第10話 初防具選び ~セリーヌの影、モノトーンとの出会い~
――ストーンヴェール滞在四日目。月の二日目。
ストーンヴェールの中央広場――通称、グラニットセンター。
その場所で、僕はセリーヌと待ち合わせをした。冒険者ギルドが開店する直前の時間。まだ太陽が完全に昇りきらず、街は淡い朝の光に包まれていた。
セリーヌとの待ち合わせは今回で二度目だが、昨日と同じで今日も特別な日になりそうだ。
なにせ異世界に来て、初めて防具を購入するからだ。
身分証を登録してもらうときに、『全知』でセリーヌの生い立ちを覗き見てしまって分かったことだが、彼女はストーンヴェールにおいては新参者と自分のことを思っているかもしれない。しかし、ギルド長の庇護下にある彼女は、迷宮屋で値切られた僕のように、周囲から軽んじられないだろう。それだけでも彼女と一緒に店を回るのは僕にとっては、利点であり、うれしいことだった。
しばらくすると、セリーヌの姿が遠くに見えた。その瞬間、その美しさに思わず見とれてしまった。彼女は淡い朝陽に包まれながら歩いてきていて、その所作は『礼儀』の技能が示すように優雅さを漂わせていた。思わず息を呑む。
セリーヌの普段着は、控えめでありながらも上品で美しいものだった。彼女のドレスは、緑や淡いベージュの色調で構成されていた。袖は少しばかりの広がりを持ち、ひざ丈のスカートが彼女の動きに合わせて優雅に揺れていた。ドレスの首元と袖口には、繊細なレースや刺繍が施され、シンプルながらも品のあるディテールが目を惹いた。銀白の長い髪は、簡単なアップスタイルにまとめられ、櫛で留められていた。シンプルなデザインの髪飾りが彼女の優雅な雰囲気を一層引き立てているようだった。
前世では女性に目もくれずに異世界への入り口を求め、そして老後の旅立ちに備えて、仕事にひたすら打ち込んだ僕には、煌びやかな世界に生きる女性に出会ったことがなかった。しかし、目の前のセリーヌは、その世界に生きる女性そのもののように思えた。彼女が漂わせる美しさと気品に引き込まれていくのを感じる。さすがは侯爵家のご令嬢だ。
「待たせたようだな。どうしたんだ?」
呆けている僕に向かってセリーヌは口を開いた。彼女の言葉に気を取り直し、僕は軽く頷きながら言った。
「ああ、いや、何でもないです」
ただ美しくて見とれていた、と言いかけたが僕はこらえた。彼女の前で余計なことを口にするのは避けたかった。今日はただ防具を一緒に見てもらうだけだ。それになぜかアナスタシアの怒った顔が脳裏に過った。
セリーヌは微笑みながら、そんな僕の様子を見つめていた。少しだけ興味ありげな光が彼女の瞳に宿っているようにも見えた。
「そう。それなら、早速、防具を探しに行きましょうか?」
「はい、おねがいします」
彼女の提案に頷きながら、僕たちは中央広場を出て、まず一つ目の商会に到着した。
ストーンヴェールではおなじみの石造りの建物だった。石造りの重厚な建物が太陽の光を受け、石畳の床は歩く音を響かせる。他の店舗と一線を画した、壮麗なアーチが特徴的な正面入口があった。商会の旗が風でそよぎ、その影が床に揺れていた。大きな看板が商会の存在感を示しており、ノヴァエクスポート商会、と書かれていた。
商会の扉を開けると、店内は賑やかで、武具や防具の輝きが光に反射してまばゆい輝きを放っていた。冒険者たちは商品を手に取りながら、熱心に吟味しているようだった。
セリーヌと一緒に店内を歩きながら、初めての防具選びに興奮する。高い天井と広々とした空間に、明るい照明が吊り下げられていた。床には豪華な絨毯が敷かれ、冒険者たちが歩く足音が柔らかく響いていた。
「ストーンヴェールには武具や防具を扱う商会が二つある。ここが、その中のひとつノヴァエクスポート商会だ」
セリーヌは店内を歩きながら言った。この商会は、世界的な規模を誇る大商会で、この要塞都市ストーンヴェールにも支店があった。
セリーヌが指差す先には、重厚なプレートアーマーや軽鎧が陳列されていた。
「あちらにはドワーフの鍛冶が造り上げたものがあるみたいね」
「いろいろとありますね」
セリーヌが様々な商品を触れながら教えてくれる。その情報をもとに、僕は自身の『鑑定』技能による結果と照らし合わせて防具の特性や効果を比較する。彼女の言ったことはほぼ鑑定結果と同じだが、店頭価格と鑑定結果の価格に大きく差異があった。
ノヴァエクスポート商会は世界規模で店舗を運営している関係上、輸送費用が価格に大きく上乗せされているようだ。
品質と価格が釣り合っていない。
『王都で流行り!』という文言に乗せられて、購入していく冒険者の多いこと多いこと。
「あなたはひょっとして、レイラ・クレオ・フォン・シュタインハルト様ではありませんか?」
しばらく店内を歩いて品物を見ていると、ひとりの初老の男性が声をかけてきた。上品な装いに身を包んでおり、その落ち着いた雰囲気が紳士さを思わせる。彼の背丈は中肉中背で、年齢に相応のしわが顔に刻まれていた。しかし、そのしわには経験豊かな知恵と優しさが宿っているようだった。
彼の灰色の髪はこめかみからわずかに白くなっており、眼鏡をかけ、知的な輝きを放つ瞳は、誠実で知識豊かな人物を思わせた。
「――!?」
その言葉にセリーヌの顔から血の気が引いた気がした。
「やはりそうだ。間違いない。私はノヴァエクスポート商会の王国南方エリアの視察長をしておりますウォルター・ハーシェル・クロフォードと申します。あなたがまだ六歳のころ、御父上とこの地に訪れた時には、ストーンヴェールで支店長をしておりまして、色々とお世話をさせて頂きました。いやはやお懐かしい。ストーンヴェールには今回久しぶりに訪れたのですが、僥倖だったようですな」
初老の男性――ウォルターはセリーヌの顔を覗き込み、満足げにうなずいた。その笑顔には穏やかな気遣いを感じられる。
「王都でいろいろとあったようで心配しておりましたが、ご無事でなによりです」
「ひ、ひと違いだ! 私はセリーヌです! レイラという名前ではありません!」
セリーヌはウォルターから顔を背けながら叫んだ。彼女の声が小さく震えていた。彼の言葉に彼女の表情が急速に変化した。彼女の瞳には一瞬の間に恐れと不安が宿ったようだった。
僕はその様子を見守っていた。セリーヌは明らかに驚いていて、彼女がこの人物と関りを望んでいないことが伝わってきた。それもそのはず。彼女は逃亡中の身だ。身元が露見してはまずい。
ウォルターが何か言いたげにしていたが、僕はすぐさま彼女の手をとって、強引に店を出た。
外に出ると、朝の冷たい風が頬をなでる。セリーヌの手が冷たい水滴に濡れていた。
その様子から彼女の緊張と焦りが伝わってきた。店の中にいた人々の視線を背中に感じる。急いで商会の外れにある小道に向かった。
「……すまない、助かった」
小道に入りながらセリーヌがそう呟くと、僕は頷いた。
「いえ。事情は分かりませんが、誰にだって触れられたくない過去はありますよね」
「まるで君にも秘密があるような言い方だな」
セリーヌは瞳を地面に落とし、かすかな笑みを浮かべた。僕が「はは」と軽く笑って返すと、彼女は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに目を伏せて微笑んだ。
「――聞かずにいてくれるのはとても助かる」
「喋りたくなったときにでも教えてください」
すでに知っているが、僕はそう答えた。人の過去を暴く。それはとても嫌悪されることだ。個人情報の侵害だ。誰だって知られたくないことはあるだろう。僕は全てを知っていながら、全てを知らぬふりをした。
商会の外れの小道を進む中、セリーヌの表情にはまだ安心感が戻らないようだった。視線は前を向いているが、その奥に漂うのはどこか遠くへと逃れたいような不安と危機感があるようだった。
彼女の素性が露見すれば、叔父に生存を感知されてしまう。そうなってしまうと、もうここにはいられない。彼女は今の生活が薄氷の上にあることを悟ってしまったようだった。
なんとも気の毒だが、僕にはどうすることもできない。
今の僕はただのGランクの冒険者だ。
「きっとなんとかなりますよ」
セリーヌに声をかけるも、その心の底に潜む不安には届かないだろう。僕はすでに全てを知っている。しかし、言いたくても言えない迷いだけが僕の顔に現れていたかもしれない。
「ありがとう」
セリーヌの上の空の返事が小道に響いた。
商会の外れの小道を抜けると、市場の喧騒が聞こえてきた。人々が行き交い、声や笑い声が交じり合っている。賑やかな屋台やお店が立ち並ぶ場所が広がった。ストーンヴェールの一般市民向けの市場のようだった。
様々な屋台や店が立ち並び、野菜や肉といった食品や日用品の販売が行われている。とても賑やかで、まだお昼前だが、様々な美味しそうな匂いが漂っていた。
色とりどりの屋台の前では、この街に住む人々が食事を楽しんでいる。笑顔で会話を交わし、美味しい食べ物を手に取りながら、食べ歩きをしていたり、とてもリラックスした雰囲気だった。
ちょうど目の前の串焼きの屋台から、炭火の上で焼かれた肉の香ばしい匂いが漂ってきた。
僕はセリーヌを励ますために、明るく振る舞いながら屋台をめぐった。
ひょっとしたら彼女は今、独りになりたいかもしれない。
しかし、独りになったところで塞ぎこむだろう。
お昼には少し早いかもしれないが、屋台で美味しいものでも食べて、気分転換をしてもらいたいと思った。
「どれもこれも、美味しそうですね!」
僕は精一杯子供らしく明るい笑顔で言った。
「そういうところは子供っぽいんだな」
「セリーヌさんは何か食べたいものはありますか?」
「君が食べたいものがあれば一緒に頂くよ」
「じゃあ、これがいいです!」
僕は目の前で焼かれている串焼き肉を指差して言った。さっきから匂いが鼻孔を刺激して、とてもおいしそうで、口の中が涎だらけだ。
「そうか。それなら私もそれにしよう」
セリーヌは微笑みながらそう答えた。彼女の目にはまだ不安が宿っているように見えたが、一瞬でも気分が晴れることがあれば、と思いながら買ったばかりの串焼き肉を彼女に手渡した。彼女は手にした串焼きの肉を楽しそうに眺める。
「ありがとう、本当にこれは美味しそうだ」
彼女の表情が少し明るくなったように感じた。
「一緒に食べましょう!」
肉の串焼きを手に歩きながら食べる。熱々で香り高く、外側はカリッと焼け、中はジューシーで肉の旨味が口の中に広がる。食べるだけで思わず笑みがこぼれそうになる。それはセリーヌも同じようだった。
良かった。
彼女も気分転換できたみたいだ。
おいしいものを食べて表情がやわらぎ、少しだけ安心した。
食事の後は、市場を抜けてセリーヌが二店目の装備品屋に案内してくれた。その装備品屋の建物には、派手な看板や飾りはなく、石造りの建物に蔦が張っていた。木製の扉は年月とともに風合いを増しているようで、真鍮の取っ手も色褪せて使い込まれた感じがあった。
扉を開けると、小さな店内が広がった。天井は先ほどのノヴァエクスポート商会に比べて低く、狭く感じられるが、その分、温かみがあるように感じられた。壁には武具や装備がかけられ、棚にも細々としたアイテムやアクセサリーが陳列されていた。
床には古びたじゅうたんが敷かれ、その上にも冒険者たちが試着できる武具が広げられているようだった。店内には薄暗いが心地よい灯りが灯り、中にある品物にわずかな光が当たっていた。
これが、この地に古くからある地元の装備品屋――グラニット商会だった。
「おや、これはセリーヌ嬢じゃないか。若い男と一緒だとは珍しい。デートかな?」
「馬鹿なことを言うな。相手は子供だぞ」
「恋が成就するには年齢も、時間さえも関係ないものさ。ただ必要なのは相手を信じる心だけだよ」
「あの……?」
僕は困惑した。店内に入った途端に声をかけられたが、突然のデート扱いになるとは予想外だった。セリーヌもまた呆れたような顔をしていた。
しかし、それよりも僕が気になったのは、声をかけてきたその店員は、木製の椅子に金属性の車輪をつけたようなものに座っていた。車いすだ。右腕と左足の膝から先が欠損しており、その姿勢からは想像もできないほどの自然な雰囲気をしていた。
「君は初めて見る顔だね。ようこそグラニット商会へ。俺はユリオン・ブライトウィングだ。グラニット商会の商会長をしている」
ユリオンはにっこりと笑いながら自己紹介をした。彼の声はとても軽快だった。店員じゃなくて商会長。まだ年も若く、せいぜい三十代で、少し長めの軽く波がかかった茶の髪と整った顔立ちには無邪気な笑みが宿っているようだった。
「僕はアンリって言います。セリーヌさんに連れられてきました」
「アンリ君か。セリーヌの友達かな? それとも……」
ユリオンは少し探りをいれるような表情を浮かべた。
「ただの冒険者……仲間だ」
「ふーん。そうかい。君が冒険者ねえ」
ユリオンの目が僕を捉える。その目が物語っていた。そんなボロの服で? と。
「今日は防具を探しにきたんだ」
セリーヌが言った。
「へえ? ノヴァエクスポート商会にはもう行ったのかい?」
「今、行ってきたところだ」
「そうか。それなのに、こちらに来てくれたんだな。あそこに比べるとうちは地味なものだろう。なんといっても華やかさがない」
言われてみれば、よくよく店内を見回すとたしかにそうだった。
ノヴァエクスポート商会の装備の方が、見映えが良くて、華やかなデザインをしていた。
「それでどういったものを探しているんだい?」
「彼の最初の防具を探している」
「それはまた光栄なことだね! 本当かい!」
ユリオンが興奮したように声を上げる。
「記念すべき最初の装備に選んでくれるのか。うれしいね! しかし、初めてならなおさらノヴァエクスポート商会の初めての冒険者セットがおすすめだよ。とても見た目が、冒険者らしくて格好よく見えるからね」
「最初はそのつもりだったんだが、少し事情があってな――」
「……事情ね。――まあ、その辺は聞かないでおくよ。あまり藪をつつきたくないからね。まあ、安心しな。うちは華やかさはなくて地味だけど、同じような性能のものは取り揃えているからね」
自分のところの商品を地味と言うとは。
買ってもらう気があるのだろうか。
僕はそう思いながら店内を見て回った。
「君が気に入ってくれるものはあるかな?」
「そうですねえ……」
相槌を打ちながら店内を見回す。
どれもシンプルなデザインだった。人目をひくようなものは何一つとしてない。しかし周りの商品を鑑定して回ると、僕は、ほう、と頷いた。
自分のところの装備は地味。
言いえて妙だ。
ノヴァエクスポート商会は華やかさしかない、と彼は言っているのだ。明らかにこちらのほうが品質も価格もお手頃だった。
「僕にはこちらの方が合いそうですよ」
と、セリーヌへの感謝を込めて微笑む。彼女からすれば折角だから見映えにも気を使ってくれたのだろうが、僕としてはこのグラニット商会の装備の方がとても落ち着いていて、しっくりきそうだった。日本にいたころに好んで着ていたモード系のシンプルなデザインに、とても近いものを感じた。
「そうか。それならよかった」
セリーヌはほっとしたような微笑を浮かべた。彼女が微笑む中、僕はひとつの軽鎧を手に取った。
その柔らかな質感が指先に伝わった。革のような素材で作られ、黒と白のモノトーンの色調が目を惹いた。胸には小さな細工が施され、肩には肩当てがしっかりと取り付けられていた。
このモノトーン調の軽鎧は、現代日本人であった僕には、なぜか懐かしいように感じた。モノトーンコーデを彷彿とさせるからだろうか。
「おっと、お目が高い。それはとても良いものだよ。軽さと耐久性を備えた軽鎧さ。君の年齢だと、あまり重くない軽鎧がいいだろうね。元々の革の素材は白なんだが、黒の染料を部分的に染め抜くことで見た目にも気を使った防具さ。華やかさはないが、シンプルで洗練されていると思わないかい?」
「ええ、そうですね。とってもいいと思います」
先ほどのノヴァエクスポート商会のファンタジー世界ならではの派手で華やかな装備も魅力的だと思ったけど、自分で着るならこっちのほうが馴染みそうだ。実際に試着してみると、サイズは少し大きかったが落ち着いた雰囲気が気に入った。
「サイズは後で調整してあげよう」
ユリオンが言った。
子供用に変更するのはとても大変だろうな。
そう思いながら、僕は彼に「ありがとうございます」と言った。しかし、問題はサイズではなく価格だ。後で鑑定してみて分かったのだが、完全に予算を超えている。宿代と昨日の稼ぎを全て費やしてようやく手が届く代物だった。
「ところで、いくらなんですか?」
すでに分かってはいたが、僕はユリオンに尋ねた。すると彼は言った。
「いくらまでなら出せる?」
ボロの服を着た子供の懐事情を探っているのか、と一瞬思ったが、ユリオンの様子は少し違っているようだった。とてもにこやかに善意で聞いてくれているような気がした。僕は当初の予算だった、昨日の報酬の金額を口にした。
「一五〇〇〇コッパーです」
一泊二食の宿代ひと月分だ。
それが昨日得た報酬の金額だった。
「――へえ、驚いた。思ってたより予算があったんだな。いいよ、その価格でその防具を売ってあげるよ」
「え? いいんですか?」
僕は驚いた。鑑定の結果によるとこの装備の市場価格はその二倍だった。初級から中級冒険者にかけて必要とされる防御性能が備わっている装備だ。これでは半額の大バーゲンセールだ。
「かまわないよ。最初の防具の記念――と、実はもうすぐ結婚でね。幸せをお裾分けしているところさ。どうしても遠慮してしまうって言うなら、君が冒険者として大成したときはこっちの願いを聞いてくれよな」
ユリオンは笑いながら言った。肩をすくめるその仕草は半分以上が冗談のように思わせる。
へえ。
結婚か。
それはおめでたい。
ユリオンに結婚への祝福を述べ、その際に革袋からお金を取り出し、彼に手渡した。
「サイズ調整に丸一日ほしいから、明日の夕方にでも取りに来るといい」
「ありがとうございます」
良い買い物ができて良かったな、とセリーヌに声をかけられる。そのとき、突然、店の扉が開いた。若い男が息を切らしながら店内に入ってきた。
「ユリオン商会長、ただいま戻りました!」
「ああ、おかえり。冒険者ギルドへの依頼はうまくいったかい?」
「ええ、正式に依頼を認められました。これで不足していた素材もようやく揃えられそうです」
「よかった。ありがとう。……しかし、その割に浮かない顔をしているな」
ユリオンが男に言った。男の表情には少し陰りが見え、深い考え事や悩み事があるように思えた。
「それが……冒険者ギルドで変な噂を耳にしたんです」
「どんな噂だい?」
「なんでもボロの服を着た子供が、あのガイウスの日間討伐記録を塗り替えたっていう、にわかには信じられない噂です。そんなことありえません。あのガイウスの討伐記録を超えるだなんて……」
「――なるほど。たしかにとても信じられない話しだな。あのガイウスはストーンヴェール史上最強の冒険者と名高い男だ。――しかし、その噂は真実かもしれないな」
ユリオンは僕を見るなり、期待と驚きが入り混じった微笑を浮かべた。
「俺はどうやら知らず知らずのうちに大型の新人に貸しを作れたようだ」
「商会長、どういうことですか?」
言いながら男が僕の存在に気がつく。驚きの表情を浮かべて彼は言った。
「あ、ボロの服を着た子供――」
「それじゃあ、そろそろ僕は行きますね。ユリオンさん、調整をよろしくお願いします」
「ああ、君のお気に召すようにしっかりとやらせてもらうよ。これからもよろしくな」
店を出ると、外の空気が新鮮で気持ちよかった。日の光が昇り、街の様子がますます賑やかになっていく中、僕はセリーヌに感謝の気持ちを込めて話しかけた。
「今日はお世話になりました。おかげで素敵な防具を手に入れることができました」
「気に入ってもらえるものがあって良かった。……ところで、ひとつ君にお願いがあるんだ。ノヴァエクスポート商会でのことは、黙っていてもらえないか?」
「ええ、もちろんです」
僕が答えるとセリーヌは安堵したようにため息をついた。
「そうか、とても助かるよ。ありがとう」
市場では、人々が行き交い、賑やかな雰囲気が広がっている。明日またここを訪れるときが楽しみだ。セリーヌにお礼を伝えて、僕たちはここで別れた。彼女の一抹の不安を払拭してあげたいけど、未来を見えるといったところで信じてはくれないだろう。そのときが来るまで、僕は様子を見ようと思った。
どちらにせよ、今の僕にできることは何もない。
宿に戻ってから、僕はまたあの男性に今日のことを話して、夕食を一緒にとった。彼はとてもつまらなさそうに、しかしそれでいて真面目に僕の話しに耳を傾けてくれた。
「良い装備が入っても無茶をするんじゃないよ。気分が浮かれているときが一番危ういもんだよ」
男性の言葉に、僕は頷いた。彼の声には、経験者ならではの深みが感じられた。しばらくの間、黙々と食事を続けた後、彼が再び話しかけてきた。
「それにしても、君はそんな服装をしているわりになかなかの冒険者のようだね。ガイウスの討伐記録を塗り替えるなんて、たいしたもんだよ」
「ひさしぶりの魔物討伐で、楽しくなってついやってしまいました」
「――魔物討伐を楽しい、か。君は変わっているな」
男性の目には、驚きとともに興味が宿っているようだった。
「アンリと言ったか……。君のこれからがますます楽しみだ。また何かあったら話を聞かせてくれ」
「ええ、もちろんです」
夕食を終え、部屋に戻ると、僕は寝台に寝転がった。
軽鎧の調整が終わる明日が待ち遠しい。
楽しみだ。
僕は期待と興奮に包まれながら眠りについた。
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