第3話 銅の紋章と都市
取り調べの小屋を出て、石畳の道に足を踏み入れた。
この世界に来て初めて味わう都会の喧騒と香りだ。
心が高揚する。自然と感動が胸に迫った。
「すごいなあ」
思わず感動が口から飛び出る。
都市はまるで中世の童話から飛び出したかのような趣を醸し出していた。建物は石で建造され、その石の壁には彫刻が施されている。質実剛健さの中に美しさが刻まれていた。
村の家屋とはまるで違う雰囲気に圧倒された。
都市の中では様々な人々が行き交い、鍛冶師が武具を作り上げる音、商人たちが声高に品物を売り込む声が飛び交っていた。商人たちは自慢げに品物を陳列し、通行人とのやりとりで活気づいていた。
ここにセリーヌがいなかったら、隅々まで都市の中を歩き回りたい気分だ。
早く自由に散策したい。
ほかにどんな場所があるんだろう?
そう考えながら、きょろきょろと視線を周囲に走らせる。
そうしていると、僕はふと気づく。
(――それにしても、読めないな)
露店の看板に模様みたいなものが描かれていた。
おそらくは文字なのだと思うが、今まで見たことのないものだった。
村では会話に困らなかったが、文字なんてものは誰も使っていなかった。それゆえに読めなかったが、しばらく看板の文字を眺めていたら、自動的に『全知』の技能が発動し、その文字の意味が頭の中に閃く。『果物屋』と。
良かった。
これならこの先困ることもなさそうだ。
『全知』の技能に感謝していると、セリーヌが首を傾げて言った。
「何か見つけたのか? それとも、気になるものでも?」
「……いいえ。ただいろんなお店があって見ていただけです」
まるで田舎者だ。しかし好奇心は抑えられそうにない。待ちに待った異世界の都市だ。
歩いていく先では、冒険者らしき風貌の人たちが目立っていた。武器を携え、通りを歩く姿勢は自身に満ちているようだった。
「あの人たちは冒険者ですか?」
「そうだ。冒険者は知っているのか? 村にもいたのか?」
「村にはいませんでしたが、お話しでは知っています」
「そうか」
彼らをよくよく見ていると、ひとつの建物に入っていくのが分かった。
その建物は石畳の中で威厳を放ち、重厚そうな木の扉が彼らを迎え入れていた。遠目から見る限りでは、建物の壁面には彫刻や古びた旗が掲げられ、冒険者たちの活気がその内部からも感じられそうだった。
「――あれは冒険者ギルドですか?」
「ああ、そうだ。よく知っているな」
「知っていますとも」
憧れだ。
前世のころからの念願。
悲願。
「あそこで身分証をもらえるのですよね?」
「?」
僕の発言にセリーヌは怪訝そうな表情を浮かべた。
あれ?
異世界小説では冒険者ギルドで身分証を発行してもらうことがよくあるイメージだったんだけど……。
「何を言っているんだ。冒険者ギルドはあくまでも魔物討伐や迷宮探索、そのほかの仕事の斡旋をしているだけの場所だ。住民登録といったものは役所でするに決まっている」
「……そうなんですね」
「村との違いに戸惑うかもしれないが、慣れていくしかないな」
よくよく考えると、セリーヌの発言は当たり前のものだ。
冒険者ギルドは、現代日本で言うところの職業を斡旋する場所だ。ただの求人を紹介する場所。日本でもそんなところで住民登録はしない。どうしてそんなところで身分証を発行してもらえる、と思ってしまったんだろう。どや顔で言ってしまったので、かなり恥ずかしい。
冒険者ギルドを通り過ぎると、そこには美しい中庭が広がっていた。
花々が咲き誇り、噴水が静かに水しぶきをあげていた。
鳥たちの囀りが風にのって、庭園全体をやさしく包み込んでいる。
この場所はちょうどストーンヴェールの中心部に位置するようで、中央広場の愛称で親しまれ、このストーンヴェールの住民たちの憩いの場となっているようだった。
なぜ、こんなことを知っているかというと、『全知』の技能のおかげである。
中央広場を通り抜けると、立派な石造りの建物がそびえ立っていた。
ここが目的地である役所だ。
グラニットホールと呼ばれるこの役所は、堂々とした門と高い塔が特徴で、壁には歴史を感じさせる彫刻が施されていた。建物全体が知識と権威の象徴を現わしているかのようであり、広場や他の建物の外見とは異なる雰囲気を漂わせていた。
中に入ると、早速声をかけられた。
セリーヌが。
「セリーヌ様!」
と迎えられる。
「エレンシアか。まだここで働いていたのか。そろそろ商会の手伝いと挙式の準備で忙しいんじゃないのか?」
「ええ、もう。嬉しいことにてんてこまいです。けれど、こちらの仕事の引継ぎもあるので、もう少しこちらでお世話になる予定です」
「そうか。しばらく大変だろうが、身体に気をつけてな」
「お気遣いありがとうございます。ところで今日はどういった御用ですか?」
「この子のことだ」
「――あら。可愛らしい男の子ですね。ちょっと着ている服が残念ですけれど、難民かなにかですか?」
「広義には難民に意味するかもな。この子に身分証を発行してやってほしい」
「はい。セリーヌ様の頼みとあれば」
セリーヌに視線を移す。
検査官とのやりとりと言い、もしかして偉い人なのか? 身分が高いとか。
セリーヌに関心をもつと『全知』が発動した。
(……またか)
半神として覚醒して以来、《全知の書》を開かずとも自動的に『全知』の技能が発動して、頭の中に情報を叩き込んで来る。便利になった反面、この情報量にめまいがしそうだ。
『セリーヌ』
(種族:人間)
Lv 28
HP 46
MP 54
VIT 4
STR 10
DEX 24
AGI 2
INT 18
MND 4
【技能】
共通語(人族)Lv5
剣術 Lv1
体術 Lv1
弓術 Lv1
戦術 Lv1
受け流しLv1
騎士道 Lv1
神聖魔法Lv1
治療 Lv1
楽器 Lv2
毒知識 Lv2
詮索 Lv1
料理 Lv2
書き写しLv1
裁縫 Lv1
物乞い Lv1
味見 Lv2
礼儀 Lv3
(強いのか弱いのか、よく分からないステータスと技能だな……)
率直な感想。
そしてなによりも気になるのは、習得している技能だ。
どういった経歴を歩むとこうなるんだ。
わずかな疑問。
たったそれだけで再び『全知』の技能が自動発動し、セリーヌの経歴が頭の中に入ってくる。
頭の中をかき回されているような感覚。
決して気分の良いものではない。
『全知』の技能が発動するたびに、頭の中がめまいで襲われる。この便利な能力のおかげで情報を手に入れることができる一方で、その情報量に耐えるのは辛いものだった。
僕が頭の中でセリーヌの経歴を咀嚼し終えたころ、エレンシアが口を開いた。
「ところで『審判の目』はどうされますか?」
「もうすでに終えている。なんの問題もなかったよ」
「そうですか。それなら安心ですね。すぐに発行しますのでしばらくお待ちくださいね」
それからしばらくして、戻ってきたエレンシアに小さな箱を手渡された。
その箱を開くと、そこには輝くような銅の紋章が入っていた。
肌に触れると冷たく、手に馴染む感触があった。繊細な模様が刻まれている。紋章は円形をしており、中央から外側にかけて細やかなデザインの模様が施されていた。円周部には文字が刻まれていた。この都市の名前であるストーンヴェールと記されているようだった。
どうやらこの世界では、金属の種類で身分を表し、紋章の形状と文字で都市を表すようだ。
平民は銅。奴隷は青銅。
そういった感じだ。
この世界に銅があるか分からないが、一旦そのように考える。
頭の中が混乱するからだ。
裏返してみると、名前が刻まれていた。上にも名前を書く欄が二つあったが、そこは空白だった。
まじまじと見つめていると、エレンシアが言った。
「そちらには通常、両親の名前が刻まれているんですが、あなたの両親はこの都市の出身じゃないので刻めないんです。ごめんなさいね」
――ああ、そういうことか。
「決して、なくさないように気をつけてな」
「あと、これは、この都市の地図です。まずは冒険者ギルドに行くことをおすすめします。仕事をしてお金を稼がなければ生きてはいけませんからね」
「本当はもっと面倒をみてやりたいが、多くの難民がいる中で、君だけを贔屓にするわけにはいかないんだ。頑張って生きてくれ」
「いいえ。とても助かりました。ありがとうございます」
僕はお礼を言って、役所で二人と別れた。
地図を開く。
うん。
文字が読めない。
しばらくするとお決まりの『全知』の技能が発動する。先ほど通りがかった冒険者ギルドの場所を確認する。
そして、冒険者ギルドに向けて歩き始めた。
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