第22話 戦場の息吹
小さな女の子が剣を振るう。
目の前の出来事を表すとするならばこれ以外に表現のしようがない。
言葉にすればとても簡単で、どこか可愛らしさを感じられる。
けれど、ゴブリンの首を的確に落としていきながら血飛沫を辺りに撒き散らかすその姿はあまり微笑ましいものではない。
バハバルでさえ実の子ーーアナスタシアの戦いぶりを引き攣った顔で見守っていた。
恐怖を克服し、一歩踏み出した彼女はそのまま『魔の森』へと突っ走っていった。
「右の木の後ろに二匹隠れているよ!」
アナスタシアには探知技能はない。
だから僕が代わりに彼女に敵の位置を教える。
不意打ちをされないように。
攻撃の対象を的確に。
「わかった!」
それだけ言うとアナスタシアは回り込んで、木の後ろに隠れているゴブリン二匹を四連続攻撃を繰り出すことで斬り伏せた。
「次は!」
「十メートル前方の茂みの中!」
僕の声に合わせてアナスタシアが走る。
彼女は疑問に思わない。
僕がどうして敵の位置が分かるのか。
彼女にとって僕が斥候だからか。
――否。
彼女はただ信じてくれている。
それだけだ。
僕の言葉をそのまま受け入れてくれていた。
「そいつで最後だよ!」
「ありがとう! これでおしまい!」
アナスタシアは最後のゴブリンも二度の攻撃で斬り伏せた。
「やったね!」
剣に付着した血を振り払い、鞘におさめる。
アナスタシアが駆け寄ってくる。
互いに手を伸ばしあって自然とハイタッチを交わした。
手が触れあうことで彼女の感情や思いが伝わってきた気がした。
――興奮と喜び。そして信頼。
彼女の無邪気な笑みが目に焼きつく。
アナスタシアは劣勢だった戦いを巻き返す活躍をみせた。
ステータスだけならバハバルの方が高く、彼も同じことができたはずだ。
けれどアナスタシアには彼の様に誰かを守りながら戦うという発想はない。特に今日の彼女は、戦えたことへの喜びが全身から溢れだし、戦いに没頭していた。
戦いが終結すると戦場には疲労と静けさが広がっていた。
ゴブリンの臭い匂いがまとわりついてくるのを感じた。戦いの影が鼻先に立ち塞がっているようだった。
モンドが傷だらけの身体を引きずっていた。彼の肌には傷痕が細かく刻まれていた。
他の人たちも同様に傷だらけの身体を抱えていた。彼らのその姿は村を守るために戦った勇気と決意の象徴のように思えた。
「……アンリ、無事だったんだな。良かった」
「父さんも無事で良かったよ」
僕がそう言うと、モンドはにっこりと微笑み返した。
マルクとリリアが辺り一面を浄化し終えたころ、陽が西の空に優しく沈んでいった。
戦場がまるまる浄化の霧に包まれ、周りの人たちの姿が霧の中で影となって見えた。戦いの傷だらけの身体が霧に隠れ、一瞬、静寂と平穏に包まれた。
やがて微かな陽光が霧をおしのけるかのように、徐々に晴れ渡っていく。
木々の中には斬り裂かれた枝や、地面には戦いの爪痕が残っていた。森の中に戦いの轍が散りばめられていた。
「さあ、帰るぞ」
バハバルの言葉とともに森の中から抜け出して、互いにねぎらいながら僕たちは村に帰った。
村に帰ってからは戦いの傷や汚れを洗い流すために小川に集まった。
清流が静かに流れ、平和な村に戻ってきたのだと実感する。
傷の程度に合わせて、さっと身体を拭くだけの人もいれば、アナスタシアのように川に飛び込んだ人もいた。ちなみに僕は、彼女に川に引きずり込まれた。
水面に広がる波紋。
道中では物静かだった一行も、川辺では笑顔が見られた。
汚れを流すことでようやく戦いの終わりを実感しているのだろう。
やがて皆が引き上げ始めるが、僕とアナスタシアは最後まで残った。
リリアは教会で怪我人の手当てをするために、マルクと一緒に帰って行った。クレイも親に連れられて帰っていた。
しばらく経ってもアナスタシアのテンションは一向に収まる気配がない。
川に来てからも、ずっとはしゃぎ回っている。
今まで苦悩していた分、その解放感が彼女にはとても嬉しいのだろう。
岸に上がると、清流と西日に照らされた小石が目に入った。
その小石を手に取る。
石の冷たさを少し感じる。
いつだったかのクレイのストーンエッジを思い出した。
――そういえば、投擲もSTRに恩恵があったよな。
この小石がきっと新しい可能性を切り開く一石になる。
そんな予感がした。
「なあ! アナスタシア! こんなの知ってるかい?」
できるだけ平らな石を手に取って、川の表面を滑らせるように、水面に対して平行に投げた。
石ころ遊び。水切りだ。
水面に小石が跳ねる。
「なにそれ! すごい!」
アナスタシアが川からざばっとでてくると、その辺の石を適当に掴んで投げた。
どぼんっ。
と、石が川に投げ込まれる。
水面から跳ねて出てこない。
「なんでアンリみたいにいかないの!」
「その石じゃダメだよ」
水切りのコツと石選びをアナスタシアに教える。彼女がすぐに再挑戦すると、今度は、二度、三度と小石が水面を跳ねた。
「やった! 跳ねた!」
石が水面を跳ねる度に、アナスタシアは笑った。小石が水面を跳ね、美しい波紋が広がる。それからも彼女は夢中になって小石を投げた。水面にきらきらとした飛沫が舞い上がる。
「たのしい!」
小石が水面を跳ねる。
水を切るその音は、まるで彼女がこれから紡いでいく冒険の序曲のように聞こえた。
その序曲に耳を傾けながら僕は振り返る。
川岸の木の陰にひとりの男の子の姿があった。
「きみもするかい?」
声をかけるとその男の子は木に隠れた。
さっきから木の影に隠れて遊びたそうに視線を水面に注いでいた。
アナスタシアも彼に気づき、声をかける。
「一緒に遊ぼうよ!」
彼女が声をかけると、その男の子は木の影から出てきた。年の功は僕たちと同じくらい。たしか今回、ゴブリンの接近を察知した見張りの人に連れられていた子だったように思う。
臆病で慎重。
そして引っ込み思案。
それがこの男の子――セシルに対する僕の第一印象だった。
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