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第2話 異世界での誓い

 最初の内は、転生に歓喜した。

 しかし、ある現実に直面すると、その気持ちも次第に薄れていった。

 生まれ変わったのは良いものの、言葉が全く理解できない。日本語でも、英語でも、中国語でもない耳慣れない言葉だった。


(……まあ、異世界に来れたなら当然こうなるよなあ)


 世界中の言語を知っているわけではないので、ひょっとしたら地球上のどこか違う国に転生した可能性もある。しかし、僕にはここが異世界のように思えた。


 前世の記憶にある――最期に聞こえてきた声から状況を察すると、神様が僕の魂を前世の記憶を所持したまま異世界に転生させてくれたのだと思った。

 周囲を観察し、見聞きしていく中で、そのことに確信を深めていった。

 なにせ家の床は固めた土の上に、茣蓙を敷いているだけ。壁は泥を塗りたくったかのような土壁。玄関に至ってはちゃんとした扉はなく、なにかの革を暖簾の様に吊るして入り口を封鎖しているだけだ。

 両親が歩く度に土埃が家の中を舞うもんだから、鼻の中がむずむずするし、ほこりっぽくて仕方がない。

 これが一般的な現代人なら不衛生極まりないこの環境はきわめて原始的に思え耐えられないかもしれない。

 しかし、幸いなことに僕の人生の後半は異世界への入り口を探すために秘境に出向くことが多かった。すなわち基本野宿だ。そのことに比べるとへっちゃらだ。


 この世界に転生してから、僕は順調に、人生二度目となる、ハイハイ、よちよち歩きをこなした。僕が何か新しいことをできるようになるたびに、この世界の両親は褒めてくれて、愛されていることを実感できた。そしてそうこうしているうちに二年が経過した。


「またゴブリンが出たらしいよ」


 近所の人がそんなうわさ話をしていた。生まれた時と違って、今では、ある程度周りの大人たちの言葉を理解できるようになった。


「アンリ、お外は危ないわよ」


 家の中から母さん――セレナの声が聞こえてきた。アンリというのはこの世界での僕の名前だ。


(危なくないよ。玄関から外を見ているだけだよ)


 口から出かかった言葉を飲み込む。前世では八十年生きた。そのおかげで理路整然と考えをまとめることができるが、その思考言語は未だに日本語のままだ。

 この世界の言葉に変換して喋ろうにも文法とか表現方法がいまいち分からない。言葉を理解できるが、自分ではまだうまく喋れない。それが今の僕の状態だった。だから僕はセレナに「うん」とだけ答えて、家の中に戻った。


 翌日。日が昇ると共に、今日も夜明けの鐘が村中に響いた。隣で寝ていたセレナが起き上がる。粗末な布がめくれ上がり、セレナの身支度する音が耳朶じだを打った。父――モンドはまだ寝ている。


(……身体が痛い)


 親子で仲良く川の字で眠るのは良いのだが、寝床は固めた土の上に藁を敷いているだけ。掛け布団も粗末な布切れだった。ふかふかのベッドが恋しくなる。


「あら? もう起きたの?」


「うん」


 セレナが長袖の下着の上から袖なしのチュニックに手を通して重ねて着る。そして水汲みの桶に手を伸ばした。夜明けの鐘とともに目を覚まし、井戸に水を汲みに行く。それがこの村の女性の一日の始まりだった。


「今日も手伝ってくれるの?」


「うん」


「ありがとう。それなら行きましょうか」


「がんばる」


 最近ようやくまともに歩けるようになった。セレナの水汲みの時間はとても貴重だ。外を出歩けるのだ。折角、異世界に転生しても、家の中で過ごす毎日は物足りなかった。

 本来、赤子や幼児はハイハイできるようになったり、立てたりしただけで、楽しくて仕方がなく、たったそれだけのことでも、たとえ家の中だろうが楽しめるのだと思う。

 けれど、僕はなんだかんだで精神は大人であり、今さら歩けたくらいで感動なんてできない。


 井戸まででこぼこ道を歩き、セレナの後をついていく。

 村はどこもかしこも中世のヨーロッパの農村のような風景だった。平地にまばらに建つ家々は質素で、他の家も僕の家と同じく原始的な構造だ。村全体を囲む木の柵が目立ち、離れた丘の上には物見台が建てられていた。

『魔の森』と呼ばれる森が村の外には広がっており、物見台から村の外にある脅威を監視しているのだと説明された。

 井戸の水を汲んだ後、セレナが水桶を持って帰路につく。その様子に僕は気持ちだけでも手伝うように桶の底に手を添えた。

 残念ながら二歳児なので一緒に持ってあげられるほど筋力が発達していない。


「がんばって」


「アンリは良い子ね」


 セレナの微笑みに、少し照れくさい笑顔を返す。

 家に戻ると、セレナは朝食の支度に取りかかった。しかし、その出来上がりは正直に言って激マズだった。


 ――ごめんよ。


 心の中で謝りながらも、スープを口にするとやはり不味いと感じた。野菜をくたくたに煮込んだスープとパン。調味料は何もなく、味気ないものだった。


(……肉食べたい)


 切実に思うが、この村ではそれは叶わない。自然の中で生きる村人たちにとっては思いもつかないことだろう。周囲に動物がいる気配がしない。セレナとモンドには申し訳ないが、僕は地球での食事に思いを馳せていた。

 セレナとともにモンドが仕事に行くのを見送る。斧を担いで今日も開墾。そんなことを言っていた。彼の職業は、分かり易く言うと、木こりだ。

 家に入ろうとしたとき、ちょうど目の前を子供が通りがかった。

 六歳くらいの子供が鍬を担いで、大人の後をついていっていた。


「えらいなあ」


 僕は感心した。


「何がえらいの?」


「まだ小さいのにお手伝いをしているから」


「何を言っているのよ。あなたもあのくらいの歳になったらパパと一緒に仕事をするのよ」


「――えっ?」


 絶句した。

 六歳から仕事とか。

 かなりこの世界は子供に厳しくないか?


「子供は親の後を継ぐものなの。だから早いうちからお仕事を手伝ってもらうのよ」


「そうなんだ……」


(それなら僕の場合は、六歳から木こりか……。死ぬまで斧を担いで木々を伐採とかいやだなあ)


「それは絶対なの?」


「アンリはパパの後を継ぐのがいや?」


 セレナが真剣な表情で問いかけてくる。迷った末、僕は正直に答えることに決めた。


「いやだよ」


 質素な生活、固い寝床、不味い食事。

 それらは、異世界に憧れて転生した僕にとって耐え難いものだ。

 

「でもそういう決まりなのよ」


 セレナが少し困ったような顔をして言った。

 十二歳の時に教会の神託によって職業が決定され、人は、神の御心のままの人生を歩まないといけないらしい。


「決まり……」


 彼女の言葉を反芻しながら、僕は心の中で考えた。しかし、僕の声には悲壮感は感じられない。他人事のように、僕はただ呟いた。

 この村では、神託によって授かる職業は親と同じことがほとんどだ。だから子は親の職を継ぐものとされ、それが慣習となっているに過ぎない。

 しかし、僕はそんな未来を受け入れたくない。

 折角、異世界に来たのだ。こんな小さな村で終わるつもりはない。この世界を思う存分、旅をして冒険に繰り出すのだ。僕は心の中で誓う。

 そしてなにより。

 僕はその方法を知っている。


「ステータスオープン」


 小さな声で呟くと、目の前に一冊の本が顕現けんげんする。その本には特別な一文が刻まれていた。

 ユニーク技能:《全知》。

 と。

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