ソフィア1
熾天使への巡礼騎士修道会 主要戒律 抜粋
所属する騎士は修道士であると同時にキリスト教教会を守護する戦士なので、清貧を旨とし『人間として』優れた人格たらねばならない。
騎士は聖務に参加せねばならず、何らかの場合で出席出来ない場合には『主の祈り』を朝課・各時課・晩課ごとに唱えねばならない。この時何度唱えても構わないが、一回一回、真摯に、それが最後の主の祈りとなっても良いように唱えねばならない。
世俗の人々が入会が志願してもすぐに受け入れてはならず、まずは下働きをさせてその人物が戒律に従うか確認せねばならない。
少しでも戒律に従わないのならば、騎士として受け入れてはならず、下働きも辞めさせねばならない。
騎士達は役職に関係なく食事を共にせねばならない。食事は必ず大皿や鍋から取り分けて行わねばならない。
騎士は貞淑・清貧・従順であらねばならない。
貞淑とは、唯一無二の婚姻相手と生涯を共にするか、もしくは神に操を立てることである。
清貧とは、自分の財産を持たないことである。見た目の華美さではなく、心の高貴さこそが、最大の財産になると知れ。
従順とは、神への従順である。組織や個人への従順ではない。たとえ教会や当騎士団相手でも、神に逆らう行いには逆らうこと。また、自分の行いたいことが神への従順から外れるか、ほんの少しでも気になるならば、騎士の仲間達に相談すること。
どのような騎士も、修行の途上であることを自覚すること。死ぬまで修行であり、『最後の審判』の後も修行は続くのだ。
どうしても修行が厳しく、耐えられないと思った時は、まず仲間に相談すること。
それでも無理ならば、役職を変えてもらうこと。修行以外の要因が、修行の妨げになることは多々あるので、恥ずかしがらないこと。
三度役職を変えてもらっても修行が厳しいならば、世俗に還ること。その後も、自分が騎士であったことを忘れず、人間として尊敬されるような行いを心がけること。
騎士は、異端や異教徒からも尊敬される存在であらねばならない。キリストの教えを体現し、自然と異端や異教徒から尊敬されることで、彼らを真の信仰に目覚めさせられるのだ。
***
幾つかある騎士修道会『騎士団』の中でも、私達マリア騎士団の戒律は最も厳しい、と言われている。
それは、戒律に番号が振られていないことから、優先順位が付けられていないことが最大の理由として。
『清貧を旨とし『人間として』優れた人格たらねばならない』
『異端や異教徒からも尊敬される存在であらねばならない』
この二つの戒律が『尋常でなく難しい』らしい。
聖ニコラ教会の救貧院育ちの私からすると、当たり前のことだと思うのだけれど。
それは、大好きだったおばあちゃん、先代騎士団団長マリアが、疲労から倒れて介護をしていた時に、戒律の裏話を聞いたからかもしれない。
「私はね、誰とでも、それこそ異端や異教徒とでも分かり合えると思っていたんだ」
おばあちゃんは悲しそうな表情で言う。
「でもね、巡礼軍の時、私達は間違えてしまったの」
巡礼軍は無計画に行われたせいで、倒した敵の肉を、人の肉を食べるような非道なものだったと、騎士団の先輩達から聞いたことがある。その先輩達も、もう老齢だけれど。
「でね。次、間違えないためにどうするか、皆で考えたんだ。そうして、『宗教的に優れた人格』の文は『人間として優れた人格』に変わって。『異端や異教徒からも尊敬される存在であらねばならない』って戒律が増えたのよ。そしたらね」
おばあちゃんは苦笑しながら言う。
「発足したばかりの『キリストとソロモン神殿の貧しき戦友たち』テンプル騎士団から、苦情が付けられてね。『お前らの戒律が厳し過ぎてこっちの戒律作りに悪い影響が出てる』って」
クスクス、とおばあちゃんは懐かしそうに笑う。
「戒律なんて、騎士団ごとに違っていいものなのにねえ」
おばあちゃんはしばし笑い。そして真顔になって言った。
「いいかいソフィア。巡礼軍はまた起こるよ。正式なものは八回か、九回。そうじゃないものは無数に行われるんじゃないかなあ?」
具体的な数が出てきたことに驚いていると、おばあちゃんは笑う。
「私が熾天使様に色々言われた、って、知っているでしょう?」
「そうでしたね」
「ええ。そしてね、ますます、キリストの教えから遠ざかったものになっていくの」
おばあちゃんは、泣きそうな表情で言う。
「きっとね、私は、一回目の巡礼軍を、『十字軍』を止めるべきだったの。なのにそれをしなかった。だから、十字軍は何度も起こるわ」
その悲しい表情が嫌で。思わず私は言っていた。
「私に、出来ることはありますか?」
するとおばあちゃんは目を丸くして、苦しそうな表情で言う。
「駄目よ。ここで言ったら『呪い』になっちゃう」
「大丈夫です。私には神の愛がありますから」
するとおばあちゃんは、何かを我慢するような表情で言った。
「そのことを、伝えてあげて?」
おばあちゃんは、私の手を握る。
「神がちゃんと私達を愛しているんだよ、って。カトリックの同胞だけでなく、異端や異教徒にも、ちゃんと伝えて。未来永劫、伝えていって」
私は、弱々しく握られた手を、握りかえした。
「ええ、必ず」
死に瀕した今だから分かる。
あの言葉は、確かに『呪い』だったのだ、と。