第14話 訓練場の謎
――ストーンヴェール滞在七日目。月の五日目。
翌日の昼過ぎ、陽射しは穏やかで、秋を思わせる冷たい風が街を抜ける中、僕は再び冒険者ギルドを訪れた。昨日はあれから帰り際に、きちんと装備はしてくるように、と言われたので、軽鎧とゴブリンの短刀を腰に帯びている。
ギルドの扉を開けると、暖かな灯りが室内を照らす中、見知った顔の冒険者たちがいた。ギルドの広々としたホールには、さまざまな冒険者たちが集まっており、賑やかな雰囲気が漂っていた。エデンたちの姿もその中に見え隠れしていた。彼もまた、僕と同様にきちんとした装備をしていた。どうやら彼は剣士らしい。彼の仲間も、宿で出会った時とは違って今日はそれぞれが特徴的な装備を身に纏っていた。
いつぞやの門のところで見かけた冒険者と同じ格好をしている。やっぱりあれはエデンたちだったらしい。
レナは魔法使いのようにローブに身を包み、手には杖をもっていた。ミアは革製の装束と背中に矢筒を背負って弓を携えている。カイルは革製の軽鎧を身に着け、杖を所持していた。彼の胸元には女神の姿が繊細に彫り込まれたペンダントが見えた。
エデンたちのパーティは剣士、魔法使い、射手、神官の構成のようだった。
「おお!? アンリじゃないか! ひょっとしてFランクの講習に参加するのか?」
エデンたちが立ち話している場所に近づくと、エデンが相変わらず元気な声をかけてきた。
「ああ、そうだよ。昨日、昇級が認められたんだ」
僕が笑いながら返事をすると、エデンは驚きの表情で言った。
「まじですっげな。異例の速さだな」
「ここにいるってことは、エデンたちもFランクに昇級したの?」
僕が尋ねると、エデンはうなずいた。
「おうよ。ようやくな。これからはお互いに宿敵だな。負けねえぞ」
「そうだね、僕も負けないよ。でもまずは、昇級おめでとう、エデン」
「ありがとな! アンリもな!」
エデンの明るい声がホール内に響いた。
そのとき、リリアンがゆっくりと歩み寄ってきた。
「まずは、おめでとう、アンリ君。そして、エデンたちも昇級おめでとう。あなたたちは今日の講習後から晴れてFランクよ」
祝福に満ちたような温かな笑みを浮かべてリリアンは言った。
「さあ、こちらについて来てちょうだい」
リリアンの後に続いていくと、ひとつの扉の前までやってきた。室内にあるには異質なほど重厚な木製の扉で、特別な場所へと続いているような気配を感じさせる。最初に冒険者ギルドを訪れた時に出会ったガイウスが、入っていった場所だ。
扉をくぐると、外部から遮られた広大な場所が広がっていた。周囲を囲む壁は外からの視線を遮断し、地面は整然と整備されているように固く踏み固められていた。空が広がり、その澄んだ青さが壁に囲まれたこの場所に光をもたらしている。
幾人もの冒険者たちがこの場で、剣や槍、斧を振り回し、激しい戦いを繰り広げていた。剣を交える音や槍が空気を切り裂く音が響き渡り、同時に魔法の言葉や呪文が飛び交っている。炎や石の礫が舞い散り、冒険者たちは機敏に身をかわしたり、盾で防いだりしていた。
周囲を取り囲む頑丈な壁は、外部の世界からの視線を徹底的に遮り、冒険者たちが集中して戦えるよう配慮しているように思えた。
「まじかよ……!」
エデンがその光景を見て、絶句していた。僕もそう思う。実戦さながらであり、とても危ないだろう。
ここは一体どういう場所なんだ?
訓練……にしては、装備もきちんとしているし、どちらかといえば本気で殺しあっているようにも見える。いわゆる決闘というやつだ。
「ここはFランク以上の冒険者たちに立ち入りが許された訓練場よ。任務を受けなかったり、新調した装備を試したり、腕を磨いたり、利用用途は人それぞれね」
リリアンの説明が響く中、冒険者たちがここで本気で戦っている理由が明らかになる。こんな場所があったのか。それにしても、ここが訓練場だって? とても信じられない。それほどまでにどの冒険者も死への境界線に足を踏み入れているように、真剣な様相だった。
そんな中、ある一組の冒険者の戦いに視線が引き込まれる。二人の冒険者が激しく交錯する。剣と槍が空気を裂き、その音が耳を刺激する。
片方は槍を操り、その射程を最大限に活かして攻撃を仕掛けている。もう片方は剣を手に、槍の攻撃を巧みに流したり、躱している。激しい突きや素早い剣筋の応酬だ。彼らの足元の土煙が、戦いの激しさを伝えてくる。
しかし、次第に剣を操る冒険者――剣士が押されていく。槍の射程は長く、その利点を活かして剣士を追い詰めている。やがて、剣士が一瞬の隙をつかれ、槍に押し切られた。しびれをきらして捨て身で踏み込んだその瞬間、僕は息を呑んだ。
剣士の身体に槍が突き刺さり、戦いの音が止んだ。槍の穂先が深く剣士の身体に食い込んでいる。
いくらなんでもやりすぎだ。
無茶苦茶だ。
強くなるための訓練だからといって、怪我をしてしまっては意味がない。ましてや魔物討伐を伴わない訓練では、『戦術』と『騎士道』の技能上昇以外は見込めない。これでは怪我をするだけ損だ。
「――だ、だいじょうぶなのか?」
エデンが心配そうに剣士に視線を向けたまま口を開いた。レナ、ミア、カイルも同様に驚きのあまり言葉もないようだった。彼らの瞳には、この戦いの光景が焼きつけられ、口からこぼれることのない驚きと不安が滲み出ているようだった。
剣士が地に倒れ伏す。しかし、奇妙なことに誰も剣士のことに興味がなさそうだった。まるで日常の一場面であるかのように目の前の悲惨な光景を眺めながらも、冷静に訓練を続ける者たちがいた。訓練場では他にも激しく戦っている冒険者たちがいて、彼らはすでに自分たちの戦いに没頭し始めていた。
どういうことだ?
僕が眉をひそめると、エデンが大きな声を出して言った。
「みんな、薄情だな! 目の前で人が刺されたんだぞ! 起き上がってこない! 死んだかもしれないんだぞ! 冒険者っていうのはこういうもんなのか!」
エデンの声が訓練場に残る中、周囲の冒険者たちは一瞬動きを止めて、彼に視線を向ける。エデンの言葉に対して、冷静な表情を崩さない者もいれば、興味を示す者もいた。それでも、一瞬の静寂が広がった後、再び訓練が再開された。
「おい、エデン。きっと魔物討伐をしているような冒険者たちは、死を見慣れているんだろう。もしくは、彼らはただ、感情を殺しているのかもしれない」
カイルがそう言って、冷静に説明した。
「それはなんかヤだな」
「わたしたちもそうならないといけないってこと?」
レナとミアがそれぞれ感情を吐露している間、エデンは口ごもりながらも複雑な表情を浮かべていた。すると、カイルがエデンの肩を叩いて言った。
「きっとこれからは冷静さも必要になってくるんだろう。戦場では感情を振りまく余裕なんてないだろうし、それが冒険者たちの運命なんだよ」
「カイル……」
エデンは頷きながらも、まだ納得しきれない様子だった。
「――いや、違うと思うよ」
「……アンリ?」
僕の発言にエデンが顔を向けてくる。カイルのどや顔をした発言の後に、とても言い難い。さっきから地に倒れ伏した剣士をよくよく見ていると、槍で突かれたというのに剣士の身体からは血が一滴も流れておらず、周辺の地面は綺麗なままだった。
「ほら、見てよ。あの剣士の身体からは血が一滴も流れていないんだ。そして、地面も血で汚れていない」
「ほんとうだ。どういうことだよ」
エデンが疑問を口にして、しばらくすると、地に倒れ伏した剣士は驚くべきことに、何事もなかったかのように身を起こす。そして、大きな声で言った。
「あー! 負けちまった! やっぱり槍の射程に潜り込むのは難しいな!」
と。
その身体には、どこにも、槍で突き刺された痕はなかった。
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