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第25話 本来の歴史

 あの日、僕は当時二歳だった。

 現在地とこれからの行き先を調べた時に予期せぬ形でこの村の未来までも知ってしまった。

 それはモンドとセレナが外出した後に、家の中で《全知の書》を開いたときだった。

 書のページが自然とめくれていき、未来が瞬間的に描かれた。

 文字やイメージが浮かび上がり、その情報がどういう理屈か脳裏に刻まれた瞬間、深い衝撃に包まれた。


 ――未来を知ってしまう。


 あたかも運命の歯車が回り始めたかのような不思議な感覚を味わった。

 未知なる出来事の予兆は、心の奥底に重く沈みこみつつも鮮明に浮かび上がる。未来がすでに決まっているという事実は、自分の選択や努力がどれほどの影響を未来に与えるのか不安になった。

 幸いにも僕自身の人生の未来は白紙のままであり、この村の未来の歴史に登場人物として描かれていなかった。

 そのおかげでなんとか平静を保てた。

 僕自身の未来は決まっておらず、ひっそりと普通に暮らしていれば歴史に大きく関与しないでいられるようだった。

 

 書に記されていた未来の村の歴史はアナスタシアと深く結びついていた。

 未来の断片はその光景を僕に見せた。

『魔の森』が暗闇に包まれ、村が焼け落ちていた。

 魔物の群れとひとりの少女。

 少女は勇敢に立ち向かう。

 彼女は剣を手に、村を守っていた。

 森の中では異常な音が鳴り響いていた。

 悲鳴と咆哮、魔物たちの声が混ざり合い、まるで地獄の入り口が開かれたような光景のようだった。彼女は表情を崩さずに立ちはだかる魔物たちに向かって歩を進めた。

 鋭い牙をむき出しにして襲いかかってくる魔物に、彼女は剣をくりだし、つたない技能で魔物たちと対峙していた。

 一匹一匹に苦戦しつつも魔物たちを倒していく。

 次第に彼女の表情には疲労と苦痛が滲み出て、傷ついていく。

 剣を高く掲げ、立ち向かうも、剣が地に落ちる。

 彼女の姿が魔物の群れで覆われて、その直後に血しぶきが飛び散った。

 ここで彼女は力尽き、そしてこの光景を最後に、《全知の書》はこの村の歴史を締めくくった。

 このときの少女も勇者という夢を追い求めていたが、神託によって選ばれない現実に直面した。

 苦悩の日々を過ごし、けれども村が魔物の群れに襲われたときに、彼女は運命に抗って立ち向かい、命を落としたのだ。

 

 このときの僕はまだこの少女――アナスタシアのことを知らず、こんなことがこれから起こるんだというどこか他人事のような気持ちだった。

 彼女が村を守る覚悟を見せる中で、無情な未来に翻弄されてしまう様子に、彼女への同情を感じたが、ただそれだけだった。

 所詮は本の中での出来事。

 ただの物語であり、現実とは違うように思えた。

 だから必要な技能を習得してとっととこの村から抜け出そう。

 そんなことを当時は考えていたと思う。


 でも、今は――。


 アナスタシアと出会ってしまった。

 リリアとクレイ。

 最近ではセシル。

 モンドやセレナ、バハバルといった愛情を注いでくれる素晴らしい人たち。

 この村で育っていくうちに、せめて村が滅びる歴史を防ぎたいという気持ちが芽生えた。

 物語に出てきた魔物はゴブリンばかりで、簡単なことだと思った。

 ただ、未来が既知であれば、僕が戦っても村を守れるかどうか不安だった。けれど、クレイが自由意志の選択によって結果を変えられる、と示してくれたので、その不安は払しょくされた。


 ――村は守れる。


 それは確信に変わったが、同時にアナスタシアの成長ぶりを実感するにつれて、その選択をためらうようになってしまった。

 なぜならば僕が村を守ってしまうと、彼女の未来が閉ざされてしまう可能性があるからだ。

 僕が転生したこの時代は、異世界小説の勇者と魔王ものが大好きな僕にとっては最高の時代で、魔王がやがて誕生し、そのための抑止力として勇者も誕生することになっている。


 ――どこで誕生するのか?


《全知の書》が示した答えは、この村、だった。

 正確に言うと、はじまりの村。

 世界に五か所ある、はじまりの村に住んでいる『村人』の中から勇者が選定される。

 五か所ある、どの村においても、アナスタシアのように勇者に憧れる少年と少女たちが存在し、揃いも揃って村人という自身の希望とかけ離れた適性を示され、谷底に落とされる。

 それでもなお、これから発生する魔物の襲撃という逆境を跳ね除けて最後まで生き残った者が勇者として選ばれる。

 それがこの世界の勇者誕生の秘話だった。

 世界に五か所存在するはじまりの村で育った勇者の卵たち。

 彼ら、彼女らが生き残りをかけて戦う死闘。

 最後まで生き残った、より強い者を勇者にしようとする世界の意思が行う冒険シナリオ(クエスト)だ。

 この世界において、異物な僕が彼女の代わりに戦って村を守ったとして、はたして彼女は勇者と認められるのか。その答えは未知だ。

 確実に分かっていることは、彼女が闘い、彼女が戦いを終結させたときに彼女の希望は叶うということだけだ。

 だから彼女が勇者になりたいというのであれば、僕はこの冒険シナリオ(クエスト)に直接的に関わってはいけないのだと思う。彼女の未来を閉ざしてしまう不確定要素は徹底的に排除すべきだ。


「チュートリアルってどういうこと?」


 アナスタシアの言葉に、過去の回想から現実の川辺へと引き戻される。


「……残念ながら詳しくは言えないんだ。けれど、もうすぐとんでもないことが起こるよ。アナの本当の未来はそこで決定するんだよ」


 これまでにない真剣な表情だったのだろう。アナスタシアがたじろいだ。


「どうしてそんなことが言いきれるの? 同情?」


 アナスタシアが続ける。その口調に少し怒気が孕んでいた。


「落ち込んでるわたしに、まだこの先に希望はあるとでも言いたいの?」


「そうだよ」


「――ふざけないで。神託は絶対なの。決して覆らない。わたしはもう村人! そう決まってしまったの! それ以上にはなれないの!」


「でも君は戦う力を持っているじゃないか。それは君の努力の賜物だよ」


 君自身で進みたい道を決めたらいいんじゃないか。言外にそう込める。


「だからなに! わたしだけ村の掟に背くわけにはいかないじゃない。わたしは村人として生を全うする! あの日にわたしの生き様は決まってしまったの! 全てが無駄だったのよ!」

 

「じゃあ、君はもし村が魔物に襲われてももう戦わないっていうのかい」


「そんなの父さんたち戦闘職に選ばれた人たちの役目でしょ! わたしはただの村人。アンリはわたしに何を期待しているの」


 問われて息を呑む。

 答えはもう決まっていた。

 彼女にはじまり(チュートリアル)を告げたことが僕の決意の表れだ。

 けれど、これまでは、ずっと悩んでいた。

 僕が村を守り、彼女の勇者への道を閉ざす。

 彼女が村を守り切り、勇者となる。

 それは彼女の笑顔と村の平和を天秤にかけるという行為。

 一見すると同じ天秤にはのせられないもののようだが、僕にとってはどちらも同じくらい大切だった。

 すでに《全知の書》にはこの冒険シナリオ(クエスト)の結末が記されている。

 アナスタシアは最後まで生き残れずに、力尽きてしまう。

 この結末だけみると、結果として彼女の勇者への道を閉ざしたとしても、全滅する村を僕が救うことが最良に思えてくる。

 けれど、書に登場するアナスタシアは精神的外傷トラウマを克服するのはもう少し遅くて、今よりもずっと弱い。

 戦術技能も覚えていなければ、槍術、弓術、投てきなど他の技能の習得もしていない。そのためにステータスも低かった。

 僕みたいに《全知の書》を活用して彼女は強くなれないのだ。


 ――彼女は弱い。

 

 ――けれど彼女こそが物語の主役だ。


 いつしか彼女と過ごす内にその想いは強くなっていった。

 それは、彼女に聖水の件で救われたときだったかもしれない。

 彼女が精神的外傷トラウマを克服したときだったかもしれない。

 それとも、彼女の深い思いと、かつての憧憬を彼女によく見るようになったときからだったかもしれない。

 異世界で活躍する。

 さながら主人公のように――。

 彼女の生き様はまさしくそうだと思えた。

 世界の意思が彼女を殺そうとするのなら、それを跳ねのけられるくらい彼女を強くすればいいと思った。

 だから僕は、結末を変えるべく、彼女が精神的外傷トラウマを克服する時期を早めて、技能を習得する際にはアナスタシアを巻き込んで彼女を強くしていった。

 今のアナスタシアは、冒険シナリオ(クエスト)に登場する彼女よりも格段に強い。

 はじまりの村にいるどの村人――勇者の卵たちよりも、今の彼女は強い。

 きっと彼女が最後まで生き残って、今回の出来事を彼女自身のはじまり(チュートリアル)にするはずだ。

 だから自然とその言葉が口をついて出た。


「――勇者だよ」


 間髪入れずに僕は続ける。


「君に望むのはただそれだけだよ」


「………」


 しばらくの間、アナスタシアは無言だった。やがて彼女はまるで夢から醒めてしまったかのような少し寂し気な顔をして言った。


「ありがとう、アンリ。あなたはいつもどんな時でもわたしを信じていてくれるのね。でも――もういいの。わたしは村人。あなたはそう言ってくれるけど、わたしは、きっとあなたみたいな人が勇者になるんだと思うわ。だってわたしはあなたに一度も勝てなかったもの」


 僕が口を開けようとすると、アナスタシアは、もうこれ以上話したくないとでも言うように、首を横に振って「また明日ね」とだけ小さく呟いて踵を返した。


 ――違うよ。アナスタシア。君が勇者になるんだよ。


 彼女の背中に無言で言葉を投げかける。

 僕は信じていた。

 彼女が勇者になる、と。

 この周辺の『魔の森』で彼女が敵わないような魔物は存在しない。

 だからより一層その想いは強くなる。

 けれど、《全知の書》を顕現させて中を覗いてみると、これがただの僕の願望であることが分かった。

 この世界はすでに勇者を選んでいた。

 彼女とは違う別の者を。

《全知の書》はいまだに更新されていない。

 当時、二歳の僕が見た時のままだ。

 彼女をいくら強くしたところで、書はこの村の滅びとともに、彼女の死を告げたままだった。

 そして、運命の日がやってくる――。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。


これから物語は佳境に入っていきます。


アナスタシアの現在と《全知の書》に刻まれた本来の歴史とのステータスの比較を補てん的な意味で記載させていただきます。

ご参考までにどうぞご利用ください。

※作中には未登場の技能もあります。


【現在】アナスタシア

Lv 19

HP  58

MP  22

VIT 11

STR 17

DEX 17

AGI 6

INT 3

MND 0


【技能】

共通語(人族)Lv3

剣術  Lv2

体術  Lv1

騎士道 Lv3

戦術 Lv3

受け流しLv3

投てき Lv1

槍術  Lv1

斧術  Lv1

弓術  Lv1




【本来の歴史】アナスタシア

Lv 8


HP  21

MP  9

VIT 4

STR 5

DEX 5

AGI 2

INT 1

MND 0


【技能】

共通語(人族) Lv3

剣術  Lv2

騎士道 Lv1

戦術  Lv1

受け流しLv1

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