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【第二章連載中】全知の誓い ~第二の人生を謳歌する~  作者: 藤田 ゆきき
第二章 要塞都市ストーンヴェール編
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第19話 運命を変える旅路

「こんなことになってしまって本当にすまない」


 ギルドを出るなり、セリーヌは僕に頭を下げた。


「セリーヌさんも僕を助けてくれましたし、これで貸し借りなしですよ」


 言いながら、自然と心の中でため息をついてしまう。彼女のこれからの人生はお先真っ暗だ。ひとつの結末しか彼女には残されていない。そして、その結末を僕は回避しなければならなくなった。

 セリーヌは迷宮で遭難して死亡する。

 はたして乗り切れるかどうか。

 さあ、どうしたものか。

 

 方策の一つとしては、やはりアナスタシアの時のように強くなってもらうしかないように思える。彼女の結末もやはり決まっていた。村が大量の魔物に襲われて奮戦虚しく死亡するのだ。だから僕は彼女を強くして、その結末を乗り切ろうとした。


 その結果、彼女は本来ならば死ぬ時間と場所を乗り越えた。 

 とはいえ、彼女の場合は、勇者はこの世界に一人しか存在してはならないという世界のルールが遵守され、最終的には本来の勇者誕生の歴史を隠ぺいすることで、僕はその場を乗り切ったので、うまくいったとは言い難い。


「どうしたらいいのか……」


 とりあえず話をするために、近くの喫茶店のようなお店に入った。狭い店内で、薄暗い雰囲気がちょうど彼女の心情のようだと思った。疲れた足取りで彼女は部屋の片隅に腰を下ろした。窓から差し込む光が彼女の陰鬱な表情を照らし出した。


 次の一手を思案する中、セリーヌが不安げに見つめてくる。店内は静かで、時間がゆっくりと流れているようだった。


 ……ひょっとしたら、今回の件は、どこまでこの世界の人は運命に抗えるのかを知るいい機会かもしれないな。


 僕は思った。

 ただ問題は、僕は、あの村で一二年も足踏みした。だから、このストーンヴェールでは冒険者のイロハを学んだら、すぐに次の街に出発する予定だった。そうしなければ短い人生の中で、いろいろな場所を見て回れない。だから今回の件は、できるだけ早く目的を達成したい。

 短期的に成果を出すにはどうすればいいだろう?

 自問自答する。

 僕がひとり黙々と考えていると、


「ところで――」


 と、セリーヌは言い難そうに切り出した。


「君は私のことをどこまで知っているんだ?」


 僕の前で、だからか、それとも領主ウィリアムがいないからか彼女はまた騎士のように固い口調で僕に言った。その問いに、僕は逡巡した。


「どういう意味ですか?」


「私の事情のことだ」


 ああ、なるほど。

 全て知ってます、と口が滑りそうになったが、僕は慎重に考えて答えた。


「商会でのことで、なんとなくセリーヌさんは身分や経歴を人に知られたくないんだろうな、という気はしてました。そして先ほどの領主様のお言葉で、そのことが腑に落ちた感じです。セリーヌさんがどういった身の上の人かはわかりませんが」


 僕が分かったのは、あなたの身分だけです、とセリーヌに答えた。すると彼女は思案するかのように表情を少し曇らせた後に言葉を発した。


「私はかつて侯爵令嬢だった。しかし、お父様の弟――叔父上が父の政策に反発し、父を暗殺したのだ。それから私は流浪の旅を経て、この地に辿り着いてバルドリックの世話になっている」


 セリーヌが身の上を語り始めた。彼女の声が静かに響く。それはすでに既知のことだったが、僕は神妙な面持ちで彼女の話に聞き入った。彼女から語られるその過去は、僕にとってはさながら物語のようなものだった。それゆえに彼女の悲劇的な運命に同情と共感をした。

 彼女が話し終えると、室内に静寂が戻ってきた。


「バルドリックさんは信用できるんですか?」


 と、僕が尋ねると、セリーヌは深いため息をついた。


「バルドリックは父の――親友だ。私にはもうそのことに縋る他、選択肢はなかったのだ。今のところ彼は信頼に足る人物のように思える」


「そうですか」


 セリーヌの言葉に、僕は考えこんだ。外の光がやわらかく室内に差し込み、ぼんやりとした明かりが店内を包み込んでいる。


「しかしセリーヌさんもこれからのことが心配じゃないですか?」


「どういうことだ?」


「だって、常識的に考えてみてください。僕はまだこの街に来たばかりで素性も知れないんですよ? こんな人間に教えを請えと言われて、安心していられますか?」


 セリーヌは少し考えこんだ表情を浮かべたが、やがて口を開いた。


「言われてみればたしかにそうだな。だが、君は子どもだろう? 君みたいな子供が間者なわけがないだろう。それになんだか君からは――……」


 突然、セリーヌの言葉が途切れ、何かを言いかけては口を閉ざした。その表情はとても荒唐無稽な考えを無理やり呑み込んだかのような、妙なものだった。


「いや、なんでもない。君は信頼できそうだと私は思う。理由はとても馬鹿らしくて口にするのも、躊躇ためらわれるものだが、それでも君なら大丈夫だと思う。それはきっとウィリアム様も同じように感じたに違いない」


「――?」


 どういう意味だろう。

 思い当たる節はない。

 首を傾げてみても、答えは出なかった。


 それからもセリーヌはなぜ強くなりたのか。

 なぜ家族のために戦うのか打ち明けてきた。

 叔父を倒し、父の汚名を返上し名誉を回復する。そのために彼女は強くなる決意を胸に秘めていた。最近はどれほど訓練しても成果が出ずに、頭を悩ませていたことも話してくれた。そんなときに僕と出会って、彼女としてもウィリアムの申し出は渡りに船だったようだ。


 ……復讐ね。

 平和な日本で生きてきた僕には分からない感情だ。

 彼女の熱意に圧倒される。

 しかし、僕が彼女を強くする理由は復讐のためじゃない。

 彼女を死という結末から救い出すために僕は彼女を強くしなければならない。それはほかでもない、彼女のためであるし、僕のためでもある。


 そのためにセリーヌのステータスを改めて確認する。


『セリーヌ』


(種族:人間)


 Lv 28

 

 HP 46

 MP 54


 VIT 4

 STR 10

 DEX 24

 AGI 2

 INT 18

 MND 4


【技能】

 共通語(人族)Lv5

 剣術  Lv1

 体術  Lv1

 弓術  Lv1

 戦術  Lv1

 受け流しLv1

 騎士道 Lv1

 神聖魔法Lv1

 治療  Lv1

 楽器  Lv2

 毒知識 Lv2

 詮索  Lv1

 料理  Lv2

 書き写しLv1

 裁縫  Lv1

 物乞い Lv1

 味見  Lv2

 礼儀  Lv3


 ……やっぱり、どの技能も低いな。

 初めてセリーヌのステータスを知ったときにも思ったが、習得している技能は多くても、そのどれもがあまり高くない。

 それはきっと彼女が冒険者として独りで活動している影響だろう。この前も彼女を訓練場で見かけたが、彼女は独りで木製の人形に打ち込みをしていた。しかしその方法では技能を習得できても、上げることはできない。

 

 まずセリーヌを強くするためには技能を上げる必要があるが、それよりも優先して、彼女が死なないようにしなければならない。

 VITとSTRを上げてHPを確保するか。AGIと違ってこの二つのステータスを伸ばせる技能はたくさんある。さあ、どうしたもんかな。

 ちょっとだけ考える。

 しかし、すぐに結論に達した。

 生存を重視するならば、あの技能しかない。

 とはいえ、これがセリーヌにとって強くなるということに当てはまるかは分からない。強さとは主観だ。あとで話が違う、と言い出されたら嫌なので先に僕は牽制の言葉を彼女に投げかけた。


「僕はセリーヌさんのステータスを強化しますけども、それが決して復讐に通じるとは思わないでくださいね」


 と。

 たしかに僕はこれから彼女を強くする。

 しかし、そのステータスの方向性は生存に特化したものであり、決して復讐に向いているとは言い難いものだ。復讐を果たすなら僕のようにAGI特化だが、それでは彼女の打たれ弱さは改善されない。

 しばらく考えた素振りを見せた後、セリーヌは答えた。


「復讐は私の問題だ」


「それなら良かった。今日は疲れているでしょうし、話はこれくらいにして、いつから始めますか?」


 僕としては早ければ早いほどいい。

 しかしセリーヌは騎士団の仕事がある。


「明日は大丈夫だ。明後日以降は、今日これから騎士団に行って話をつけてくる」


「わかりました。それじゃあ、明日の朝にギルドで待ち合わせしましょう」


「ああ、わかった。よろしく頼む」


 話を終えて、店を出るセリーヌに向かって僕は伝え忘れていたことを口にした。


「明日は、盾を持ってきてくださいね」


 セリーヌは一瞬、驚いたような顔をしたが肯定の返事とともに静かに頷いた。VITとSTR、HPを伸ばし、なおかつ生存に直結する技能。『盾術』を明日から彼女に習得してもらう。それが僕の考える、彼女の生存に向けた第一歩だった。



 翌朝、ギルドの前に顔を出すと、セリーヌは颯爽とした表情で立っていた。街の朝の喧騒がまだ静かな時間帯だった。遠くから聞こえる鳥のさえずりが、街全体に静かな響きを与えている。セリーヌの隣には、輝くような盾が立てかけられていた。話をきくと、どうやらバルドリックがかつて冒険者時代に使っていたものを譲ってもらったらしい。


「そうなんですね。それは良かったですね」


 と、僕は相槌を打ったが、すぐにバルドリックの嘘だと思った。なぜなら彼には『盾術』の技能はなかった。大方、セリーヌに相談を受けた彼が彼女の身を案じて、急遽用意したものだろう。


「とりあえず訓練場に入りましょう」


「わかった」


 僕が提案するとセリーヌは頷いた。

 ギルド内のホールを通り抜けて訓練場に入ると、そこに数人訓練している冒険者たちがいた。思い思いに訓練をしているようだ。


「まずはどうすればいいんだ?」


 どうすればいい……。

 あらためて尋ねられると考えさせられる言葉だ。

 これが地球でのことだったら、僕は彼女に盾の構え方とか使い方を教える必要がある。しかし、現実問題として一度も盾を使ったことがない僕にはそんなことができるわけがない。

 一瞬、途方に暮れかけるが、思考をこの世界のものへと切り替える。

 ここは異世界だ。

 技能があり、経験値もある。

 ならば僕がすることはとても簡単なことだ。


「盾を構えてください」


「――こうか? これでいいのか?」


 戸惑いながらも盾を正面に突き出すようにセリーヌは構えた。盾の経験値の獲得条件を《全知》で再度、確認する。『盾術』は武器の技能と違って、装備した状態で魔物を倒す必要はない。攻撃を受けた回数に応じて経験値を獲得できる。

 つまりどういうことかと言うと。


「それじゃあ、いきますよ」


 僕は短剣を鞘から引き抜いてセリーヌに攻撃をしかけた。

 突然のことに彼女は身を硬直させて一瞬だけ目を閉じるが、お構いなしに彼女の盾めがけて攻撃を連続で命中させた。銀色に輝く盾の表面に短剣を叩きつける。盾全体には、職人の手によって丁寧に作られたような細かな彫刻が施されていた。欠けないように願いながら連続で攻撃を命中させる。


 一撃、二撃、三撃……。

 

 セリーヌは必死に盾を使って防御しようとするが、僕の攻撃は容易くその防御を貫き、彼女のHPを削っていく。彼女の表情に痛みと戸惑いが交じり合い、時折目を閉じる仕草が見られた。しかし、僕は攻撃の手を緩めない。

 一撃ごとに彼女の『盾術』の技能経験値が蓄積されていく。僕の攻撃速度はAGIを上げていない通常の戦士の一〇倍はある。修練の速度も一〇倍だ。

 瞬く間に彼女の『盾術』の技能経験値が習得の条件を満たす。


 時折、彼女のHPが尽きてしまい、昏倒状態に陥ることもあった。しかし、訓練場の世界樹の苗木から発せられる加護によって、彼女の体力はすぐに回復し、戦いを続行できた。

 この方法は訓練場の外だったら決して行えないほど過酷なものだ。それでも、セリーヌはその身に受ける苦痛に耐え、成長を遂げる決意を見せているかのようだった。


 しばらくして、セリーヌのステータスに『盾術』の技能が追加された。それと同時に『聖騎士パラディン』の職業技能も彼女の中に芽生えた。『剣術』『盾術』『神聖魔法』の三つの技能が揃った結果だ。


『セリーヌ』


(種族:人間)


 Lv 28 → Lv 30

 

 HP 46 → HP 56

 MP 54 → MP 56


 VIT 4 → VIT 7

 STR 10 → STR 12

 DEX 24 → DEX 24

 AGI 2 → AGI 2

 INT 18 → INT 18

 MND 4 → MND 4


【技能】

 共通語(人族)Lv5

 聖騎士 Lv1『New』

 剣術  Lv1

 盾術  Lv1『New』

 体術  Lv1

 弓術  Lv1

 戦術  Lv1

 受け流しLv1

 騎士道 Lv1

 神聖魔法Lv1

 治療  Lv1

 楽器  Lv2

 毒知識 Lv2

 詮索  Lv1

 料理  Lv2

 書き写しLv1

 裁縫  Lv1

 物乞い Lv1

 味見  Lv2

 礼儀  Lv3


「……――も、もう、終わりか?」


 セリーヌが昏倒から起き上がりながら、疲れ切った様子で言った。彼女の声には疲労感が滲み、肉体的な消耗が表情にもにじみ出ていた。


 とはいえ、心なしか、セリーヌの姿勢が少しずつ変わっているような気がした。以前よりも自信に満ちた表情を見せ、盾を構える姿はどこか凛々しく、力強さを感じる。……気のせいかもしれないが。しかし、新たな技能を習得したというのに、彼女の表情には喜びのひとつも見えなかった。


 この世界の住人は本当に損だよなあ。

 レベルが上がっても確認できないんじゃ、訓練は暗中模索だし、達成感も湧きにくいだろう。

 って、それは地球でも一緒か。


「一段落したので次は『魔の森』に行きましょう」


「ここではダメなのか?」


「これ以上は意味がないので」


 僕がそう言うと、セリーヌは首を傾げた。

 技能習得まではこうした訓練場での戦いでも経験値を得ることができるが、習得後は魔物との戦いでのみ経験値を得ることができる。

《全知》によって知り得た知識だが、セリーヌたちにとっては馴染みはないのだろう。彼女は道中、しきりに不思議そうな顔をしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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