第16話 鍛錬と日課
「はい。またいっぽん。これで――」
バハバルの木剣による攻撃を避け、僕が彼の胴に木剣を命中させると、アナスタシアが声をあげた。彼女が手の指を一本一本立てていきながら数を数える。両手の指を全て開いた後に彼女は言った。
「うん。ぜんぶで10ほんだね」
「――これは本当に参ったな」
バハバルが頭をかきながら苦笑いをした。
僕がどれほど素早く動けたところで所詮は子供の力。一本は取れるけれど、大したダメージにはなっていない。ぴんぴんしている。
真っ向勝負の実戦なら僕には勝てる。
そういう心の逃げ場があるからかバハバルは僕に十連続負けていても、悔しそうではなかった。
もっとも実戦なら僕は正面からなんて戦いやしないが。
「信じられないな。君みたいに早く動ける人間が存在するなんて」
バハバルは感嘆の声を漏らした。
僕の動きはせいぜい中級冒険者くらいだが、さながら、はじまりの村といっても差し支えないこの場所においては、驚きの存在だろう。
「――僕に剣術を教えてくれますか?」
「もちろんだよ。どうだい? 早速、型からやってみるかい?」
二つ返事で答えをもらえた。
強者と戦いたいという戦士の心が躍っているかのように、バハバルの瞳は輝いて見えた。
「お願いします」
「わたしもやりたい!」
僕が頭を下げるとアナスタシアも飛び入り参加してきた。木剣を手にした彼女は、まるで小さな勇者のように見えた。
この日から僕の剣術の鍛錬がはじまった。
アナスタシアと木剣同士をぶつけ合い、剣技を磨いていく。
剣術の鍛錬を開始してからというもの、毎日が忙しく、あっという間に時が過ぎた。
気がつけば三年という歳月が経過していた。バハバルの厳しい指導のもと、僕の剣技は着実に向上していった。当初、僕の両親は僕が剣術を習うことに猛反対していたが、バハバルがやたら僕の才能を褒めちぎってくれたおかげで今ではすっかり快く送り出してくれる。
「てりゃあああ――ッ!」
今日もバハバルの道場にアナスタシアの気合いの声が響く。朝の冷たい空気の中、木剣同士がぶつかり合う音が、村の静寂を打ち破っていく。
カンッ!!
と、アナスタシアの攻撃を木剣で受け止める。その直後、僕はすぐさま反撃の一手を繰り出した。彼女は必死になって避けようとしたが、すてんと転んだ。剣術技能はともにレベル1。剣を混じえた時の攻防に優劣はつきにくい。けれどそれ以外の動きに――僕の速さに彼女はついてこれない。
すぐに立ちあがろうとするも、アナスタシアは生まれたての子鹿のように足が震えてうまく立てないようだった。
「くそう。アンリは強すぎだろ」
「アナスタシアも充分よくやってると思うよ」
この三年、一緒に稽古をするようになってさすがに悪魔呼ばわりされなくなった。
「いつも上から目線もむかつく」
「そんなつもりはないんだけどなあ」
頬をぽりぽりとかきながら答える。
前世での経験がある分、どうしてもアナスタシアを子供扱いしてしまうのは仕方のないことだ。
「いつかその顔面に一発叩き込んでやるんだから」
「やれるもんならやってみなよ」
僕は軽快な口調で答えた。
アナスタシアが、「ちぇっ」と少し舌を出して拗ねた。
――この三年でアナスタシアも随分と強くなったよな。
しみじみと思う。
魔物を倒さないことには習得した剣術技能は上がらないが、ことあるごとに僕のしていることを真似してきたり、昼から夕方まで、負けても負けても立ち会いを申し込んできたりするもんだから、他の技能が上がってちょっと六歳児とは思えないステータスになっていた。
「今日はもう帰るよ」
「また明日ね」
「ああ、また明日ね」
アナスタシアの無邪気な笑みに僕は答えた。
明くる朝。
まだ日ものぼらない内から僕は村を出て『魔の森』に向かった。
今日も日課をこなす。
探知技能を発動させて『魔の森』を全力疾走する。森のゴブリンを探知しては一撃で倒していく。この三年でいろいろとSTR上昇系の技能を習得できたおかげで、森の中のゴブリンに関しては背後からの一撃にこだわる必要もなくなっていた。
――これで三十匹!
森のゴブリンが首から血しぶきをあげて崩れ落ちる。刀身に付着した血を短刀を振って払う。迷宮で拾ったゴブリンの短刀。僕の愛用品だ。
ゴブリンの死体の前で手をかざして、僕は詠唱した。
「我が言葉に宿りし聖なる力よ、此処に集い、浄めの奇跡をもたらさん」
その直後にかつて聖水を振りまいたときのように浄化の力が発動する。聖なる霧に包まれてゴブリンの亡骸がこの世界から消えていく。
日々の教会でのお祈りも予定通り一年で無事に終わりを迎え、こうして神聖魔法を行使できるようになった。
日々、浄化を使っていることもあり、今では神聖魔法Lv2になっている。神聖魔法Lv2で覚えた魔法は再生だ。
これは一日かけて消費したHPを回復する魔法なので戦闘には不向きだが、何かあったときのための保険にはなるだろう。
前世の世界では、詠唱なんてものはフィクションの世界の中だけだったから今でも詠唱するときは恥ずかしい。
――けれどまあ、魔法ってやっぱいいよなあ。
そんなことを思いながら、MPが枯渇しないうちに僕は隠密状態で村に駆け戻った。
今日は六歳になった僕の木こり生活開始の日だ。
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