第7話 強さの芽
門から街の外に出ると、都市の出入り口にはまた昨日のように、冒険者や商人が行列を成していた。
ひとつの冒険者のパーティが身分証の提示を昨日の検査官に促されていた。
冒険者パーティのリーダーと思われる赤髪で短い髪をした男が、身分証と冒険者カード、そしてギルドからの依頼書を検査官に提示していた。
「いつもいつも同じことをさせるなんて面倒くさいよなあ、ほんとうに。ほらよ。これでいいだろう?」
「こちらも仕事なのでね。通ってよろしい」
「ありがとな」
そう言いながら、その冒険者パーティは都市に入っていった。同行者が所持している手提げ袋から薬草の葉がはみ出しており、僕と同様に薬草採取の依頼を受けた冒険者たちなのだと分かった。彼らの外見的特徴から、戦士と射手、そして杖を持っていることから魔法使いか神官が二人のパーティだろう。先ほど検査官とやりとりをしていた、リーダーらしき戦士の男の赤髪がやけに印象に残った。
――なるほどなあ。
帰るときは、ああいう風にしたら良いんだな。
参考になった。
ほどなくして再び『魔の森』に到着した僕は、『毒知識』と『探知』技能を発動させる。
『毒知識』の技能は、毒物や有害な植物、危険な生物に対する知識を提供してくれる。この技能があることで、薬草を見つけやすくなる。なぜなら、毒草と薬草は見た目が似ていることが多く、混同しやすいからだ。
さらに『鑑定』の技能も発動させて、『毒知識』に反応した植物以外を鑑定していく。ほどなくして一般の植物と薬草の判別が終わる。そしてその結果が目の前の『魔の森』に反映される。
一般の植物は白の淡い光。
毒草は赤く光り。
薬草は緑の光に包まれる。
これで間違うことなく薬草を摘み取れる。
『全知』と付随する技能に感謝しながら、僕は薬草に手を伸ばす。
森の中を風が心地よく吹いていた。
遠くで小鳥のさえずりが聞こえ、自然の中での採取に心が癒される。
緑の光に包まれた薬草を摘んでは背嚢に入れていく。毒草の真横に生えている薬草もあったので、毒草に触れないように注意しながら薬草を摘む。
「これで初任務も無事に成功だな」
心の中で呟きながら、ひとつひとつ薬草を潰さないように慎重に採取する。
魔物に襲われないように『探知』の技能を発動させていたが、その心配は杞憂だった。ギルドの説明に合った通り、他の冒険者たちが魔物を討伐しているので周辺には魔物の影すら見当たらない。この状況だから初級冒険者だけで薬草採取の任務を受けたとしても何の心配もないのだろう。
森の中には他の冒険者グループもいた。
すごく薬草採取に苦戦しているように見えた。手にしている本と目の前の植物をしきりに見比べていた。地図や本を手に、戸惑いながらも薬草を探しているようだった。
薬草を手にするたびに、彼らは手に持った本のページをめくり、植物と照らし合わせながら袋に収納していく。
一つ一つの薬草を、大事に手に取りながら戸惑いと期待が入り混じった表情を浮かべている。
他の冒険者たちが苦労して、学んでいくことを見て、僕は少し考えた。
冒険者にはなりたいが、苦労はしたくない。
苦労は前世で充分だ。
本当に『全知』は便利な技能だと思った。
しみじみと与えられた技能に感謝する。しかし同時に経験を積むことは大切だとも感じる。
しばらく目の前の様子を伺っていると、彼らの一人が赤く光る草に手を伸ばした。
「それは違いますよ!」
僕はとっさに声をかけた。
彼らが手にしようとしていた植物は触れるだけでも毒になる毒草だった。
「え? これは毒草だったの?」
本と見比べて戸惑いを浮かべた。
僕が距離を詰めて、彼らの前に立つと、それを見ていた他のメンバーたちも警戒心を解いた表情に変わった。
「え? 子供……?」
「その草には毒があるから触れない方がいいですよ。ちゃんとした薬草はあっちですよ」
僕は正しい薬草の位置を指し示した。他の冒険者たちは毒草から後退り、薬草のほうに注意を向けた。そして、助かったといった表情で頷いた。
「ほんとうだ。少し違う。ありがとう。助かったよ」
「いいえ。知識がないと本当に分かりにくいですよね」
僕は微笑みながら返事をしたが、内心では他の冒険者たちとのやりとりが新鮮で楽しかった。彼らの中にも僕と同じように冒険をする目標があるのだろう。思わず、老婆心が顔を出した。
「薬草の知識があったら、これから先、ふいに魔物に襲われて怪我をしたとしても助かりますからね。薬草の知識はとても大事ですよ」
言いながら気づく。
冒険者ギルドが初級冒険者に薬草採取の任務を与えている理由が分かった。この任務は冒険者ギルドなりの教育プログラムだ。
「ああ、それもそうだな。そうやって言われると、ただの食い扶持のための任務じゃなくて、自分の命を守るために本当に必要な知識だと思い知らされるな」
「本当にありがとうね」
彼らからお礼を言われ、僕は彼らと別れた。
それからも黙々と薬草を採取し、早々に既定の三〇本を集め終えた。
都市の検問を終えて、冒険者ギルドに帰ると、僕の姿を見つけたリリアンに驚かれた。
「え、もう終わったの?」
「はい、もう終わりました」
背嚢から薬草を取り出しながら言うと、リリアンは興奮気味に近づいてきた。
「すごい。本当に三〇本すべてあるし、毒草もひとつも交じっていないわ」
リリアンは薬草を手に取り、一つ一つ確認していく。
「これは見事ね。初級冒険者として頼りになるわ」
「ありがとうございます」
褒められて素直にうれしい。
リリアンは一度席をたつと、カウンターの奥の棚から紐で口を縛られた小さな革袋を持ってきた。その革袋をカウンターの上に置いて、彼女は言った。
「はい。これは依頼報酬ね。初任務達成おめでとう!」
ぱちぱちと拍手をされる。
「ありがとうございます。これからも頑張りますね」
と、答えるとリリアンが微笑んでくれた。
新たな冒険のスタートだ。
少しだけ照れくさかったけど、温かく迎え入れられた瞬間のようだった。
早速、紐をほどいて袋の中を確認してみると銅でできたコインのようなものが三枚入っていた。袋から取り出して、手に取ってみると日本円の十円硬貨と同様の手触りがした。
これが三〇〇コッパーか。
コインを鑑定すると『銅貨』とゲームのウィンドウのようなものが宙に表示された。改めてカウンターの上に置いた薬草を見てみると『よもぎ』と表示されている。
……不思議なもんだな。
異世界にも地球上に存在しているものが普通にある。
神隠しによってこちらの世界に辿り着いた――厳密にいうと生身ではなくて転生だが――ことから、どこかでやはり地球とつながりがあるのだろうか。
もっとも、こちらの世界には魔力がある影響か、テーブルの上に散らばる『よもぎ』には魔力的要素が加わっているようだが。
この『よもぎ』を原料に、ゲームの世界ではお決まりの回復ポーションを作れるらしい。地球上の『よもぎ』ではとても作れやしない代物だ。
それにしてもこれでは宿代になりはしないな。
少ししょんぼりしてしまう。
その様子がリリアンに伝わったのか、彼女は首をかしげた。
「どうしたの? せっかく初任務を達成したのに浮かない顔をしているわね」
「いやあ、それがですね――」
僕は事情を説明した。
これでは一泊の宿代にはならないということを。
「そんなに厳しいの? 冒険者としてのスタートはみんな大変なものだって聞くけれど」
「かなり厳しいですよ。初級冒険者はどうやって生活しているんですかね?」
「よくあるのは、四人パーティを最初から組んでいて、各々が依頼を受けて、宿の四人部屋で一緒に住んでいるらしいわよ。宿泊代は一人も四人も一緒だからね」
「ちょっと待ってください。依頼はパーティにつき一つじゃないんですか?」
「人数分よ」
まじか。
僕は驚いた。
一人一人が依頼を受けられるなら、一人で行動する利点がない。
よっぽどの物好きか、事情がある人間しか一人を好まないだろう。
昨夜の宿の受付の女性が言っていたことを思い出した。
――一人部屋は人気がない。
そりゃあ、そうだ。
一人の冒険者なんて少数派だろう。
縛りプレイをしているようなものだ。
「多くの冒険者は魔物討伐ができるようになると生活が安定するみたいだけど、それまでは、貧民街の宿に泊まったり、野宿したり、物乞いをして日銭を稼ぐ人もいるかな」
「物乞い……」
さらっとリリアンの口からその言葉が出てくるあたり、この世界では卑しいことではないのかもしれない。当たり前の通過儀礼のような響きが声にあった。
とはいえ、野宿はまだしも現代日本人であった僕からすると、物乞いは絶対に嫌だ。
「そそ。だからアンリ君も頑張って生き抜いてね」
まるで当たり前。
他人事のようにあっけらかんとリリアンは言った。他人の生活には触れないように、軽く突き放された感じがする。
ビジネスライクのように受け止めてしまうのは、彼女が、いつ死ぬかもしれない冒険者を相手にする受付嬢だからだろうか。それとも、この世界の倫理観なのか、今の僕には分からなかった。
「おいうちをかけるみたいで、言い難いんだけど、明日から月が変わるのよ。薬草採取の任務は三日間受けられなくなるからね」
「えっ?」
任務を受けられない?
それは死活問題では?
「月が変わると、都市近郊に魔物が再出現する可能性が高まるから、その間はFランク以上の冒険者が魔物の討伐を行うの。再出現後に討伐を終えたら安全になるからGランク冒険者の薬草採取はそれからね」
そういえば一年の暦も日数も月の数も地球と同じだったなあ、と少し現実逃避をしてしまう。
「他にGランクが受けられる依頼はないんですか?」
「ないわね」
リリアンは少し考える素振りをみせた後に話を続ける。
「お店に直接、自分を売り込んで給仕とかしている人もいるみたいだけど……」
アルバイトか――。
どこの世界でも生きていくのは大変だな。
「あるいはFランクのパーティに加入するとかも、いいかもしれないけどアンリ君には無理よね?」
「Fランクの人と一緒なら依頼を受けられるんですか?」
「受けることはできないけど、同行はできるわ。月の魔物討伐の報酬はパーティー毎に各々が分配を決めているらしいわね」
「本来、受けられない依頼に同行しているので、六:四とかそんな感じですか?」
「そういうことね」
それは魅力的な話だ。
お金も手に入って技能経験値も入手できる。
精霊魔法の使い手と接触するために、一泊五〇〇コッパーのあの宿に泊まるには、その方法しかなさそうだが、リリアンの言う通り伝手がないこの都市では難しそうだ。
――お金か。
いきなり自力で稼ぐのはどうやら難しそうだ。
それならかねてより計画していたことを実行に移すしかなさそうだ。
僕は背嚢にしまいこんでいる『ゴブリンの短刀』の話しをリリアンにした。もともとこの短刀を元手に要塞都市ストーンヴェールで冒険者としての実績を積もうとしていた。
「迷宮で手に入った武器はどこで買い取ってもらえるかですって?」
「はい」
「アンリ君、そんなものを持っているの?」
子供なのに、とリリアンの顔が物語っている。訝しがられると面倒なので、僕は答えた。
「村の近くに弱い魔物だけが出現する迷宮があったんですよ。そこでいくつか手に入れました」
「へえ。そんなものがあったんだ」
僕が通っていた迷宮は、まだ誰からも発見されていない。
当初は冒険者ギルドに報告義務が発生するかと思っていたけれど、《全知の書》で調べていたときに報告は発見者の任意で行われるとあった。だから僕は素直に迷宮の話をした。
「迷宮は魔力と人間が存在する限り、どこで発生してもおかしくないものね」
迷宮も魔物と一緒で生き物。
それがこの世界での常識だった。
迷宮の入り口は例えるなら生き物の口であり、迷宮の資源という餌で人間を体内におびき寄せ、侵入した人間を体内の魔物で排除し、そして、力尽きた人間を糧にする生き物――それが迷宮だ。
冒険者ギルドに未知の迷宮の報告をすると、すぐさまその迷宮はギルドの管理下に置かれる。報告者には多額の報酬が支払われるが、僕はあの迷宮のことをまだ話すつもりがなかった。ギルドが認知するまでは発見者の寡占状態となる。
「それで、どこに持っていけばいいか分かりますか?」
「迷宮の武器は迷宮屋で売却することができるわよ」
「迷宮屋ですか」
その場で地図を開いて確認する。
ここから歩いてすぐのところにあった。
「リリアンさん、ありがとうございます。ちょっと行ってきますね」
「ええ、気をつけて行ってらっしゃいね」
またリリアンに見送られて僕は冒険者ギルドを後にした。
リリアンに教えてもらった迷宮屋にはすぐ到着した。
建物は低層の堅牢な石造りで、迷宮の洞窟の中を思わせるような重厚な趣をしていた。灰色の石が堅固に積み上げられている。
入口の看板にはこの世界の文字で"迷宮屋" と大きく書かれ、その下には迷宮産の武器と防具が揃っているメッセージが掲げられていた。
展示窓には武器と防具が陳列されており、通りすがりの冒険者たちが食い入るように見つめていた。魔石にて強化を施された武器は淡い光を放ち、ひとめを惹いていた。
扉を開けて店内に踏み入ると、広々とした空間の中に、各種武器や防具が整然と陳列されていた。目移りしそうな光景の中、奥のカウンターに向かうと一人の店員がしげしげと見つめてきた。この視線には見覚えがある。僕がボロの服を着ているせいだろう。
その店員は中年の男性で、髭を蓄えた厳つい風貌をしていた。彼の眼は経験豊かな光を宿しているようで、筋骨隆々の腕には物言わぬ威圧感が漂っていた。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
と、男性は丁寧な口調で言った。
顔は笑っているが、目は笑っていなかった。少し怖い。
完全に冷やかしだと思われている気がした。だから僕は単刀直入に用件を言った。
「あの、ゴブリンの短刀を買い取ってもらえますか?」
背嚢からゴブリンの短刀を取り出して、一本ずつカウンターに置いていく。店員は一瞬、ゴブリンの短刀を見つめ、その後に微笑むと言葉を返してきた。
「ゴブリンの短刀か。この辺りでは、なかなか珍しい品物だね」
僕は全ての短刀を取り出し、店員に差し出した。
村から持ってきた選りすぐりの短刀だ。
店員は手際よく短刀を受け取り、しばらく鑑定作業に没頭した。彼の眼に『武器学』と『鑑定』の技能が宿ったのが分かる。その間、店内の雰囲気が静かな緊張感に包まれた。店員が鑑定を終え、微笑みながら結果を伝えてきた。
「なるほど、これはなかなかの逸品だ。耐久値がものすごく高いね。素材の剥ぎ取りでとても重宝されそうだ。そうだな、一本あたり三〇〇〇コッパーでどうだ?」
「三〇〇〇?」
薬草採取の十倍の報酬だ。
これだけあれば当分、宿代に困らなさそうだ。
僕はすぐに飛びつきそうになるが、『武器学』と『鑑定』の技能を発動させて短刀を見やった。念のために確認する。
なにが三〇〇〇だ。
貧乏人の足もとを見ているな。
彼が提示した額と市場価格が大きく違っていた。
「五〇〇〇コッパーの間違いですよね?」
「これは驚いた」
僕の眼に鑑定の光を見たのか、店員は舌を巻いた。
「小さいのにしっかりしているな。侮って悪かった。そんななりをしている坊主がいけないんだぜ」
「それはどうも」
「支払いはコッパーとシルバーのどちらが良い?」
コッパーとシルバーね。
『全知』の技能が発動し、その違いを僕は知る。
シルバーも貨幣の単位であり、一〇〇コッパーで一シルバーのようだ。
一概には言えないが、一泊と一日の食事代がおおよそ五〇〇コッパーとして、この都市での三十日の滞在費用が一五〇〇〇コッパーだ。
シルバー換算で一五〇シルバー。
この金額が、現代日本の賃貸に住む一人暮らしの一か月あたりの生活費になりそうだ。
コッパーだとかさばりそうなので、シルバーで短刀一〇本分の代金を頂いた。合計五〇〇〇〇コッパー。シルバーにすると五〇〇だ。
心の中で歓喜する。
やった。
これでしばらくの間は大丈夫だぞ。
当面の宿代には困らない。
あとはいかにして、あの宿で精霊魔法の使い手の女性に話しのきっかけを作るかだ。
ギルドからもらった革袋に、しっかりとした重みが加わった。五〇〇シルバーをいれる。街の中で見かける他の冒険者たちに比べればまだまだ小銭かもしれない。しかし、それでも今の僕には十分な額であり、これからの足がかりになるだろう。
「またな、坊主。今度はもう少しまともな恰好をしてくるんだぞ」
侮られるだけだからな、と店員に助言をされて改めて自分の服を見た。
つぎはぎだらけなボロの服。
さすがに気になり始めた。
迷宮屋を出て、宿に向かう途中ですれ違う冒険者たちは立派な装備を身にまとっていた。魔物との戦いで命に直結するからだろう。
その点、僕は半神の特性により滅多なことでは死なないから、防具を軽視しているのかもしれない。だから気にはなるが、こうしてまとまったお金が手に入った今も購入意欲が湧いてこない。
途中、一組の冒険者たちが通り過ぎていく。男女ともに鏡面のようなプレートアーマーに身を包み、手には淡く輝く武器を携えている。
当然、僕のボロボロの服に彼らが興味を示すこともなく、ただ黙って通り過ぎていく。
人は人。
僕は僕。
少しばかりの寂しさを感じたが、通りを歩いていく。
通りを歩いていたら見知った人の後ろ姿が見えた。長い銀白色の髪が背中を覆っていた。
「セリーヌさん!」
僕は声をかけた。
「ああ、君か。昨夜はきちんと眠れたかい?」
セリーヌはゆっくりと振り返り、微笑んで言った。その微笑みに温かさを感じたが、何か違う感情も混じっている気がした。彼女の瞳には深い思索の色が宿っているようだった。
「ええ、なんとか大丈夫でした。ところで何か悩み事ですか?」
セリーヌの表情が少し真剣みを帯びる。
「ああ、明日は非番だからな。久しぶりに月の魔物討伐の初日に挑戦できそうなんだ。少し気合が入りすぎているかもしれない。初日が一番魔物が多いからな」
「そうなんですね」
騎士でも冒険者稼業のようなことをするんだな。僕が感心していると、セリーヌは言った。
「ところで今日はどうしていたんだ? 任務は受けられたかい?」
「ええ、おかげさまで無事に初任務達成をして、今、迷宮屋に行ってきたところです」
「迷宮屋に? なにをしに?」
無一文の僕が行くところではない、とセリーヌは無意識にでも思ってしまったのか、心の内面が口から言葉として発せられたようだ。
「短刀を売ってきたところです」
「――短刀を?」
「はい。僕の村の近くにはちょっとした迷宮があって、そこで魔物を討伐して手に入れた短刀を売ってきたんです」
「そうか。君は見た目と違ってもう魔物と戦う経験があるのだな」
セリーヌは言いながら考え事でもしているのか、どこか上の空だった。
「ええ。こう見えて結構強いんですよ」
少なくとも、あなたよりずっと。
余計な一言を必死に呑み込む。
「強い、ね……。君は強くなりたいのかい?」
「この世界を自由に旅するための強さがほしいですね」
「そうか。理由は違えど強くなりたい気持ちは私と一緒だな」
セリーヌの表情には、かすかな感動のようなものが浮かんでいた。彼女の瞳が少し潤んでいるのを見逃さなかった。
「セリーヌさんも強くなりたいんですね」
「ああ、私は自身の正義を貫くために強くならなければならない」
セリーヌの必死の決意が彼女の表情から伝わってくる。彼女の過去を初対面のときに『全知』に見せられたせいで、その気持ちが痛いほど分かる。彼女は復讐のために強くなろうとしている。
しかしその思いとは裏腹に、あまり強くなれていない現実に焦りを感じているようだった。現状の彼女はとても歯がゆさを感じ、己の無力さを痛感しているところだろう。それなのにセリーヌは門で揉めていたところ、僕を助けてくれた。それは彼女の生来のやさしさと品格によるものに違いない。
だから、門で助けてくれたお礼もしたいし、少しだけでも手伝ってあげたいけど……。
どうすればいいのか。
少し悩んだ末に、そこでふと僕は思いつく。
冒険者ギルドでリリアンと話していた内容を思い出した。
「そういえばセリーヌさんは冒険者ランクはいくつなんですか?」
僕が尋ねると、セリーヌは顔をゆがめた。彼女の矜持がランクを口にするのを嫌がっているような表情だ。しばらくして、彼女はとても言い難そうに口を開いた。
「……Fランクだ。言っておくが、私は騎士団所属の騎士だからな。街の治安を守るのが仕事だ。冒険者の仕事は休みの日にしかできないから、そのせいでFランクなだけだ」
セリーヌは焦ったように手で髪をかきあげる。矢継ぎ早に言葉を発するセリーヌを少し可愛いと思ってしまった。
「別に詳しい事情なんていいんですけど……」
僕は続けた。
「ひとつお願いがあるんです。僕は強くなりたいんですけど、今はGランクで今回の魔物討伐には参加できないんです。もしよかったら、僕をセリーヌさんのパーティに入れてもらえませんか? 報酬はいらないので、魔物の討伐に参加したいんです」
セリーヌは僕の申し出に、一瞬の戸惑いの表情を浮かべた。その後、深く考え込んだような表情をした。彼女の視線は地面を静かになぞっていた。やがて彼女は口を開く。その声は冷静でありながらも少し揺れているようだった。
「君はまだGランクだろう? 着実に地盤を固めるのがいいんじゃないか? なぜそんなに急ぐんだ?」
彼女の言葉に対して、僕は慎重に答えた。
「強くなりたい気持ちに逸らない人はいないでしょう? セリーヌさんも同じ気持ちじゃないんですか?」
僕が言い終えると、セリーヌは僕の目を真剣な表情で見つめた。その瞳には先ほどの複雑な感情が混ざり、少し照れくさいような微笑みも交じっていた。
「たしかにそうだな。私もFランクだ。冒険者としてはまだまだ未熟な部類に入る。仕事の休みの日にしか活動できないが、いつももっと上を目指したいと思っているな。――しかし、私のパーティに入りたいと言ってくれるなんて……初めてかもしれない。君は、なぜそんなに強くなりたいと思うんだ?」
セリーヌの問いかけに対して、僕はほんのり照れくさい笑顔で答えた。あの村ではひたすら『魔の森』を横断することとアナスタシアを勇者にすることだけを考えていた。僕の本音を誰にも打ち明けることはなかった。この世界で初めて僕は自分の本音を他人に口にした。
「この世界を自由に旅するためには、強さが必要だと思うんです。それに、この世界にはセリーヌさんみたいに逞しく生きている人が多いです。それは魔物という脅威が人を強くしているのかもしれませんが、かつて――僕が住んでいた日本にはなかった、人が持つ本来の輝きを見ているようで、とても新鮮なんですよね。そういうのも僕はたくさん見たいって思うんです」
セリーヌはしばらく黙って僕を見つめ、その後、彼女自身も微笑みを浮かべた。
「分かった。君の申し出を受けよう。ただし、足手まといにはならないようにな」
「ありがとうございます、セリーヌさん! 期待に応えられるよう、頑張ります!」
僕はセリーヌと握手を交わした。
こうして僕は彼女と人生初のパーティを組むことになった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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