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【第二章連載中】全知の誓い ~第二の人生を謳歌する~  作者: 藤田 ゆきき
第二章 要塞都市ストーンヴェール編
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第5話 宿の波紋と静寂の夜

 夜空の下で地図を広げて宿を探した。

 各エリアには様々な宿が点在し、中心部や商業地区の宿屋は豪華でサービスが充実している。都市内の主要な通りや広場に位置する宿屋は一般的な宿泊施設で、旅行者や商人が頻繁に立ち寄る場所だ。

 そして冒険者ギルドや武器屋など、冒険者が利用する施設に近い場所には冒険者向けの宿があった。その多くが食事つきの宿であり、その中でも目についたのが、リーフ・レストという宿だった。

 

(泊まるとしたらここだな……)


 宿一覧を見て、幼かった頃の記憶が鮮やかに蘇った。

 それは、はじまりの村で、二歳の頃に《全知の書》で魔法や迷宮について学んでいた頃のことだ。

 この世界には魔法というものがあって、そして、その中でも『精霊魔法』の存在を知った。魔法を覚えるなら絶対に『精霊魔法』を覚えたいと思った。


(まだいるかな……?)


 たしかちょうど今の時期に、この宿(リーフ・レスト)に精霊魔法の使い手が滞在していたはずだ。()()の経歴を今一度《全知の書》で確認すると、その記憶は確かだったことが分かった。ちょうど三年ほど前から彼女はその宿に泊まっていた。

 この宿で、ひょっとしたら彼女に精霊魔法を教えてもらえるかもしれない。

 淡い期待を胸に、早速その宿に向かった。宿は古びた石壁で覆われ、薄暗い灯りが玄関を照らしていた。玄関には木製の古びた看板が揺れ、風に舞っているようだった。

 扉を開けると、中から暖かな光が差し込んできた。宿の中は思ったよりも広く、石畳の床に古びた木製のテーブルと椅子が置かれていて、暖炉から立ち上がる炎が部屋を温かく照らしていた。冒険者たちが飲み物を手に笑い合っている。宿の雰囲気は賑やかで活気に溢れているようだった。

 中に入ってから受付のカウンターに座っている女性に声をかけた。

 まだ若いように思えたが、がっしりとした体格で、黒い給仕のような服の上からでも彼女の肉付きの良さが分かった。茶色の長い髪を一つに束ね、後ろでふんわりと揺れるポニーテールが彼女の動きに合わせて揺れていた。


「――泊まりたいんですが、空きはありますか?」


「あんた一人かい?」


「はい。一人です」


「そうかい。一人部屋は人気がないから一室空いているが、あんた金はあるのかい?」


 まるで値踏みするように、じろじろと見られる。

 金があるのかと真っ先に訊ねられ、心の中で驚きと戸惑いが入り混じり、無言のまま瞬間的に立ちすくんでしまう。

 しかしそう思って自分の服を見下ろしてみると、身にまとっているのは擦り切れたボロの服だ。これでは完全に浮浪者であり、金があるのかと聞かれても文句は言えないと思えてしまった。


「……お金はありません。代わりにこれではダメですか?」


 僕は背嚢リュックから一本のゴブリンの短刀を取り出した。隠蔽を解除して、受付の女性に見せる。

 村ではよく物々交換をしていた。最低限の仕事(ノルマ)をこなした上で、木を多く切り倒して、その木をモンドに家具にしてもらって食べ物を得たりしたこともあった。

 鞘から取り出して新品な短刀であることを示すと、彼女は驚きと不安が同居した表情で、僕に視線を送った。


「おい、坊や。可愛い顔していい度胸だな。誰か、この子をとっ捕まえろ。強盗だ!」


「――はっ?」


 当然の発言に面食らって、一瞬動揺してしまう。

 この宿は一階が食事処しょくじどころ兼酒場となっており、多くの冒険者が食事をし、お酒を飲んでいた。その場にいた十人ほどが席を立ち、一斉にこちらを振り返った。十人以上の視線を一身に浴びる。


「とっ捕まえてくれた奴のパーティは今日の宿代は無料だよ!」


 その声を合図に一斉に襲われた。

 呆気にとられている内に事が進んでしまった。

 あー。

 まずい。

 どうしてこうなった。


「誤解です!」


 彼らの攻撃をひらりとかわしながら酒場内を走り回った。


「これと交換で一泊させて欲しいだけです!」


 手を掲げながら短刀の存在を主張するが、僕の叫びは喧騒にかき消された。

 収集がつかない。

 仕方ない。

 こうなったらやってやるか。

 全員を鑑定の技能を発動させて視界に捉える。この宿屋は冒険者向けの宿の中では、比較的に安価で、ご飯も美味しく、量も多いことで有名らしい。そのために宿泊者のほとんどが初級冒険者だった。その強さはちょうど八歳くらいのときのアナスタシアだ。

 技能もステータスも僕に利点がある。しかも宿で食事中だったから、皆、軽装で武器も持っていない。戦闘ログを表示させるまでもない。

 戦術と体術技能を発動。

 柔道での戦い方を脳裏に描く。

 そして、僕は近づいてくる連中を片っ端から投げ飛ばした。現代日本で馴染みのある柔道だ。しかし、この世界では基本は武器での戦いだ。素手で人間を投げる。その発想は誰にもないだろう。わざわざ人間を投げる意味がないからだ。だから面白いように、柔道の技が決まった。

 何度も投げ技を繰り出すたびに、周囲の冒険者たちは驚きと戸惑いの表情を浮かべていた。素手で相手を制するなど、彼らには考えられないことだったに違いない。

 屈強な身体を持つ男でありながら、子供に空中に向かって放り飛ばされる。その様子はまさに見世物とも言えるもので、酒場の雰囲気は一変した。

 驚きと歓声が混ざり合い、冷静な表情を崩さない者もいれば、楽しむように笑う者もいた。

 屈強な男たちが小さな子供に投げ飛ばされる光景は、まさに衝撃的なシーンとして宿の酒場に刻まれることになったに違いない。


「やめてください。僕はこの短刀を宿代代わりにできるか聞きたかっただけなんです」


 襲ってくる全ての男たちを床に叩き付けて、僕は静かに言った。

 足下から男たちのうめく声が聞こえてくる。

 酒場の片隅で、一人の男性が手にしていた杯を一息に飲むと、拍手が沸き起こった。


「――いやあ、これは愉快だ。世界中を旅してきて、君みたいな不思議な技を使う人間に会ったのは初めてだよ。とても面白いものを見させてもらった。旅芸人や吟遊詩人のつまらない芸や歌よりよっぽど素晴らしい見世物だ」


 見世物か。

 柔道を少し馬鹿にされたような気がして、むっとしたが、そこは無視する。


「その強さと服から察するに冒険者になりたくて田舎から飛び出してきた感じかな? お姉さん。今日のこの子の宿代は、いいものを見せてもらった代わりに私が出させてもらうよ。それでいいかな?」


「そりゃあ、かまわないが……」


「ほんとうにいいんですか?」


 酒場の片隅のテーブルに腰かけている男性に声をかけた。

 災難だったけれど幸運を拾ったみたいだ。


「ああ、かまわないよ。酒のさかな代だ。遠慮なく受け取ってくれ」


「ありがとうございます!」


「……こんな素性の知れない子供は本当言うと泊めたくないんだがね」


 本人を前にして随分とはっきりものを言う人だな。

 ちょっとむかっとする。

 僕はその男性にお礼を言ってから、受付の女性に身分証を見せた。


「一応身分証はあります」


「こんな身分証はあって当たり前だよ。問題はあんたが稼げるのかってことさ」


「どうせ一室使われるなら長期滞在してくれそうな人がいいってことですか?」


「物分かりがいいじゃないか。そういうことさ。――それで、あんたは明日から稼ぎの目途はたっているのかい?」


「がんばります、としか言えませんね」


「そんなこったろうと思ったよ。まあ、今日は泊めてやるが、お金を稼げないようなら問答無用で出て行ってもらうからね」


「分かりました。それにしても、随分と、遠慮なく言いますね」


「そうでもないと冒険者の宿なんてやってられないよ。別にいじわるを言っているわけじゃないよ。あんたに限らず、初級冒険者ってのは一番生活が困窮こんきゅうしているからね。ましてや、あんたみたいに一人の奴はとくに」


「そういうものですか」


「ああ、そういうものだよ。それじゃあ、これは部屋の鍵だ。受け取りな。あんたの部屋は二階に上がって一番奥の部屋だよ」


 受付の女性から鍵を手渡される。銅で作られたひんやりとした感触の鍵だった。


「それとあんた、今度からああいう真似はやめておきな。あんたがどういうところで育ったのかは分からないが、この都市で刀身を見せていい場所は迷宮屋か武器屋だけさ。それ以外の場所でしてしまうと強盗だと思うのが普通の反応だ」


「……本当にすいません。気をつけます」


 二階へと続く階段は壁の裏に隠されていて、一階の奥にひっそりと設けられていた。階段を上がる前に、改めて僕は男性に声をかけて礼を言った。

 二階に上がると、一階の賑やかな冒険達の会話から離れ、静けさが広がっていた。階段の踏み板は古びた木材で、歩く度にわずかに軋む音がした。暗めの明かりが廊下を照らし、いくつかの部屋の扉があった。

 案内された部屋の扉に鍵を差し込んで扉を開ける。

 部屋に足を踏み入れると、照明は夜を照らす星の明かりしかなく、静寂と木の香りが漂ってきた。窓からかすかな夜風が差し込み、カーテンがそよいでいた。小さな机と椅子、寝台ベッドが配置されているだけの至ってシンプルな部屋だった。

 十二年ぶりに目にする。

 寝台ベッドだ。

 村でも試しに作ってみたことはあったが、布団がなかったので、ただの木の板にしかならず、その寝心地は最悪だった。

 しかし、ここには紛れもない寝台ベッドがある。

 寝転がってみるとたしかな弾力を感じる。現代日本にあるものと比べると、決してふかふかとは言えない。しかし、今までの寝床に比べると格段に柔らかかった。

 初めての体験に興奮するこの肉体に宿る少年の魂――アンリがどこからか顔を出してきたのか、それともただ純粋に僕の喜びがひとしおだったのか、寝台ベッドの上で飛び跳ねていると、下の酒場から怒鳴り声がした。


「うるさいよ!」


 と。

 怒られてしまったが、この喜びはしばらく続きそうだった。

 隠密ステルスを発動して飛び乗る。

 技能効果で飛び跳ねる音が消失した。

 十分に楽しみ、寝床につく。

 十二年ぶりの布団はとても温かで、僕は久しぶりに熟睡した――。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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