マルティナ3
第四回十字軍は、同じカトリックのハンガリー王領ザラと、同じキリスト教国ではある東ローマ帝国のコンスタンティノープルを二回攻撃して占領した。
ザラはヴェネツィア領に、東ローマ帝国領の大部分は十字軍国家ロマニア帝国のものに、一部はヴェネツィアのものになった。
教皇インノケンティウス三世は、同じカトリックを攻撃し、更にはカトリックの女子供をコンスタンティノープルからローマに運んでいたマリア騎士団に攻撃したヴェネツィアと十字軍に激怒。ヴェネツィア共和国の元首『ドージェ』のエンリコ・ダンドロと第四回十字軍参加者を破門した。
十字軍とヴェネツィアにそれ以上の処罰がなされなかったのは、ヴェネツィアの資金力をローマ教会が無視出来なかったことと。
形だけであるけれど、一回目の十字軍のコンスタンティノープル攻撃は東ローマ帝国側の要請だったから、二回目の攻撃は東ローマ帝国側が契約を守らなかったから、という『攻撃に足る理由』があったからだ。
それでもカトリックの同胞やキリスト教徒への攻撃は許されることではなく。十字軍参加者の破門はお金の力により解かれたものの、エンリコの破門だけは、解かれることはなかった。
エンリコは、どれだけ政治工作をしようと破門が解かれないと悟った一二〇四年一〇月に『全ての責任は私にある』と毒杯をあおり、自殺。
後味が悪すぎる形ではあったけれど、こうして第四回十字軍は終わった。
「これが、初代団長が言ったらしい『十字軍は教えから遠ざかる』ってことなのかなあ?」
今回の十字軍は、信仰のためでも何でもない、ヴェネツィアの利益のためだけに行われた。そもそもローマ教皇の呼び掛けに対する集まりも悪かったし。
「……嫌だなあ」
最近は、昔と比べるとローマ教会の腐敗も進んでいると、マリア騎士団古参の騎士は言う。
改善すればいいだけのことなので、それは構わないのだけれど。腐敗することで、カトリックの教徒が困ったり、他の宗派の面々からカトリックが馬鹿にされることは嫌だった。
「『騎士は、異端や異教徒からも尊敬される存在であらねばならない』」
マリア騎士団の戒律の最後の一文をつぶやく。
「本当、その通りだよ」
尊敬される存在ならば、異端も異教徒も自然と正しい教えに帰依する。剣をもって改宗させるよりも、はるかに楽で騎士的だ。
「……気分を切り替えるか」
嫌な話は一旦置いておくとして。
よく分からないうちに、キプロス島は私達マリア騎士団のものになっていた。これからは『ただの騎士』ではなく、『人々を守る騎士』にならないといけない。
「とりあえずキプロスの人々に、ローマ教会から教えてもらった最新の農業技術を伝えるかあ」
そのために『生理用品税』をローマ教会に返還したけれど。まだ『蜂蜜税』『牡蠣税』『ムール貝税』があるし。それにキプロス島には、かなり掘ってしまったけれど銅山がある。
この『生理用品税』やら何やらは、発明した技術をローマ教会に寄進して、ローマ教会はその技術を使って生産するモノの独占権を得る。そうして生産された『専売品』の利益のうち九割が、寄進した人や組織に還元され、一割はローマ教会に入るというシステムだ。
ちなみに、独占とはいっても、品質の維持をして、上げる利益の六割をローマ教会に献上するならば、専売品の生産が許可されるので、ローマ教会から専売品の許可をもらっている領主や商人は多い。
閑話休題。
「まさか通るとは思わなかったなあ。銅貨の鋳造権」
年間一万枚の銅貨を鋳造する権利を、ローマ教会に試しで貰えないか交渉したところ通ったのだ。キプロス島では、古くから銅が産出するので、これは嬉しい。
あと、ヨーロッパでは少額通貨がほぼないので、銅貨の生産は急務だ、ってマリア騎士団の会計部門から言われた。よく分からないけれど。
この鋳造した銅貨のうち四〇〇〇枚はローマ教会に渡す決まりだ。
「銅鍛治士達も凄いもの作ったなあ」
私は、初めて鋳造された『マリア銅貨』を手の中でもてあそぶ。
親指の先ほどの大きさの、この円い銅貨は、真ん中に円い穴が空いていて。裏面には立体的な荊の冠の紋様が。表には三位一体を表す、三つの輪が組み合わさった『ボロメオの輪』が、これまた立体的に描かれている。
「真ん中に穴が空いてるから、こんな風にレリーフを打ち込むなんて難しいはずなのに。銅貨のサイズはどれもほぼ同じだし、すっごいなあ」
年間の発行枚数が少ないことと、芸術性が高いことから、今のところマリア銅貨は『芸術品』として大切に保管されることが多いのだとか。何故だ。
「これ一枚で一から三ディルハム、って、何かが間違ってる気がする」
エジプトに持っていったところ、イスラム商人から銀貨一枚から三枚という扱いを受けたマリア銅貨。
「これじゃあ、貨幣としては使えないなあ」
ちょっとお金が欲しくて鋳造権おねだりしたのに。これでは、マリア銅貨は気軽に使えないよ。
「やっぱり経済は苦手だ」
矢を射ったり、剣を振ったりする方がはるかに楽だ。