第13話 隠者の迷宮にて
そっとリリアとお別れをし、村から出た僕は、『魔の森』に足を踏みいれた。
そしてそのまま道中のゴブリンを全て無視して迷宮に向かう。
やがて迷宮に到着し、入り口を隠すようにして乱立する木々の間を通り抜けて迷宮内に入った。
すぐさま探知技能を発動し、迷宮内の構造と魔物の配置を把握する。
技能Lv20は神の領域である。
どれほど迷宮の中が薄暗く、足元が悪かったとしても、僕が迷宮内で快適に活動するための情報が、余すことなく頭の中に流れ込んできた。
エリアの指定をしなければ、ひょっとしたら人の世界を見通せるほどの探知能力を発揮するかもしれない。それほどの反則的技能だ。けれど、その行為には何かしらの代償がついてまわり、本能が発動を避けるように警告をしてくるようだったので、試そうとは思えない。
脳内に迷宮の地図が表示されているような感覚。
その地図を頭の中でひとつひとつ確認しながら、僕は歩を進めた。しかし、それはやがてより分かり易い形で僕に告げてくれるように変化していった。
(この角を曲がったらゴブリンが一匹……か)
そんな考えが頭を過る。
角を曲がった瞬間、たしかに一匹のゴブリンに遭遇した。
脳内の地図を見ずとも、ゴブリンの位置が分かった。
自然と誰かが囁いてくれるように頭の中に必要な情報が浮かび上がってくるようだった。
僕は戸惑う。
不思議な感じだ。
とりあえず、隠密状態を維持したまま、背後に回ってゴブリンの首筋に短刀をあてがい、切り裂く。その一撃でゴブリンは消滅し、魔石と化す。
前回の体術技能上げでSTRが上がったおかげで今のところ迷宮のゴブリンは確殺だった。魔石を回収し、再び潜伏から隠密状態に移行する。
迷宮内を進んでいくと、いびつな形をした通路が二股にわかれていた。
僕はじっくりと観察した。
左の道はまっすぐだったが、ところどころ巨大な岩がせり出ているような通路で、岩の間から青白い光が漏れていた。
右の道は広めで、水滴が岩を滑らかに削ったような形状――鍾乳洞を思わせる通路だった。奥の方から、かすかに水滴の音と風が吹き抜ける薄気味悪い音が響いていた。
(先に続いているのはどっちだ?)
探知技能が作り出している脳内の地図で確認を試みる。しかし、それをするまでもなく、またも頭の中で一つの結論が導き出された。
――次の階層へ続く道は右だ。
と。
念のため頭の中で写真を動かすようにして脳内の地図を確認してみると、実際にその通りだった。
最初に『魔の森』で探知技能を使ったときは、たしかに脳内の地図でゴブリンを探した。けれど今はそれをするまでもなく、答えが頭の中に浮かび上がってくる感じだった。
それはさながら直感のように、僕に正しいことを教えてくれている。
(……人が使いやすいように、探知技能が人間の思考に合わせて調整されたのかな)
どうやら探知技能はより便利になったようだ。
僕は次の階層に進むべく右の道に一歩踏み出した。
薄暗い道をしばらく進んでいくと、広々とした空洞に出た。一部が小さな湖になっていた。湖の水はきれいな透明で、静かに波がうっていた。湿った壁から水滴が滴り、ぴちゃん、ぴちゃん、と湖の水面を揺らしていた。
鍾乳石が垂れ下がり、足元のところどころで光る苔が生えていた。
まるで自然にできた鍾乳洞のようだった。
(……迷宮は自然に発生した洞窟なのかな?)
美しい湖畔の景色に見惚れながら、そんなことを僕は思った。
疑問に思ったが、探知技能のように直感となってその答えが出てくることはなかった。
ひょっとしたら《全知》の技能で知ることができる――この世界に関する知識は、《全知の書》を開いて自発的に調べない限りは分からないのかもしれない。本は、開いてからじゃないと、その中身が分からないように。
空洞の中を風が吹き抜け、不気味な音が鳴った。
ぶるっと身震いする。
(……そろそろ進もう)
僕は湖畔の空洞を後にして先に進んだ。
探知技能に導かれるまま、迷宮の奥へ奥へと進む。
道中、遭遇した魔物はすべてゴブリンだった。遭遇したゴブリンのレベルとステータスは全て同一であり、それゆえに、全てのゴブリンを隠密状態での背後からの一撃で倒すことができた。
(――これで15匹目!)
今回も一撃。
迷宮内のゴブリンはHPが0になると例外なく消滅し、魔石を残した。手に武器を持っているはずなのに、武器も含めて消滅していた。
しかし、今回のゴブリンは少し事情が違っていた。
――カランッ、カランッ。
と、音をたてて小さな古びた箱が地面を少し跳ねた。ゴブリンの魔石のように赤い光沢のある光を放っていた。それはファンタジーではよくある定番の形をした宝箱だった。
(――ひょっとして、ドロップ品?)
一瞬、息が詰まる。
(おお、いいね。異世界らしい)
うれしさのあまりわずかに昂揚する。
――異世界での初ドロップ品。
今回は魔石がでなかった代わりに宝箱が出たようだ。
逸る気持ちを抑えきれず、自然と箱に手が伸びた。
(おっと――危ない)
箱に手が触れそうだったところで僕はぎゅっとこらえた。
宝箱には罠があるのは定番だ。うかつに開けると毒の霧がでてきて死んでしまうかもしれない。
僕は鑑定技能を発動し、ドロップ品を鑑定した。
『宝箱』
罠:なし。
迷宮のゴブリンのドロップ品。
と、ウィンドウが表示された。
しっかりと安全を確認したところで、僕は宝箱の蓋を開けた。
まあ、罠があったところで罠解除の技能を発動させるだけなんだけどね。全知ゆえに僕は全ての罠に関する知識も習得している。
宝箱の中には一振りの短刀が入っていた。きちんと鞘に納められている。短刀を鑑定すると【ゴブリンの短刀】と表示された。攻撃力は4であり、今の薪割り用の短刀の2倍だった。
(おおー。少しだけ強くなったぞ)
ちょっとのことだが嬉しくなった。それにこの短刀が、異世界にきて初めて手にする、正真正銘、僕の初の武器だ。
ゴブリンの短刀を宝箱から取り出す。腰帯にしまいこむと、宝箱は消えてしまった。中身がなくなるとどうやら消えるらしい。
(――さて、と)
ちょっとばかりの余韻に浸ってから、先に進んだ。
少し進むと階段が見えてきた。
……次の階層だ。
進もうかどうか迷う。
魔物の強さ的に問題はないと思う。
けれど――。
僕は《全知の書》を顕現させて、自分のステータスを表示させる。MPが半分を切っていた。MPが枯渇すると隠密を維持できなくなってしまう。その前に村まで戻らないといけない。
(今日はここまでかな)
明日はもっと早く進もう。
今日は慎重に進んだせいで進行速度がだいぶ遅かった。
僕は踵を返し、家路についた。
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