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第3話 異世界のルールと神秘の力

 ユニーク技能:《全知》に気づく少し前――。


 僕にはひとつの悩み事があった。

 念願の異世界に転生できたというのに、嬉しさと達成感以上に、なぜか常に虚無感に苛まれていた。

 どうしてそんなことを感じるのか不思議でならなかったが、内省を繰り返している内にひとつの答えに辿り着いた。

 どうやら、異世界で魔法を覚えて英雄のようになるという本来の目的が、長い歳月をかけて異世界への入り口を探し続けていた影響か、いつの間にか、異世界に行くことが目的になってしまっていたらしい。

 出発地点だったはずの異世界が、今や終着点。

 僕はもう前世の目標を達成してしまったというわけだ。

 ゆえに、この先のことは何も考えられないし、何かをやる気にもなれない状態になっていた。いわゆる燃え尽き症候群だ。

 魔法を覚えて活躍するという幼いころ夢見た憧れはたしかにまだ心の中にある。けれど今は、それはただの憧れの残り滓のように感じられ、どこか他人事のように思えてならなかった。

 この世界で生まれて、この世界で普通に暮らして死んでいく。

 それも地球にいたときよりもはるかに文明の水準が低いこの世界で。

 それなら地球で人並みの幸せってやつを享受したほうがはるかに幸せになれたかもしれない。

 人生の目標を達成できて、冷静になってみると、なんとまあ残酷なことに気づかされてしまった。人が見る夢は儚い。憧れは憧れのままにしておいた方が良かった。

 最近になってようやくなんとか歩けるようになったが、今の僕は満足に身体を動かせない。二歳児なんだから当たり前だが、大人だった頃に比べると、なにひとつ思い通りにならない。おねしょをしてしまうし、歩いてもすぐにふらふらして、倒れてしまう。だからだろうか、自然とネガティブなことばかり考えるようになっていた。

 今日も、どてっ、とよちよち歩きでバランスを崩して転倒し、ほぼ土くれの床に身体を打ち付けてしまう。今の僕は満足に歩けやしない。ほんと最悪だ。


「アンリ、大丈夫?」


 転倒した僕を膝に抱えながら、セレナが身体についた土埃を払ってくれて、頭を撫でてくれる。


「うん」


 セレナに撫でられていると自然と目に涙が滲んできた。ほんとうに悔しい。なにもできない。彼女は痛さで僕が泣いていると勘違いしたのか、ちょっと慌てていた。

 いそいそと涙を拭いながら、僕はセレナの肩に手を置いて立ち上がった。彼女は僕が自力で立ち上がったのを見て「えらいわあ」と満面の笑みを浮かべてくれた。その笑みを見て僕はあることを心に決めた。


 ――いつまでも、こんなんじゃいけないよなあ。

 

 僕はもうこの世界に生まれてしまった。

 セレナとモンドの子として。

 アンリとしての生はもう始まっている。

 ひとつ息を吐く。

 そして、僕は、このとき初めて異世界小説定番のあの言葉を口にした。


「ステータスオープン」


 と。


「……――」


 ……しばらく経ってもゲームみたいにウィンドウが表示されることはなかった。


(なにも起こらないとかやめてくれよ)


 そんなことを思っていると、一冊の本が目の前に顕現けんげんした。図鑑のように分厚く、表紙には宝石がちりばめられていた。思わず目を細めてしまうくらい眩く七色に輝いていた。表紙にも文字らしきものが書かれていた。見たことのない文字だったが、不思議なことに《全知の書》という意味が頭の中に浮き上がってきた。

 本を両手にとると、ページが自動でめくれていき、やがて「アンリのステータス」と記載されたページが見開かれた。これも不思議なことに見慣れない文字のはずなのに自然と意味だけが理解できた。


「どうしたの?」


 セレナが不思議そうな顔をして首をかしげる。目が合うが、その視線が僕の手元にいくことはなかった。どうやらこの図鑑みたいな七色に輝く本は僕にしか見えないようだった。彼女の目には僕が水を汲むように両手を突き出しているようにしか映っていないらしい。


「なんでもないよ。眠たくなってきたからちょっとお昼寝するね」


 それだけ返事をして寝所のわらで織られた敷物に寝転がり、布切れを頭から被る。うつ伏せになって、本を枕元におくと見開かれたページに目を落とす。そこには僕のステータスが載っているらしい。


アンリ(種族:半神)

Lv26

HP  226

MP  326

VIT  0

STR  0

DEX 10

AGI  0

INT 100(105)

MND  0


ユニーク技能:全知Lv20

所持技能:野営Lv5

     人族の共通語Lv1

 

 ――ふむ。


 なんだこれ。

 というのが一目見た感想だった。

 レベルやHPなどのステータスの項目はある程度意味が分かる。しかし、ユニーク技能:《全知》と半神っていうのはどういう意味だろう。

 頭の中が疑問符だらけだ。HPとMPもやたら高い気がするし、なにより齢二歳にしてLv26も高すぎだろう。

 INTはおそらくインテリジェンス――知力のことだと思うがこの値も不可解だ。初期ステ100とか、なぜこうなるのだろう。その隣の(105)も皆目見当がつかない。


(……とりあえず分かるものから考えていくか)


 ステータスを改めて上から順に目でおっていく。

 LvはそのままLvだろう。

 VITは体力。

 STRは力。

 DEXは器用さ。

 AGIは敏捷性。

 INTは知力。

 MNDは精神力。


(たぶんこんな感じで間違いないかな? それでいくと、VIT、STR、AGI、MNDが0なのは納得できる。まだ二歳児だからな。所持技能の野営LV5ってものはひょっとしたら前世の後半に野宿ばっかりしていたからその技能が評価されているのかもしれない。人族の共通語Lv1っていうのは、この世界の言語への理解度で間違いないだろう)


 ――さて。分かる部分はここまで。《全知》と半神。HPとMP、DEXとINTは謎だ。


(そういえばこれは《全知の書》ってやつなんだよなあ)


 今さらながらそのことに思い当たり、説明書きがないか試しにページをめくる。


(って、普通に書いてあったよ……)


 答えはあっさり見つかった。あれだけ必死になって考えていたのが馬鹿らしく思えてくる。普通に次ページに載っていた。

 HPとMP、DEXとINTに関しては全知に付随する技能の影響で高くなっているらしい。

 レベルに関して言えば、全ての技能Lvの合計値だそうだ。つまり20と5と1の合計値で26だ。

 さらに僕は、ユニーク技能:《全知》に関しての項目を読み進める。


《全知》

 それは神の権能のひとつである。《全知の書》を媒体として、過去と未来、この世界で起こるありとあらゆるものを知ることができる。


 ――名前の通り、とんでもない能力だ。


 全てを知ることができるって……。


(さながらこの本は、この世界の攻略本みたいなもんだな)


 これさえあれば失敗はせずに、成功の道だけを進める。人生においてこれから直面するだろう重大な局面の選択肢を間違うこともない。誰もが羨む反則的な能力だ。


(なんでこんな能力が僕に生まれつきあるんだ?)


 すごい能力を授かった喜びとともに、ちょっとした恐ろしさが胸中にうずまいた。こんな力は人の身には過ぎたるものだ。

 僕の疑問に答えるかのようにページに表示されている文字が一瞬で全て消えて、しばらくして多くの文字が再び浮かび上がり、違う文面になった。そこにはこう記載されていた。


『あなたは世界がこの世界だけではないことを知っている。異世界の存在を認識できる者はこの世の人では存在しえないというのに――。これまでもこれからも、異世界の存在を知る者は神以外には存在してはならず、神以外その存在を誰も認識できないし、確認する術もない。にもかかわらず、あなたは――この特異な知識を持つ存在なのだ』


 あー。


 長い長い全文を読んでみて納得がいった。

 火は熱い、というように地球でもある種のルールがあったように、この世界にもこの世界独自のルールがあり、その中のひとつに異世界を認知できるのは神様以外に存在しないというものがあるらしい。

 僕は前世の記憶があるからこの世界が地球から見た異世界だと知っているけど、それはこの本に書かれている通り本来ならありえないことなのだ。人でありながらそのことを認知できているのは、この世界のルールから逸脱している。

 神以外そのことを知っていてはいけないのだ。

 僕が産まれるにあたって、世界のルールを破らないように、この世界が整合性をとった結果、神の権能のひとつである全知全能から《全知》だけが切り出され、僕に授けられたみたいだ。

 この世界は異世界である、と認知可能な技能《全知》を。

 そして《全知》を習得できる者は、人の身では不可能のため、僕の半分は神へと塗り替えられたらしい。ゆえに半分人間、半分神の種族、半神となったようだった。

 ある意味、前世の生き方が報われた気がする。

 この技能さえあれば、きっと望むままの結果を手に入れることも可能だろう。

 当然、この村を出て、冒険者になって世界を旅することもできるだろうし、お金持ちにだってなれるだろう。

 今、この瞬間より僕はなんにでもなれる可能性を手にしたのだ。

 ここから第二の人生を謳歌する。

 このユニーク技能:《全知》とともに。


(……けれど大丈夫なんだろうか)


 一抹の不安を感じる。

 この《全知》という技能。

 人にとって過ぎたる能力だ。

 そしてこの世界では異例中の異例だろう。

 僕は、新たな可能性が開けることに興奮しつつも、その特異性に不安を抱かずにはおれなかった。

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