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【第二章連載中】全知の誓い ~第二の人生を謳歌する~  作者: 藤田 ゆきき
第二章 要塞都市ストーンヴェール編
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第11話 冒険者たちの休息

 ――ストーンヴェール滞在五日目。

 月の三日目。 


 翌朝、一階へ降りてくると、珍しく宿は冒険者たちの活気に包まれていた。陽光が窓から差し込み、その温かな光が宿内を照らしている。まるで宿に宿泊する冒険者たち全員が、この場に集まっているかのように賑やかな光景だった。

 初級冒険者向けのエリアに位置するこの宿には、初級冒険者たちが多数滞在している。今日もまだ初級冒険者向けの薬草採取の依頼がない。明日に備えて彼らは一息ついているのだろう。武器を所持しておらず、鎧や外套といったいわゆる冒険者らしい装備をしている者はいなかった。


 暖炉のそばでお茶を飲みながらリラックスしている冒険者もいた。お互いに交流しあっている様子が、心地よい雰囲気を生み出していた。


 カウンターにいるミレイユに朝食を注文する。この世界の食事事情が分からないので、昨日に引き続きおススメのメニューを選んだ。今日は野うさぎのローストがメイン料理のようだ。


 まあ、うさぎと言っても、《全知》で知り得た情報では、実際のところ、地球のうさぎに比べて大きくて、その形状も微細に違うし、名前も異なっている。しかし、その特徴から僕にはうさぎとしか思えず、頭の中が混乱するので、うさぎと思うことにした。


 窓際のテーブルに座り、グラスに注がれた水を飲みながら周囲を見回した。昨夜、話を聞いてくれたあの男性はいないようだった。


 一人で席に座っていると、周りがざわめきだした。

 なんだ?

 一体どうしたんだろう。

 明らかに僕が一階に降りてきてから宿の雰囲気が変わったような気がした。宿の中で冒険者たちがグループを作って、何かを話し合っていた。

 宿での振る舞いがおかしかったのだろうか?

 焦りを感じる。まだこの世界の宿での振る舞いに不慣れなところがある。


「おい、あいつじゃないのか?」


「たしかにボロの服を着た子どもだな」


「まさか、あいつじゃないだろう」


「俺が先輩から聞いた話では、ホビットのように小さかったという話だぞ」


「本当に? あんな子どもが?」


「しかし、あいつが初めて来た日の夜のことを思い出せ。とんでもなく強かったじゃないか」


「――たしかにな」


 宿の中で、好奇な視線にさらされる。冒険者たちが話し込む中、僕は宿での振る舞いを咎められたわけじゃないことを理解した。しかし、彼らの会話の内容には心当たりがありすぎた。


(……やっぱりやりすぎたか)


 ざわめく冒険者たちの視線が僕に注がれ、一部の冒険者たちが興奮したようにこそこそと話し合っている。彼らは僕がセリーヌと『魔の森』で魔物討伐しているときには、ランク不足でその場にいなかったのだろう。しかし、あの日、僕を見かけたFランク以上の冒険者から『ボロの服を着た子ども』の噂だけは聞いており、初日の夜の宿での騒動を結び付けて、その子どもが僕じゃないかと確かめ合っていた。

 

 宿の中は、好奇心と興奮が入り混じった雰囲気に変わりつつあった。冒険者たちはグループを作って、噂の交換をしあっている。そんな中、ミレイユが食事を運んできた。


「あんた、何かやらかしたのかい?」


 と、彼女は周囲の異変を感じとったのか、料理をテーブルに置くなり言った。


「日間討伐記録で、ガイウスって人の記録を抜いたらしいです」


 僕が答えると、ミレイユが鼻で笑った。


「は? バカなことを。そんなことありえないだろ。あんたみたいな子どもが何を言ってるんだい。嘘ばっかり言ってるとその内、誰からも相手にされなくなるよ。気をつけな」


 と、ミレイユに厳しい口調で忠告され、彼女はそのままカウンターに戻って行った。本当のことなのになあ、と思いながら料理を口に運ぶ。香ばしい香りが漂う野うさぎのロースト。その表面はしっかりと焦げ目をつけられ、一口食べると口の中に旨味が広がった。

 

 肉の美味しさに舌鼓を打ち、余韻に浸っていると、一組の冒険者がテーブルに近寄ってきた。先頭に立つのは赤髪の少年で、背後には二人の少女たちともう一人の少年がいた。


「おい、おまえ!」


 一人の少女が、ちょっとやめなよ、と制止している中、赤髪の少年はそれを振り切り、大きな声で話しかけてきた。


「……なに?」


 僕は戸惑った。

 こんな大きな声で絡まれるなんて。

 全く身に覚えがない。


「エデン、ちょっと落ち着いて。相手が驚いてるよ」


 もう一人の少女が止める中、赤髪の少年――エデンが再び声をかけてきた。


「おまえが、あのガイウスさんの記録を抜いたってのは本当か?」


「ああ、その通りだよ」


 質問に戸惑いながらも、素直に答える。すると、エデンが満面の笑みを浮かべて興奮気味に叫んだ。


「よっしゃ! やっぱりそうだったか! おまえってすげえ奴なんだな!」


 他のメンバーも歓声を上げ、宿の中は再びざわめきに包まれた。

 

「ちょっとだけ横に座っていいか? 俺はエデン、こっちがレナ、ミア、そしてカイルだ。俺たちはもうすぐFランクだ。おまえはどうなんだ?」


 エデンと名乗る少年が、自己紹介しながら聞いてきた。年齢は僕よりも少し年上の十六歳くらいに見える。彼らは全員が同年代くらいのようだった。そういえばこのエデンという少年は、初めての薬草採取のときに門のところで見かけた冒険者に似ている気がした。あの冒険者も赤髪が特徴的だった。


 僕はしばらくの間、考えてから彼らに向かって微笑む。もうすぐFランクになれるかどうかは正直分からない。しかし、僕の実力ならすぐになれるだろう。


「僕はアンリって言います。たぶん、すぐにFランクには上がれると思いますよ」


「やっぱりそうか!」


「アンリ君、これからよろしくね」


 エデンが大きな声で相槌を打つと、レナが微笑みかけてきた。その後、カイルが不安げな表情で問いかけてきた。


「しかし、君みたいな子どもが本当にそんなことができたのか? おおかた一緒に行動したパーティーの功績を横から搔っ攫ったんじゃないか? そうでなければ、あのガイウスさんの記録が抜かれるわけがない」


 なんだ、こいつは。

 少しだけカチンときた。

 出会ってすぐに疑いの目を向けられるのは気分が悪い。


「おい、カイル。そんなわけねえだろ!」


 僕の雰囲気を察したのか、エデンがカイルに向かって怒鳴った。


「君はガイウスって人のことを尊敬しているの?」


 僕がカイルに尋ねると、彼は当然とばかりにため息をもらした。 


「当たり前です。この都市であの人のことを悪く言う奴は誰もいませんよ」


「へえ。強面なのに慕われているんだね」


 僕は率直な感想を漏らした。

 冒険者ギルドでひと目会っただけだったが、確かに厳しさの中に優しさが垣間見えた気がした。


「もし僕が、不正をしていたらどうします?」


「それはもちろん――」


 カイルが言いかけたところで、エデンが間に割って入る。


「許せねえ。もしそれが本当なら俺がおまえを叩きのめしてやる」


「ちょっとやめておきなよ」


「そうだよ。大人気ないよ。 相手はまだ子どもだよ」


 レナとミアがエデンを止めに入る。

 

 いや、不正なんてやってないんだけどね。


 しかし、それにしても、随分と真っ直ぐで純粋な少年と少女たちだな。

 僕はしみじみと思った。そう言うのは嫌いじゃない。

 一つ目の人生をやりきったからか、あるいは感性が年寄りになってしまっているのか。この世界を旅して楽しみたいと言う老後の余生に対する気持ちはあっても、彼らのようにひたむきな熱意は今の僕にはない。 だからその熱意をぶつけられるととても心地よく感じる。これはアナスタシアにも感じたことだ。 ひょっとしたら、こういう真っ直ぐな気持ちと熱意に感化されやすくなっているのかもしれない。


「おい、聞いているのか?」


 上の空で考え事をしているとエデンの顔が目の前まで近づいていた。不正を働いたかどうか、興味深々のようだ。


「ええ、聞いてますよ。とくに何の不正もしてないですよ。なんなら試してみますか?」


「いや、いい。俺はおまえのことを信じるぜ。不正ズルをするような奴には見えないしな」


 それに、とエデンは言葉を続けた。


「この宿の連中からおまえのヤバさは聞かされている」


 初日の宿での騒動のことか。

 そういえばエデンたちはあの中にいなかったな。

 それにしてもやっぱり噂になっていたんだな。


「――ところで、さっきから気になってたんだが、おまえ、臭くないか?」


「おい!」


「エデン、何を言っているの!」


「それは言わないでいてあげた方が良かったんじゃないかな!」


 エデンの一言に、カイル、レナ、ミアが慌てたように口々に叫んだ。


「く、臭い……?」


 言われてから、自分の身体に鼻をこすりつける。草や泥の匂いがしみつき、ゴブリンの悪臭と混ざりあって、なんとも言えない独特な臭いが鼻の奥を刺激した。頭を掻くと、一部の髪がベタついていた。


 そういえば最近、水浴びをしていなかったな。この世界に来てから、毎日身体を洗う習慣がなかったので気づくのが遅れた。村でもゴブリンを討伐した日には、しっかりと川で匂いを落としていたのに、このストーンヴェールに来てからはまだ一度も水浴びをしていない。村みたいに川は近くを流れていないし、色々と忙しかったので失念していた。


「エデン、とっても失礼だよ。こんなところでそんなことを言うなんて」


 ミアが言いつつも、ややうつむき気味で鼻をさすりながら笑っていた。カイルもレナも、初めて気づいたような顔をしながら笑っていた。


 ……恥ずかしい。

 人生で生まれて初めて、臭いなんて言われたよ。

 顔が火照り、頬が少しだけ赤くなったのが分かった。


「そんなに気にするなら、風呂に行けよ!」


「風呂? 風呂があるの!」


 エデンの言葉に僕は驚いた。

 まさか異世界に風呂があるなんて思いもしなかった。


「あるに決まってる。なんだ、風呂に行ったことがないのか? 今時、水浴びは流行らないぜ?」

 

 まじか。

 ちょっとだけ感動してしまう。

 絶対に入りたい。

 僕はエデンに風呂の場所を尋ねた。


「今日は俺たち初級冒険者の安息日だからな。ちょうどこれから行こうと思っていたところだ。早速、案内してやるよ!」


 エデンの仲間たちもニコニコしながら、一緒に宿から外に出た。街を歩きながら、エデンが話しかけてきた。


「風呂――というか、銭湯はこっちだ。熱湯風呂、冷水風呂もあるから好きなのに入れよ」


 へえ。

 この世界でも色々な種類の風呂があるんだな。

 人間が欲しがるものは、異世界でも現代日本でも一緒ってことか。


 エデンの案内に従いながら銭湯に辿り着く。

 ストーンヴェールの銭湯は、重厚な木造の建物にあった。簡素でありながらも風格があり、石造りの建物が多い中でも、雰囲気を壊すことなく存在を主張していた。建物の正面には大きな暖簾のれんがかかり、そこには湯気の絵が描かれていた。懐かしさを感じる。人の発想力もどちらの世界でも変わりないらしい。

 外からは中が見えないようになっており、冒険者たちが気兼ねなくくつろげるようになっていた。


 建物に近づくと、湯気とともに温かい湯の香りが漂ってきた。期待に胸が膨らむ。風呂に入ることを心待ちにしながら建物に足を踏み入れた。

 入ってすぐのところに受付があり、そこで利用料である一〇コッパーを手渡した。


 そこから入り口が二股に分かれており、掲示板や看板があった。それぞれ「男湯」と「女湯」の案内を示しているらしい。ここでレナとミアとは別れて、僕はエデンとカイルとともに「男湯」に向かう。


 脱衣場の手前では靴を脱ぐエリアがあった。靴を脱いで、靴箱に収納すると、目の前は脱衣場だ。脱衣場に入るなり、僕は早速、服を脱いだ。

 広い脱衣場には、壁に掛けられた籠や小さな棚が整然と配置されていた。そこには冒険者たちが脱いだ服や荷物を収められるようになっており、意外にも清潔感があった。床には丁寧に敷かれた畳のような草の床があり、裸足で歩くと気持ちいい触り心地だった。


 湯船の入り口では、湯から上がる音と笑い声が混ざり合って、和やかな雰囲気をしていた。中に入ると、広々とした浴場が広がっていた。ほのかな湯気が立ち込め、石畳の床は湿り気を帯びていた。


 風呂だ。

 紛れもなく風呂であり銭湯だった。

 残念ながらシャワーはないようだったが、洗い場には桶が用意されていた。桶で湯を汲んで頭から被る。心地よい湯の温もりが全身を流れていく。


 湯気がやさしく身体を撫でる。洗い場には石鹸のようなものがあり、それを手に取って擦るとしっかりと泡立った。それを全身に丁寧に広げていく。泡だらけの手で、汗や汚れを包み込むようにして洗い流していく。


 石鹸の香りと温かい湯。

 異世界に来て、こんなに癒されたことは初めてかもしれない。


 周りを見ると、湯船には他の冒険者たちも同様に、疲れを癒している様子があった。壁には掲示板があり、冒険の情報や面白そうな話題が貼り出されていた。その一角には、『ボロの服を着た子どもの偉業』という内容のものもあった。


 湯船に浸かるとさらなる安らぎに包まれた。思わず深いため息がこぼれてしまう。


「その顔……。風呂は気に入ったみたいだな」


「とっても。最高だよ。教えてくれてありがとう」


 湯船に浸かる中、先に浸かっていたエデンに僕は答えた。


「それにしても、きれいな身体をしていますね」


 エデンの隣で満足げに湯船に浸かっているカイルが、感心したように言った。その発言に僕は首を傾げた。よくよく彼らを観察してみると、身体中に小さな切り傷やあざがあった。まるで刃物で斬られ、こん棒を叩きつけられたかのような痕だ。


「本当だな。やっぱり俺たちとは違うってことだな」


「?」


 その真意が分からずに僕は尋ねた。


「どういう意味? どうして二人はそんなに傷だらけなの?」


「この傷は薬草採取の任務クエストのときに遭遇した魔物にやられたのさ。もちろん、返り討ちにしてやったけどな!」


「え? 魔物を倒したの? Gランクだよね? 倒してもいいの?」


「――は? 何を言ってるんだよ。倒さないとこっちが殺されるじゃん」


「でも魔物討伐はFランク以上なんだよね? 助けを呼んだりとかするんじゃないの?」


「そんな猶予なんかねえよ。Gランクでも薬草採取の時に遭遇した魔物は例外的に討伐してもいいのさ。もちろん、討伐報酬もきちんともらえるぜ」


「そうなんだ……」


 言われてみると確かにそうだ。

 いくらFランク以上が魔物討伐しているからと言って、絶対に遭遇しない保障はない。

 これは、有用な情報だ。

 明日から薬草採取のときに魔物討伐もついでにしよう。

 たまたま遭遇したとか言って。

 二人のおかげで魔物討伐をしてもいいことが分かったが、それだけだと傷が残っている理由が分からない。僕も過去に大怪我をしたけど、二人の言葉の通り、傷跡はどこにも見当たらないほど身体の表面は綺麗なままだ。


「魔物との戦いで傷ついても、神聖魔法の『再生リジェネ』なら傷も治るよね?」


 いつも再生リジェネの後には、傷跡は残っていない。

 それが常識のはずだ。

 傷跡が残るのは不思議でならない。


「おいおい。そんなことも知らないのか? それでよく日間討伐記録を塗り替えられたな」


 エデンが呆れながら言った。


再生リジェネは体力を回復するだけだ。傷は自然治癒に委ねられるし、傷痕が残らないなんてことはねえよ。欠損したら、当然そのままだ」


「本当に?」


「当たり前だ」


「そう……なんだ」


 驚いたな。

 ちょっと僕の知っている再生リジェネと効果が違う。

 半神と人族。

 種族ごとに効果がひょっとしたら違うのだろうか。

 他にも何か違いがある技能があるかもしれない。

 おいおい調べてみるか。

 とりあえず今はこの世界で生まれて初めての風呂を堪能しよう。

 湯船に身を沈め、温かい湯に包まれる。周りには軽い湯気が立ち込め、浴場の照明がそれを柔らかく照らしていた。心からリラックスする。これだけで幸せな気分に包まれた。


 それからも僕たちは、夕方までお風呂を満喫した。銭湯で至福のひと時を味わった後、エデンと別れ、僕はグラニット商会に向かった。

 そろそろ防具の調整は終わっているだろうか。

 とても楽しみだ。

 その期待とともに、火照った身体から湯気が立ち昇っていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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