのように、納得がいった。
そうだった。
この人は探し続けているんだったな。
「運命をはねのけるにはまず強さが必要だと思うんです」
「そうだろうな。この世界は危険であふれている」
「そうでしょう? でも、セリーヌさんを迷宮に連れていくのは怖いんです」
なにせ彼女の死因は迷宮に由来する。
「――ならば『魔の森』で魔物を討伐すればいいじゃないか」
「そのためには浄化の魔法が必要でしょう? 神聖魔法は今は上げたくないんです」
「なぜ?」
「あなたなら分かるでしょう?」
彼を正面から見据えて言った。彼の眉間にしわが寄る。
「……どういう意味だ?」
「時期を誤ると取り返しがつかないじゃないですか」
「――なんのだ?」
瞳に『鑑定』技能を宿して、僕は彼のステータスを見た。『隠蔽』Lv10を施している彼の――いや、彼女のステータスを僕の『鑑定』Lv20の技能が見破る。
警戒の表情を浮かべる彼女に向かって、僕は告げた。
「だって、あなたのように後悔するのは目に見えてます。ステータスの上昇余地を残して、技能レベルのカンストだけは避けたいんですよ。ねえ、シャリアさん」
その瞬間、彼女の隠蔽を施した冒険者の男の姿が消え去り、代わりに一人の女性が姿を現した。エルフの女性だ。彼女は幻想的な雰囲気をその身にまとっていた。
僕が《全知》でこの世界の魔法のことを調べていたときに知った精霊魔法の使い手だ。彼女から魔法を学びたくて、僕はこの宿にやってきたのだ。
男が突然女に変わったことで、宿内は騒然となったが、シャリアは腕で顔を隠すと、店を飛び出していった。その一方で、宿の中では混乱と静けさが交錯し、僕は彼女の後を追いかけた。
宿を出た直後、足元の土が軽く湿っている感触があり、風が心地よく吹き抜けた。不意に、何かが飛んでくる気配が体を駆け抜ける。『魔力探知』の技能が発動した。瞬間的に魔力の流れを感じる。
風の刃だ。
敵意を含んだ魔法の刃が僕の身体を切り裂こうとしている。
慌てずに避け、前方の屋根の上に佇むシャリアを見上げた。すると、彼女は言った。
「貴様は何者だ。最初から私の正体を知っていて近づいたのか」
と。
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