第20話 夜闇の剣と戦いの誓い
「傷跡を癒し、肉体よ力強く甦れ。再び命よ輝け。再生」
僕はその言葉と共に、手を傷だらけの身体に差し伸べ、神聖魔法レベル2の魔法、再生をかけた。その瞬間、自然治癒力が高まり、傷口が癒えていくの感じる。
この魔法は一日かけてHPを全快させる魔法だ。
戦闘中という短い時間では失ったHPを回復させるほどの効力は発揮しないので、使いどころに悩んでいたが今となってはその有難さがよく分かる。
傷が癒える過程で痛みが走り、わずかに不安が心をよぎる。これから傷が癒えるまで、この痛みに耐えなければならない。
全身が相変わらず痛いままだったが、傷から滲む血の流れが少しマシになった気がする。
《全知の書》でステータスを確認すると、残りHPはわずか一割だった。死の淵に立っていたことを思うと、安堵感と達成感が込み上げてきた。
手をついて、かろうじて身体を起こす。再生の効果はとてもゆるやかで、痛みが津波の様に押し寄せてくる状況は変わらない。端的に言って、死ぬほど痛かった――。
ボス部屋の奥にはひとつの扉があった。
その扉を開けて奥に進む。扉の先は小さな部屋だった。地面に魔法陣が描かれ、その上に宝箱が輝いていた。この世界で初めて目にする魔法陣に、なんとも言えない感動が込み上げてきた。その興奮を抑えながら、魔法陣の上の宝箱に目をやる。
「これが迷宮の攻略報酬か…」
多分、宝箱を開けると魔法陣が作動して迷宮の外に出されるに違いない。迷宮と宝箱のお約束パターンだ。念のために罠がないか確認してから宝箱を開ける。箱の中にはボスの装備武器であった夜闇の剣が入っていた。
「まじか…」
思わず絶句した。
《全知の書》によると、この夜闇の剣のドロップ率はわずか1%だった。今時の言葉で言うならガチャの最高レアリティ。とんだビギナーズラックだ。夜闇の剣を手に取ると、魔法陣が光り輝いた。
「!?」
一瞬の浮遊感。気がついたら迷宮の入り口に戻されていた。案の定、転移魔法陣だった。
森の静寂が耳に入ってきた。
頭上を見やると日の光がわずかに空にさしていた。そろそろ日が昇る。
僕は隠密を発動させて村に戻った。傷の痛みに耐えながらなんとか家に到着する。けれど、家の前で足が止まった。傷だらけの身体。血だらけで、ずたずたの服。どう言い訳したらよいんだろう。先日のゴブリンの件でもう普通の子だとは思われていないけれど、それでも親に心配をかけたくない気持ちはある。
「どうしようか……」
しばらく悩んでいると都合の良い技能があったことを思い出す。一時期、悪魔の棲む家と呼ばれる発端となった技能だ。身体と服に手を触れて隠蔽を施した。
「――よし。これならバレない。」
そのまま家の中に入り、炊事場の水桶に水を汲んで、家から少し離れたところで頭から水をかぶった。とりあえず血を洗い流す。傷口に水が沁みて激痛が奔るが、再生リジェネのおかげである程度止血だけはされているようだった。
ゴブリンの臭いを落としたときみたいに、川に入るのが一番てっとり早いと思えたが、さすがに今の状態で川に入る勇気はなかった。
地面に置いた夜闇の剣に視線を落とすと、黒の刀身はさながら日本刀のように美しく煌いていた。
「……これも隠さないとな」
今回の迷宮で手に入れた魔石と一緒に、いつも埋めている家の裏手の穴に放り込む。
魔石の使い道は主に換金であるが、この村では金銭に変えることができない。捨てるのがもったいなく、その使いどころに悩まされる。
そのほかには、魔石は魔力を内包しているので、魔法使いが常備し、MPが枯渇した際に魔石から魔力を吸収してMPを回復するための手段としても使われるらしい。けれど僕の場合はMPは潤沢であり、その使い道としても微妙だ。
あとは今回のように、迷宮で手に入れた希少種の武器や防具を強化するときなんかにも使うらしい。愛用のゴブリンの短刀が強化できれば良かったのだが、残念ながらこの武器は、魔石の魔力を吸収させても強化されずに壊れてしまう。
掘り起こした穴を埋めなおしてから隠蔽をかけて、こっそりと家に入った。そのまま寝床についてから隠密を解除する。あとは二人に合わせて起きるだけだ。
起床後は、モンドに連れられていつものように『魔の森』の伐採を行う。護衛ももちろん一緒だ。ステータスを確認するとHPがようやく半分くらい回復していた。傷口は塞がり始めていたが、血を大量に失ったからかふらふらする。皆に心配されながらこの日は伐採を終えた。
夕方になる頃にはHPはまだ全快には遠かったが、ある程度体調も良くなり、剣術の鍛錬はいつも通りこなせるようになっていた。
「だいじょうぶ?」
木剣をお互いに軽く打ち合いながらアナスタシアが心配そうに言った。
「ちょっと体調が悪かったけど、今はもうマシになってきたよ。本調子とまではいかないけどね」
「アンリでも体調が悪くなる時があるんだ。なら、今日こそはチャンスかな!」
言いながらアナスタシアが木剣を横に薙いだ。そのまま流れるように剣戟へと移行する。軽やかに身をかわしながら、彼女は巧みに剣をふるう。
剣術技能――いわゆる武器技能は魔物を倒さなければレベル1のままだが、こうやって練習を重ねることで、代わりに【戦術】技能が上昇していた。
彼女も僕と同じく今や戦術技能はLv2だ。いかに隙を作らずに攻撃を繋げるか。相手が嫌がる攻撃は何か。戦術技能は戦い全般に関して大きく影響を及ぼすらしい。
僕とアナスタシアは戦術技能が同じレベルだっただけにこうした打ち合いでそのことを実感できずにいたが、今回の迷宮のボスとの戦いでその重要性を改めて思い知らされた。
戦術技能は囲碁や将棋における戦術と同じく、状況に応じた戦い方を学ぶ手がかりとなる。
それにより、魔物を倒さなくても技能が向上する。そしてその結果として、こうした模擬試合でも少しずつでも強くなれる。
「あまい!」
アナスタシアの木剣を受け止めると、すかさず切り返されたが、身を翻して木剣を避ける。切先が目の前を通り過ぎて空を切る。その直後に彼女の頭上めがけて木剣を振り下ろした。彼女の額に触れる寸前で止める。
「あー! また負けた!」
アナスタシアが目を見開いたまま叫ぶ。彼女は木剣が眼前に迫っているというのに最後まで瞬きをせずに注視していた。その胆力はとても六歳児とは思えない。
「いつになったら勝てるんだよ!」
「さあね。いつだろうね」
僕は言った。
「でも僕に勝てなくてもゴブリンくらいならアナは勝てると思うよ」
「う…。痛いところつくなあ」
アナスタシアの顔がひきつる。
「嫌味じゃなくてただの事実を言ってるだけだよ。僕が戦った感じ、ゴブリンと攻撃速度は同じくらいだと思うけど、アナの方が攻撃に隙がないしきっと強いよ」
技能のことをオブラートに包みながら答える。この世界の人は一体どこまで技能を認知しているのだろう。それさえ分かればもう少し人生を生きやすいと思うのに。
(……でも、見えないのが当たり前か)
ふと思う。
地球でも人ぞれぞれ自分の技能Lvやステータスなんて分からない。
「本当かなあ」
アナスタシアはどこか煮え切らない表情をして言った。
「でも、ありがと! 次こそは頑張るよ。もうあんなに情けないのはごめんだよ。わたしは勇者になるんだ。そしてあの森を抜けて世界を旅するんだから! そのときはアンリも一緒だよ!」
「その調子だよ。君ならきっとできるよ」
アナスタシアと軽い雑談をしながら、日常が続く。
楽しいひとときと平穏の中、夕方が訪れて夜がくる。
それから数日後、再びゴブリンの襲撃に見舞われた。
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