マルティナ1
「どうしてこうなった?」
私はぼやく。
ことの始まりは、先代マリア騎士団団長ソフィアが風邪を拗らせて死にかけていた一一八五年九月、東ローマ帝国の皇族イサキオス・コムネノスが反乱を起こした頃にさかのぼる。
団長ソフィアが亡くなった頃、その反乱は失敗しつつあるのが明らかになって、実際に失敗した。なのにイサキオスは、キプロス島を統治し続けることに成功した。はっきり言って、イサキオス・コムネノスの統治は下手くそだった。
シチリア王国と手を組んだのは上手くやったけれど。そんなことをしたら東ローマ帝国とエジプトのスルタンが手を組むことぐらい予想出来たのに。
結果、キプロス島は私達マリア騎士団の船以外通れなくなった。私達が通れたのも、これまでの実績があったことと、武器になるようなもの、特に鉄は取り扱わなかったからだ。
そんな状況だと、当然キプロス島の人達の不満が溜まる。イサキオスはそれが理解出来ず横暴に振る舞う。
島民が苦しむのを見ていられなかった私達マリア騎士団は、島民と結託して、一一八六年六月二日、イサキオスに対する反乱を決行。一日でキプロス全土を手にし、ついでにイサキオスを捕らえて。
「東ローマ帝国に行くか、それとも残りの人生をキプロスの人々に尽くして過ごすか。選べ」
と彼の行く末を選ばせたところ、彼はキプロスに残る道を選んだ。マリア騎士団所属の商会所ファマグスタ港本部での肉体労働だ。努力次第で権限も増えるから、頑張れ。
と、キプロス島を手中におさめてしまった私達だけれど、大問題があった。
「次の団長、誰にする?」
マリア騎士団において、団長は『総会』で他薦によって立候補した騎士達の中から選ばれる。だけれど、三代目団長を決める前に反乱を決行したため、今はキプロス島の治安維持で忙しいため、総会を開ける状態になかった。
東ローマ帝国が兵士と新しい統治者を送ってくれたら楽になるんだけれど。エジプトのスルタン、サラーフ・アッディーンがシリアにて攻勢を強めていたことから。東ローマ帝国は十字軍が近いと睨んでおり。その対策で忙しくてキプロス島の統治者を選べる状況になかった。
マリア騎士団は、団長がいなくても回るようになっているけれど。それでも、対外的な交渉の際はやっぱり団長が欲しい。
と、騎士団の皆で頭を抱えながら。三回目の十字軍が始まったことで忙しくなった交易と治安維持にキリキリ舞いだった一一九一年。何故かイングランド王リチャード一世がやって来た。
リチャード一世の軍隊は乱暴者ばかりだった。略奪しようとしたり、強姦しようとしたり、無銭飲食しようとしたりした。
私達マリア騎士団はキレた。
「テメエらウチのシマで何暴れてんだぁおい。同じカトリック相手だって分かってねえのかぁ? ローマ教会お墨付きのマリア騎士団の前でカトリックに乱暴するたぁ。
死にたいらしいな」
リチャード一世の首に剣の峰をトントンとやりながら話すのはとっても楽しかったです。反省はしていますが、後悔はしていません。
リチャード一世とその部下の兵士達をデコボコにして、十字軍とイスラム勢力が戦っていたアッコンに連行して。対峙する彼らの前にリチャード一世と愉快な仲間達を引きずっていって。
勢いでマリア騎士団団長となっていた私は、ドン引きする十字軍戦士とイスラム戦士相手に宣言した。
「私達マリア騎士団と戦う奴はこうなる。覚えておけ!」
息も絶え絶えなリチャード一世達を、私達は蹴飛ばした。なんだか気分は爽快で。私は高笑いしていた。
イスラム戦士達は恐慌して砂漠に逃げていった。
十字軍戦士は恐怖して海に飛び込んでいった。
その後、ガタガタ震える十字軍戦士を率いて、アッコンの治安維持をしつつ、敵のいなくなった港町ヤッファを占領したものの、十字軍戦士は戦える状態になかった。
ここで私は、一一九一年九月七日。サラーフ・アッディーンと休戦協定を結び。
奪還した沿岸部の幾つかの港町を、エルサレム王国の管理下に置いて。
エルサレムはイスラム教徒が管理する代わりに、非武装のキリスト教徒の巡礼者がエルサレムを訪れることを許可して貰い。イスラム勢力圏までの護衛は、テンプル騎士団やホスピタル騎士団が受け持つこととなった。
さて、キプロスに帰ってきた私は、当然怒られた。そりゃあ人間として誉められないことしたから、ねえ。
三〇日間『暗黒牢』に入れられて。自分と見つめあって深く反省した私は、ちよっと何言っているか分からない知らせを受ける。
「マリア騎士団初代団長マリアが、ローマ教会と正教会双方から『列聖』されて『聖人』になった、と。目出度いね!
え? エジプトから『イマーム』認定もされた? 確か初代団長ってカトリックだよね? なんでイスラム教の聖人になるの?
で、私は第三回十字軍の英雄だから団長から下ろすな、って? なんでローマ教会東ローマ教会エジプトその他カトリックイスラムの諸侯が揃って手紙出してきたの?」
説明を求めると、こう言われた。
「騎士マルティナ。貴女の行いは、人間として恥ずべき行為でした。ですが、貴女の行いで、多くの血が流れずに済んだのも事実なのです。
これらの手紙は、それに対する感謝です。
我々マリア騎士団としても、何度も話し合いました。そして分かったことは、『我々マリア騎士団は、我々だけで何でもしようとし過ぎている』ことです。その負担に耐えかねて、貴女は爆発したのでしょう?
ならこれは、貴女だけの罪ではなく、我々マリア騎士団の罪です」
そう言われると、私からは何もしようがない。
こうして私マルティナは。一一九二年二月一日、三代目マリア騎士団団長となった。
暗黒牢
光も音も届かない牢獄で、毎朝水と少しのパンを与えられながら過ごす処罰のこと。
初代マリア騎士団団長マリアが考案した。