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【第二章連載中】全知の誓い ~第二の人生を謳歌する~  作者: 藤田 ゆきき
第二章 要塞都市ストーンヴェール編
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第2話 ストーンヴェールの門と女騎士

 夕陽の光に照らされた要塞都市ストーンヴェールは荘厳で光り輝いていた。

 ストーンヴェールは、昔の中世ヨーロッパや今ではファンタジーの世界で定番の要塞都市だった。巨大な石の壁に囲まれて、その壁の上には見張り塔がそびえていた。

 石造りの堅牢な構造は森からの魔物の侵入を防ぐために築かれているのだろう。

 見張り塔には巡回する兵士たちが常駐しているようだった。

 都市のゲートは重厚で、たくさんの人が列をなして待っており、堅個な門は日夜、外敵から市民を守るために厳重に守られているようだった。僕はその列の最後尾に並び、門の前で待つ人々の列に加わった。

 なるほど。

 門を入る前に身元や危険物がないか確認されるんだな。

 都市の安全を確保し、市民たちを外部の脅威から守るためには必要な措置だ。当たり前のことだが、少し不安になる。前後に並ぶ人たちをこっそりと覗き見ると、皆、僕とは違ってボロの服を着ていないし、擦り切れてもいない。村では皆が同じ服を着ていたので気にならなかったが、今の状況は少し嫌な予感がする。

 

(とりあえず事情を訊かれると困るものは隠しておくか)


 背嚢リュックの中のゴブリンの短刀と腰に帯びた夜闇やあんの剣に隠蔽を施す。とりあえずこれで一安心だ。

 列で待っている間は周囲の人の会話が自然と耳に入ってきた。


「中央都市グランディアは魔物に襲われて大惨事のようだな」


「ああ、そうらしいな。あそこからの難民や法を犯した者がこっちの方にも流れてきているって噂だ」


 へえ。そうなんだ。

 その会話に耳を傾けながら、外の世界は何気に危険でいっぱいなんだなあ、とどこか他人事のように聞いていた。そうこうしている内に前の人の検査が終わって、僕の順番が回ってきた。

 門の前で検査が始まると、検査官が僕に向かって言った。紋章を刻まれた制服を着用し、腰に剣を帯びた鋭い目つきをした男の検査官だった。


「ようこそ、ストーンヴェールへ。身分証と携行品の確認をさせて頂きます。よろしいですか?」


 背嚢リュックを検査官に渡す。

 彼は背嚢の中身を確認するが、その中身は空っぽであり、首を傾げていた。


「なにも入っていませんね。――それでは身分証を提示してください」


 さて。

 僕は困った。

 なにせ出身は小さな村であり、しかも勇者選抜のために神によって意図的に作り出された村である。そんなものがあるなんて初耳だった。

 しばらく黙っていると、じろじろとまるで不審者を見られるような目を向けられる。仕方がないので僕は正直に言った。


「……身分証はありません」


「身分証がない?」


 検査官の目が鋭くなり、丁寧な物腰だった口調が途端に険しさを増した。


「たとえ難民だとしても身分証くらい持っているだろう」


「持ってないです。小さな村の出身なので身分証なんて発行されなかったんです」


 僕は事実を話した。一度引き返して隠密ステルスでこの門を潜り抜けてやろうかと思ったが、中に入ってからも提示を求められたら困ることになる。


「そうか。それは残念だったな。しかし規則だからおまえを中に通すわけにはいかない」


「なんとかなりませんか?」


「――ならないな」


 検査官は続けた。


「ところでお前はボロの服をまとっているというのに、その身体は綺麗だな。ひょっとして逃亡奴隷というわけじゃないだろうな?」


「……違います」


 奴隷という言葉に息が詰まる。

 この世界にもその存在があることは知っていた。

 しかし、自分がそう思われるとは予想外だった。


「どこかに奴隷印があるかもしれないな。ちょっと服を脱いでみろ」


「え?」


「だから服を脱げと言っている」


「こんなところで?」


 辺りを見回すと、大勢の人がいる。検査を待つ人々だ。鮮やかな色の衣装や鎧兜をまとった人たち、荷を積み込んだ馬車や商人たちが混在していた。


「そうだ。ここで脱ぐんだ」


「正気ですか? いやですよ」


 拒絶すると検査官が近づいてきた。

 実力行使にでるつもりか。

 一旦引き返すか?

 頭の中で思案していると、ふいに凛とした女性の声が耳朶じだを打った。


「おい。何かあったのか?」


「――セリーヌ様」


 検査官は突然現れた女性に向き直ると、彼女に事情を説明した。

 その女性は一言で表現すると女騎士だった。

 まだ年若い。

 せいぜい十八から二十歳くらいに見えた。

 長い銀白色の髪が背中を覆い、風でなびいていた。その光沢はまるで月明りのように綺麗なものだった。彼女の肌はわずかに褐色に日焼けしていたが、その体つきはどこか華奢きゃしゃの印象を受けた。

 整った顔立ちには凛とした美しさが漂っている。銀の甲冑に身を包んでいた。甲冑は彼女の体型に合わせてスリムでしなやかなデザインになっており、肩や胸の部分が程よく強調されつつも、過度な厚みや重厚感を感じさせない。甲冑の胸元には細やかな彫刻や飾りが施され、彼女の美しさを引き立てていた。


「……奴隷か。奴隷にしては肌のつやがいいな」


 女騎士――セリーヌが僕の身体を見ながら言った。彼女の目には鋭さと知性を宿した輝きがあった。


「どちらにせよ、調べる必要はあるな」


「しかし拒否するのです」


「いくら子供とはいえ、こんなところで裸体を晒すのは抵抗があるだろう」


「しかし許可がないものをゲートを通すわけにはいかないのです。身分を証明できない者はどちらにせよ、それだけでまともではないでしょう」


「貴様が職務に忠実なことは分かった。しかしこの子は難民でも奴隷でもないだろう。私には分かる。物乞いの難民はこれほどまでに肌の状態は良くないし、奴隷のように目はくすんでいない」


「――しかしセリーヌ様」


「私とて、決まりを軽んじているわけではない。ただ場所を変えようと言うだけの話だ。ただ事情と体裁もある。取り調べ小屋で私が確認しよう。それなら良いな?」


「もちろんでございます。セリーヌ様」


「よろしい。それでは、ぼうや。少しの間だけだ。枷と目隠しをさせてもらうぞ」


 話の内容から小屋に移動するのだろう。

 僕の事情を汲み取ってもくれているし、とりあえず信用しても良さそうだ。


「……わかりました」


 返事をすると、目隠しと手枷をはめられた。そしてセリーヌに先導されて歩く。

 目隠しを外されると、そこは薄暗い部屋の一室だった。

 狭くて暗いが、汚れや臭いはそれほどでもない。壁には使い込まれた感じのする木製の机があり、上には古びた文書や地図が広げられていた。

 部屋の隅には、蝋燭ろうそくの灯りが小さく揺れて、部屋全体に弱い光を投影していた。天井からは小さな窓から光が差し込んでいた。


「それでは見させてもらうぞ」


 セリーヌが僕を案内し、机の前に座らされた。部屋の中は静かで、外からは都市のざわめきが聞こえてくる。

 手枷をされているので、僕は自力で服を脱げない。

 セリーヌに服をめくられ、上半身を見られる。パンツも全て脱がされて全身くまなく彼女に裸体を見られた。羞恥心が顔を出すが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「奴隷印はないようだな。しかしそれにしては不思議だな。難民でもなければ奴隷でもない。それなのに身分証を持っていないのか?」


「小さな村出身で、そこでは自給自足の生活をしていました」


「そうか。未だに王国でも把握しきれていない村があるのだな。なんという村だ?」


「村に名前はありません」


「どこにあるんだ?」


「……それも分かりません。村の外を知りたくて彷徨っている内にここに辿り着きました」


「そうか。大変だったろうな」


 それほどでも、と言いかけたが言葉を飲み込む。

 僕が黙っているとセリーヌは言った。


「最後に『審判の目』に触れてもらう」


「これは……?」


 部屋の片隅に置かれている箱から、セリーヌは手のひらサイズの水晶を取り出した。どことなく村の教会で見た『神託の水晶』に似ている。


「これは『審判の目』だ。神に造られた水晶で、犯罪歴などに反応する」


「……なるほど」


 僕は呟いた。

 この水晶も『神託の水晶』と同じだ。

 古代の錬金術師に造られたが、現代では再現不可能のために神に造られたものとして現代では認知されているらしい。

 どうやら犯罪歴があれば赤く光るらしい。

 もっとも窃盗など軽度な犯罪は三年以上の歳月が経てば自然と経歴が抹消されて、反応しなくなるみたいだ。


(……またか)


 僕の疑問に対して『全知』が自動的に反応する。半神として覚醒して以来、こんなことが多々ある。便利な反面、突然、頭の中に情報が入ってくる感覚は未だに慣れない。

 セリーヌに促されて『審判の目』に触れる。

 水晶は何の反応も見せない。


「これで全て終わりだ。これで君は身も心も清廉せいれんであるが、ただ身分証を持たない少年として認められた。この私――セリーヌが君のストーンヴェールへの滞在を許可しよう」


 枷を外される。

 セリーヌが取り調べ小屋の扉を開けた。


「なにもしてやれないが、せめて身分証の発行だけは手助けさせてもらおう。それさえあれば何か職につけるだろう。これから、頑張って生きてくれ」


「ありがとうございます」


 そうして、僕は解放された。

 扉の向こうには、街の景色が広がっていた。

 新しい冒険の予感。

 そして、数えきれない出逢いや経験が待っていることを予感させるような光景だった。

 遠くに聞こえる市場のざわめきや夕陽に輝く街並みの中に、僕は一歩を踏み出した。

 セリーヌの微笑みが、夕陽に照らされて、とても温かな輝きを放っていた。まるで「ようこそ、ストーンヴェールへ」とでも言っているように――。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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