第15話 戦士バハバルとの戦い
村長――戦士バハバルは、まだ二十代を思わせる若々しい顔立ちをしていた。筋骨隆々のモンドとは対称的で、細見だった。けれど、彼の分厚い胸板がまとっているボロの服を押し上げており、無駄のない筋肉で引き締まっているのだと分かった。
バハバルはしばらくの間、言葉を失っていた。
いきなり訪ねてきた子供が剣を教えてください、と言ってきたのだ。
面食らっているのだろう。
剣術技能を覚えるためには、当然、剣を振るう必要がある。
この村で武器があり、鍛錬を行えるのは、戦士の家系であるこの村長の家だけだった。村の門番の装備もすべて村長宅の倉庫から制服として貸出をされているに過ぎなかった。
だから僕は村長の家を訪ねて、剣を教えて欲しいと直談判を行った。
「……君はモンドのとこのアンリくんじゃないか。アナがすまないことをしたね」
最初にバハバルが口にしたのは謝罪の言葉だった。それに対して、僕はあっけらかんと答えた。
「いえ。気にしてませんよ」
――本当に。むしろ感謝したいくらいだ。
「それで剣を覚えたいだって?」
「はい」
「お父さんとお母さんは知っているのかな?」
「まだ両親には話していません」
聖水の一件でアナスタシアの評判が家庭内で地に落ち、両親はできるだけ僕を彼女から離そうとしていた。そんな状態で話しても反対されるに決まっている。
「なら一度ご家族で話し合ってごらん。剣術は怪我をする可能性もある危険なものだからね」
「――危険ですか」
まあ無許可でいきなり他人の子を指導できないよな。
もし怪我でもさせたら大事だ。
「そう。危険だからね。そのことも含めてご両親の許可を得られたら教えて上げよう」
話しはそれまで、というようにバハバルが扉を閉めようとした瞬間、僕は口にした。
「いきなりアナスタシア様から木剣で襲われるよりよっぽど安全だと思いますよ」
一応、村長の前なのでアナスタシアに敬称をつける。
バハバルは血相を変えて叫んだ。
「おい。アナ!」
「なあに。とうちゃん」
アナスタシアが家の奥からひょっこりと出てきた。
「……あ。おまえはあくま」
目が合うと開口一番アナスタシアは言った。
「人様の子を悪魔と呼ぶな」
「――いたあい!」
ごちん、とバハバルがアナスタシアに拳骨を食らわせ、彼女は頭をおさえてその場にうずくまった。
「お前はこの子に俺が教えた剣術を使ったのか」
「つかったよ。むらをまもるためにね!」
えっへん、と胸を張るアナスタシアにバハバルはもう一発拳骨を食らわせた。
「お前というやつは! 俺たちの剣は何のためにあると思っている。ご先祖様が守ってきたこの村を守るためにあるんだぞ。それを村の子に使うとは! 恥を知りなさい」
「でも、むらのみんながいっているよ。こいつはあくまだって」
涙目になりながらもアナスタシアは言った。彼女は大泣きしそうなのを必死でこらえているかのように少し唇を噛んでいた。
「悪魔なぞ、この村にはいないと言っているだろう。神父様がすでにお祓いずみだ」
バハバルが申し訳なさそうに言った。
「聖水のことと言い、本当に娘がすまないことをした。どこか怪我でもしなかったかい?」
「いえ、大丈夫です」
「けがなんかするもんか。こいつにはわたしのけんがあたらないどころか、あたっても、へいきなかおしてたもん」
「――ほう?」
バハバルが興味深そうに眉間に皺を寄せた。
アナスタシアは3歳という年齢で剣術技能を習得している。彼が剣術指導に真剣に取り組んでいる賜物だろう。それゆえに今の彼女の発言は聞き流すことができなかったようだ。
「……村長、僕はすでにあなたよりも強いと思いますよ。危険なんて何もない。ただ木剣を貸してくれるだけで良いんです」
「――言うじゃないか」
バハバルはうっすらと笑んだ。その声色は子供の冗談に返すようなものではなく真剣そのものだった。3歳児とは思えない僕の物言いに普通じゃないものを感じ取ったのかもしれない。
アナスタシアに襲われたことを引き合いに出して、穏便に剣術指導の交渉をしようと思ったけれど方針変更だ。
いずれは村を出る身だし、モンドとセレナにこれ以上迷惑をかけたくないからあまり目立たちたくなかったけど、アナスタシアの聖水の件とさっきの彼女の発言でそれもご破産だ。
――もうやりたいようにやってやる。
半ば自暴自棄のように思える。
しかし、そう決めたらどこかスカッとした。
周りに気を使って、どうやってバレないように技能を習得するかばかり考えていたが、もうそんなのはやめだ。
「大した自信だな。モンドの子、アンリよ。そこまで言うならお相手を願おうかな」
「望むところです」
「えー。ずるい。わたしもまぜて!」
アナスタシアが子供らしくわがままを言っていたが、バハバルが「次の機会にな」となだめた。
村長の家にはちょっとした別館があった。いわば剣術道場みたいなものだ。
外観は見すぼらしい土壁の建物だったが中に入ってみると、意外と広かった。これなら自由に動き回れる。
「ほらよ」
バハバルが木剣を軽く放り投げてきたので僕はそれを受け取った。この世界で初めて握る木剣だ。木刀のようなものだ。
バハバルは壁に立てかけられている木剣を手に取る。その瞬間、彼の剣術技能が発動したのか所作の雰囲気が変わった。こちらを向いて剣を構えられると、すこし気圧された。
――剣では勝てないな。
直感が告げてくる。剣術技能を持たない僕は剣の斬り合いでは絶対に勝てない。けれど僕は剣では勝負しない。
「それでは、行きますよ」
「!?」
剣を持ったまま僕は単純にバハバルめがけて走った。たったそれだけだ。
バハバルの能力は最初に扉を開けた時に鑑定済みだ。
圧倒的なまでのAGIの差がある。
その違いがもたらす移動速度と攻撃速度の差は、技能のレベル差を覆す。
素早くバハバルの懐に飛び込み、最初の一撃を彼の頭上から叩き込んだ。
「あまい!」
バハバルの剣術技能レベル3が発動。
当然、軽く受け流される。剣同士での接触は技能レベルによって優劣が決まる。加えてバハバルは『うけながし』の技能も所持している。
僕の攻撃を捌いた直後、バハバルは攻撃に転じようと試みる。その動きはアナスタシアよりも断然早かったが、彼女の動きと同様に僕の目には止まって見えた。
潜伏と隠密が中級から上級冒険者のレベルに達している僕は、DEXとAGIが大幅に引き上げられている。
僕はバハバルより三倍速い。
バハバルが攻撃を繰り出すまでの間に僕は三度攻撃を叩き込んだ。
剣術も何もあったものじゃない素人の斬撃。
しかしこれは実戦ではなく試合だ。
とにかく攻撃が当たればいい。
「いっぽん! それまで!」
アナスタシアの勝敗判定の声が道場に響き渡った。
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