マルティナ2
第三回十字軍からそろそろ一〇年が経過する。
四年前、ローマ教皇インノケンティウス三世が新たな十字軍を呼び掛けた。その時は誰も反応していなかったのに、最近になってヴェネツィアに十字軍が集まり始めていた。シャンパーニュでの馬上槍試合が切っ掛けらしい。
「これだから似非騎士道は」
呆れつつ、私達マリア騎士団は十字軍の情報を集める。
そして気付いた。
「これ、どう考えてもエルサレム王国が目的地になってない」
軍隊の輸送を担当するヴェネツィアの動きが、明らかにエルサレムや、彼らが宣言しているエジプトのカイロではないのだ。
調べるうちに、悪い情報が集まっていく。ヴェネツィアとエジプトの停戦協定。予定の三分の一も集まらない十字軍戦士。コンスタンティノープル入りするヴェネツィア商人。東ローマ帝国国内の政争。
「今回の十字軍、コンスタンティノープルを攻撃するつもりだ」
マリア騎士団の仲間達は、顔を真っ青にした。
首都であるコンスタンティノープルが落ちれば、東ローマ帝国は終わる。そうなれば、アナトリアでイスラム勢力と対抗出来るキリスト教勢力はなくなる。つまり、イスラム教勢力がヨーロッパに入ってくることになる。
私達マリア騎士団は大丈夫だろうけれど。そうなれば、内輪揉めで忙しいキリスト教国ではイスラム教国に対抗出来ず。下手をすると虐殺が起こる。
「不味い!」
私達は、慌ててローマ教皇と東ローマ帝国に警告を送った。
だけれど、時既に遅く。
「ザラ陥落!? しかも東ローマ帝国の亡命皇子アレクシオスが十字軍と接触!?」
十字軍はなんと、同じカトリックのハンガリー王保護下のザラを侵略して略奪し。そこで東ローマ帝国の亡命皇子アレクシオスと接触したのだ。
「駄目だ、どうしようもない」
最近の東ローマ帝国にはお金がない。これでは、十字軍に対抗出来ない。
「……仕方ない。コンスタンティノープルから、希望者を脱出させるよ!」
私が宣言すると、騎士団の仲間達は動きだす。
「逃げる先はどうしますか?」
「ギリシャが第一候補。第二候補はエルサレム王国。第三候補はエジプトで。まずはそこら辺と繋ぎを取って!」
「ここキプロスで一〇〇人二〇家族は受け入れられます!」
「良い案だね! すぐ実行しよう!」
「ローマ教皇から、カトリックに限り一〇〇〇人まで受け入れると連絡が!」
「助かる! 甘えさせてもらうよ!」
「運賃はどうしますか!?」
「赤字にならないならそれで良い!」
「七代目黒ひげから!『艦隊準備完了』!」
「第一弾出港! 次の便は私も行くよ!」
大脱出が始まった。
キプロスに一便一〇〇人、エルサレムに二便五〇〇人。エジプトに一便一〇〇〇人。ローマに一便八〇〇人送り。
ローマから『追加で五〇〇人はいける』と連絡があったので、カトリックの女子供ばかり七〇〇人、一四隻の輸送艦を三〇隻のガレー船で護衛しつつ、エーゲ海を進んでいた、その時。
「ヴェネツィアの艦隊発見! その数およそ三〇〇!」
「接触しない進路を取れ!」
「駄目です! 五〇隻ほど、分離してこちらに来ます!」
「五〇隻か……」
七代目『黒ひげ』ベンジャミンは、ニヤリと笑う。
「足りんなあ」
私も、ニヤリと笑う。
「だね」
「指揮権をもらっても?」
「ええ。存分に暴れなさい。私も暴れるから」
ベンジャミンはすうっと息を吸い、怒鳴った。
「海の騎士共! 任務は簡単! 敵の殲滅だ! 負ければお嬢様方が死ぬ! そうはさせるなよ!!」
「「応っ!」」
「総員! 戦闘配置! ガレー隊は左舷側残して分離させろ!」
帆を畳み、ガレーは加速する。
「じゃ、やりますか、っと」
私は、初代団長が伝えたという大弓を構える。上下非対称のこの弓は、複数の木と革から作られており。下が大弓サイズの、上が超大弓サイズな、弦をかけてなお人の背丈を悠々と越える特大弓だ。
「距離は六〇〇ヤードかな?」
弓の達人程度では引けない、一〇人張りの大弓を、私は悠々と引き。
「じゃあの」
頭に羽根飾りの着いた甲冑を着た、騎士らしきモノの頭を射抜く。矢が当たる前に次の矢をつがえて放つ。ビュン、ビュン、ビュン、とテンポ良く。その度、敵の船の甲板の誰かが倒れる。
敵が恐慌し始めた五〇〇ヤード。他の騎士でも、弓が得意な方の騎士達が狙いを定めて射始め。甲板上の騎士達は海に飛び込んだり射抜かれたりして、距離二〇〇ヤードになる前に、敵の甲板上から騎士はいなくなった。
「かんたーい! 停止!」
この事態に慌てたのか、敵の艦隊から更に三〇隻、突撃してくる。
「手応えのねぇ奴らだ。弓隊は次のお客さんを殲滅しろ!」
騎士達は矢を射続ける。敵の甲板上から人は減っていく。漕ぎ手のいる矢盾や壁面の隙間を狙い射る猛者も居る。甲板が大混乱に陥ったガレー船は、まともに前進出来なくなり、ぶつかりあってオールが折れて停止する。中には停止したガレーに敵の追加のガレーが衝突したりもしていて。敵艦隊の混乱は広がる。
それを見届けて、ベンジャミンは次の指示を出す。
「かんたーい! 全速後退!!」
つまりは。
「全く戦い足りんが! 勝ち逃げするぞ!」
「「応っ!」」
ヴェネツィアの商人達はさぞ悔しいだろうな、と思いつつ、私は小さくなるヴェネツィア艦隊に向けて、限界まで矢を射続けた。