第10話 そろそろ友達がほしい
太陽の光が水面にキラキラと輝いていた。川はそっと流れ、風は歩いているように穏やかで、涼しい空気が頬をうった。
ともすると、とてもくつろげる雰囲気であったが、明朗快活のゆうしゃアナスタシアにはその雰囲気の良さは分からないらしい。
僕を見つけるなり、また前回と同様に木剣を構えて襲いかかってきた。
「てりゃーっ!」
と、勢いよく斬りかかってくる。鑑定をしてみても前回と同じステータス。特に警戒する必要もないが、攻撃にあたってやるのも癪だ。
鞘に閉まったままの短刀で応戦する。
刀身についた血の汚れは洗い流しているので、このまま短刀を抜いても驚かれるようなことはないが、なにせ相手が木剣である。刃物は大人げないというものだ。
アナスタシアの木剣を受け止め、受け流す。
「まだだあ!」
体勢を崩すかと思ったが、意外と踏ん張り、身体を一回転させるとその勢いにのせて僕の横腹に向けて攻撃をくりだしてきた。
(……普通、三歳児ならそこまで踏ん張れないけどなあ)
アナスタシアの動きを冷静に分析しつつ、短刀で彼女の攻撃を受け止めた。力いっぱい物を叩いたりしたら、反動で手がしびれそうなものなのに、彼女にはその様子がまるでない。現代日本人の大人が見たら、彼女のことを三歳児とはみなさないだろう。
力や言動は年相応に見えるが、こと剣を持っている時の動きの機敏さはとても子供のものとは思えなかった。
(……これが剣術技能の恩恵ってやつなのかな)
あきらかに動きに補正が入っているように、僕の目には映った。
「おい! アナ! こいつはいったい誰なんだよ!」
「あくまだよ!」
アナスタシアから距離をとって様子を見ていると、少し離れたところにいる男の子が目に入った。初めて見る顔だ。年や背格好は僕と同じくらい。中性的な顔立ちで、穏やかな瞳をしており、そのせいか少し落ち着いた雰囲気を漂わせている感じだ。彼の髪は土や砂のような色合いをしており、太陽の光にあたると少し金褐色に輝いているように見えた。無造作な髪型は、風に流されるままそよいでいた。
「まどうしクレイ! えんごして! きょうこそ、このあくまをたおすんだから!」
「あくま? こいつが?」
クレイと呼ばれた男の子から懐疑的な目を向けられる。
そりゃあ、そうだろう。
悪魔なんてものは実際にいるわけがないし、今の僕はどちらかといえば隠者だ。
(――それにしても、今度は魔導師か)
ちょっと笑ってしまう。
この川原に勇者と聖女と魔導師が集っている。
実に的確にこの世界のおとぎ話にある、魔王を倒したパーティの職業を名乗っている。村のどこかに元ネタでもあるのだろうか。
「――ばかにするなよ!」
僕の失笑を馬鹿にされたと勘違いしたのか、クレイが川原に転がる石を拾い上げてなにやら詠唱のようなものを口にし始めた。
「いわよ、わがてにやどりしちからをしめせ。 だいちのいぶきをかんじ、いしのしんぞうをよびさませ。――ストーンエッジ!」
「うわっと!?」
詠唱後にクレイが拾い上げた石を投げてきた。僕は身をひるがえし、飛んできた石つぶてを避けた。
――あぶないな。
飛んできたのは魔法による石ではないが、物理的に危ないのは確かだ。
「でかしたよ! クレイ!」
僕が回避した先にアナスタシアが突きをくりだしてくる。僕の目をめがけて。
(殺意がはんぱないな。……ごっこ遊びっていうのに、役に入り込みすぎだろ)
身体を逸らして回避すると、アナスタシアがまた叫んだ。
「クレイ! えんごして!」
「わかったよ。ゆうしゃさま! くらえ、ストーンエッジ!」
「今度は無詠唱か」
どうやらこのまどうしは、詠唱を省略できるらしい。
川原に落ちている小石を拾っては、僕に投げつけてくる。がちの全力投球だ。アナスタシアの木剣よりも凶悪かもしれない。
石つぶてを一つ一つ避けながら、僕は《全知の書》を顕現させた。
(……よし。いい感じだ)
ステータスを確認すると、ゆくゆく習得したいと思っていた素手での戦闘および回避率が上昇する体術技能に経験値が入っていた。
木剣や石つぶてを回避するたびに経験値が入っていた。
戦闘技能は習得をしてしまった後は、基本的に魔物との実戦をこなすことでしか技能上昇は見込めない。けれど、習得するまではこんなごっこ遊びでもスキル経験値が十分に得られる。
「――どうしたの? もっと投げてきなよ」
「おまえ、むかつくな!」
少し疲れたのか手が停まったクレイに声を投げかけて煽る。
鼻息を荒くしてクレイは小石を投げつけてくるが、力み過ぎているのか、あさっての方向に石が飛んでいくようになった。
アナスタシアはアナスタシアで石にあたらないようにタイミングを見計らって攻撃をしてくるが、もはや息切れを起こしている。所詮は子供の体力ということか。
(……体術の技能上げもここまでかな)
短刀を腰帯にしまい、両手をあげる。
ここは大人らしく僕が降参してあげよう。
当初は色々と関わるのが面倒だと思ったけど、戦闘が終わったら、誤解を解いて友達になってもらうかな。
いつまでも悪魔と言われ続けるのも嫌だし、それに、最近になって、セレナとモンドが、村の中で孤立している僕をとても心配してくるのだ。
だから友達のひとりやふたりでも作って、二人を安心させてあげたい。
戦闘が始まってから心配そうにおろおろとしているリリアに目を向けた。彼女ならきっと上手に仲介してくれるだろう。
「いたああああっ――――!!」
「ご、ごめん! アナ!」
突然、アナスタシアが頭を抱えてその場にうずくまった。クレイがすぐに駆け寄る。彼が投げた石が、アナスタシアの後頭部を直撃したらしい。
リリアも駆け寄って、アナスタシアの頭をさすった。
「リアー! 回復魔法かけてー!」
「いまからかけるね。だからうごかないでね」
「うん」
「――いたいのいたいの、とんでけー」
「まじかあ」
思わず唸ってしまった。
まさかのまじない。
こちらの世界でも幼児をなだめるのに、同じようなまじないがあるようだ。
しかしこれでは痛みは治まらないだろう。二人に少し近づいてアナスタシアの後頭部を覗いてみる。出血はない。見た目には分からないが石があたったので、少し腫れているかもしれない。
(薬草のひとつでもあればいいんだけど……)
MPが枯渇しているため探知技能は使えない。
きょろきょろと周辺を見回してみると、ちょうど川原と茂みの間に一本だけ薬草が生えていた。その薬草をむしり取り、リリアに手渡した。
「……これ使ってよ」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
リリアににっこり微笑むと、彼女は少し頬を赤らめて俯いてしまった。
「――?」
どうしたんだろうと思いながら、僕は手を振った。さすがにこの状態で友達になってほしいとは言えず、僕は帰ることにした。
やさしさも見せられたし、少しはこの子たちとの距離も近づいただろう。
「それじゃあ、僕は帰るね。ばいばい。また遊んでね」
「……はい。ありがとうございます」
リリアがぺこぺこと頭を下げてきた。
やっぱり多少は好感度が上がったようだ。
――が。
「とっとと、どこかにいけーっ! つぎこそは、めにものみせてやる!」
「こんどあったときはかくごしろよ! おれのあたらしいまほうでたおしてやる!」
安堵も束の間、アナスタシアとクレイからは罵声を浴びせられた。
なんとも負けず嫌いな二人である――。
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