第14話 再び迷宮 そして、これからの方針
「アンリ、どこに行っていたの?」
迷宮探索をきりあげて家に帰ると、セレナが家の中の椅子に腰をかけていた。
ちょっと遅かったか。
どうやらセレナが洗濯をしている間に戻ってくるのに失敗したらしい。
「ちょっとだけ村を散歩してただけだよ」
「お留守番するように言ったでしょ?」
「……ごめんなさい」
とても反省したように見せるために僕は俯いた。
「まあ、いいわ。なにも意地悪されなかった?」
「なにもなかったよ」
「本当に? あの子に何もされなかった?」
「あの子?」
「村長の娘よ」
ーーアナスタシアのことか。
「村長の家は代々戦士の家系ってこともあってか、ちょっとばかり乱暴な子に育っているみたいね。女の子なのに剣なんか振り回して危ないったらありゃしない」
「危ないのには違いないけど、子供の頃から使命感に燃えてて、それはそれで良いんじゃない?」
「――とにかく! あの子にはあまり近づかないようにね。アンリがまた乱暴されないか心配よ」
僕が率直な感想を漏らすと、セレナが大きな声をあげた。彼女は、聖水を僕に一方的に投げつけてきたアナスタシアに対して相当頭にきているらしい。
「わかったよ。あまり近づかないようにするね」
僕が頷くと、セレナは嬉しそうに顔をほころばせる。
それからお昼ご飯を食べ、モンドが帰ってくるまで家の中でセレナと遊んで今日を終えた。
翌日も午前中にセレナが洗濯物を干している間に迷宮に行く。
入ってすぐに昨日と様子が違うことに気づいた。
1階層に魔物がいなかった。
――一度倒すと、再出現に時間がかかるのかな?
そんなことを思いながら昨日の場所まで一気に走った。魔物がいないから随分と快適だ。
道中、水たまりなんかで足が滑りそうになったが、行く先々で直感を通じて危険を知らせてくれるので、なんとか無事に階段までたどり着いた。
そして階段を降りて次の階層に進む。
降りた先も同様の洞窟のようだった。
早速、魔物に遭遇する。
1階のゴブリンよりも少し黒ずんだゴブリンだった。
念のために鑑定すると、少しだけ技能構成が変わっており、1階のゴブリンよりもHPが高かった。今までの短刀なら一撃で倒すことができなかっただろう。
けれど今は、昨日、ゴブリンの短刀を入手したおかげで、このゴブリンも一撃で倒せそうだ。
隠密状態を維持し、背後から一撃を喰らわせる。
戦闘ログで表示されたように、しっかりと一撃で屠ることができた。
探知技能が次から次に、ゴブリンの位置を教えてくれる。
鍾乳洞のような細い道を曲がる度にゴブリンに出くわし、その背後から致命の一撃を叩き込む。魔石を一個一個回収し、やがてズボンのポケットがいっぱいになる。
――これ以上入りきらない。
それくらい、ポケットがぱんぱんになったとき、またも下の階に行く階段を発見した。
その階段の前に立ち止まり、しばらく逡巡した。探知技能が反応しない。
(……特に危険はなさそうか?)
少し慎重になりながら、階段を降りて行った。
3階層に降りると、道がまっすぐに続いていた。相変わらずの鍾乳洞の雰囲気を思わせる迷宮だ。不思議なことに3階に降りてからというもの魔物と遭遇しなかった。探知技能に魔物の存在が引っ掛からない。
薄暗い道の中、進んでいくと大きな金属製の扉に突き当たった。
おどろおどろしい雰囲気を感じた。
僕は扉を開けるのをためらった。
深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
この世界はゲームとは違い、一度死んだら終わりだ。
今の僕のステータスでこの先に進んでも大丈夫なのか。
《全知の書》を顕現させて、扉の先になにがいるのかを確認した。
どうやらこの先には一匹の魔物がいるらしい。
その魔物のステータスを表示させる。
【隠者の迷宮ボス:迷宮ホブゴブリン】
Lv5
HP 50
MP 20
VIT 10
STR 10
DEX 10
AGI 10
INT 0
MND 0
【技能】
ホブゴブリンLv5
(剣術Lv5 探知Lv5 戦術Lv5)
――強い。
一目見て思う。
この奥にいるのはこの迷宮のボスだった。
この技能の表示の仕方には覚えがある。
僕の《全知》の技能と同様に、ホブゴブリンの技能に剣術と探知、戦術の技能が付随しているのだろう。その結果、レベルが低く見えているだけであり、実際のところはLv20の魔物だ。レベル詐欺も良いところだ。
物理攻撃力は15。
物理防御力はおおよそ11。
これは村の門番がざっと8人がかりで襲いかかって双方が相打ちになる程度の強さだった。
――扉を開けて入った時には隠密はどうなるんだろう?
ふとした疑問。
僕はこれも書を使って調べた。
基本的に僕の攻撃は隠密状態で背後からの一撃だ。
もしこれが通用しないようなら挑戦を諦めるしかない。
迷宮の扉の項目を調べてみて、僕は安堵する。
どうやら隠蔽の技能を扉に施すことで、扉の開閉状態そのものを隠蔽できるらしい。閉まっている扉が、隠蔽を施して開けられたとしたら、対象は閉まっている状態としか認識できないようだ。ただし、一度ボス部屋に足を踏み入れたらボスを倒すまでは出られないらしい。好機は一度きりしかない。
扉に隠蔽を施して開ける。
ボス部屋に入った後は、背後からの一撃で倒す。
僕の低STRと装備ではこれ以外にダメージを与えられない。
(……どうしようかな)
僕は扉の前で悩んだ。
このボスの探知技能を掻い潜るには隠蔽Lv6が必要だ。
僕の目下の目標は隠蔽、隠密、潜伏の技能をあげて『魔の森』を横断することである。
横断後に冒険者登録をして、この世界を旅するための強さをお手軽に手に入れるために、短剣術を上げている。
しかし、短剣術のレベルを上げようにも、浄化を覚えるまでは『魔の森』で経験値稼ぎもできない。
頼みの綱の迷宮も、《全知の書》で先ほど調べてみると、一度倒した魔物の再出現期間は1週間らしい。そして魔物の出現数は30ほど。日給換算すると一日4匹ほどだ。思ったほど短剣術の技能経験値を稼げない。
ここにきて欠点が顕著に表れてしまう。
《全知の書》はあくまで知識であり、創意工夫をして活用するのは僕の脳力次第だ。隠蔽技能が上昇する条件は知っていても、この村での上げ方を思いつかない。
……いろいろとお手上げだな。
とりあえず僕が強くなるために今できることをするしかないか。
隠蔽の技能上げはこれまで通り棚にあげるしかない。
毎日、こっそり教会にお祈り。
週に一度、短剣術技能上げのために迷宮に潜って、それ以外の日は何をするかだ。
しばらく考える。
――ステータスの底上げ。
それしかない。
そのためには新たな技能を習得する必要がある。
《全知の書》で各技能の習得方法と技能毎の上昇ステータスを調べる。この村で習得できそうな技能に目星をつけて、僕はひとまず迷宮を後にした。
家に帰ってからは家の裏に穴を掘って、そこに手に入れた魔石を放り投げてまた土をかぶせた。もちろん隠蔽技能で発見されないようにするのも忘れない。
今まで手に入れた魔石はこうして隠している。
お昼時、セレナと食事をすませた後、「ちょっと散歩してくる」と言って家を出た。あちらの世界では親が絶対に着いてきそうだが、なにせここは小さな村だ。人さらいや凶悪な事件とは無縁。彼女はただ「気を付けていってらっしゃい」というだけで心配した素振りはなかった。ただくれぐれもアナスタシアにだけは近づかないようにと念を押された。
家を出ると僕はこの村で一番大きな家に向かった。
この家にだけ扉がある。
扉をこんこん、と叩くと中から大柄な男が出てきた。
その男――村長に向かって僕は言った。
「剣術をおしえてください」
と。
残念ながらセレナには悪いが、僕が強くなるためには彼女の忠告を無視するしかない。
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