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【第二章連載中】全知の誓い ~第二の人生を謳歌する~  作者: 藤田 ゆきき
第二章 要塞都市ストーンヴェール編
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第15話 エデンたちと僕の実力

「おい! すげえぞ! 立ち上がった!」


 エデンが興奮したように言った。

 槍で突き刺されたはずなのに、目の前の剣士はぴんぴんとしていたからだ。

 その不思議な光景に首を傾げていると、《全知》の技能が発動した。これまで知り得ない知識が頭の中を侵していく。いつか覚えたいと思っている精霊魔法の根幹。その名は知っていたが、その苗木があるなんて思いもしなかった。


「――そうか。世界樹の苗木の加護なんですね」


 ()()がそうなのか。


 訓練場の中心に視線を向けると、ひとつの背の低い苗木があった。苗木は深い緑に包まれ、葉が静かに風に揺れていた。僕の身長より少しだけ低い。

 訓練場の中で冒険者たちの戦いが続く中、小さな苗木はその場に静かに佇んでいるだけだった。しかし、神秘的な雰囲気をまとい、まるで自然の力がこの場に宿り、冒険者たちに慈愛と守りを与えているかのような存在感があった。


「ええ、そうよ。知っていたの? アンリ君。世界樹の苗木の加護で、どれだけダメージを受けても、その損傷は軽微ですむんですよ」


 そう言いながら、リリアンが少し離れたところで戦っている一組の冒険者を指した。お互いに激しく剣で斬りつけあっているが、身体にダメージらしいダメージを確認できない。血も全く出ていなかった。


「これがあるから安全に訓練をできるんですよ」


「すげえな!」


「すごく神秘的ね」


 エデンが叫ぶと、ミアがため息をついた。世界樹の苗木は、微細な葉を広げ、風が吹くたび、わずかな香りが漂ってきて、神聖な気配が広がっているように感じる。 

 

 世界樹の苗木は、世界樹の守り人であるエルフによって、友好の証として、人族に与えられ、その街を魔物の襲撃から守るための加護も持っている。それゆえに、この苗木は大都市の中には必ずどこかに存在しているようだ。この苗木が、人族の街の安定と繁栄をもたらしてくれると言っても過言ではない。


「ようこそ! 新たにFランクに昇級した有望な若手たちよ!」


 唐突に大きな声が響き渡った。訓練場の中央、苗木の傍らに男が立っていた。日々、斧で木々を伐採していたモンドのような体躯で、筋骨隆々だ。しかし、毛深い外見がまるで人間ではなく、どちらかと言えば獅子のような雰囲気を醸し出していた。


「おれはストーンヴェールの冒険者ギルドのギルド長、バルドリックだ」


 ギルド長――バルドリックは大らかな笑顔で言った。


「まずはFランクに昇級おめでとう。これからが本当の冒険者としてのスタートだ。さて、君たちにこの訓練場の使い方を教えてやるとともに、ひとつ腕前をみせてもらおうじゃないか」


「いいだろう! おれたちの強さを見せてやるぜ!」


 バルドリックの言葉に、エデンは興奮気味にうなずき、腰に帯びている剣を抜いた。


「ちょっとエデン、危ないわよ!」


 と、レナはそう言いながらも杖を構えた。こうなってしまった彼は止められそうもない。彼女の行動がそれを如実に表しているようだった。エデン、レナ、ミア、カイルはそれぞれが臨戦態勢に入り、バルドリックと対峙した。


 エデンは剣を構え、レナは杖を手に魔法の詠唱を始め、ミアは弓を引き絞り、カイルは杖を持ち、エデンとともに前に出た。神官の役目は主に浄化のため、神聖魔法のレベルが低い内は前衛も担当するのだろう。前で戦うなら単純に他の武器の方が良い気もするが、『杖術』技能が向上するとINTとMNDが上昇するので、将来に見据えて杖で戦うのも有りか。


 僕は瞳に力を込めてバルドリックを『鑑定』する。


『バルドリック』


(種族:人間)


 Lv 46


 HP 122

 MP 106


 VIT 20

 STR 37

 DEX 18

 AGI 8

 INT 26

 MND 17


【技能】

 共通語(人族)Lv5

 斧戦術士Lv3

 斧術  Lv5

 体術  Lv4

 戦術  Lv4

 受け流しLv4

 騎士道 Lv3

 武士道 Lv3

 治療  Lv4

 魔法  Lv3

 魔法抵抗Lv3

 探知 Lv2

 解剖学 Lv3



 ――見た目通り、前衛の攻撃職って感じだな。


『斧術』『武士道』『解剖学(相手の急所に対する知識)』を三つとも揃えて、職業技能である『戦斧術士』をしっかりと習得している。

 ガイウスより少しレベルは低いが、攻撃能力はバルドリックの方が高そうだった。


 それにしても、ガイウスの技能を見た時もそうだったが、この世界の冒険者で中級に分類される者は、近距離と遠距離の両方の攻撃手段を持ち合わせているようだ。

 まあ、たしかに近距離の攻撃手段しかなければ遠距離攻撃をする敵の前では無力だ。死活問題に関わる中で、ゲームみたいに前衛は前衛の技能だけ、というわけにはいかないのだろう。


 技能から察するに、バルドリックは遠距離では魔法攻撃で、近距離では斧を主体に戦うのだろう。案の定、戦闘が始まってすぐに彼は魔法の詠唱を始めた。


「さあ、君たちの本気を見せてくれ!」


 その声を開始の合図として、最初にミアが一矢を放つ。しかし、バルドリックは巧妙に身をかわし、続く一矢を詠唱を終えた炎の魔法で迎撃した。魔法Lv1で取得する火球ファイアボールだ。炎が矢を焼き尽くす中、エデンとカイルが急接近する。しかし、バルドリックは巧みに戦斧を操り、二人の攻撃を薙ぎ払いながら、火球ファイアボール放ち、レナとミアをけん制する。


 レナは杖を振り、炎の魔法を唱え、火球ファイアボールを放つが、バルドリックも同じく火球ファイアボールで応戦。訓練場内に炎が飛び交い、互いに衝突した。バルドリックは杖を装備していないので、魔法に威力は上乗せされないはずだが、それでも駆け出し冒険者のレナ以上の魔法攻撃力はあった。


 彼らの戦いの場が炎に包まれる中、エデンが剣を振りかざし、バルドリックに斬りかかる。しかし、バルドリックは地を踏みしめるように腰を落とすと、豪快に斧を振りぬいた。エデンが繰り出した斬撃ごと斧の一撃で吹き飛ばされ、訓練場の壁に背中から叩きつけられる。そのまま地に倒れ伏し、ぴくりとも動かない。


「エデン!」


 カイルがエデンの様子を見て叫ぶ。仲間の身を案じる気持ちは分からなくもないが、この状況においてはあまりに迂闊うかつだ。彼の隙を見逃さず、バルドリックは斧をカイルに振り下ろした。カイルは杖で防御したが、その杖は叩き折られ、彼の肩に斧の刃が食い込む。そのまま地面に叩きつけられ、彼もエデン同様にまるで死んでしまったかのようにその場に倒れ伏した。


 彼らを鑑定してみるとHPは0になっていたが、その状態は死亡にはなっていなかった。どうやらHPを超えるダメージを受けると、ああして倒れ伏すのだろう。

 世界樹の苗木の葉がわずかに揺れ、その瞬間、彼らの身体を淡い光で包んだような気がした。その直後、彼らのHPは回復の兆しをみせた。

 これが世界樹の苗木の加護か。

 限定的なエリア――この訓練場においてはどんな一撃を食らっても癒してくれるらしい。しかし、破壊された武器は例外のようだ。カイルの真っ二つに切断された杖がそのことを物語っていた。


「エデン! カイル!」


 ミアが悲鳴をあげながらも戦う姿勢を崩さずに、再び矢を射るが、バルドリックは斧を大きく振りかぶりながら、火球ファイアボールを放ちつつ、一気に接近。接近されたミアはバルドリックの巨躯と巨大な斧を前にして、一瞬怯えた表情を見せ、身が竦んだようだった。しかしそんな少女にもバルドリックは容赦なく斧を薙ぎ払った。

 吹き飛ばされ、訓練場の地の上を、まるで水面に跳ねる石切りのようにミアはてんてんと転がっていった。

 

「ミア!」


 ミアのことを目で追いながら、残されたレナがバルドリックと向き合う。彼女の表情は完全に恐怖に染まり、顔からは血の気が引いていた。しかしそんな彼女にもお構いなしにバルドリックは斧を振り上げた。


 ――正直、これはやりすぎだ、と僕は思った。

 こんなものは訓練じゃない。

 完全に精神的外傷トラウマを植え付ける行為だ。

 この世界は魔物がいるし、それらと戦うには、たしかに、生と死の境界線を乗り越えられる心の強さが必要だ。しかし精神的外傷トラウマは必要ない。

 幼かった頃の彼女を思い出す。

 アナスタシアが魔物と戦えるようになったのは精神的外傷トラウマを乗り越えたからではない。彼女の強さを信じる者がいたからだ。

 だから――。

 これ以上の戦いは無意味だ。


 バルドリックが斧を振り下ろした瞬間、僕は動いた。そのまま彼とレナの間に割って入り、腕を十字に交差させて頭上で彼の斧を受け止める。軽鎧の小手に斧が食い込むが、ダメージはおよそ六〇。不思議と痛みを感じない。これは軽微なダメージによるものか、はたまた世界樹の苗木の加護のおかげかは分からないが、どちらにせよ僕にとってこの斧の一撃は気にするほどのことでもない。


「ほう?」


 バルドリックが驚きの表情を見せると同時に、僕は素早く反撃に移った。斧の刃と背の間――斧の頬を蹴り飛ばし、バルドリックの態勢を崩すと、愛用のゴブリンの短刀を腰から抜き、構えた。


「どういうつもりだ?」


「エデンたちのパーティは全滅。ここからは僕が相手ってことです」


「よかろう。だったら俺も本気を出させてもらうぞ!」


「どうぞお好きに」


 レナが、「ありがとう」と、お礼を言ってくるが、少し離れておくよう僕は言い、バルドリックと正面から対峙した。


 バルドリックは嘲笑するように笑いながら、戦斧を構えた。僕は手に握った短剣を構えて、彼に向かって歩み出す。一瞬だけ、訓練場に静寂が訪れた。戦いの前の緊張感が増す中、彼との距離が縮まっていく。彼の嘲笑が風に乗って響くが、その笑みにはなんともいえない凶気が漲っているようだった。


 バルドリックと対峙する中、ちょうど訓練場の片隅でセリーヌらしき人影を見つけた。彼女は訓練場に設置されている木偶人形を相手に剣の鍛錬をしているようだった。手を振ると、彼女は意外そうな顔をして応えてくれた。

 僕がすでにFランクへの昇級を果たしたことに驚いているのだろうか、はたまた、バルドリックを前にして、自ら隙を作ったことに驚いているのか。


「余裕だな! 坊や!」


 バルドリックが戦斧を叩きつけてくる。

 余裕だな、と言われてもね。

 実際に余裕だから困る。彼の一撃は確かに強力なんだろうが、あまりに遅すぎる。というか、ガイウスにしても、あの勇者になったアナスタシアにしても、敏捷性に難ありだ。


 ――いや、あるいはそれが正しいのか?

 

 バルドリックの攻撃を躱しながら、ふと思う。

 なぜなら、この世界で敏捷性(AGI)は『短剣術』『受け流し』『潜伏』『隠密』『窃盗』の技能を上げることでしか上昇しないからだ。

 これでは、偵察人スカウトの職や斥候ハンターくらいしか素早く動ける人はいないことになる。地球でも人はチーターのように速く走れないように、こちらの世界でも、意図的にこれらの技能を上げなければ速く動けないような仕組みを作られてしまっているように感じる。人はそこまで速く動けない、と。

 それを考えると、僕が『魔の森』に囲まれたあの村で産まれたのは、幸運ラッキーだった。『窃盗』の技能はさすがに手をつけていないけど、敏捷性(AGI)のステータスを上昇させる技能を自然と習得して、これまで鍛錬してきた。


 その結果、僕はバルドリックを前にしても余裕で立ち回れる。彼が振り切った斧で再び斬り返してきた瞬間、僕はいつかのアナスタシアと戦ったときと同様に棒立ちになる。『戦術』と『斧術』の技能を考慮に入れたとしても彼の僕への命中率は三一パーセントだ。まあ、たとえあたっても、問題はないんだけどね。


「なめるなよ!」


 バルドリックが吠えながら戦斧を薙ぎ払うが、その攻撃は宙を斬る。そのまま体勢を崩した彼に近づき、その直後、僕は短剣で連続で斬りつけた。世界樹の苗木の加護があるから安心して攻撃できる。思い切りやっても問題ない。

 彼の攻撃速度は6。

 一方の僕の攻撃速度は111。

 彼が一度攻撃をする間に僕は18回の攻撃をする機会がある。命中率も100パーセントを超えており、一撃一撃が与えるダメージは軽微でも、多くの手数で彼のHPを一気に削りきる。

 勝負は一瞬だった。

 バルドリックは短剣の連続攻撃をなんとか耐えたが、僕の目には彼の残りHPが見えている。僕は最後の一撃――仕上げとばかりに、彼の頭部めがけて蹴りを放った。彼の頭に蹴りが命中。頭から地面に叩きつけた。

 バルドリックの身体が跳ね上がり、その衝撃で地面がわずかに揺れる。そして、彼が動かなくなった瞬間、訓練場は静寂に包まれた。


「まじかよ」


「ありえねえ」


「すごすぎだろ」


「あれが噂のボロ服の子どもか――」


 訓練場の他の冒険者たちが口々に驚きと称賛の声を上げ、訓練を中断して、僕を見つめていた。彼らはこの戦いが一瞬で終わるなんて思いもしていなかっただろう。ましてや、僕が勝つなんて誰も思ってもいなかったに違いない。

 彼らの言葉が耳に響く中、バルドリックは息を吹き返し、起き上がった。そして豪快に笑った。


「参った! 信じられん! こんなに素早く動ける人間を生まれて初めて見た! これは噂に違わぬ新人だな! これから先、どこまで強くなるのか楽しみだな!」


「アンリ。おまえ……」


 訓練場の壁まで吹き飛ばされていたエデンが、汗ばんだ額を手で拭いながら戻ってきた。彼の言葉には悔しさが滲んでいた。


「いつかおまえを超えてやるからな!」


「はは。そうかい」


 自然と笑みがこぼれる。

 遠い過去に僕に同じようなことを言った少女のことを思い出した。


「期待しているよ、エデン」


「おうよ!」


 ――ちぐはぐだな。


 僕は思った。

 本来ならその対象はギルド長なのだろう。

 昇級に浮かれる新人の鼻をくじき、さらなる切磋琢磨を促すことがこの戦いの目的だったのだと思う。


「せいぜい頑張って」


 と、僕は他人事のようにエデンに言った。彼と僕では強さを求める目的が違う。彼は冒険者として大成することを目的としている。一方、僕が強さを求めるのは、この世界をすみずみまで旅をするためであり、そして、そのために必要な技能を知っている。

 彼にとって僕はライバルだったとしても、エデンは僕のライバルになりえない。


 それにしても、こんなに便利な場所があるなら、Gランクのときから解放してくれたら良いのに、と思ってしまう。そのことを後日、リリアンに尋ねると彼女からは辛辣しんらつな答えが返ってきた。


「ゴブリンを倒すために訓練をするような人は冒険者には向いていないと思わない? 才能がないのなら早々に諦めさせた方がよいでしょ?」


 と。

 たしかに、と思ってしまった。

 個人の生まれつきの才能がどこまで技能に影響を及ぼすかは、まだこれから調べる必要はあるし、地球で言われている才能の違いとは異なるものなのかもしれない。しかしそれでも、ゴブリンを倒すために必要な技能を()()で本能的に鍛えられないようでは、この先、強い魔物に備えて鍛えていくことはできないだろうと思ってしまった。


 そこでふと思う。

 僕の勇者様は大丈夫か?

 僕の介入がなければ死んでしまっていた彼女。

 リリアンの言葉に一抹の不安を感じる。

 彼女の言葉を借りるなら、アナスタシアには才能がない。


 しかし、その不安は一旦置いておくしかない。

 バルドリックの大きな声が耳に響く。


「いいか、おまえら! 明日は迷宮探索の実地講習を行うぞ! 明日は日が昇る前に冒険者ギルドに集合だ! 分かったか!」


「おう!」


 バルドリックに負けじ、とエデンは大きな声で返事をする。


 まあ、これから誕生する魔王は才能は歴代一と言われているが、怠惰でサボり癖があって、鍛錬をしないままその才覚だけで魔王になる。

 しかし、その結果、真の強さを開花せぬまま勇者に倒される運命だ。

 僕は心の中で呟く。

 前にも思ったが、念を押すように自分に言い聞かせる。

 だから、なんとかなるだろう、と。


 さしあたって、今の僕の目の前に迫っているのは、ストーンヴェールの迷宮だ。

 アナスタシアの心配をしている余裕はない。

 明日に備えて僕は早めに宿に戻って、眠りについた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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