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第23話 谷底に落ちる

 アナスタシアに誘われると引っ込み思案な男の子――セシルは、はにかんだように笑った。

 シンプルな白髪で少し整った顔立ち。

 視線は常に下向きだった。

 言葉を交わすことへの躊躇や緊張、不安が見て取れた。

 アナスタシアが小石を手に取り、水切りの見本をみせると、彼もまた同じような真似をした。彼の投げた石が、どぼんっと水面に投げこまれる。水しぶきが舞い上がり、彼は少し困ったような顔をした。


「この石を投げてみなよ」


 平たい石を拾ってからセシルに手渡す。彼はおそるおそる僕の手から石を手にすると再び石を投げ込んだ。石が幾度か水面を跳ね、水を切る涼し気な音が響く。

 セシルは笑みを隠すように手で口元を覆った。

 アナスタシアとは対照的だ。

 無言の語り合いとでも言うのか。

 言葉ではなく、微細な表情や仕草の変化がセシルの喜びを表していた。

 当初は緊張感が漂っていたが、水辺で遊ぶ内に、引っ込み思案な心が徐々に解きほぐされていったように思えた。


 それからもセシルは僕たちと一緒に遊ぶようになった。

 日中、開墾に出向くときも、アナスタシア、リリア、クレイ、セシルとひとかたまりになって共に行動して過ごした。


「同じ年って、僕たちだけだよね」


 ある日、開墾からの帰り道に僕は言った。

 周りの他の子たちは、それぞれ年代別に集まって会話をして笑っている。比較的に近い年齢の子たちの集まり。しかし、どの年代も同じ年の生まれはいなかった。

 僕たち五人だけが同じ年の集まりだった。


「そう言われるとそうですね」


「……不思議だね」


「気にしたことねえけど、そうなるか」


 リリア、セシル、クレイがそれぞれ感想を漏らす。


「いいじゃん、いいじゃん! なんか特別な感じがするね!」


 アナスタシアが快活に笑い、他の皆も頷いた。同じ年齢だからこそ色んなことを共有し、一緒に成長していける。彼女の言葉に皆の絆がより深く結ばれた気がした。


(……五人。いや、僕を除いて四人か)


 転生者の僕はちょっとした例外だろう。

 それにしても人口の少ないこの村ではとても奇妙な偶然だ。

 四人だけが同じ年齢という特異性はともすると運命のいたずらのように思える。


「なんとかしないとな……」


「なにか言った?」


「いや、なんでもないよ」


 振り返って言ったアナスタシアに、思わず苦笑いをしてしまう。


「へんなの」


 アナスタシアは首を傾げた。

 純粋で無邪気で穢れがない。

 このまま時間がとまればいいのに。

 彼女の笑顔を見て、そう思った。


 それからも日常は平穏のまま進んでいった。

 時折、ゴブリンに襲われることがあったけれど、精神的外傷トラウマを乗り切ったアナスタシアがバハバルも舌を巻くほどの獅子奮迅の活躍をみせて皆を守り切る。

 戦いが終わったあとは、川辺で汚れを落とすついでに皆で遊んだ。

 水切りをしたり、定番のごっこ遊びをする。

 少し変わったことがあるとすれば、魔導師役のクレイが役を譲りたがらなかったので、斥候ハンター役は僕とセシルの交代制になったことだ。

 役から離れた方が、悪役――魔族役になって勇者パーティと戦うようになった。

 夕陽に染まる風景を五人で見るようになってから、この時間を特別な瞬間として迎えるようになった。最初はただの日常の一コマだったが、いつしか夕陽の美しさに目を奪われ、自然と多くの会話を交わすうちに、この時間が特別なものに変わっていった。

 季節が移り変わり、僕らの友情も成長していく。

 他愛のない日常が特別な思い出として刻まれていく。

 ちょうど一年が経過したころ、驚いたことにクレイが魔力探知の技能を習得した。


「――実はあれから土を食ってたんだよ」


 事情を尋ねると、クレイが静かに告白した。

 その言葉に絶句し、彼の真剣な表情と裏腹な行動に混乱する。

 驚くべきことに、ごっこ遊びをするにつれて魔導師への憧れが強くなり、わらにもすがる思いで、あの日、アナスタシアが口にしたことを実践したらしい。

 土を食べることで土の中の魔力を感じる。

 傍から見ればただの奇行であり、そんなことでは習得できないはずだ。

 彼特有の資質によるものか。

 アナスタシアが発言したからそうなったのか。

 真相は分からないが、クレイはたしかに魔力探知を習得していた。

《全知の書》を開いてみると、魔力探知の技能習得方法にクレイがとった行動が追記されていた。


(……神の権能、全知の内容が変わった)

 

 ――未来は変化するのか。


 通常、神が全知であれば未来もその知識に含まれていると考えられている。

 つまり未来はすでに既知であり、変化する余地がないはずだ。

 しかし、異なる解釈として、神が全知であるとしても、人間は自由意志をもっており、未来は一定ではなく変化する可能性があるというものもある。

 この解釈では神が未来を知っていても、人間が自由に選択することによって未来が変わると考えられている。

 今回のクレイの技能習得はまさにこのことを体現している。


(……少し希望が見えてきたな)


 少しだけ胸を撫でおろす。

 

「アンリも斥候ハンターとして、何か覚えたい技能があるならアナスタシアに訊いてみてもいいかもな」


「それはいい考えだね……」


 クレイの何気ない一言にハッとする。

 アナスタシアは模擬試合でも時折、こちらが予想しない攻撃をしてくることがある。子供特有の自由な発想ゆえか、彼女特有のものかは分からないが、それでも、今回のクレイのことといい、その発想力には舌を巻くものがある。

 今度は僕が、藁にもすがる思いで彼女のもとに向かい、長年の悩みの種であった隠蔽技能のことを相談する。もちろん、技能の詳細は伏せて、技能の経験値を稼ぐ条件だけを彼女に伝えた。隠した事実が1つ発覚する毎に経験値を得られる。どうすればよいのか、と。


「ああ、それならね――……」


 アナスタシアの話しを最後まで聞き終えてから、僕は今、隠密状態で村の外に出て『魔の森』の中に入った。そこかしこにある茂みをむしり続け、一か所に積み上げた。茂みの葉のひとつひとつに隠蔽を施していく。

 これまでずっと、悪魔騒動のこともあったので、いかに驚かれずに、隠蔽したものを見つけてもらえるかを考えていた。

 隠蔽が発見される条件はふたつ――。

 探知技能で見破る。

 隠蔽した物体に触れる。

 ――だ。

 探知での発見は叶わず、かといって隠蔽した物体に触れさせるように仕向けたらまた悪魔騒動だ。

 正直、どうしようもないと思っていたが、答えは『魔の森』にあった。


「――魔物に見つけさせればいいんじゃない?」


 アナスタシアの言葉を思い返しながら、僕は隠密を解除した。

 突如、『魔の森』に出現した人間の気配に森のゴブリンたちは、一瞬の困惑をみせたようだったが、それも束の間、僕めがけて一直線に走ってきた。

 やつらには見えていない。

 僕の目の前に積み上げられて隠蔽されたものが。

 そのままゴブリンが枝葉の山に突っ込む。

 その瞬間、大量の隠蔽技能の経験値を獲得する。

 これが人間なら大騒ぎだ。

 突然、物が現れるんだからな。

 しかしゴブリンなら――。


「そのまま倒しちゃえ」


 アナスタシアの快活な笑みが脳裏に蘇る。

 まさしくその通りだ。

 そのままゴブリンを短刀で斬り伏せ、浄化の魔法で死体を消滅させる。

 これなら何の騒動も起きない。

 

(これで隠蔽を上げられる)


 ようやく『魔の森』を横断する準備に目途が立った。

 この日より、ひたすら隠蔽技能を上げていき、さらに歳月が経った。

 計画通りに技能を磨き、魔物に見つからずに『魔の森』を抜ける準備が整った。

 本来であればすぐにでも出発したいところだが、僕にはもう一つこの村でやることができてしまった。

 この村で育って、友達もできて、僕のかつての憧憬を体現してくれているかのような存在――アナスタシア。

 彼女と出会い、彼女と過ごした日々。

 いつしか僕の中で彼女への気持ちはより強いものへと変わっていた。

 恋愛とは異なる、彼女の未来を見守りたい、という思いが強く、深い願望や期待が胸に秘められている。

 彼女の物語の結末を見届けてから僕は村を出ようと思った。彼女が十二歳になったとき、すべてが動き出す。

 日に三十匹の魔物討伐と週に一度の迷宮踏破を欠かさずこなしながら、村での生活を名残り惜しみつつ、僕は村で過ごした。



 僕が十一歳の半ばを過ぎたころ、僕たち五人の中でまず最初にアナスタシアが十二歳になった。

 彼女は、僕に付き合う形で、最近では剣のみならず、槍術、斧術、弓術といった幅広い技能を習得していた。

 模擬試合も毎日のように行っていて、戦術技能なども上がっている。その影響ですでにバハバルよりも強い。十二歳になると、教会にて職の神託を授かる。誰もがアナスタシアの職業適性を戦闘職であると信じて疑わなかった。


「ちょっと勇者になってくるよ」


 アナスタシアは笑みを浮かべながら教会の扉を開けて中に入った。十二歳になっても彼女の無邪気な笑みは変わらない。誰もが誰も、彼女の口癖を聞き慣れているし、最近の彼女は本当に強くなっていたから、周囲の人にもひょっとしたら、という思いが芽生えていたと思う。


 けれど――僕だけは知っている。


 これから彼女は谷底に突き落とされる。

 クレイの一件で、未来は変化するものだと知った。

 しかし、こればかりは絶対に変えられない運命だ。


 そう――《全知の書》には、モンドやセレナ、アナスタシアやバハバルといった、この村の人々の過去、現在、そして、未来に、どういった人生を歩むのかも全て載っていた。

 一番最初に、この村がどういうところかを《全知の書》で調べた時に知ってしまったのだ。


 ――ただ、僕の人生だけは空白だった。

 異世界からきたからか。

 それとも半神だからか。

 あるいは――僕がアンリだからか。

 未来は依然として真っ白いままだった。


 今のところ、僕が産まれた影響で、僕の両親――モンドとセレナも白紙の人生を歩んでいるが、それ以外は全て《全知の書》の通りに、この村の歴史は紡がれている。


 教会の扉が再び開いて、アナスタシアが出てきた。

 彼女は蒼白な顔をしたまま、穏やかな微笑を浮かべて語りかけてきた。その微笑の陰には何か言葉にならないような悲しみが漂っていた。

 彼女の口から出てきた言葉はやはり《全知の書》に記載されていた通りのものだった。

 リリアやクレイ、セシルが息を呑む音が耳に入ってきた。


 彼女の適性は――村人。


 ただの村人だったのだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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