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第11話 魔物との戦いと聖水のゆくえ

 翌日、また魔物狩りをしようと隠密ステルスの技能を発動させ、村を抜けて『魔の森』に足を踏み入れた。

 その瞬間、思わず鼻を押さえてしまった。

 森の中は異臭に満ちていた。


「これは……」


 鼻の奥を突き刺すような悪臭だった。一体何が原因なのかを突き止めるべく、周囲を注意深く探る。

 茂みをかき分けて進んで行くと、昨日の戦闘の跡が目に入った。濃い森の中に立ち上がる異臭はどうやら魔物の死体から発生しているようだった。


「これが原因か。このままじゃまずいな……」


 昨日倒した魔物の死体がそのまま残っていた。わずかに腐敗している。どうやら魔物はゲームのように倒しても消滅したりしないらしい。それは時間経過でも同じだった。倒した後に、魔物がどうなるかなんて全く頭になかった。


「……どうしよう」


 考え込む。

 とりあえず、帰宅してから、夕食の時にモンドに相談することに決めた。彼は僕の投げかける疑問に穏やかな表情で答えてくれた。


「――護衛達が魔物を討伐した場合、その死体をどうするかだって?」


「うん。どうしているの?」


 興味津々な子供を演じながら訊ねる。 


「そりゃあ、浄化をするのさ」


「……浄化?」


「浄化っていうのは、この世の穢れを清める行為のことさ。教会の神父様の神聖魔法か、聖水を振りかけることで行うのさ」


「そうなんだ……」


「魔物一匹につき、一回の浄化の魔法か一つの聖水を使うことになる。なんだ、アンリ。魔物に興味があるのか? ――それとも、いつか冒険でもしようってのか?」


「そんな感じかな」


「村長の長女のアナスタシアさまの影響かしら。最近、ゆうしゃパーティごっこをしているらしいって聞くし」


「あの子はそんなことをしているのか」


「……よく遊んでもらっているよ」


「へえ――。そう。アンリにもお友達ができたのね。お母さん、嬉しいわ」


「でも、危ない真似だけはダメだぞ」


「うん、わかっているよ」


 ――まあ、嘘は言ってない。


 一方的に悪魔呼ばわりされて虐められている気はするが、危なくはないし、魔物との戦いにしたって随分と安全マージンをとっている。


「ところで聖水はどこでどうやって手に入るの?」


「教会に置いてあるわよ。必要なときは基本的に食料とか他の入用な物と物々交換しているの」


 訊ねると、セレナが頭を撫でながら答えてくれた。


「そっか……。ありがとう」


 お礼を言いながら、僕は考えた。

 昨日倒した魔物は25匹だ。

 ということは、25回の浄化の魔法か25個の聖水を魔物に使う必要がある。


《全知の書》を顕現させ、まずは神聖魔法の習得方法を確認した。

 神聖魔法の習得方法は、どうやら一年間教会に通い続けて連続で祈りを捧げる必要があるらしい。

 この世界の一年は奇しくも地球と同じ365日だ。


「待っていられないな……」


 念のために《全知の書》で確認してみると、魔物の死体を長期間放置しておくと、邪気がたまり、より凶悪な魔物が誕生する温床になることが分かった。


「一刻も早く浄化しないと……」


 神聖魔法の習得を待つのは現実的ではない。一年も経てば絶対に何か悪いことが起こっているだろう。

 そうなってくると聖水を使うしかない。

 この村は物々交換が主流なようなので、先ほどの会話を振り返る限り、食料か他の入用な物が25個必要となるが、この家にはそんなに食糧は備蓄していない。それに、子供がひとり行ったところでまともに取り扱ってくれないかもしれない。

 聖水が必要となっている理由をセレナとモンドに打ち明けてしまおうかとも思ったが、僕は頭を振ってその考えを否定した。

 うまく説明できる自信がないし、二人との関係性が壊れてしまわないかと不安だった。


 ――とるしかない。


 気乗りしないが僕はその方法を採用した。


 夜になり、セレナとモンドが眠りにつくと、隠密技能を発動させ、モンドが使っている籠を背負って家を出た。

 静寂と闇に紛れ、教会へと向かう。

 村の教会は、古い石造りの建物だった。教会の屋根は高く、尖塔のような形をしている。屋根の縁には簡単な彫刻が施されていた。

 教会の正面に立つと、厚い木材の大きな扉が目に入ってきた。鉄の取っ手がついており、重厚な雰囲気をしている。

 商団の生き残りたちが作った村にしてはやけに本格的なつくりをしているように思えたが、こんな地だからこそ心の拠り所がほしく、豪華につくったのかもしれない。

 扉に手をかけようとしたが、一瞬手が止まってしまう。

 僕はこれから聖水を盗もうとしている。

 アナスタシアが僕のことを指さして悪魔と叫んでいたが、それはあながち間違いではないように思えてきた。しかし、僕の落ち度とはいえあのまま魔物を放ってはおけない。

 聖水自体は、小瓶に水を入れて浄化の魔法を唱えるだけで完成するらしい。これから浄化の魔法を覚えて一年後にちゃんと返そう。

 そう自分自身を納得させて、僕は教会の扉の鍵穴――巨大な南京錠に手を触れた。

 すると《全知》に付随して習得した開錠技能Lv20が発動する。全ての鍵の知識が頭の中に流れてきた。そしてこの扉の開錠に必要な知識が指先に集まってくるような感覚がした。

 家から持ち出してきた串を鍵穴に突き刺すと、自然と手が動いた。やがて、ガチャッという大きな音とともに、扉の鍵が開いた。


(さすがは異世界ってことかな)


 昨日のアナスタシアの剣術技能における補正能力もさることながら、技能における補助性能が世界に及ぼす作用がとても強いように思える。なにせ技能に導かれるまま、身体が勝手に動くのだ。

 真っ暗な教会内に入り、進んでいく。

 奥にある祭壇近くの扉を開けると、どうやら保管庫だったらしく、液体が入った透明な瓶がいくつも棚に置かれていた。鑑定すると、それは聖水だった。

 

(……これでいいんだ)


 急いで背負っていた籠に聖水を詰め、再び『魔の森』に向かった。

 

 悪臭が漂う森で、ゴブリンの死体に聖水をふりかける。心の中で祈るような思いで見守っていると、不透明な霧がたちこめ、霧に呑まれた死体はやがて消えていった。

 そしてその霧も次第に消え、空気に溶け込むように見えなくなった。


(……よかった)


 すべてのゴブリンの死体に聖水をふりまき終えると、無事に全ての死体はきれいになくなった。同時に、悪臭も最初からなかったかのように臭いが消失した。

 夜の『魔の森』の中でひとり安堵する。

 しかし、同時に別の問題にも直面した。

 このままでは魔物を倒して、技能を稼ぐことができない。

 これから神聖魔法の浄化を覚えるために、教会に通い続けるとしても、神聖魔法を習得できるのは一年後ということになる。それまで短剣術の技能上げができなくなる。

『魔の森』を抜けることだけ考えると短剣術の技能を上げる必要はないが、その後の冒険者人生のことを考えると、ここで少しでも前進しておきたいように思う。

 腰帯にしまい込んでいる短刀を触りながら、僕は悩んだ。

 やがて、ひとつの事実を思い出す。

 それは『隠者の迷宮Lv5』というものだ。

 かつてこの村の歴史を調べた時に、村の周辺にどうやら迷宮があることを知った。

 異世界小説なんかではよく迷宮内の魔物を倒すと、魔石となって消滅したりする。この世界でも同様なら、浄化や聖水がなくても魔物を倒しても支障はないはずだ。

《全知の書》で迷宮内の魔物のことを調べてみると、その記述があった。

 迷宮内の魔物は倒すとすぐに消滅し、魔石と化すらしい。

 つまり聖水も神聖魔法も使わずに、技能のレベル上げができる。

 僕はすぐさま探知技能を発動して、迷宮の場所を探る。

 かつて《全知の書》で場所を確認したことがある。その記憶が正しければこの辺りにあるはずだ。ほどなくして、見つかった。

 隠密ステルスのまま僕は『魔の森』を進み、すれ違うゴブリンに接触しないように注意をしながら、迷宮に向かい、辿り着いた。


「これが迷宮か」


 初めて目にする迷宮を前にして感動のあまり思わず呟いてしまった。

 巨大な岩と古びた石造りの建築物が木々に覆われていた。石壁は緑色の苔に覆われており、迷彩柄のように森の中に溶け込んでいるようだった。

 迷宮の入り口は洞窟のように大きな岩の塊に囲まれており、さながら巨大な岩の門だった。その門を塞ぐようにして森の木々が乱立し、入り口が隠されていた。『隠者の迷宮』という名前がつけられているのも納得できる。

 乱立する木々の隙間に身体を滑りこませて、僕は迷宮の内部へと侵入した。

 中に入った瞬間、ひんやりとした。その内部は幽玄な輝きに包まれていた。幻想的な照明が迷宮の広がりを照らしていた。天井付近に生えるキノコがどういうわけか発光しているようだった。

 迷宮の床はその感触から石畳に近いもののようだった。通路の広さは今住んでいる家より広く、片側二車線のトンネルくらいの空間はありそうだった。これなら戦闘になっても十分に身動きがとれそうだ。


(なんか異世界にきたって感じがするなあ)


 しみじみと感慨にふけりながら、僕は迷宮内を進んでいった。

 この迷宮はLv5ということもあり、罠も何もない初心者用の迷宮だ。

 探知技能を発動し、魔物との遭遇にさえ気をつけておけば何も危険なことはないだろう。

 やがて探知技能が魔物の接近を知らせてくれ、僕は迷宮内で初めて魔物と遭遇した。隠密状態なので、もちろん魔物からは探知されていない。


(またゴブリンか……)


 念のため目に力をこめて魔物を凝視した。鑑定する。迷宮のゴブリンはこん棒ではなく、古びた剣を装備しているようだった。


【迷宮のゴブリン】

 Lv 4

 HP 13

 MP 6


 VIT 3

 STR 3

 DEX 4

 AGI 2

 INT 2

 MND 0

 

【技能】

ゴブリンLv2

剣術Lv1

探知Lv1


 どうやら迷宮内のゴブリンの方が、体力が少し高くて、敏捷性が低い。


(――すこしまずいな)


 迷宮内に入ってからしばらくして遮蔽物がないことに気づいた。以前の戦闘時に表示させたログによると、今の僕が隠密状態からクリティカルを出しても与えられるダメージは8だ。

 森で戦っていたときは茂みに隠れて再び潜伏することが可能だったが、この迷宮内においてはその戦法は使えなさそうだ。つまり、迷宮内において僕はこのゴブリンを一撃で倒す必要がある。


 もしくは――。


(一回攻撃してから一度迷宮を出て、もう一度攻撃できないかな?)


 思いついたので早速やってみる。

 隠密状態で、迷宮のゴブリンの背後に立ち、薪割り用の短刀を抜くと首を裂いた。

 ゴブリンが驚いたような悲鳴を上げたが、それは一瞬のことで、即座に振り向きざまに剣を薙いできた。


(森のやつとは違うな!)


 短刀で攻撃した後にすぐに後退していたので、ゴブリンの攻撃は空を切る。迷宮のゴブリンはゴブリンとしての技能レベルが、森にいたやつよりも高いせいか、ふいをつかれたときの反応がまるで違うようだ。森のゴブリンたちは戸惑うことが多く、攻撃への移行が全体的に遅かった。

 迷宮のゴブリンが首に手をあてがい、出血をおさえながら睨みつけてくる。獰猛な牙をむき出しにし、剣を握り絞めているようだった。

 臨戦態勢にて僕を警戒しているようだが、それは無駄だ。

 僕はゴブリンに背を向けると、脱兎のごとく迷宮の出口へと走った。来た道をそのまま引き返し、一旦迷宮の外に出る。

 そして再度、隠密状態に移行し、さきほどの場所に戻った。これでゴブリンが手負いのままなら次の一撃で倒せる。

 意気揚々と同じ場所に辿り着いたが、僕は思わず天を仰いでしまった。

 迷宮の不思議な力が働いたのか、首に傷を負い、出血していたゴブリンは何事もなかったかのようにピンピンとしていた。ゴブリンを鑑定してみても、HPの減少はなく、完全に元に戻っているようだった。

 どうやら一度迷宮をでてしまうと、リセットされてしまうらしい。

 

 ――このままでは倒せない。

 

 けれど倒したい。

 僕は葛藤した。

《全知の書》を顕現し、何か方法がないか模索する。

 背後からの一撃で倒せない大きな原因は、僕のSTRが0だからだ。STRがわずかでも上がれば、与える物理ダメージが上昇する。

 ここで何か技能を習得しさえすれば……。


(――って、あるじゃないか。おあつらえ向きなのが)


《全知の書》を閉じ、手元からなくすと僕は隠密を解除し、短刀を腰帯にしまった。


「ギッ!?」


 目の前のゴブリンが僕の存在を探知し、身構える。剣の切っ先を僕に向けて臨戦態勢に入ったようだった。僕は拳を構える。


「さあ、こい!」


「ギギギィ――ッ!!」


 僕が挑発するとゴブリンが襲い掛かってきた。剣が空を切る。僕は必死になって回避し、そして素手でゴブリンを殴った。ダメージはもちろんない。しかしそれでも殴る。ゴブリンの斬撃を回避するたびに僕は10回以上殴る。

 攻撃速度はDEX(どれだけ武器を器用に扱い)+AGI(素早く動けるか)の値に、装備重量が考慮されるので、僕の方が圧倒的に早く動ける。

 どれだけ殴っても微塵もダメージを与えられない。しかし、それでも殴り続ける僕に対して、敵であるはずのゴブリンも少し困惑したような顔を浮かべていた。

 だが、それでいい。

 戦いながら時折、《全知の書》を顕現させて、経験値の獲得状況を確認する。順調に経験値が貯まっている。

 ちょうど、ごっこ遊びで上げていた技能。


 そう――体術技能だ。


 この技能はLv1ごとにVIT / STR / DEXがそれぞれ1上昇する。

 経験値の獲得条件は素手での攻撃、および敵の攻撃の回避である。

 どれだけ殴ってもダメージを与えられないこの状況は絶好の経験値稼ぎになる。

 殴り過ぎて拳の皮がむけてきたが、僕はひたすらゴブリンを殴り続けた。

 やがて体術技能がLv2になった。

 どれくらい殴ったか分からなかったがおそらく一時間も経っていないだろう。


(よし! これでいける!)


 僕は殴る手を止めて、一度外に出ると潜伏ハイドから隠密ステルスへと移行してまた元の場所に戻った。

 そして、間髪入れずにゴブリンの背後に回ると短刀で一撃をお見舞いした。ゴブリンの首から血しぶきが飛び散り、その場で崩れ落ちる。戦闘ログにはクリティカルダメージ16と表示されている。計画通り一撃だ。

 倒れたゴブリンはしばらくすると聖水をかけたときみたいに霧となって消え、代わりにゴブリンの瞳と同じ色で――赤く輝く石がそこにあった。

 鑑定をすると【ゴブリンの魔石】というウィンドウが表示された。

 短剣術の技能経験値もきちんと入手できているようである。

 ふう、と一息。

 安堵のため息が出た。

 そろそろ深夜になりそうだったので一旦迷宮を出る。

 さすがに夜中にずっと抜け出していると、いつばれるか分からない。

 今日はこれくらいで帰ろう。

 村に戻ってから教会に入った。

 戻ってくると、先ほどまでの昂揚が嘘のように消失してしまった。聖水を盗んで悪いことをした事実に、いやでも直面してしまう。

 籠から空になった瓶を取り出して、保管庫の奥の方にまとめて空き瓶を置いた。ばれないように願ったが、さすがに25本もの数である。絶対にばれるだろう。

 ごめんなさい、と思いながら僕は教会の南京錠を施錠してから家に戻った。

 

 翌朝、目を覚ましても村はいつものように穏やかだった。

 まだ聖水の件は気づかれていないらしい。

 罪悪感に苛まれて仕方がなかったが、僕は神聖魔法を覚えるために教会に向かった。今日から毎日通い続けて祈りを捧げるのだ。

 教会に入ると、見知った顔の子がすでに祭壇に跪き、祈りを捧げていた。リリアだ。その傍らの椅子にはアナスタシアがつまらなさそうに足をぶらぶらさせて座っていた。

 僕が祭壇近くまで行くとリリアが僕に気づいた。ついでにアナスタシアも。


「あれ、あなたは……」


「おまえはあくま!」


「――だから違うって」


 昨夜のことがあるので強く否定する気になれない。盗みを働き、悪いことをしたのは確かだからだ。これから聖水の件がばれて――絶対に見つからない――犯人捜しが始まるだろう。それはさながら人狼狩りのようで、村が疑心暗鬼の険悪な雰囲気に包まれる恐れもある。


「きょうこそはせいばい――!」


 言いながら、アナスタシアは木剣を持っていないことに気がついた。


「あー! きょうはもってきていないや!」


「しつれいだよ、アナ。ひとのこと、あくまだなんて」


「でも、あそこにはあくまがすんでいるってみんないってるよ」


「それはそうだけど……」


「ほら! だから、ゆうしゃアナスタシアがたおしてやるの」


「きょうはぶきがないから、またこんどにしたら」


「むぅう」


 アナスタシアが不服そうに頬を膨らませた。武器を探すようにきょろきょろとしていたが、やがてその視線が一か所に釘付けになる。祭壇の奥だ。彼女は無造作にその場所――保管庫に近づくと扉を開けた。

 

「あった! まものとか、あくまにはこれがきくって、アナスタシアしってるよ!」


 アナスタシアが手に取ったのは小瓶だった。


 ――まさか。


 僕は絶句した。

 曇っていたせいで教会内は薄暗かった。しかし、この瞬間だけは雲の切れ目からか教会の高い天井から陽の光が差しこんだ。自然光が色とりどりのガラスを伝って、朝焼けのようなあたたかい光が教会内を眩しく照らした。

 アナスタシアが小瓶の蓋をはずす。


「ちょっとアナ! それだけはやっちゃだめ!」


「てりゃああああ!」


「ああああ、パパにおこられる!」


 アナスタシアが、小瓶の中の聖水がいきおいよく出るように、思い切り瓶を振った。瓶の口から聖水が飛び出て、僕にかかった。


「むっ? いちどだけではきかないようだね」

 

 聖水を振りかけられても魔物の死体のように霧となって消えないことにアナスタシアは首をかしげた。


「――だったら、こうかがあらわれるまでやってやる!」


 保管庫から大量の小瓶を取り出して、アナスタシアは聖水を僕にふりまいてきた。


 ――僕は人間だ。


 そんなものはもちろん効果はない。

 けれど、どうしてだろうか。

 彼女に聖水をぶっかけられる度に、心の奥がすっと軽くなった気がした。

 僕が聖水を盗んだ事実に変わりはないけれど、アナスタシアのおかげで、村の人々が犯人を捜し回り、争いごとが巻き起こるかもしれない疑念の雰囲気を、偶然にも回避できたと感じた。心から安堵した。

 相変わらず、むきになって聖水をぶっかけてくるアナスタシア。

 顔面蒼白のリリア。

 聖水でびしょびしょの僕。

 思わず笑いが込み上げてきた――。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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