序章① 異世界への遠い道のり
ぼくは、いせかいしょうせつが、すきです。
なぜなら、そこではみんなが、まほうを使えるからです。
チートなのうりょくももらえて、かつやくできるのもすごいと思います。
ぼくもいつか、いせかいに行ってみたいです。
真冬の寒さが少しやわらぎ、そろそろ春に移り変わろうかというこの頃、僕は部屋の片付けをしながら引越しの準備をしていた。
その際に机と壁の隙間に1枚の紙切れが挟まっているのを見つけた。
どうやら机の引き出しに入れていたものが、わずかな隙間からはみ出て奥に落ち込んでしまっていたらしい。
身をかがめて隙間に体をいれてその紙切れを拾い上げる。
その紙切れを手にとったところで僕は息を呑んだ。
(こんなところにあったのか)
忘れもしない僕の黒歴史。
これは僕が小学3年生のときに異世界小説を題材に書いた読書感想文だ。
サンタクロースを信じる子供がいるように、僕は当たり前のように異世界というものを信じていた。魔法の存在も疑わなかった。小説は本当のことを書いているものだと思っていた。
当時、この感想文を書いた時はお父さんに失笑され、お母さんには呆れられた。
異世界なんてものは所詮は物語の中だけだ、と両親に諭されたが、
「毎年クリスマスにはサンタクロースはきているよ?」
と、僕が首を傾げると、二人とも顔を見合わせた後に真顔で言う。
「サンタクロースはいる!」
と。
――当時はまるで意味不明だった。
サンタクロースがいるなら、異世界もあるもんだと思った。
とりあえず、せっかく書いた感想文だし、僕は提出した。
本来なら感想文を読むのは先生だけなので、話しはここで終わるはずだった。
しかし、あろうことか、この先生は僕の感想文を廊下で落としてしまったのだ。
異世界はある。
魔法はある。
チート羨ましい。
こんなことが書いてある感想文を。
さらに運の悪いことにこれを拾ったのは、クラスでなにかと僕に絡んでくる男子だった。
こいつは面白がって、校内中に僕の感想文を拡散したのだ。
「異世界とか魔法を信じてるの?」
誰かと顔を合わせるたびに、こんなことを言われるようになってしまった。
小学3年生の時はなんとも思わなかったけど、学年が上がるにつれて、いつの頃からか耳を塞ぎたくなるくらい恥ずかしくなった。
小学6年生の時、僕はこれ以上バカにされないように異世界小説というものを逆に否定した。
バカにする側にいればバカにされることはない。
中学、高校とそれに引きずられるようにして、異世界小説なんてものは一度も読まなかった。
そして、この4月から僕は大学生になる。
一人暮らしが始まる。
好きだったものを馬鹿にして、嫌いになったふりをしてもやっぱり心の奥では燻っているんだなあと、今この読書感想文を読み返してみて実感する。
試しにスマホでWeb小説なるものを読んでみると、小学生の時に感じたようにわくわくした。
やっぱり異世界小説は面白い。
僕は引越し先に郵送する、すでに梱包したダンボール箱をこじ開けて、この読書感想文を中に入れた。
大学生活が始まってからというもの、学業のかたわらに僕はこれまで全く読んでこなかった反動からか、異世界小説を読みまくった。
ここ最近、多くの異世界小説が発売されていたり、いつでも携帯で気軽に読めるから、ご飯の時はもちろん、歯を磨いている時やトイレに行く時も、ずっと読んでいた。
実家だったら親に注意されるところだけど、今は一人暮らし。いい環境になったもんだ。
こういう生活を続けていく内に、大学4年生になり就職活動。
さすがに就職活動中は自重したが、内定をもらえるとまた異世界小説に夢中になった。
しかし、子供の頃と大きく違って、どれほどの数の異世界小説を読んだところで、異世界は現実にはなく、所詮小説の中にしかない世界のようにしか思えなくなっていた。
引越し寸前に感じた高揚感はどこに行ったのか。
(これが大人になったってことなんだろうか?)
携帯を閉じて、そのままベッドに寝転がる。
ふいに芽生えた疑問にため息をつく。
冷や水を浴びせられた気分になった。
どれほど望んだところで僕はその世界には行けず、冒険をできないし、魔法も使えない。
当たり前のことだが、受け入れがたい。
近い将来、VRゲームなんかが発売されたりして限りなくそれに近いことはできるんだろうけど、それでも本物じゃない。僕は生身でどうしても体感したい。
(……やってみるか)
生身で異世界を体感したい。
それを叶えるための答えは至ってシンプルだった。
しかしあまりにも荒唐無稽。
他言したら絶対に白い目で見られる。
――異世界への入り口を見つける。
ただそれだけ。
たったそれだけのことで僕は異世界へと行けるのである。
この日――僕の人生を捧げる目標が決まったのだった。